新年明けて間もない中、注目すべき日本発のストックミュージックサービス「AmbiStock MUSIC」が誕生した。各種映像やイベント、ゲームなどに使用できるBGMや効果音を商用利用可能なライセンス形式で提供するストックミュージックサービスの中にあって、AmbiStock MUSICは明確に異なる立ち位置を打ち出している。
その最大の特徴は、環境音楽やアンビエントに分類され得るサウンドを中心に据えた音源ラインナップだ。日本の自然観や素材の質感、余白の美を着想源として、感情を強く喚起するBGMではなく、 “静けさをデザインする” ための音素材が揃えられている。なお、すべての音源はAI生成ではなく、実際の録音・編集によって制作されており、繊細な空気感や音の揺らぎを備えている点も特筆すべきポイントだ。
もう一つの特長が、自由度の高いライセンス設計である。全音源は商用・非商用を問わず利用可能で、JASRAC等への手続きも不要。YouTubeの収益化コンテンツや商業施設のBGMなど、用途に制限なく使用できる。価格は全音源一律300円の買い切り制で、サブスクリプション登録を必要とせず、ダウンロード後すぐに利用できる点も、利用者にとって大きなメリットだ。
ローンチ時点では約100セットの音源が公開され、今後も定期的な追加が予定されている。また、用途としては映像制作やゲーム制作にとどまらず、集中や瞑想、睡眠、ヨガなどの個人利用、さらには空間演出やインスタレーション制作までと幅広く想定している。数分の短尺から3時間を超える長尺まで用意されているため、シーンに応じた選択が可能だ。
そんなAmbiStock MUSICを手掛けるのは、編集デザインチームのWATARIGARASU。編集の対象を空間やブランド、キュレーションにまで拡張しながら活動を続ける彼らは、その活動の過程で空間や映像を演出し整える「機能する音」の必要性を見出し、自らそれを制作してきたという。
その流れの中でAmbiStock MUSICは生まれたが、そこに鳴り響く音が、情報と短尺コンテンツが氾濫する現代において顕在化する「静けさに特化した音源」の不足に応えるものであったことは非常に興味深い。音楽を「聴くもの」から、空間やスクリーンの中に「設えるもの」へと拡張する試みでもあるAmbiStock MUSICについて、WATARIGARASU の主宰であり、同サービスの企画から音源制作までも手掛けた大隅祐輔に話を訊いた。
偶然を聴き続けるための緻密な作業
AmbiStock MUSICを始める経緯から教えていただけますか?
半年前位にWATARIGARASU のメンバーでもある、MILLENNIUM PARADEのウェブ実装などを担当してくれたエンジニアから「音に関するアプリを作ってみない?」と言われたのが最初のきっかけです。彼はプログラミングができて、僕はアイデアを考えられるし音をつくることができる。それで、何かおもしろいものができるかもしれないと考え、彼とプロジェクトを動かし始めたんです。
以前から音楽を制作されていたんですか?
そうですね。20年ほど前の大学生だった頃、ちょうど音響系やエレクトロニカの黎明期だったんですけど、僕もMAX(同ジャンル周辺でよく使用されていた音楽用ビジュアルプログラミング言語)を使って音作りを行っていました。ただ、僕自身はプログラミングを突き詰めるタイプではなくて、欲しい音が出るかどうかを重視していました。
同世代にはMAXで複雑なビートを作る人もたくさんいましたけど、僕の使い方は、サイン波やサンプル音源から曖昧な音像やグリッチを作ったりと、シンプルなものでした。
その頃はどのような意識で音作りを行っていたのでしょうか。
生前、坂本龍一さんが仰っていた「霧散する音楽」のように、はっきりとした輪郭を持たずに、空間にただ漂っていくような音を作りたいと考えていました。前に出てこない、聴かせようとしない、でも確実にそこに存在している音。それは、AmbiStock MUSICのコンセプトにも地続きでつながっています。
制作の作業は単純で、ある一定のサンプル音源を用意して、スタート位置や再生時間をランダムに変更しながら、ひたすらループさせていくんです。同じ素材なのに、毎回違う場所から音が始まって、戻ってきたポイントが不自然に引き延ばされ、結果的にゆっくり音が変化していく状態になる。明確なメロディがあるわけでもないし、展開があるわけでもないけど、ずっと変わり続けている。そんな音が鳴らせた時に初めて、 “音楽的じゃない自然現象のような音” を作れたという感覚がありました。
ただ、それを作品として誰かに聴かせたいとか、どこかに発表したいという気持ちは芽生えず、そのまま社会に出て、編集者になり、音楽活動自体もやめてしまったんです。
音楽から距離を置いた期間を経て、そんな「非・音楽的な音」=「主張しない音」という発想は自身の中でどのように変化して、どのタイミングで制作に引き戻されていったのでしょうか。
働き始めてからも、音楽のことは完全に忘れていたわけではないのですが、生活の中で優先順位がかなり下がっていった感じです。仕事をして、目の前のことを片付けていく中で、音楽はどうしても後回しになっていきました。つまり悲しいことに、社会生活において必要性がなかった。それでも、頭のどこかには残っていたと思います。音をどうこうしたい、やはり音楽家になりたいというより、「主張しない音」という考え方が引っかかっていた感じです。
その後フリーランスの編集者になって、少し生活が落ち着いてきた頃に、また制作を始めました。最初は遊び半分でしたが、次第に身の回りのクリエイターから主に映像につける音楽の制作依頼をもらうようになり、加えてコロナ禍を経たことから、また力を入れ始めるようになっていったんです。
そういった流れが、最初にお話しされたアプリの開発へとつながっていくんですね。その後、話はどのようにAmbiStock MUSICへと発展していったのでしょうか。
エンジニアとアプリの輪郭についてぼんやり話しながら、いろいろなアイデアを考えました。例えば、ユーザーが旅先で雑踏や川のせせらぎなんかの音を録音してアプリで取り込むと、自動的にパラメーター調整されたタイムストレッチが行われて、いい感じの音響・アンビエント的なテクスチャーがいくつか生成されて、自由にミックスできるみたいな機能とか。
ただ、実際にテストしてみると、1時間くらいの音を生成するのに、レンダリングで3、4時間もかかってしまって、ユーザビリティを考慮すると、全く成立していなかったんですよね。そこで一度立ち止まって「自分たちは何ができるのか」を棚卸しした結果、制作した「主張しない音」を提供するライブラリ的な、ストックミュージックサービスというフォーマットに行き着き、AmbiStock MUSICが生まれたんです。
AmbiStock MUSICで提供されている音はすべて内製されているとのことですが、具体的な制作方法について教えていただけますか?
マニュピレーションは僕が行っているんですが、素材は弊社のメンバーや友人が弾いてくれた楽器音、これまで録りためてきたフィールドレコーディングなどさまざまです。それをもとに引き伸ばしたりピッチを変えたり、プログラムで走らせたりして偶然生まれたハーモニーを拾っていく。基本的にはそのプロセスで制作を行っています。作為的に展開を設計しない結果として、主張し過ぎたり意識を引っ張らない音になるのがいいと思っているというか、それしかできないというか。
ギターやハープなどアコースティック楽器の録音もしますが、場所はスタジオだったり家だったり、その時々によります。マイクも専門的に狙うというより、ノイズも含めて許容しています。作り方としてはスケッチに近くて、オートマティックライティングみたいな感じかもしれません。欲が出て意図的にコントロールしたり、過剰に編集をし始めると、どんどん悪くなる。最初に出た響きとか、瞬間の感覚を信じるほうがうまくいくことが多いですね。
総じて心地よい響きのサウンドに仕上がっていますが、ストレッチの尺だったりパラメーターの微調整みたいなことはいろいろ試されているんですか?
はい。尺やピッチ、フォルマントは毎回かなり変えながら試しています。特定の正解があるというより、都度パラメーターを触っていって、その中で偶然出てくる響きを拾っている感覚ですね。処理自体はMAXやSuperColliderで作っているものもあれば、単純に音のピッチだけ下げることもあります。アルゴリズムに大きな工夫があるというよりは、風合いの違いを出すために手法を都度変えている感じかなと思っています。
その偶然を無数に試しながらいい響きを拾う、かなり緻密で集中力が必要な作業ですね。
確かにそうですが、作りながら自分自身が瞑想状態に入っていくというか、研ぎ澄まされていく感覚もありましたね。意図して作るのではなく、そういう状態の中から立ち上がってくる自然な揺らぎを、そのまま誰かに手渡したかった。
ジャンルではなく状況に向けて整理された音
編集者として状況への最適化を重視してきた立場から見ると、映像や空間音における既存のストックミュージックという選択肢は、どのように映っていたのでしょうか。実用的である一方で、制作現場ならではの使いづらさや違和感を感じることはありましたか?
既存のストックミュージックサービスを否定する気持ちはありませんし、そもそも太刀打ちしようとも思ってません。規模が違いすぎる。ただ、それらで提供されている音源の量や種類が多すぎるなとは思っていました。ジャンルもロック、ポップ、クラシック、アンビエント、ドローン、ヒーリング、メディテーション……と選択肢が多すぎて、逆に選びづらくなる。そうすると、音楽を探すこと自体が1つの作業になってしまいますよね。
「選び疲れた」という話もよく聞きますし、自分自身もそうでした。音楽を聴きたいわけじゃなくて、ただ作業したい、集中したい、空間を満たしたい、あるいはムードを変えたいだけの音がほしいのに、そこに行き着くまでに時間がかかる。だから、その逆を行くというか、情報量を減らして、整地した状態で音を提示するほうが、ユーザビリティが高くなると思ったんです。例えば、ジャンルで選ぶというより、気分とか、時間帯とか、用途に近いところで選べるような。
ジャンルで選ばせない設計にすることで、提示される音も限定されてくる気がします。実際にAmbiStock MUSICではどんな音楽がラインナップされているのでしょうか?
基本的には、アンビエントやドローンの領域に近い音だとは思います。ただ、ジャンルを意識するよりは、用途から逆算した結果として、そうなっている曲がほとんどですね。なので、収録している音は、明確なメロディやリズムを持たないものがほとんどです。
展開も極力抑えていて、途中で盛り上がったり、急に音数が増えたりしない。一定の密度をある程度保ったまま、ゆっくりと変化していくものが中心です。映像の裏で流れたり、作業中に再生されたり、空間を満たす用途を前提にしているので、音そのものが前に出ないことを一番重視しています。
その考え方が、音の構造や長さの設計にも及んでいるわけですね。
はい。短いループ素材ではなく、ある程度まとまった長さで完結する音にしています。単純なループだということがわかると、どうしても意識が音に引っ張られてしまうので、再生している時に「今どこを聴いているのか分からない」状態になるのが理想です。最初から最後まで聴いてもいいし、途中から再生して途中で止めても成立する。ユーザーが構造を意識しなくていいように、あらかじめ完結した形で用意しています。
先ほどもお話ししましたが、AmbiStock MUSICで提供する音は、ジャンルというより、状況に向けて整理しています。作業中とか展示空間、店舗、映像の背景など、音が主役にならない場面ですね。サイト上の曲名や説明文でも、感情的な言葉や物語性のある表現はできるだけ避けて、音の密度や動きの少なさ、空間へのなじみ方、光景や背景が伝わるようにしています。ユーザーが、自分の状況に当てはめて判断できる余地を残すことを意識しているんです。
意識されずに機能する音の理想形
ローンチ後の曲数や更新頻度については、どのように考えていますか?
一気に大量に増やすというより、定期的に少しずつ追加していく形を想定しています。選択肢が多すぎると、結局また迷ってしまうので。その時点で必要な分だけ、整理された状態で並んでいる。AmbiStock MUSIC自体が、常に未完成で少しずつ更新されていくライブラリであってもいいと思っています。
UIやUXについては、どのような点を重視していますか?
速さです。とにかく、すぐに音へとアクセスできること。カバーをクリックすれば即座にプレビューが立ち上がって、スクロールしていく流れの中で音源が並び、カテゴリーや気分ごとに自然と整理されていく構成です。
UIは極力シンプルに。ページを行き来しながら探すのではなく、ザッピングやガチャをする感覚で次々と音に触れられて、気になった瞬間にすぐ聴けることを優先しています。複雑さを削ぎ落として、ブラウジングそのものがリスニング体験になるように設計しました。また、音にあわせてビジュアルにエフェクトがかかったり、ブラウザ下部のコントロールバーにグラフィックイコライザーを表示させたり、視覚的にも音の存在を感じさせる仕掛けを組み込んでいます。
画面で完結するのではなく、音が使われる場のリアリティと地続きのように思えますね。
料金的なところでも、1曲あたり永続ライセンスで300円と安く設定されています
作業用や空間用の音って何度も使われるものなので、購入のたびに心理的なハードルがあると、どうしても使われなくなってしまうんです。だからこそ、必要な時に、あまり考えずに手に取れる、投げ銭ほどの価格帯にしたかった。音楽を買うというより、道具を揃える感覚に近いかもしれません。
AmbiStock MUSICをどのように使ってもらうのが理想ですか?
意識されずに使われることですね。鳴っている音がその人の意識や記憶に残らなくても、その場が過ごしやすくなったとか、集中できたというような結果が残れば十分です。また、施設・空間や映像などのコマーシャルな領域のみならず、個人の方にも使っていただきたいですね。集中したい時やリラックスしたい時のためとか、音楽に深く対峙することが疲れた時に、リスニングのマインドセットを整えるためのサービスとしても普通に使えるんじゃないかなと、僕たちは思っています。
最後に、サービスの今後について教えてください。
制作面では音のクオリティを向上させていきたいですし、サービスの体制・スケールも拡大していければと考えています。「AmbiStock MUSIC」はひとつのポートフォリオ。それ自体を自由に使っていただくのも嬉しいのですが、新たなコミュニケーションのツールとして機能していくことを目指しています。さらには今後、そこに外部も含めて色々な人たちが関わってくるようになってもおもしろいかもしれません。ただ、もしそうなるとしても、以前から抱いている目的や意思は変えることなく続けていきたいですね。
WATARIGARASU Presents AmbiStock MUSIC Debut Installation 「AS」
会期:2026年1月23日(金)~2月1日(日)
オープニングレセプション:2026年1月23日(金)17:00~22:00
会場:MIDORI.so NAKAMEGURO Gallery(東京都目黒区青葉台3-3-11 3F)
開場時間:17:00~22:00(会期中無休、入場無料)
主催:WATARIGARASU, LTD.
コラボレーター:吉松伸太郎(写真)、宇平剛史(デザイン)、尾崎悠一郎(PR)、upcoming.studio(ビデオエフェクト)、Kengo Kewa Tanaka(音響)
大隅祐輔
1985年、福島県生まれ。幼い頃から音楽をこよなく愛し、武蔵野美術大学在学時、音楽を取り巻く文化、社会現象の探求とクラブやギャラリーでのライブ活動を含む電子音楽制作活動を並行して行う。卒業後に編集者を志し、ウェブメディアやデザイン会社、出版社などを経て、2016年にフリーランスの編集者/ライターとして独立。自動車メーカーの広告制作物やWIRED、TOKION、Penといった雑誌、アートやファッション、ツーリズムに関する編集、執筆をウェブ、書籍といった形式・媒体問わず行う。2021年6月の株式会社ワタリガラス設立の際、取締役に就任し、以後、代表としてすべてのプロジェクトを取り仕切る。音楽家としても活動中。
Words&Interview:Jun Ashizawa
Photos:Koji Shimamura
Edit:Takahiro Fujikawa