「アナログ」と聞いて何を想像するかはひとそれぞれだが、ひとつ確実に言えるのは、私たちの感性を刺激し、有意義な時間を与えてくれるモノだということ。 そして、あわよくば、それらは私たちの未来への視座までも高めてくれる。 ひとの数だけあるそれぞれの「アナログ」が、明日を緻密に描き、方向づけているとしたら。
今回は、2023年11月18〜19日に青山ファーマーズマーケット内で開催される蚤の市「Analog Market 2023」に出店する方々に、開催直前のインタビューを敢行。
山梨県北杜市の山間に移住したばかりだという、ヴィンテージセレクトショップ「CHILL CHILL MICHILL」のオーナーであり、モバイルハウスなどでも知られる建築コレクティブ「SAMPO」でも活動するエリオスさんのお宅におじゃまさせていただき、古物を集める理由と、彼が思う「アナログ」の魅力、そして、理想の未来像について語ってもらった。

アナログという自然、デジタルという人工物。

このあたりはいわゆる別荘地になるんでしょうか。 2棟連なった構造が面白い物件ですね。

エリオス:以前住んでいた人が建ててはみたけど、狭くてすぐにもう一棟建てたみたいですね。 増築した平屋と二階建てを合体させたような物件なんです。

何だかこの部屋、映画『君たちはどう生きるか』で眞人が下宿していた部屋を彷彿させます(笑)。 設計士の秘密部屋のようにも見えるし、チェストもまた随分と古そうですね。

アメリカ中西部のアーミッシュというエリアの100年以上前の戸棚

エリオス:アメリカ中西部のアーミッシュというエリアの100年以上前の戸棚ですね。 18世紀のヨーロッパから移民当時の生活様式を今でも守っている人たちで、アーミッシュカントリーとか呼ばれるんですけど。 この部屋にあるものは基本的に僕が手放したくないモノばかりを並べています。

場所自体も良いですよね。 360度、緑に囲まれていて。 音楽もこのロケーションにピッタリ。 流れている曲はSam Gendel(サム・ゲンデル)のものですよね?

エリオス:最近、北杜市の空気感を音で探っているのですが、もう、Sam GendelとNala Sinephro(ナラ・シネフロ)そのものなんですよね(笑)。 フィーリングの天才。

以前は埼玉でお店をやっていたとうかがっていますが、どうして北杜市に移られたのでしょうか?

「いいローカル」について語るエリオス

エリオス:いいローカルをずっと探していたんです。 でも、いいローカルって何だろうと自分なりに考えた時に、北杜市は自然が豊かで、暮らしている人たちは文化人やものづくりをしている人たちが多く、相性がよい気がしたので、こっちに引っ越してきたんです。 「SAMPO(サンポ)」が倉庫を北杜に移したので、ちょうどいいタイミングでした。

この物件の決め手は何だったのでしょう?

自分の土地はここまでだけど、その先に自分のものと認識できるフィールドがどれだけ広がっているかを大事にしていた

エリオス:物件というよりも、フィールドを探していたんです。 自分の土地はここまでだけど、その先に自分のものと認識できるフィールドがどれだけ広がっているかを大事にしていたというか。 両隣とも別荘で、ほとんど僕しか住んでない状況だったので、ここに決めました。 夜は光が全くなくて、満月の時はビックリするくらい明るい。 ずっと東京にいたから、そういう当たり前の自然に日々驚いたりしています。

話が少し戻ってしまいますが、「CHILL CHILL MICHILL」が埼玉県でスタートしたのはいつで、どのような経緯だったんですか?

CHILL CHILL MICHILLについて

エリオス:2018年、SAMPOが埼玉県川口市の鳩ヶ谷という場所のとある長屋をリフォームする案件があったのですが、何か自分の事業をやるにはちょうどいい物件だったので、リフォームが終わった後、さらにセルフビルドで店舗を作り、CHILL CHILL MICHILLを始めました。 オープンしたのは2019年6月15日。 ちょうど、新型コロナウイルスが日本で騒がれ始めた直後で、全然お祝いムードではなかったことを今でも鮮明に覚えています。 東京でやれば、もっと注目されたかもしれないけど、古物だけを本業にしているわけではなく、他にもデザインや製作をやっている兼ね合いもあるので、スタイルなどの実験を兼ねて鳩ヶ谷でやっていた部分が大きいです。 今でも模索しながらやっていますし、そこが普通のアンティークショップと異なるところかなと。

古物収集はいつから?

エリオス:かれこれ6年前ぐらいでしょうか。 SAMPOでは建物やモバイルハウスのデザインをやっていたし、建築よりも領域を広げたモノに興味をもち始めて、自ずとプロダクトに関心が向きました。 それで自分自身、建築からもっとスケールを落としたモノを取り扱いたいと思い始めたんです。

鳩ヶ谷の「CHILL CHILL MICHILL」店内風景
鳩ヶ谷の「CHILL CHILL MICHILL」店内風景

“建築よりも領域を広げたモノ” というのは、建築の視点からモノをスケールダウンしていくということでしょうか?

エリオス:例えば、皆さん洋服やジュエリーを身に纏うことで自分のアイデンティティを拡張させて表現していたりすると思うのですが、プロダクトも建物も同様に個性の拡張だと思うんです。 もっと言えば、空間、家、街、都市、国家、地球、宇宙とスケールは広がっていていくんですが。 僕は空間を作ることができるけど、普通の人を考えると多分それは難しい。 であれば、プロダクトレベルにスケールダウンして人々を豊かにするアプローチが取れないかなと考え始めたんです。

10のべき乗で旅するイームズ夫妻の『Powers of Ten』を思い出します

10のべき乗で旅するイームズ夫妻の『Powers of Ten』を思い出します。 都市のスケールでは自宅の敷地はもちろん、どこもかしこも境界線ではっきり区画されてしまい窮屈。 洋服に個性は出せても、エリオスさんのようにフィールドにまで視野を広げることが困難なのは頷けます。

建築とまで言わずとも、スケールダウンしたところに若者が興味をもっているのはいい側面

エリオス:それぞれの生活環境があるので誰もが広い視野をもつことはできないかもしれませんが、建築とまで言わずとも、スケールダウンしたところに若者が興味をもっているのはいい側面だと思っています。 古着がブームになっているのもひとつの兆候だし、CHILL CHILL MICHILLの店舗でもすごくそれを肌で感じていて。 コロナ禍でその感覚が一段階上がった気がするんです。 若者がどんどん興味をもって来てくれる。 彼らこそ未来なので、そこの感覚を上げていってあげたいんです。 どんなにいいモノが目の前に転がっていてもセンサーがないとゴミ同然、それを拾い上げることすらできないから。

古物のようなプロダクトからどのようなメッセージを拾ってもらえたら嬉しいですか?

大きなテーマとしては「時」

エリオス:大きなテーマとしては「時」なんです。 時間=歴史。 「アナログ」の話にも通じるんですけど、今ここに古物があるのは過去にそれが作られたからで、そこには歴史があるわけじゃないですか。 ゴッホのアートでも歴史を手繰ることになる。 ジャズがあるからロックンロールが確立され、それがBeatles(ビートルズ)によって変化し、そこからまた派生が生まれる。 ジャズがヒップホップを生み、ヒップホップがジャズを飲み込みネオソウルが生まれ……。 これは歴史じゃないですか。 過去を見ずして現代を知っているとは言えない気がするんです。 今の人たちって、膨大な情報の蓄積に自由にアクセスできるけど、情報の多さから疲弊しているし、だったら実物から着実に歴史を拾っていって欲しいと思っています。

時間=歴史

エリオス:僕らの未来が何なのかを考える前に、過去を見ずして進んでしまっている。 昨今の状況を見ていると、テクノロジーを上手く使って利便性を上げることしか考えていないような気がしていて。 それもいいけど、過去の偉人たちが何を大事にしてきたのかを次に引き継いでいきたいという気持ちがあるので、そういったことを古物から感じ取ってもらえると嬉しいです。

デジタルとアナログの違いについてはどう考えますか?

アナログって地続きのウェーブ

エリオス:アナログって地続きのウェーブだと思うので、やっぱり「時」だし、定量では測れないモノ。 デジタルだと5gは5gでしかないけど、アナログだと4〜6gぐらい。 この世はすべてアナログだと思っているので、違いと聞かれると答えづらい部分はありますよね(笑)。 デジタル時計、アナログ時計と言われるから思わず対比したくなってしまうけど、比べるには人間の造った便利なツールと人間の創造性ぐらいカテゴリーが違う気がします。 人生ってビバップのように即興の連続ばかりでアナログに変化していくじゃないですか。 その過程の中で生まれたのがデジタルだと思います。

ユーモアで描く青写真、「懐かしい未来」の再生。

ユーモアで描く青写真

この本はSAMPOの作品アーカイブ集ですよね?

この本はSAMPOの作品アーカイブ集

エリオス:そうそう。 まだ拠点が西日暮里にあった頃ですね。

この部屋には面白そうな本が置いてありますが、本もまた過去の経験の集積ですよね。

この部屋には面白そうな本が置いてありますが、本もまた過去の経験の集積ですよね。

エリオス:よくこの部屋で暖炉にあたりながら本をめくっているんです。 発想の源ですね。 この『ナンセンスの機械』という本が特にお気に入りで。 例えば「目覚まし時計をおとなしくさせる機械」の話なんですけど、ポエムを交えて目覚まし時計にあべこべな装置を作る話なんです。

ベルを海綿に変える、目覚ましが鳴る、糸が切れる、煉瓦が落ちる、風笛で羽輪が回る、ポットに火がつきコーヒーを沸かす。 そうやって最終的に心地の良い朝が始まるという話なんですけど。 こういう何の意味もないバカバカしい発想がテクノロジーに入っていったらいいのになと思っているんです。

エリオス:ベルを海綿に変える、目覚ましが鳴る、糸が切れる、煉瓦が落ちる、風笛で羽輪が回る、ポットに火がつきコーヒーを沸かす。 そうやって最終的に心地の良い朝が始まるという話なんですけど。 こういう何の意味もないバカバカしい発想がテクノロジーに入っていったらいいのになと思っているんです。

『ナンセンスの機械』という本が特にお気に入り

エリオス:だから敢えてデジタルに足りないものは何かと聞かれたら、ユーモアなんですよ。 5gなら5gでしかないし、正解か不正解でしか測れない。 でも、人間には馬鹿げた発想があるじゃないですか。 それをクリエーションと呼びたいですよね。 デジタルなんてまだほんの数十年、小指の爪先ほどの歴史しかないんだから。 インターネットが出る前だとしたら30年ぐらい前のことになるわけだけど、利便性を追い求めがちな今より昔のモノの方が含みが残っていて面白いんです。

敢えてデジタルに足りないものは何かと聞かれたら、ユーモア

エリオス:先日SAMPOがジャパンモビリティショー2023に出たんですけど、数多の企業がドローン、自動運転、AI技術などのテクノロジーでせめぎ合っている中、僕たちは車ですらなく、モビリティと連動できるモバイルハウスで挑みました。 機械部品は使っていますが、廃車や電子機器を分解して装飾として使っているだけなのでテクノロジーではないですね。 ChatGPTが完璧な答えを返してくれるのは便利でいいんですけど、メインストリームがそれでいいかは疑問です。 落語、ポエム、オペラ。 忘れてないですか(笑)?

SAMPOの作品には、どこか「懐かしい未来」の匂いがする気がします。

エリオス:昔、空飛ぶ車があったり、馬鹿げていると思いながらもユーモアのある未来を描けていたじゃないですか。 80〜90年代のアニメのように。 でも、現実的なテクノロジーから入ると一気にユートピアからディストピアへと陥ってしまう。 過去を演繹しない直線的な未来を少しでも歪曲することができたら、その先にはユーモアのある未来が待っていると思うんです。 少しでもそこにインスピレーションを与えたい。 そういう意味でモノを作っていますし、古物も扱っています。

椅子の写真

壁に掛かった『ギャングをつかまえる装置』のイラストにしても、馬鹿げた発想や遊び心がありますよね。 さっきの目覚まし時計を大人しくする話もそうですけど、誰かのすごくパーソナルな問題から生じた一点モノにはパッションとユーモアを感じます。

壁に掛かった『ギャングをつかまえる装置』のイラスト

エリオス:この部屋には僕が作ったモノ、今後のプロジェクトで使っていきたいモノ、大事にしていきたいフォルムやシェイプなどを置いています。 本もそうですけど、全体のイメージを掴むような感覚で、ただこうやってパラパラめくって眺めているだけでインスピレーションが得られるんです。 見たい、触れたい、所有したい。 そういうモノに囲まれているだけでよくて。

所有することの意味について、どう考えていますか?

本をめくるイメージ

エリオス:絵画を買うじゃないですか。 でも、所有するのと見ているだけとでは全然違うんです。 所有して家に組み込むことで、たとえ見ていなかったとしても時間の経過でよさに気づくことがたくさんあって、それが人間の感覚を一番早く上げてくれるんです。 モノはいつかはなくなってしまうけど、経験値は残る。 だから、失敗を躊躇せず経験値を上げていくことが必要だと思っています。

所有することの意味を語るエリオス

エリオス:例えば、お店を良くするために絵画を取り入れて飾り立ててみる。 入荷して一ヶ月後にそれを誰かに買われたとしても、経験値は残るんです。 すると、次に違う絵画を仕入れる時には視座が上がっているし、外界と接点をもつことで自分を知れることがあるんです。 お店を始めてからそう感じることが増えたし、様々な経験に触れることができるのが古物の面白いところだと気づきました。

この部屋はインスピレーションを与えてくれる場所であり、モノを所有することで経験値が蓄積されるというのは面白い話ですね。 他にもエリオスさんのお気に入りの場所があれば教えてください。

倉庫にぶら下がる照明器具
倉庫にぶら下がる照明器具

エリオス:工場か倉庫ですね。 汚くてもいいので道具が揃っている秘密基地。 小学校3年生ぐらいの男の子を想像してもらえたらわかりやすいと思います。 すぐ下の倉庫とか、SAMPOのアトリエとか。 作業途中で仕上げないといけない作品があるので見に行ってみますか?

変幻自在なSAMPOのアトリエ
変幻自在なSAMPOのアトリエ

まさに大人の秘密基地ですね。

エリオス:以前は間仕切りもないただの倉庫だったと思うんですが、ここを作業場、スタジオ、キッチンなどに区分けしてます。 もちろんモバイルハウスも組み込んでいます。 もう少ししたら公園的な空間も作ろうと思っているんです。 まだ雑然としていますけど、来年の春に向けて空間構成が大きく変わるので、次に来た時はまた違う空間になっていると思います。 この定量では測れないリビングアーキテクチャーこそが、僕らの考える「アナログ」そのものなんです。

大人の秘密基地

エリオス:自分にとってのお気に入りの場所は創造性を働かせる場所と、自分で積み上げた空間のふたつだと思っています。 前者は倉庫、後者はCHILL CHILL MICHILLのような店舗や家。 中でも倉庫はマザーシップのような感覚があって、ここから始まっていく感じが好きです。

倉庫で作業をするエリオス

エリオス:東京で家賃を払って引っ越しを繰り返すよりも、時間をずっと積み上げられる空間を持てるようなライフスタイルにしたいですね。 SAMPOのモバイルハウスにもそういう意図があるんです。

家や店舗に集積されたモノは見ているだけでひとつのコミュニケーションになりますし、本棚を例にとるとわかりやすいですが、何となくひととなりが伺えるじゃないですか。

アナログ機器のイメージ

最後に、エリオスさんの部屋でも散見していた、アフリカンアートやプロダクトについて教えてください。

アフリカンアートやプロダクトについて語るエリオス

エリオス:古物を探っていくと歴史に触れることになるし、人類のルーツを探ることになるとアミニズムのようなプリミティブな文化は切り離せないんです。 映画『プレデター』はアフリカの仮面から着想を得ているし、ピカソをはじめとした数多くのアーティストも結構アフリカの影響を受けている。 世の中のグローバル化が進んでも情勢に影響されることなく自分たちの文化を純粋に継承していこうという姿勢と、そこだから生まれたモノの成り立ちは僕にもとても魅力的に映ります。 そういった観点からプリミティブなものを日常に置いて着想を得ることを大事にしています。

アフリカンアート

エリオス

Elios

エリオス|Elios

Vintage Select Shop「CHILL CHILL MICHILL」の店主でありながら、モバイルハウスでも知られる建築コレクティブ「SAMPO」にも所属し、主にデザインを担当。 グラフィック、プロダクト、建築、舞台装飾など、多岐にわたって活躍する。

CHILL CHILL MICHILL

CHILL CHILL MICHILL

住所:オンラインのみ。
OPEN:月に一度関東エリアで出店。 Instagramの投稿をご確認ください。

HP
Instagram

Photos:Shintaro Yoshimatsu
Words & Edit:Jun Kuramoto(WATARIGARASU)