アナログ製品に限らず、ひとつの製品には多くの人が携わっている。 たとえば野菜の直売所にいくと、そこに並ぶ野菜にはプロフィールが書いてあり、産地や生産者の顔を見ることができる。 作り手の顔が見えると、その野菜がここに届くまでのストーリーが想像できて、なんだか「温かさ」を感じる。

イヤホンやマイク、ヘッドセットなどさまざまな音響機器を製造販売しているオーディオテクニカ。 その歴史はアナログカートリッジの製造・販売からスタートし、創業の1962年から現在まで多くの製品を展開してきた。 この連載ではその作り手にフォーカスを当て、バックストーリーを発信していく。

今回はカートリッジやケーブルなどを製作するホームリスニング開発課の由良 志之房に話を聞く。 これまでにさまざまな製品を生み出しており、直近ではHi-Fiケーブルシリーズ『FLUAT(フリュエット)』の開発を担当。 幼少期の話、オーディオテクニカに入社するまでに感じていたこと、そして現在の仕事のことまで、アナログを紡ぐエンジニアのストーリーをご紹介しよう。


悲しくなるくらい、いい音だった

最初に音楽に触れたきっかけはおじい様の影響だったとか。

祖父の影響で学生の頃からオーディオ機器には強い憧れがありましたね。 普段テレビやイヤホンで聴いた曲が祖父のオーディオ装置で鳴らすとその魅力が何倍にも増して感じられ、もはや「これまで自分の聴いていたものはなんだったんだろう」と悲しくなっていました。

オーディオでしか聞こえない音やその迫力を体験されたんですね。

それからは、ネットや雑誌などでオーディオ的な知識で得ていき、1個 4,000円くらいのフルレンジユニットでスピーカーを自作したり、中古のアンプを買って改造したりして、実家で鳴らしていました。 普通の子供部屋なので、家族に怒られて小さい音しか出せませんでしたが…。 それもあって、将来は「自分のオーディオルームを持ってやるぞ」と子どもながらに思っていました。

天井に吊るしている自作のBluetoothスピーカー

オーディオテクニカの製品も学生時代から使っていたとのことですが、いつ頃からどんな製品を使っていたのですか?

高校時代通学時、iPodで流行の曲を聴いていたのですが、付属のイヤホンが壊れたので電気屋さんでイヤホンを探していました。 当時は特に強いこだわりはなく、手頃な価格で付属品のイヤホンより音が良いものがあればいいなと思っていたのですが、その時に偶然手に取った『ATH-CKM30』が最初に購入したオーディオテクニカ製品です。

偶然だったんですね!

その後、家でスピーカーを鳴らせない時のためにヘッドホンが欲しいなと思い、ネットで調べていくうちに、某メーカーのヘッドホンとオーディオテクニカの『ATH-A900』を比較している記事を見つけました。 人気としては某メーカーが勝っているということだったのですが、ひねくれた性格の私は「長い物には巻かれるのは嫌だ」という思いと、イヤホンを購入していてコスパの良いメーカーだと信じていたので、結局試聴もせずにATH-A900を購入しました。 結果、音質や装着感など大満足であり、実家を出て一人暮らしを始めるまで何年も愛用していました。

ATH-A900(生産完了)

由良少年の愛機


趣味を仕事にするということ

スピーカーを自作したり、音楽を愉しむことが由良さんの趣味ということ、そしてオーディオテクニカの製品を学生の頃から使っていたことがオーディオテクニカへ入社するきっかけだった。 趣味と仕事を分けている人も一定数いると思いますが、趣味に関連する職業を選択するということについて由良さんはどう考えているのですか?

オーディオメーカーに就職するということは、趣味を仕事にするという点でメリットもデメリットもあると考えていました。 正直就職活動中もずっと悩んでいましたね。 今は、オーディオテクニカに入社して10年目になるのですが、その心配は杞憂でした。 逆に、普段の仕事の中で、より深い知識や実践的な経験が詰めたことでより趣味としてのオーディオが好きになっていますね。





たしかに、仕事でなければ経験できないことや得られない知識はありますよね。 現在はターンテーブルやケーブルなどを担当するホームリスニング開発課に所属されていますが、今、その趣味と仕事の共存は実現できていますか?

配属先が決まる前の段階で今の部署の研修があったんです。 それは、スピーカーの新製品のアイデアを出して試作するというもの。 話を聞いた時からワクワクしていて、その時は今で言うテレビ用のサウンドバーのようなものを作ったのですが、研修中はとにかく楽しく「ずっとこんな仕事していたい!」と思っていました。 そこから、現在に至るまで好きなことを仕事としてできる今の部署で働けています。

趣味と仕事でそれぞれで培ったスキルを相互的に活かせて、日々の業務もプライベートも楽しめるのはひとつの理想的なワークスタイルですね。 では、これまで手掛けてきた中で一番印象に残っている製品はありますか?

最も思い入れのある製品は、ホームオーディオ用のケーブルシリーズ「FLUAT」です。


ケーブルですか!これもご自身で制作した経験があったのですか?

オーディオケーブルの自作は簡単なので入社前から良くやっていて、その知識があったこともあり、配属されてすぐに車載ケーブルブランド「Rexat」シリーズの1機種を担当させてもらえました。 それからケーブル製品の開発はずっと続けていたのですが、6年目くらいのタイミングで営業部から新しいホームオーディオ用ケーブル、「FLUAT」シリーズを立ち上げたいという事で私に声がかかりました。 初めてシリーズのコンセプトから企画し立ち上げた製品なのですが、ありがたいことにオーディオテクニカとしては初めてオーディオアクセサリー銘機賞のグランプリ受賞することができました。 これまでの努力が認められたような気がしてとても嬉しかったです。


苦しい瞬間もある

仕事をしていて楽しい瞬間、あるいは苦しいと感じる瞬間はありますか?

モノづくりをしていて一番楽しい時は、開発したオーディオ製品が狙い通りの性能・音質だった時です。 一方で、苦しいと感じるのは担当してつくった製品が思ったよりも売れなかった時。 音作りで煮詰まるということはないですね。 どうやったらこういう音になるかというのはだいたいイメージできるものですし、トライした結果狙いが外れたとしても、それはそれで経験値が得られたなと思うだけです。

売上はとてもリアルな製品へのフィードバックですね。 それ以外に困難を感じることはありますか?

何か品質や設計的なトラブルで解決策が思いつかず、煮詰まるということはあります。 そういう時は家に帰ってお酒飲んで、YouTubeやアニメでも観て、頭の中を空っぽにして寝る。 そして次の日、もう一度頭にインプットすれば、何かしら別の考えやアイディアが浮かんできます。 それでも解決しなければ、同僚や先輩に相談する。 そうするとだいたい解決策は見つかります。


最後に、由良さんの今後の目標を聞かせてください。

オーディオテクニカに入社して10年目、この会社だからこそと思えるのは、新製品の開発を少人数で行うので、より一層 “担当した製品に愛着がわく” ということです。 (もちろん部署によっては多くの人が携わる開発もあります。 )
そんな中で、いつか実現したいと思っているのがHi-Fiスピーカーの開発担当です。 学生時代からやっていたスピーカーの自作は今でも続けていて、現在は自作した3wayのスピーカーでオーディオやゲームを楽しんでいます。 そういった経験を活かして、Hi-Fiスピーカー製品を手掛けてみたいなと思っています。


自宅の3wayスピーカー。 両サイドのペンギンは癒し効果と、コーナーに溜まる低音を吸音する重要な役割があるとのこと。

エンジニア 由良さんのとある1日

8:08 出勤
8:10 会社到着
始業まで雑誌を読んだり、ネットサーフィンをしたり。
8:30 午前業務スタート 試作品の試聴や、資料作成
試聴評価は午前中に済ませることが多い。
11:00~12:00 企画担当者と新製品の打合せ
12:15 ランチ
自宅に帰って冷食温めて食べる。 余った時間はYouTube見てぼーっとしている。
13:00 午後業務スタート 資料作成・メール対応
15:00~17:00 試作品のEMC測定
開発した試作品が周りの電磁波ノイズから影響を受けないか、また逆に、試作品が電磁波ノイズを出さないかというのを確認する測定。 EMC測定は時間がかかるのでたっぷり時間の取れる午後に実施。
18:00 業務終了

Engineer:Shinobusa Yura
Photos:Hinano Kimoto
Edit:May Mochizuki
Direction:E.SUKIKO