「このジャケット、なんだか気になる」──音楽に詳しくなくても、レコードには私たちの感性をくすぐる力があります。色や構図、紙の質感など、レコードのジャケットから伝わってくる何かに心を惹かれる、そんな体験をしたことはないでしょうか。音楽を聴く前に、まず “見る” 。その視覚的な第一印象が、音と出会う前のワクワク感を高めてくれます。
ジャケットのデザインに惹かれて手に取る瞬間は、まるでアート作品との偶然の出会いのよう。「ジャケ買いのススメ」は、そんな感覚的な選び方で、レコードとの偶然の出会いを楽しむ企画です。音楽を本業としないアーティストの皆さまに、レコードショップに無数に並ぶレコードの中から直感で気になったものをピックアップしてもらい、その中から特に心を惹かれた3枚を選んでいただきました。
今回のゲストにお迎えしたのは、AYAKA FUKANO(以下、FUKANO)さん。思春期にドイツの田舎町で過ごし表現をすることの楽しさを学び、最愛の祖父の認知症をきっかけに「世の中に溢れても困らない愛」をテーマに2014年から本格的に活動を始めた彼女は、各地での作品展示に加え、企業やアーティスト、アパレルブランド等との幅広いコラボレーション、ポッドキャスト番組『だってあたしたち人間じゃん』の配信、Instagramでのイラストと自身の経験から生まれた前向きな言葉の投稿など、さまざまなカタチで沢山の愛を届けています。

FUKANOさんは、どんなジャケットに惹かれるのでしょうか。そして、そのレコードにはどんな音楽が詰まっているのでしょうか?
レコードを探しに訪れたのは、東京都品川区の戸越/中延にあるアンビエント専門のレコードショップ〈春の雨 cafe & records〉。ここでしか出会えないような専門店ならではの品揃えのレコードは、そのほとんどが海外レーベルから直接輸入されており、名機TANNOY Autograph mini/GRを中心に据えてデザインされた店内は、レコード以外にもコーヒーやクラフトビールを楽しめる、素敵な香りで満たされた空間です。レコードについてのお話は、店主の中澤敬さんに伺いました。


アンビエントには詳しくないけれど、作品の制作中はいつも音楽を流し、文章を書くときは無音で集中するというFUKANOさん。店内にあるレコードをめくりはじめるとすぐに、数枚のレコードが目に留まったようです。

音楽の内容も、ジャケットのデザインに現れてるんですね。
さっそく数枚ピックアップされていますね。このジャケットはどのあたりが気になったのか、教えていただけますか?
FUKANO:私は絵を描きますが、見るものとしてのアート作品は写真やデザインを見るのが好きで、コラージュ作品だったり、写真は暗めの作風が好きなんです。
これは色の組み合わせが可愛いなと思って。この写真の色合いが好きだし、差し色の赤がいいなって思って目に留まりました。

中澤:いわゆる日本のレジェンド、ニューエイジを昔からやっているイノヤマランドさんの作品ですね。イギリスのTonal Unionというレーベルからリリースされています。イノヤマさんは現在もご活躍をされていて、海外のアーティストからリスペクトされてる方です。
FUKANO:へー!すごい方だ!
あと、直感的にこのジャケットも気になりました。

中澤:ジョン・ハッセル(Jon Hassell)ですね。アメリカのトランペット奏者であり作曲家でもある人なんですが、アンビエントの「第四世界」と呼ばれるジャンルを始めたことで知られている人です。
FUKANO:第四世界?初めて聞きました。
中澤:ブライアン・イーノ(Brian Eno)っていう環境音楽の始まりの人といわれる人物がいるんですが、その人とジョン・ハッセルが80年代頃に提唱して、発展させたアンビエントの一種のジャンルです。
FUKANO:アンビエントっていうのは聞いたこともあるんですけど、「環境音楽」っていうんですね?
中澤:「アンビアント=環境音楽」と和訳するのはどうなのか?という議論も一部ではあるんですけどね。環境音楽は日本独自で発展してきた側面もあるので、海外の方からも注目されています。

そのレコードは、どんな理由で手に取ったのでしょうか?
FUKANO:ドーンと人物がメインになっているデザインが好きなんですが、このジャケットはボヤけた感じと色がかっこいいと思いました。
中澤:こちらはローレル・ヘイロー(Laurel Halo)というアーティストで、このジャケットはおそらくご自身の写真なんじゃないかな?
坂本龍一が生前に、自分の葬儀で流すために制作していた「funeral」というプレイリストがあるんですけど、アルヴァ・ノト(Alva Noto)やビル・エヴァンス(Bill Evans)、デヴィッド・シルヴィアン(David Sylvian)といった、いわゆるレジェンドやベテランのアーティストで構成されている中で、最後の締めの楽曲にローレル・ヘイローの「Breath」で絞められていて話題になったんです。
FUKANO:かっこいい…!
中澤:もともとテクノで人気があったアーティストなんですが、前衛的なドローンで僕もすごく好きなんです。このレコードでは抽象的な音楽にチャレンジしてて、その感じがこのジャケットに出ているのかなと思いますね。
FUKANO:なるほど。音楽の内容も、ジャケットのデザインに現れてるんですかね。
中澤:そんな気がしますね。
ここまでFUKANOさんが惹かれたジャケットは、写真が印象的なものが多いですね。
FUKANO:本当ですね!
アンビエントのレコードジャケットは比較的写真の作品が多い、ということはあるんでしょうか?
中澤:どうでしょう…でも、ジャズとかロックのような決まったフォーマットはないとは思いますね。たとえば、アーティストがカメラ目線でニコッとした写真とか、グループのメンバーが横並びでポーズをとっている構図とか。
アートワークが自由なものが多いし、それぞれのオリジナリティが出る部分だと思います。お客さんも、アーティスト名よりもアートワークで覚えていることも多いように感じます。
FUKANO:目で印象に残りますもんね。
中澤:やっぱり最近は情報量が多いので、色々なものの中から何かを見つけ出すには、感覚的には目に留まるものが一番覚えやすいのかもしれませんね。

店内には中古レコードも置かれているんですね。
中澤:そうですね。〈音の蚤の市〉という中古市イベントを不定期で開催していて、今回がその第4弾です。よくイベントでご一緒させていただいているTaro Nohara a.k.a. Yakenoharaさん、テクノ系DJのEita Godoさん、DJ/トラックメイカーのP-RUFF(ピラフ)さんの私物をお預かりしています。基本はアンビエントだけど、中古はジャンルを問わず自由なセレクションなので、長嶋茂雄さんの応援歌なんかもありますよ。
FUKANO:ええー!すごい!

FUKANO:この『Dinosaur Time』って、なんとなく元気が良さそうなタイトルですね。絶妙な緑もかわいい。
中澤:これはP-RUFFさんからお預かりしているものです。コーヒー豆の缶やサックスのマウスピースを使った自作の楽器を使って演奏された、かなり実験的なジャズのようですね。即興で演奏しているのかな?
試聴させていただけますか?
中澤:もちろんです。

(残念ながら、オンラインで試聴できる音源はなかった)
試聴してみて、いかがでしたか?
FUKANO:音がかわいかったです。ジャケットも、絶妙な緑でかわいい。タイトルとジャケットの雰囲気から、勝手にもうちょっとロックというか、元気な感じの音楽を想像していました。でもなんでダイナソーなんですかね?歩く感じをイメージしたのかな?
中澤:ジャケットも特殊ですね。
FUKANO:開いた中身も手作り感があるし、ここの写真の人たちも味がある写りですね。すごく昔のものっぽい気がするんですが、これはいつのレコードなんですかね?
中澤:1980年のオリジナル盤か、状態がいいのでその後の再発盤だと思います。
FUKANO:生まれる前だ…!

AYAKA FUKANOが直感で選んだ、3枚のレコード
店内を見終わって、直感でピックアップされたのは11枚でした。ではここから、特に心が惹かれた3枚のレコードを選んでいただけますか?
FUKANO:うわ〜、どうしよう。選べないなあ…!とりあえず、似たようなデザインで仕分けてみます。これとこれは似てるかな…。

陽気なハウス『Studio Barnhus Volym 1』
FUKANO:まずは直感で最初に決まったのがこれでした。このイラストの感じと、この手描きの感じが気に入ってます。
中澤:こちらは陽気な感じのハウスですね。Eita Godoさんからお預かりしているものです。

実際に中身を聴いてみた感想はいかがですか?
FUKANO:結構好きかも。かっこいい。ジャケットの見た目からもっと雰囲気的に古い感じの音楽かなと思ったんですけど、今風というか、聴きやすいですね。
中澤:これは2018年の作品なんです。スウェーデンのDJ/プロデューサーのアクセル・ボーマン(Axel Boman)などが所属する、ハウスで有名なStudio BarnhusというレーベルのコンピレーションLPです。
FUKANO:裏側もかわいい!

淡い歌声が特徴的な『Agape』
FUKANO:こちらはどんなレコードなんですか?
中澤:タラ・ノーム・ドイル(Tara Nome Doyle)というドイツのシンガーソングライターの作品ですね。女性のファルセットボイスというか、淡い歌声が特徴的のアンビエントフォークです。
FUKANO:私は10代の頃はドイツに住んでいたので、それもあって心が惹かれます。

FUKANO:これ、めっちゃ好き。今回聴く音楽は普段は選ばないジャンルだし、聴きなれない音楽だから楽しいです。
アンビエントって、歌は入っていないジャンルっていうイメージがありました。
中澤:基本的には入ってないものを指すことが多いんですが、拡大解釈がされてきていて、背景の音がアンビエントっぽいものもアンビエントの一種としてカテゴライズされています。この『Agape』は200部限定のレコードで、手書きでナンバリングされているんですよ。
FUKANO:ほんとだ!

ちなみに、FUKANOさんは作品の制作中にはどんな音楽を聴いているんですか?
FUKANO:その時の気分にもよるんですけど、広く色んなものを聴いていますね。気に入るとずっと同じ曲を聴いてしまうタイプです。展示ごとになぜかハマる曲があって、ちゃんみなさん、槇原敬之さん、藤井風さん、小田和正さんなど、毎回本当に変わります(笑)。
いつもと違う場所に行っているような気持ちになる『Atlas』

FUKANO:先日の坂本龍一さんの展示に行ったんですが、こういう音楽が流れていました。こういう感じがアンビエントっていうんですね。
試聴してみて、収録されている音楽の印象はいかがでしたか?
FUKANO:こういう音だけの、歌のない音楽って普段はあんまり聴かないので、ジャケットからの印象では女性が歌うのかと想像してました!
アンビエントについてはあんまり詳しくはなかったんですけど、こういう水の流れる音や風が吹く音のような自然な感じの、寝る時に聴くと良さそうな音楽がいわゆるアンビエントなのかなって思いました。
中澤:ローレル・ヘイローの楽曲はアンビエントの中でもちょっと難解というか、個性的ではある気もしますけどね。アンビエントの解釈が広がってきているのかなと不思議に思う部分でもあります。
1曲目の「Abandon」と今流していただいている「Belleville」とでは、また印象が違いますよね。
FUKANO:違いますね。美術館に行ったような、いつもと違う場所に行っているような気持ちになります。
中澤:アンビエントは音階がないので人の意識をあまり捕まえない側面があって、美術館とかいろんな空間で使われることが多いですね。
FUKANO:こういう音楽を聴きながら日々過ごせるようになりたいですね(笑)。
中澤:贅沢ですよね(笑)。

レコードのジャケ買い体験、いかがでしたか?
FUKANO:幼少期から映画のポスターや音楽のジャケットだったり、雑誌の広告などの “デザインされたもの” を見るのが実は好きだったなと、この仕事を始めてから気づいてはいたのですが、実際に感覚や視覚的に好むものは、自分の好んで描く世界感とはまた違って面白いなっていう印象でした。写真とか、とてもシンプルなものとかが意外と好きなんだな、と。
「きっと楽しい音楽なのだろう」とか「これは暗めの音楽かな?」とか、ジャケットからある程度は想像できるような気もしていたんです。でも実際には、自分自身の制作でもそうですが、そこに込められた作り手側のストーリーがあればあるほど、印象や最初のイメージとはまた異なるものが生まれるというのも面白いなと思いました。
だからこそ「ジャケットで決める」「音で決める」「アーティストさんで決める」というような、いろんな選び方があるのかなと思いましたし、どれもとても魅力的だなと感じました。
AYAKA FUKANO
東京で生まれ育ち、思春期の多感な時期をドイツで過ごす。海外生活を通して、想いや考えをあらゆる方法で表現することの楽しさを学び、2014年よりアーティストとしての活動を始める。
不規則ながらも迷いのない線とポップなカラーリングを持ち味に様々なアート作品を制作。多くの作品には自身の経験をもとに綴った前向きな言葉が添えられ、愛をテーマに描かれる暖かい世界観は国内外の幅広い層から支持されている。
春の雨 cafe & records
住所:〒142-0042 東京都品川区豊町6-5-1
OPEN:不定期営業。詳細はSNSにてご確認ください。
Photos:Soichi Ishida
Words & Edit:May Mochizuki