演歌、アレンジャー列伝第4回高田弘〜A&M感覚の優美なポップス演歌〜 - Always Listening by Audio-Technica（オーディオテクニカ）

現代の耳で聴くと、演歌には驚くほどユニークで実験的なサウンドが潜んでいる。歌とメッセージの陰に隠れがちなアレンジャー（編曲家）の仕事に光を当てれば、演歌は途端にクールな音楽に変貌する。

明治期に演説歌として生まれ、1960年代に流行歌として定着した演歌は、七五調やヨナ抜き音階、「コブシ」「唸り」といった歌唱法で特徴づけられ、「日本的」なイメージが強い。しかし現代のリスナーには日常的なポップスとして認識されず、海外でシティポップや歌謡曲が再評価される中、演歌だけが取り残されている。

歌唱や歌詞が重視される一方で、アレンジや演奏は顧みられにくい。過剰なエコーやむせび泣くサックス、ラウンジ感漂うエレクトーンなど、レコード盤でこそ際立つ音像がそこにある。型を守りつつ大胆な工夫を許す自由度もあり、無数の「ご当地ブルース」にも編曲家のひねりが潜む。

演歌の再発掘を志すミュージシャン入岡佑樹による、究極にニッチな演歌ディスクガイド。アレンジャー（編曲家）にスポットを当てて、その技の魅力と共に楽曲を紹介していこう。

高田弘〜A&M感覚のポップス歌謡演歌〜

歌謡曲アレンジャーの大家・高田弘。ちあきなおみ「喝采」や、とんねるず「雨の西麻布」など、あまたのヒット作に携わっているだけあって抜群の安定感があり、同時代の洋楽ポップス、ロックなどの要素を取り入れたモダンな編曲も数多い。ファンキーなバンドサウンドを彩る軽やかなストリングスアレンジが見事な野口五郎のフィリー・ソウル歌謡「グッド・ラック」などは、所謂「和モノ」の中ではもはやクラシックの位置付けだろう。

「魔法のプリンセスミンキーモモ」、「さすがの猿飛」など昭和アニメの劇伴仕事も数多くこなしていることもあり演歌のイメージは薄いかもしれないが、琴風豪規「まわり道」、桂銀淑「大阪暮色」といった、デジタル時代に突入した80’s演歌のお手本のような有線ヒットも手がけている。しかし、70年代の高田は演歌の泥臭いイメージと相反しそうなソフトロックやボサノバなどの要素を巧みに取り込んだアレンジも披露しており、かつてのA&M Records* 的な雰囲気の明るく洒落たクリエイションは結果的に演歌のエキゾチックな魅力を浮き彫りにしているように思う。

*A&M Records：1962年にハーブ・アルパートとジェリー・モスが設立したレコードレーベル。レーベル初期の代表作にはセルジオ・メンデス＆ブラジル’66（Sergio Mendes & Brasil ’66）『Fool On The Hill』、キャロル・キング（Carole King）『Tapestry』、カーペンターズ（Carpenters）『Close To You』などがある。

ソフト&メロウな70年代の高田弘演歌ワーク／海音寺剣「傀儡ブルース」（1973年）

よくあるタイプの情念ロッカバラード演歌なのだが、イントロ、間奏、アウトロで登場する短いホーンのフレーズやコード感に、バカラックからの影響が感じられる。ストリングスの差し込まれるタイミングも絶妙。こんなタイトルなので、歌詞はもちろん不憫なストーリーなのだが、サウンドは全く悲壮感を感じさせない仕上がり。そのギャップが良いんです。

モロにA&MなClose to you演歌／高田恭子「夜はブルース」（1970年）

軽快なトランペットが印象的なイントロは明らかにカーペンターズ（Carpenters）やロジャー・ニコルス（Roger Nichols）のようなA&M的ソフトロックサウンドを意識したものだろう。ここまであからさまだと笑うしかない「Close to you」演歌。全体を通して軽やかで優美。このアレンジを演歌でやってのける高田のセンスに脱帽。

違和感なくボサノバなメロウ演歌／バーブ佐竹「三条河原町」（1967）

メロウなサックス、夢見心地なビブラフォン、洒脱なコードワークのバッキングに、七五調の演歌的歌詞をねっとりと唄うバーブ。不思議と違和感はなく、ボサノバ歌謡と括るにはあまりにも本気（マジ）で、ボサノバのローカライズ成功例として後世に語り継ぎたい。レコードの出現頻度からして、この曲はバーブの楽曲群のなかでも隠れた名曲トップ5に入るのではないだろうか。B面とはいえ当時評価されなかったのが惜しいほどの内容だ。

【入岡佑樹ミニコラム】演歌ならではの「頻出ワード」で曲調を推察せよ！

試聴してレコードを買う。なんと贅沢な行為だろう。コーヒーを飲みながら気の済むまで試聴させてくれるお店もあれば、試聴を一切受け付けない店舗も稀にある。一方で、演歌レコードの主な採掘場であるリサイクルショップには、基本的に試聴の概念は存在しない。そうなると、いわゆる「クレジット買い」の比重が大きくなる。作曲家なら猪俣公章、藤原秀行、城美好、くるみ敏弘あたりは迷わず買う。

しかし、実際に掘り進めるなかでは初めて名前を聞く作家が次から次へと現れるし、作家名だけでは判断できないケースも多い。そして、人生は短い。1枚ずつ念入りにチェックしている時間が惜しい。そうなると、曲名で瞬時に判断するほかにない。

どういうタイプの演歌が好みかにもよるが、私の場合はメジャー調で、12/8拍子のリズムの演歌が本命なので、それっぽい単語が並ぶタイトルを狙って買うようにしている。この手の楽曲（私はスウィートエンカと呼んでいる）だけを集めたデータベースを制作中のため、頻出ワードから曲調が推測できるのだ。

「盛り場」「港」「東京」「ためいき」「おんな」「ブルース」「街」「命」「霧」「愛」……。こういった単語が入ると役が付く。「長崎」や「大阪」はメジャー調の比率が高く、「東北」はその逆、といった傾向が見出せたりもする。例えば、ハニー・ナイツの「港のためいき」などは、港、ためいき、どちらも2役カウントなので4役、この時点で満貫を聴牌した状態だ。嬉しいことにこの曲はむせび泣きまくりの超名曲だったため、裏ドラが2枚乗って跳満に。

背面に楽譜が記されているものもあり、これに関しては答えが書いてあるようなものだし、歌詞が掲載されていればこれも判断材料のひとつになる。ジャケットに写る歌手の面構えやファッション、文字のフォント、盤の溝、といったヒントを頼りに、嗅覚を働かせるしかないのだ。「これは聴くまでもなく本命盤」と期待に胸を膨らませ帰宅し、いざ針を落とした瞬間に膝から崩れ落ちる、ということが大半ではあるのだが……。