現代の耳で聴くと、演歌には驚くほどユニークで実験的なサウンドが潜んでいる。歌とメッセージの陰に隠れがちなアレンジャー(編曲家)の仕事に光を当てれば、演歌は途端にクールな音楽に変貌する。
明治期に演説歌として生まれ、1960年代に流行歌として定着した演歌は、七五調やヨナ抜き音階、「コブシ」「唸り」といった歌唱法で特徴づけられ、「日本的」なイメージが強い。しかし現代のリスナーには日常的なポップスとして認識されず、海外でシティポップや歌謡曲が再評価される中、演歌だけが取り残されている。
歌唱や歌詞が重視される一方で、アレンジや演奏は顧みられにくい。過剰なエコーやむせび泣くサックス、ラウンジ感漂うエレクトーンなど、レコード盤でこそ際立つ音像がそこにある。型を守りつつ大胆な工夫を許す自由度もあり、無数の「ご当地ブルース」にも編曲家のひねりが潜む。
演歌の再発掘を志すミュージシャン入岡佑樹による、究極にニッチな演歌ディスクガイド。アレンジャー(編曲家)にスポットを当てて、その技の魅力と共に楽曲を紹介していこう。
デジタルサウンドとヘヴィなギターが「演歌っぽさ」をデフォルメする、デジパワ演歌というニュースタンダード
80年代、時代の主流はデジタルレコーディングとなり、歌謡曲と同様に演歌のサウンドやアレンジの傾向も変化していった。シンセサイザーやエレドラによる打ち込み、デジタルのエフェクト処理が多用されるようになった。フュージョンやメタル、ハードロックでよく聴かれるような抜けの良いディストーションギターが頻繁に登場するようになったのもこの頃だ。この時代の演歌クラシックである石川さゆりの「天城越え」(1986年)にも、そうしたサウンドは使われている。
エレキギターを弾き倒すアレンジは現代においても主流で、2019年に北島兄弟(北山たけし・大江裕)がリリースした「兄弟連歌」などは、牧歌的な雰囲気と思いきやギターはバリバリに歪んだサウンドである。2025年リリースの市川由紀乃の最新作「朧」は、「舟唄」や「天城越え」系のオーセンティックな演歌だが、ギターだけはメタルと融合せんとするばかりのヘヴィさだ。
歌を引き立てるというよりも、共に合戦に向かわんとするかのような勢いのパワフルなギターは、もはや演歌というジャンルにとって必要不可欠で、記号的な存在のひとつになったと言っていいだろう。ゲートリバーブが効いたスネアドラムやキラキラしたシンセストリングスもそうだが、新技術の導入や他ジャンルとの接続を経たアレンジワークは、節回しやメロディーといった「うた」に関する様式だけが守られている状態をつくりだし、結果として「演歌っぽさ」を際立たせる結果となった。そんな御託は置いておこう。たとえ機械の身体になったとて、演歌は演歌。パワフルで爽快なデジタル・パワー演歌(デジパワ演歌)黎明期の楽曲を紹介したい。
サブちゃんの歌唱が際立つエクストリームエレクトロ演歌/北島三郎「浪曲太鼓」(1986年)
演歌界のレジェンド・北島三郎本人が作曲(原譲二名義)、斉藤恒夫が編曲した、やりたい放題のエクストリームエレクトロ演歌。三味線や笛といった和楽器がフィーチャーされているものの、ビシビシと小気味良いエレドラや、メタリックなスラップベース、パーカッシブなシーケンサーなど、機械の身体を手に入れたロボ・サブちゃんがサイバーコマ劇場で大立ち回りするかのごとく強烈なデジパワが展開されている。そして、この曲は歌も凄い。御大の人間離れした歌唱力が際立つ名アレンジだ。
どこを切り取ってもデジパワな元気演歌/松本有司・森田真実「柏のひと」(1989年)
手に汗握るディストーションギターのソロ、デジタルリバーブがムンムンのボーカル、ビシビシ響くスネア、デジパワを極めしデジロック演歌。元気いっぱいのサックスとギターの掛け合いがすばらしく、歌がナヨナヨしているところも逆に良い。やや珍しいタイトルだが、ぜひ探してみてほしい。
きらめくシンセのデジタル・サウダージ/瀬川瑛子「サザン瀬戸ブルース」(1987年)
デジパワにはブルースがよく似合う。デビュー数年でラウンジ感溢れるけだるいブルース演歌の名曲を数多く残した瀬川瑛子だが、80年代の作品も最高だ。枯れたギターとDX7系のキラキラしたシンセがデジタル・サウダージな趣で、芯のある瀬川の歌唱とマッチしている。
【入岡佑樹ミニコラム】ご当地レコードを求めて
民謡や音頭などと同様に、演歌もご当地のレコードが数多く存在する。沖縄などを除けば、その音楽性に地域ごとの差異はあまりないが、自身が暮らす街を舞台とした物語をそこで暮らす人びとに向けて歌う、市井のローカル歌手達のソウルは、対象範囲が限定的だからこそ解像度が高く、リアルに響く。
そんなわけで、ご当地盤を好んで買っている。歌詞だけでなくサウンドもユニークな場合がしばしばあり、それも魅力のひとつだ。潤沢な予算が確保できなかった故の、ガレージロックのような荒々しいバンド演奏のムード歌謡や、リズムボックスとエレクトーンの伴奏で歌われるDIYドンカマ演歌など、掘れば掘るほど興味は尽きない。
先日、数年ぶりに田舎に帰省した際、近所の古本屋の店主と談笑中に「その土地の演歌歌手のレコードを集めている」という話をしたところ、レコードを出してそうな人が何人か知人にいると言う。その場で全員に電話をかけてくれた。成果物こそ無かったものの、その心遣いがとても嬉しかった。
年に数回遊びに行く沖縄でも、ある演歌歌手に会うためにスナックやバーを渡り歩いて情報を集めていたのだが、出会った人たちがこぞって力を貸してくれたおかげでご本人にたどり着くことができた。ご当地レコードを探す楽しさは、このようなかけがいのない経験や出会いにこそあるように思う。
入岡佑樹
1987年生。軽音楽グループ・Super VHS主宰。『レコード・コレクターズ』などで執筆するかたわら、近年は「SWEET ENKA」という演歌 / ムード歌謡の新しいリスニングスタイル提唱し、DJやMIX制作などの活動を行なっている。
Photos & Words:Yuki Irioka
Edit:Kunihiro Miki