Face Recordsからのおすすめレコードを毎月お届け。モノラル録音のレコードをモノラル専用針で聴いたことはありますか?1960年代にステレオが普及するまで主流だったモノラルは、ステレオのような立体感は少ないものの、独特の迫力を持ったサウンドを聴くことができます。
既に楽しまれているオーディオファンやレコードファンはもちろん、モノラル針でモノラルレコードを聴く体験をされたことのない方でも欲しくなってしまいそうなレコードを、Face Recordsの藍隆幸さんがご紹介します。
モノラルレコードの魅力は唯一無二
結論から言ってしまうと、ステレオ盤とモノラル盤は聴き比べてどっちが良いかを選択するものではなく、それぞれに魅力があるので両方の魅力を楽しむのが良いのだと思います。
モノラル再生では音に左右の違いは無く、すべての音が一箇所からまとまって鳴るので、楽器ごとの音の区別がつかないほど1つになって、音楽が一体化したかたまりで押し寄せます。ライブハウスなど、大音響で音が左右どちらから聞こえてくるのか分からないような環境で、バンドの音の勢いを体全体で受け止めて楽しむのに似ていると感じます。
とはいえ、最初からモノラルで録音してモノラルでミックスされたレコードと、ステレオで録音されたものをモノラル用にミックスしたものでは多少感じ方が違うのですが、そのあたりも含めて魅力的なモノラルレコードをご紹介します。
坂本九『Sukiyaki(UK盤)』(1962年)より、「Sukiyaki」
誰でもご存知の「上を向いて歩こう」!アメリカのビルボードでNo.1を取ったことは有名だけれど、そのアメリカ盤はどんな音がするんだろうと思って買ったレコードです。
いまだに日本盤は持っていないけれど、US盤とUK盤を聴き比べしてみると明らかにUK盤が素晴らしい。モノラルながら中村八大のオーケストラ演奏の細部まで再現されています。バックの演奏は4ビートながら、ボーカルはもともとロックンロールが好きで歌っていた坂本九の独特なアレンジで、8ビートをベースにした洋楽風の歌い方のリズムが取り入れられた一曲です。
この時代の日本の歌は歌詞の1つの五十音文字を1つの音符に乗せることが多いけれど、洋楽は1つの音符に複数の単語を乗せたり、1つの単語の発音を複数の音符に乗せることもあるので、裏のリズムに歌詞には表せない発音を乗せて歌うことで独特のノリが生まれました。当時、「Sukiyaki」はジャズやロックンロールのリズムを好んでいた若い人から先に火が付いたと言われています。
テイスト・オブ・ハニー(A Taste of Honey)、メアリー・J. ブライジ(Mary Jane Blige)、ダイアナ・キング(Diana King)、マリーナ・ショウ(Marlena Shaw)、スヌープ・ドッグ(Snoop Dogg)など、カバーしているアーティストが多いことは知られていますが、黒人アーティストが好んで取り上げることも多いのはやはり坂本九のこの歌い方にあると思います。
Elvis Presley『ELVIS』(1956年)より、「Rip It Up」
モノラルで聴くことが主流で、録音もモノラル前提だった1950年代のロックンロールはモノラル針で聴くと迫力が違います。アーティストの勢い、バンドの一体感、臨場感が音の塊になって再生される。「Rip It Up」はギターのカッティング音が特に素晴らしい!
エルビス・プレスリー(Elvis Presley)を聴いたことが無い人も多いと思いますが、1950年代の作品、特に1作目の『Elvis Presley』と2枚目の『ELVIS』、『For LP Fans Only』『A Date With Elvis』はマストバイです。
Eddie Cochran『Eddie Cochran』(1960年)より、「Somethin’ Else」
もう一人、1950年代のロックンロールアーティストのレコードを紹介します。
1960年に交通事故のため、わずか21歳で亡くなったエディ・コクラン(Eddie Cochran)。「Somethin’ Else」は特にモノラル針ならではの轟音が楽しめるので、機会があったらぜひお聴きください。
The Ronettes「Be My Baby」
モノラルと言えばフィル・スペクター(Phil Spector)。「ウォール・オブ・サウンド」という、ミュージシャンを大編成で集めてスタジオで一発録音することで重厚な音を実現するレコーディング手法は、モノラルにこだわったプロデューサー、フィル・スペクターが生んだ革命とも言えます。
「ウォール・オブ・サウンド」はブライアン・ウィルソン(Brian Wilson)、ブルース・スプリングスティーン(Bruce Springsteen)、大瀧詠一など後のミュージシャンに大きな影響を与えています。日本人アーティストだと大瀧詠一の「君は天然色」は3本のエレキギター、12弦を含む5本のアコースティックギター、エレクトリックピアノを含む5台のピアノ、5人のパーカッションなど、20人のミュージシャンが全員一斉に演奏して一発録りで2トラックにまとめられました。
「Be My Baby」は今さら紹介するまでもないほど有名なフィル・スペクターのプロデュースによる「ウォール・オブ・サウンド」の傑作です。
The Crystals「Then He Kissed Me」
個人的にはこの「Then He Kissed Me」こそ「ウォール・オブ・サウンド」の傑作だと思います。イントロから始まるギターリフにギターストロークやピアノの大編成とカスタネットの連打が絡まり曲の最後まで絶え間なく続く。
カスタネットの連打はフィル・スペクターの定番で「Be My Baby」や、大瀧詠一も「恋するカレン」で効果的に使っています。
Led Zeppelin「D’yer Mak’er」
最後に、ステレオでレコーディングされたものをモノラルにミックスしたレコードを2曲ご紹介します。もともとのレコーディングはモノラルではありませんが、モノラルレコードの楽しさを味わうことが出来ます。
まずはレッド・ツェッペリン(Led Zeppelin)のドラマー、ジョン・ボーナム(John Bonham)の轟音ドラムを堪能できる一枚。この両面モノラルのシングルレコードはA面はロングバージョン(アルバムと同じ尺)、B面はレアなショートバージョン(3:15)が収録されています。恐らくラジオ用にモノラルでミックス編集されたレコードなのでしょう。
もちろんステレオ盤で聴くボンゾ(ジョン・ボーナムの愛称)のドラムはすごい迫力なのですが、モノラル盤で聴くとギターやベースと共にバンド全体の一体感を味わうことができます。
The Specials「Gangsters」
「Gangsters」はジャマイカのスカやロックステディがイギリスで消化されて、パンクの要素がミックスされた所謂「2トーンサウンド」の代表的な曲です。これはアメリカでリリースされたプロモーションオンリーのレコードで、A面はステレオ、B面がモノラル。
ザ・スペシャルズ (The Specials)はレッド・ツェッペリンの様に楽器が主張するバンドではなく、勢いのある音楽やリズムの一体感がウリなので、モノラルレコードには向いているバンドです。この「Gangsters」は彼らの1stシングル曲で、パンクのテイストが入ったルーディのとっぽい感じがカッコイイ。モノラルレコードで聴くとそのアンダーグラウンドな魅力が一層感じられるのでお勧めです。
シンプルだけどモノラルこそが究極のオーディオ環境?
今回の記事は、2024年10月3日に発売された季刊誌「analog」vol.85 の企画「モノラルカートリッジで聴きたいモノラルレコード30選」の記事をベースにして、ご紹介しきれなかったレコードを加えた内容にしました。
音を左右に分けるか1つに絞るか、たったこれだけの違いなのにレコーディングからミックス、聴くためのオーディオ環境、そして聴く体験まで大きな違いが出る。生活の中では360度全ての方向から音が聞こえるのが自然だからオーディオ環境もチャンネルを分けるほど自然の音に近くなるはず。それを1つのチャンネルに絞るのは音楽を聴く環境としても不利になるわけだから、楽しみの要素も減ってしまうのではないかと考えるのが普通だと思う。
ところが実際にモノラルで聴くと、これこそが行き着くべきオーディオ環境の理想なのではと感じる。聴く音楽にもよるし、好みもあると思うが、ロックやジャズ、R&Bなど、バンド全体の一体感を楽しみたい場合、モノラルの方がむしろ優れた体験ができるという印象です。それくらい世界観が変わります。
オーディオテクニカのモノラル針 VM610MONO
今回のレコードは『VM610MONO』を使って試聴しました。VM610MONOはモノラル針初心者でも比較的手を出しやすい価格帯でありながら、とてもクリアで迫力のあるモノラルサウンドの再生が可能です。ヘッドシェルも同じオーディオテクニカ製を選べば、苦労せず簡単に取り付ける事ができます。
Face Recordsは、アナログレコードを「文化を継承していくためのツール」ととらえ、過去の価値ある音楽と文化を将来に渡って継承していくこと、ホンモノが生き続ける時代をつくることが使命であると捉えています。国内の6店舗では、レコードだけでなく、レコードプレイヤーやモノラル針を含む各種カートリッジを揃えていて、店舗内で針の試聴会を開くこともあります。今後もFace Recordsの商品展開にご期待ください。
Face Records
”MUSIC GO ROUND 音楽は巡る” という指針を掲げ、国内外で集めた名盤レコードからコレクターが探しているレアアイテムまで、様々なジャンル/ラインナップをセレクトし、販売/買取展開している中古盤中心のアナログレコード専門店。1994年に創業し、現在は東京都内に3店舗、札幌、名古屋、京都に各1店舗、ニューヨークに1店舗を展開。廃棄レコードゼロを目指した買取サービスも行っている。
Words: Takayuki Ai