アパラチア山脈の麓に広がる肥沃な農地に、牧歌的な景観が延々と続くネブラスカの田園地帯、やわらかい風に抱かれるモンタナの高地平原。アメリカは国土の40パーセントが農地である農業大国だ。

その広大な土地を耕し続けてきたファーマーたちの数は知れない。そしてその彼らを支えてきたのが、今日も米国の音楽市場で絶大な影響力を持つカントリーミュージックだ。

労働と音楽の繋がり。広大な大地に息づく農業と、カントリー、フォークという音楽の、強くて太い根っこをじっくり掘り起こしてみよう。

カントリーと農業、寄りそう間柄

「Keep America Growing(アメリカを、もっと大きく)」。アメリカにて30年にわたって続く「Farm Aid」のスローガンだ。Farm Aid*とは、アメリカの農家のために開催されるチャリティコンサートで、音楽を通して貧窮にあえぐ国内の小規模農場や個人経営の農家のために基金を集めている。

*その活動は資金援助にとどまらず、農家専用のホットラインやネットワークを構築し、農業のシステムを改善しようとするなど、米国の小規模農業の存続を支える一助でもある。

このフェスの提唱者、創立者、出演者たちはカントリーやフォークミュージシャンだ。原案を思いついたのは、現代フォークの吟遊詩人、Bob Dylan。1985年にアフリカ難民救済のために行われた20世紀最大のチャリティーコンサート「Live Aid」のステージ上でこう問いかけた。

「集まったこれらの資金が、少しでも米国のファーマーたちへ分配されたらと思う」

80年代のアメリカの農業は世界大恐慌以来の苦節のまっただなかにあった。干ばつやドル高政策による農産物輸出不振などで経済的な打撃を受け、これにより、借金を負う農家や破産を余儀なくされる農家などが増え、自殺者も急増していた。

Dylanの発言に賛同したミュージシャンたちが、自身も農場で少年時代を過ごしたカントリー界のアウトローWillie Nelson、フォークロックの代名詞 Neil Young、フォーク/カントリー色の強いシンガーソングライター JohnMellencampなど。

Dave Matthews(デイヴ・マシューズ)、Willie Nelson(ウィリー・ネルソン)、John Mellencamp(ジョン・メレンキャンプ)、Neil
    Young(ニール・ヤング)
(左から)Dave Matthews(デイヴ・マシューズ)、Willie Nelson(ウィリー・ネルソン)、John Mellencamp(ジョン・メレンキャンプ)、Neil Young(ニール・ヤング)
Farm Aid board artists Dave Matthews, Willie Nelson, John Mellencamp and Neil Young.
Photo © Marc Hauser

毎年30以上のアーティストが出演するが、そのラインナップも、カントリー界の巨匠 Johnny Cashや、伝説のカントリー歌手でカントリーの傑作『炭坑夫の娘』を歌った Loretta Lynn、カントリー・ブルース歌手の BonnieRaittなど、フォーク/カントリー界のアーティストで占められている。これまでにおよそ4,800万ドル(約52億円)の資金を集め、自国の農家を支援してきた。

Willie Nelson(ウィリー・ネルソン)。
Willie Nelson(ウィリー・ネルソン)。
Willie Nelson & Family performing at Farm Aid 2019. Photo © Brian Bruner / Bruner Photo
John Mellencamp(ジョン・メレンキャンプ)。
John Mellencamp(ジョン・メレンキャンプ)。
John Mellencamp performs at Farm Aid 2018. Photo © Brian Bruner / Bruner Photo
Neil Young(ニール・ヤング)。
Neil Young(ニール・ヤング)。
Neil Young & Promise of the Real performs at Farm Aid 2018. Photo © Scott Streble

さて、このアメリカの農業のためのカントリー界のフェスを通した取り組みは、実はFarm Aidよりずっと前から続いている。

1940年代大恐慌時代の農家の苦悩を描いた傑作『怒りの葡萄』の作家 John Steinbeck主宰の慈善コンサートでは、Dylanの師匠でフォーク歌手のWoody Guthrieが出演。カントリーやフォーク界のアーティストが出演するワシントン州のフェス FarmJamは、国内の農業コミュニティの支援や促進を掲げている。

昨年は、健康上の理由や天災などで困窮する農家を救うノースダコタ州の非営利団体「Farm Rescue」の資金集めのため、 Dustin Lynchや、Maddie & Taeなどの若手カントリーミュージシャンたちがバーチャルライブに出演していた。

なぜここまで、カントリーやフォークという音楽と国内の農業支援は結びついているのだろうか。答えは、カントリーミュージックの育まれた環境とその気質にあるようだ。

農村のルーツ、レコード、テレビが促進した「カントリー=農村」

そもそもであり一つの答えでもあるのだが、ルーツを300年も遡る*カントリーミュージックは「農業労働者向けの音楽」として生まれ売り出されたものだ。

その誕生地の地理*からして農村地帯、田舎との結びつきが強い。それが1920年代になり、カントリー=農家・農村の音楽、というイメージが定着しはじめる。“カントリーの父”と呼ばれた Jimmie Rodgersや、家族バンドCarter Familyが、テンガロンハットや作業着、ジーンズなど、田園・農村を彷彿とさせる服装に身を包み、農家や南部アパラチアの人々の生活について歌っていた頃だ。

このビジュアルイメージだが、実は仕立てあげられたもの、という一説もある。

ニューヨークのレコード会社OKeh の敏腕A&Rで、南部の黒人ブルースの発掘・普及にも貢献していたRalph Peerが、カントリー音楽の需要を見出した。当時、農業を離れ都市へと仕事を求め移住する農民がいたため、彼らにビジュアルイメージとともに懐かしの音を届けようと、いわばマーケティングのような戦略で進めたという見方があるのだ。さらに Peerは、都市部へと移住してきたばかりの農民たちもカントリーミュージシャンとして雇い、彼らの曲を故郷の農民たちへと売ることも忘れなかった。

その後、ラジオや蓄音機、テレビの発展とともに浸透し、40年代ごろから“キング・オブ・カントリー”のHankWilliamsが登場し「カントリー」というジャンルが確立、大衆文化にも浸透していく。 60年代後半には、カントリー音楽とコメディで構成されたテレビバラエティ番組『Hee Haw』の放映がスタート。93年まで続いた人気番組で、有名アーティストや新進気鋭のタレントが出演したのだが、同番組セットも含め番組テーマが、“ザ・農村”。架空の田舎町「Kornfield Kounty」を舞台に、出演者は納屋や干し草の俵のセットでの登場だった。

カントリーの生誕地が農村、地方だということを下敷きに、レコードやラジオ、テレビの普及とともに、農家や田舎出身のものへとターゲットを絞ったカントリーのマーケティングが「カントリー=農業・農家」のイメージを強めていく。

*ルーツは300年ほど遡ったアメリカ南部。移入したアイルランド系、イングランド系、スコットランド系移民が持ち込んだフィドル(ヴァイオリン)を使った伝統音楽と、奴隷として連れてこられたアフリカ系移民たちが持ち込んだバンジョーなどの楽器が、アパラチア地方(ヴァージニア州、ウェストヴァージニア州、ケンタッキー州、テネシー州、ノースキャロライナ州、サウスキャロライナ州にまたがる山岳地帯)で融合。
東欧からの移民が持ち込んだヨーデルなどの要素も取り入れ、アパラチア地方独特のマウンテン・ミュージック、オールドタイムなどのアメリカ民謡が形成され、のちにカントリーミュージックやブルーグラスへと発展していった。

農場の毎日、農家の一生を歌に乗せて

いわば田舎マーケティングに成功したカントリーだが、ただの見せかけではない。フォークとカントリーの歌い手たちは、いつでも農家たちを思い、敬意を忘れず、それを曲で表現した。

その背景には、まず歌い手たちの多くが農業従事者だったという事実がある。

例えば、先述の Peerが見出した Fiddlin’ John Carsonは、ジョージア州ファニン群の農家に生まれ育ち、自身も農家として生計を立てていたこともある。また、カントリーミュージック界のトップを走っていた Johnny Cashも、アーカンソー州の綿花農家の生まれ。5歳頃から兄弟とともに農業を手伝い、働きながら歌っていた。

“カントリー界のアウトロー”の異名をとる大御所で、Farm Aidの創立者 Willie Nelsonもそうだ。テキサス州アボットの小さな農村で生まれ育ち、のちに大学で農業を学んだ彼は、こんな追憶を語っている。

幼いころ、私は綿畑でたくさん働いたものだ。そこにはたくさんのアフリカ系アメリカ人がいて、たくさんのメキシコ人がいた。黒人、白人、メキシコ人が、みなそこで歌うんだ。まるでそれは綿畑で繰り広げられるオペラのようだった。

アーカンソー州ディック湖の綿花畑
アーカンソー州ディック湖の綿花畑(1938年撮影)

Fiddlin’ John Carsonは『The Farmer Is The Man That Feeds Them All』で、一年中働き、収穫まで借金を背負い毎日を送る農家の世知辛い一生を嘆きつつも「The farmer is the man that feeds them all.(ファーマーが、みなを養っている)」と慰めた。

カントリーの父 Jimmie Rodgersは『Peach Picking Time In Georgia』で、各地を放浪した渡り労働者の人生を描く。

When it’s peach picking time in Georgia./ Apple picking time in Tennessee./ Cotton picking time in Mississippi./Everybody picks on me.(ジョージアで桃を摘むころは、テネシーではリンゴが採れごろで、ミシシッピーでは綿摘みの時期。そして僕は引く手あまたさ)
(出典:Jimmie Rodgers『Peach Picking Time In Georgia』より引用)

『Kisses Sweeter Than Wine』は、最愛の人を妻として迎えたファーマーの話だ。

Well we worked very hard both me and my wife./ Workin’ hand-in-hand to have a good life./ We had corn in the field and wheat in the bin./ And then, whoops oh lord, I was the father of twins.(俺と妻は一生懸命働いた。良い生活のために手を取り合って。畑ではトウモロコシを耕し、貯蔵庫には小麦を納めて。そうしているうちに、もう俺は双子の父親だ)
(出典:Jimmie Rodgers『Kisses Sweeter Than Wine』より引用)

トウモロコシはカントリーの曲に多出する。カントリーには密造酒の話が出てくる歌があり、この密造酒の原料にトウモロコシなどが使用されていたからだ。

フォークの歌手も農民たちの人生を歌った。代表歌手Guthrieは、農民たちの困難な人生を歌わせたらピカイチだった。オクラホマ州の貧しい農民たちが強いられた苦難をテーマに「ダストボウル(砂嵐)バラッド」を奏で、農民や労働者たちの気持ちを代弁。大恐慌時代の農家の苦悩を歌にしてきた。

近年のカントリーは、農村を取り巻く現代問題を浮き彫りにした内容が多い。発展していく都市と農村の対照を歌っている。Farm Aidの創立者の一人Mellencampは、『Rain On The Scarecrow』で都会から見落とされる田舎の農家の貧窮した状況を歌い上げた。

カントリーアーティストとして成功を収めたWaylon Jenningsの『Where Corn Don’t Grow』では、都会に憧れをもった農家生まれの青年が故郷を離れるものの、都会での生活の苦悩を実感する様子が詩に刻まれた。

また、対照的に吹っ切れた歌もある。カントリーシンガーChris LeDouxのヒット曲『Cadillac Ranch』は、貧窮する農家が自分たちの農場をミュージックホールとバーに改築しナイトスポットとして成功させるというストーリーだ。

ファーマーたちの心の在り処としての歌

先のFiddlin’ John Carsonの歌は、レコーディング当初は、プロデューサーのPeerも「このような歌唱で売れるのか」と心配になるくらいのクオリティだったらしいが、地元の配給会社は「小さな農場の農業従事者や製粉所労働者の琴線に触れる」と確信し、実際にそれが現実となった。

これは最近の話だが、農業従事者の思いをよく表している。Farm Aidの来場客で、農場を経営している女性がこのような心情を吐露した。「このコンサートには、足を踏み入れば涙がこみ上げてくるほどの高揚を感じる瞬間がありました。私たちファーマーのことを見てくれている人が少なくともいるのだ、と感じさせてくれた」

地理的にも社会的にも、多くの場合が孤立したコミュニティである農村地帯。カントリーの歌姫Loretta Lynnの出身地であるアパラチア地方は、全米でも「隔離」された場所として知られている。ブルーリッジ山脈などの山々が入り組んでおり、孤立した集落や町村が多くあるのだ(ブルーリッジ山脈は、ジブリ映画『耳をすませば』の主題歌となったカントリーの名曲『Take Me Home, Country Roads』で登場する)。

テネシー州アンダーソンビルの家屋敷
テネシー州アンダーソンビルの家屋敷(1933年撮影)

発展を遂げる都会に見落とされてきた農家コミュニティには、都会に対する反抗意識とともに、田舎、農村に生きる民としてのプライドがある。それらに眼差しを向け続け、支えてきた一つがカントリー音楽ということだろう。

音楽市場でもビジネスに不可欠なジャンル

ニューヨークやロサンゼルスなど東西の都市部にいるとあまりわからないが、カントリーミュージックはいまでもアメリカ国内の音楽市場にて不動の支持層と経済力、影響力をもっている。

音楽リスナーを対象にしたジャンル別の消費傾向を見ても、ロック(56.8%)、ポップ(56.1%)に次いで、カントリーは第3位(49.9%)(Deezer、2018年)だ。また、2015年の時点でカントリー専門局は4,002局あり、2008年の2,874局と比べると大幅に増加しているのがわかる。

また、コロナ禍でダンスやヒップホップなどのジャンルの消費が下がるなか、唯一、子ども向け音楽とともに消費を伸ばしたのがカントリーだった。ちなみに、最も稼ぐカントリー歌手Garth Brooksのアルバムの販売総数は、1億4,800万枚で、これはエルヴィス・プレスリーやマイケル・ジャクソンのそれを上回る記録だ。

次世代の層も厚い。ネクスト・テイラー・スウィフトと名高い27歳の Kelsea Balleriniや白人と黒人のハーフでタトゥーも入った27歳の Kane Brown、アメリカンアイドルに出演しカントリーの新星と呼ばれる21歳のGabby Barrettなど続々と出てくるミレニアル、Z世代のカントリースターは、SNSでもフォロワー100〜200万人などインフルエンスを育てている。

Instagram: Kelsea Ballerini(ケルシー・バレリーニ)
Instagram: Kane Brown(ケイン・ブラウン)
Instagram: Gabby Barrett(ギャビー・バレット)

ちなみに、アメリカにてカントリーが一番聞かれている時間帯は「通勤時間」だという。労働前にカントリーで1日を始め、労働終わりにカントリーで1日を終える。きっと、今日もカントリーは、大地を耕す人の応援歌として、カーステレオやトラックのラジオから流れている。

Photos : Kana Motojima
Words : HEAPS