ASMRやヒーリングミュージック等々、巷には多種多様「癒しの音楽」が溢れている。 「音」と「癒し」が結びつくことに疑問を持つ人はいない一方で、その関係性をしっかりと理解している人はどれだけいるのだろうか。

ヒーリング/メディテーションのための術として注目されている「サウンドバス」のセラピーを行っているHIKOKONAMIさんに、身近でありながら謎多き「音」と「癒し」の関係について話を聞いた。

振動と同期することで生まれる循環

HIKOさんが行っているサウンドバス(SOUND BATH)とは、その名のとおり音を浴びる体験のこと。 クリスタルボウルをはじめとする様々な楽器を使用し、心身のバランスを整えていくサウンドセラピーの一種だ。

「音を介して、自分自身はもちろん、自分と世界、自分と他者のコミュニケーションを促すことが、サウンドセラピーだと考えています。 これは私の持論ですが、私たちが不安定になって癒しを求めるのは、孤独や誰にも理解されないこと、その状態への不安や恐怖があるからだと思うんです。 音は、何かと繋がったりひとつになったりする感覚をクイックに再現できるツールです」

HIKOKONAMI
HIKOKONAMI

ライブやコンサートで音楽に身を任せていると、自分の輪郭が溶けていくような、または心地よく飲まれていくような、心地のいい体験をしたことはないだろうか。 音楽が深く作用して癒しを得る時、私たちの身体には何が起こっているのだろう。 それには世界と私たち自身が発する周波数が深く関係しているという。

「まず、この世に存在しているすべてのものは周波数を持っています。 音は空気振動によって私たちの耳に届き、聴覚器官の周波数とシンクロすると、脳が音として感知して『これは音だ』と認識する。 一方、私たちは脳の電気信号や脈拍など、耳では感知できない振動・周波数を発しているのですが、リラックスしている時はそれらが8~13Hz成分のα波、緊張している時は14~23Hz成分のβ波になるんです。 近しい周波数を持っているもの同士は共鳴し、動きが類似していくという物理法則があるので、慌てていたり焦っていたりする時にα波に近い周波数を聴くと、自分自身も同期していきます。

α波が活発になると、副交感神経が優位になって筋肉の緊張が緩み、血流やリンパの流れがよりスムーズになっていく。 それにより体温が上昇し、自己治癒力や免疫力も上がるので、身体の機能をボトムアップする効果が期待できます。 それが心にも作用して安心感や居心地の良さを生み出し、呼吸も深くなり、心身にとって好循環となっていくのです。

ライブやコンサートのような体験は、聴覚情報はもちろん、ブレスのタイミングなど演奏者の動きが同期して、その場にいる全員の呼吸が揃っていきます。 そうすると、心拍も揃ってくる。 つまり何千人の人が同じ呼吸をして、ひとつの大きなうねりの塊のようになるんです。 それによっていわゆる一体感が生まれ、とても気持ちのいい状態が生み出されます」

脳の予測から解放されて、ゆらぎに動かされる自分の身体を眺めてみる

脳の予測から解放されて、ゆらぎに動かされる自分の身体を眺めてみる

複数のメトロノームや振り子を動かしていると規則的な揃い方をしてくるように、私たちの身体も振動によって周囲と同期していく。 だから、HIKOさんは「 “これは癒しの音楽だ” と意識的に聴かなくても、物理法則によって私たちの身体は勝手に音と共鳴していくんです」と言う。

「私がセッションをする時は、相手を癒すだとか何かを伝えるというようなことが目的ではありません。 私のパフォーマンスを通して音の響きに自分の心身がどう反応するかに注目してみてほしいのです。 セッションは、そういう反応を見守るための空間であり、参加者のみなさんが自分の反応に感覚を集中させることを許す時間になればいいと思っています。

そのために、演奏はα波が出るような、聴く人の意識がまどろんで、ぼーっとする状態に導くようなものにする必要があります。 具体的には、癒しの効果がある1/fゆらぎ(自然界に存在する予測できない変化や動きのこと)が生まれるような音を生演奏によって作り出します。 クリスタルボウルなどの楽器を鳴らす時には、脳がメロディーを予測してしまわないような演奏を心がけます。 予測ができてしまうと脳が活性化してしまうので、そうならないよう、心を留めることなく、ただただ聴くともなく聴く状態を求めるのです。

普段私たちが耳にする機会の多い録音された音は、デジタルで音域をコントロールされているため自然の音とは少し状態が違います。 可聴域外の周波数、つまり聞こえないけれど身体に感じる振動がカットされてしまっているのです。だからSound bath=音浴において、音や振動に身体ごと包まれる体験という観点では、生楽器であるということはとても重要なんです。

私たちは、日々、頭の中を色々なことに支配されていて、過去や未来のことを考え、今この瞬間を感じづらい状況にあると思います。 音による癒しは、自分を今ここに戻してくれる作用があると思っています」

サウンドヒーリングの基本は「自分の音」を響かせること

サウンドヒーリングの基本は「自分の音」を響かせること

音と癒しのメカニズムはとても物理的なもの。 音を享受するだけではなく、自分自身が振動することが癒しのポイントとなるため、サウンドセラピーでは自分自身で身体を動かしたり、声を出したりすることもある。

「本来、呼吸をするリズムも、歩く足音も音楽です。 その重なり合いだって音楽だし、生きているだけで実は音楽はそこら中に溢れている。 例えば、自分の声の響きに意識を集中してみるだけで『声ってこんなに身体を振動させるんだ』と感じられます。 振動ってマッサージや身体の治療に使われることもありますよね。 それと同じで、しゃべったり、歌ったりすることで、身体の中から振動する。 音で癒されたいと思ったら、好きな歌を自分で歌うことがいちばん手軽です」

自分自身で身体を動かしたからこそ生まれる調和、音を介した自他とのコミュニケーション。 HIKOさんがそれを最初に目の当たりにしたのは、音楽療法の現場を見学した時だったという。

「10代の自閉症の男の子が音楽療法によって回復していく様子に感動して、サウンドヒーラーになろうと決めたんです。 先生と一緒にセッションをするのですが、その子は言葉でコミュニケーションを取ることができず、それが誰にも理解されないし伝わらないから暴れてしまう、という状態。 いっぱい並んだ楽器を『弾いてごらん』と言っても、フラストレーションのままに叩くだけでした。 ところが、先生が一緒に楽器を叩いて誘うようなリズムで促していくと、その子も自分と先生が生み出すリズムの心地良さに気づいて、表情がすごくきらきらし始めたんです。 それが『伝わらない』という孤独を抱えて暴れていた彼が『伝わった』という経験を得た瞬間でした」

“音楽のない文明はない” 万物とつながるための最強ツール

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音そのものが持っている力を注視することで境界を乗り越える行為こそがサウンドセラピー。 では、巷に溢れる「癒しの音楽」と名付けられたものについては、HIKOさんはどう考えているのだろうか? 

「癒しの音楽とされるものを聴くことよりも、自分が好きな音楽を聴くことがなにより効果があると思います。 例えばクラシック音楽の周波数は癒しの効果が高いと言われますが、ヘビメタを聴くほうが好きな人は、ヘビメタが癒しになると思うんですよね。 自分が好きだと思う、心地良いと思う、ということは、自分の周波数と合っているということ。 もちろんα波に近い周波数が癒しの音域であることは間違いないので、取り入れるのはいいと思います。

でも、それだけを神経質に追いかけ回して聴くのは本末転倒です。 例えば、玉ねぎが身体にいいからと言って、毎日玉ねぎだけを食べていては生きていけない。 それと同じで、無理やりに何かを選んだり排除したりする必要はないと思います。 何Hzが癒しだとかっていう情報が一般的になってきたのはここ数年ですが、音楽って、それまではただ自分が好きかどうかだけで楽しんでいたものだと思うんです。 癒しという観点でも、その自由さはなくさないでほしいですね」

最後にHIKOさんは、日本酒造醸所の杜氏と言葉を交わした時のことを話してくれた。

「お酒を作るプロセスにおいて、何百種類も歌があるのだそうです。 重いお米を運ぶ時は、低音でゆっくりとした歌。 それを練ったりする時もリズムがゆったりした歌を歌うのですが、作業が進み、お米がさらさらになっていくにつれて、テンポもピッチも上がっていく。 リズムを合わせることで混ぜ方の調和が取れるし、声を出すことで飛沫が飛んで麹菌にいろんな菌が混ざって発酵が進むなど、歌なくして日本酒はできないとおっしゃっていました。 田植え歌など作業のための歌は古来たくさんありましたが、ただの歌と疎かにできない理由がそこにはあるんですね。

言葉がない文明はあっても、音楽のない文明はないと言われています。 それくらい、コミュニケーションにおいて音楽ってとてもパワフルなものなんです。 私は、多くの人がインフラのように音楽による癒しを体験できるような社会にしていけたらいいなと思っています。 『ウェルビーイング』とか『マインドフルネス』とか横文字で聞くと高尚な感じがして身構えちゃいますけど、それって、ただただ『いい感じになる』ってことですよね。 それくらい肩の力を抜いて捉えてもらえたらと思っていますし、そこで発揮される音楽の力をもっと知ってもらいたいと思っています」

HIKOKONAMI

幼い時から仏教の教えを受けて育つ。 2005年に渡米、NY大学でボランティアとして音楽療法に携わったことをきっかけに教育、実践、ヒーリングの観点から音楽を学び直す。

New York Open Center 『Sound and Music Institute』にてサウンドヒーリングを体系的に学び、その後はNYを中心にサウンドセラピストとして活動。 数々のメディテーションイベントや音楽・アートのイベントに登壇する。

2019年に拠点を日本へ移し、イベントや企業にてサウンドバス、 マインドフルネス、インナーサスティナビリティの講義を提供。

音を使ったリラクゼーション商品のプロディースやアートプロジェクトなど活動は多岐にわたる。 帰国後は日本の伝統文化や芸能、民俗学的な観点から日本独自のスピリチュアリティを研究。 大阪芸大や都内インターナショナルスクールでてクラスを受け持つなどアカデミックにも活躍中。

SOUND BATHについて

SOUND BATH とはサウンドセラピー/ミュージックセラピーとも呼ばれる音楽療法の一つの方法です。

音楽療法とは私たちの心や身体に様々に作用する(生理的、心理的、社会的、認知的)音楽の持つ力でクライエントを多面的にサポートしていく目的でおこないます。

SOUND BATHとは音楽療法の中でも受動的な方法、言葉のとおり音浴、音の響きや振動に身体ごと包まれて深く没入することによって内省していくように、自分の身体の感覚や心の動きを味わっていく方法です。

東京都内でのレギュラークラスやウェルビーイングを推奨する大手企業やブランドと共にイベントでのサウンドセラピー体験や教育施設での実施など精力的に活動するHIKOKONAMIの活動は、インスタグラムでチェックしてみて下さい。

Photos:Takuya Rikitake
Words:Aiko Iijima (sou)
Edit:Kunihiro Miki