効率性と安全性を求め、あらゆる物事のデジタル化が進む昨今。その一方で、足りなくなってしまった「手触り」に飢えたZ世代の間でもレコードの需要が高まっており、80年代の盤が再発されたりと人気が再燃。「アナログ」が改めて評価されている。今回は、そんなレコードのポテンシャルを引き出すため、日本橋兜町にあるナチュラルワイン専門店「Human Nature」のサウンドシステムにオーディオテクニカのターンテーブルとカートリッジを導入・比較し、その音の違いを聴き比べてみることにした。シーンを跨いだ音好きが日々集い、ワインの傍にある音と会話を愉しむHuman Nature店主の高橋心一さんと、彼の友人である音楽家兼プロデューサーのTOMC(トムシー)さんもお招きし、音とワインの酸に存分に魅了されることとしよう。「Part.01」のイントロダクションをお届け。

ワインの傍の会話を邪魔しない、Human Natureのサウンドシステム。

Human Nature店主の高橋心一氏

「聴き比べ」を始める前にまず、Human Natureのスピーカーや機材についてお聞きできればと思っています。現在のサウンドシステムは、どのような経緯で選ばれたのでしょう?

高橋:K-ARRAYのスピーカーとサブウーファーとアンプを使ってます。以前、青山の国連大学前で行われているFarmers Marketで「One Love Wine Love」というワインイベントをやった時に、E&Sのミキサーを使っていた友人経由でサウンドシステムを貸してもらえることになって。そこで、E&Sのミキサーを輸入している会社が K-ARRAYも扱っていることを知ったんですよ。イベントでそれを使用した時にすごく鳴りがよかったのを覚えていて。

K-ARRAYは、どのようなバックグラウンドのスピーカーメーカーなんでしょう?

高橋:K-ARRAYはフィレンツェのオーディオメーカーで、主に劇場とかシアター系で使われているシステムメーカーなんですね。最初に聴いた時、とても心地よいクリアな音で、驚いたのが、どの場所で聴いても同じ音が聴こえるところ。スピーカーの真横でしゃべっていても会話できるし、スピーカーから離れていても同じに聴こえたんです。ワインの傍にある会話を邪魔しないので、それでお店にインストールしたんです。「シルク・ドゥ・ソレイユ」とかカニエ・ウェストの「サンデー・サービス(=日曜礼拝)」とかもK-ARRAYを使っていました。

音楽家兼プロデューサーのTOMC氏

高橋:あと、今日はカートリッジを変えて音を聴き比べできるということで、音楽家兼プロデューサーで、DJもするTOMC(上写真)くんもレコードを何枚か持って来てくれました。

TOMC:先日、たまたまHuman Natureの近くのホテルでDJをしていた時に高橋さんとすれ違って、その場で誘って頂きました。普段、なかなかカートリッジを比べることはできないので、今日はすごく楽しみにしています。

レコードに針を落とす様子

一口に音楽を聴くと言っても、その方法は様々だ。レコード、カセット、CD、MP3、様々な形式が存在するわけだが、メディアの選び方は、個々人の嗜好性に合わせて選ぶことが寛容になってきたように思う。配信がとてつもなく充実し、過去の膨大なデータと化した音楽リソースは、その質量を失いつつある。では、それらのメディアを縦横無尽に渡り歩くことができる今、なぜ私たちは再び質量を求めてアナログへと回帰していくのか。気に入った音楽を見つけ、聴くに飽き足らず自身の傍に所有しておきたくなる、作品としての完成度が高いマテリアル。そんな音楽の存在を身近に感じることのできる「レコード」の魅力と、カートリッジやターンテーブルなどの機材を変えることで変化する音の違いを、高橋さんとここから(ワインを片手に)吟味していく。

「レコードは、録音された場所の空気感までも再生することができる」

そんな言葉を冒頭に放った高橋さんとTOMCさんがどのレコードをかけ、どのカートリッジを選ぶのか。針を変えることでどのように音が変化していくのか。初めに、今回用意した機材の特徴を列挙してみる。

各音の構成要素が全部、鮮明に聴こえてくる。

audio technicaの箱

今回聴き比べを行っていくにあたり、用意した機材とそれぞれの特徴は、以下になります。またカートリッジは「VM(デュアルムービングマグネット)型」と呼ばれる、オーディオテクニカ独自の発電方式を用いたシリーズのものから選びました。「VM型」の共通点はレコードの音溝を刻むカッターヘッドと、カートリッジの振動系の構造自体が相似であるということ。つまり、その創意工夫によって、音溝の波形を忠実に電気信号に変換できるようになり、広帯域の再生、優れたトラッキングが実現できます。

ターンテーブル

AT-LP7
ベルトドライブターンテーブル。プラッター(=プレート)にPOMという材質(=叩くとゴツゴツと鈍い音がするもの)を採用し、キャビネットも質量のある厚めのMDF(=重量のあるシャーシ材)を用いているので、中低域もしっかり鳴り、堅実な音を再現してくれる。

カートリッジ

VM510CB
エントリー機種。針先が円錐形状で方向性がないので、多少セッティングが甘くても、安定した再生音が得られる。

VM520EB
「AT-LP7」に標準搭載。トレーシングする際の歪みを低減し、正確な情報を引き出す接合楕円針を採用。豊かな高音質を実現する。

VM530EN
ベーシックな丸針(510CB)と比べて、より精細な高域の表現力とシャープな音像表現が得られる。

VM750SH
シバタ針(=4chレコード対応のラインコンタクト針)を採用しており、ラインコンタクト針らしい情報量の多さが魅力ながら、骨太な低域表現が魅力。

VM760SLC
SLC(=特殊ラインコンタクト)を採用しており、シリーズ中、最も情報量が多く、高精細な音質。

VMカートリッジは針交換ができるシリーズで、MM(ムービングマグネット)型の一種。経年劣化での針交換に加え、交換する針によっては、キャラクターの変化、グレードアップを楽しめたりと、コンビネーションをカスタマイズすることも可能です。と、説明はこのあたりにして、そろそろ比較していきましょうか。

並べられたレコード

高橋:ちなみに今回のターンテーブルはどんなものなのでしょうか?

ベルトドライブ式のターンテーブルですね。スピードセンサーでプラッターの回転速度を検知してくれるので、安定した回転を保持できます。J字型ユニバーサル式トーンアームは、1960〜70年代のオリジナルのアーム形状を継承しているとのこと。カートリッジは「VM520EB」を標準搭載しているので、それからスタートしましょう。

ターンテーブル

高橋:同じシリーズでもたくさんカートリッジの種類があるんだね。機材って一度購入すると、しばらくは同じものを使うから、聴き比べてどうなるのか、すごく興味あるな。

TOMC:オーディオテクニカの製品で最初に思い浮かぶのは、やっぱりヘッドホンですよね。僕もよく使っていて、比較的手に取りやすい金額なのにも関わらず、音のクオリティが高い。非常にバランスがいいというブランドイメージがありますが、今回のターンテーブルとカートリッジはどうかな。初めはメロウなものをかけてみましょう。LAのバンド、ムーン・チャイルドのアルバム『Little Ghost』の1曲目「Wise Women」から聴いてみてもいいですか?

ターンテーブルのカートリッジ部分

~「VM520EB」のカートリッジで試聴 ムーン・チャイルド「Wise Women」~

VM520EB

TOMC:これだけで十分いい音。アナログってやっぱり気持ちがいいですね。自宅を出るまでセレクトに悩んでいたんですが、この曲、メリハリがあるので、比較しやすそうでよかったです。

高橋:カートリッジを変える必要ないくらい、今これに満足です(笑)。

それでは企画倒れになってしまうので(笑)。同じ盤のままでカートリッジを変えていきましょう。次は、エントリーモデルの「VM510CB」にしてみましょうか。

TOMC:カートリッジの色がそれぞれ違うから、わかりやすいですね。

〜「VM510CB」のカートリッジで試聴 ムーン・チャイルド「Wise Women」~

VM510CB
高橋氏とTOMC氏

TOMC:あれ、なんか「520」よりもマイルド? さっきの方がローが効いていた気がします。思っていた以上に違いが出ますね。

高橋:うん、聴きやすいね。何向きの針なんだろうね。

TOMC:さっきの「520」は低域が効いてたから、ヒップホップ向きかもしれませんね。

高橋:ちょっと、一番高価な針で聴いてみようよ。

「VM760SLC」ですね。いきなりいっちゃいますか(笑)。

〜「VM760SLC」のカートリッジで試聴 ムーン・チャイルド「Wise Women」~

VM760SLC
VM760SLC

高橋:あれ、なんか違う音が聴こえない? チャカチャカって。

TOMC:いや、もともと入っている音だと思いますよ。でも、各音の構成要素が全部聴こえてくる。分離がいいっていうことなんですかね。ローのパンチが効いてるのに、小さい音も大きく聴こえる。コンプがかかってる音というか。他の音も前に来る感じ。

高橋:こっちの方が硬質な感じがするね。

TOMC:面白いですね! よかった、アンビエント以外にもレコード持ってきて。アンビエントだけだと違いがわからなかったかも……(笑)。

高橋氏とTOMC氏

高橋:何回も聴ける音源じゃないといけないからね(笑)。この感じだとエレクトロニックな音にも合う気がするな。

TOMC:確かに、硬めの打ち込みにも合うかもしれません。僕が持ってきたのは近年のレコードが多いので、もともと分離がいいし、音が強いんですよね。そうではない70年代のロックとか、古いレコードをかけてみたら面白そう。ザ・バンドやニール・ヤングとか。

高橋:逆にね! それ面白そうだね。アナログってデジタルサウンドと比較すると、生演奏に向いている気がしない? いい音に聴こえるというか、録音の空気感が入っているというのもあるのかもしれないけど。

TOMC:中低域が強めに出るからというのも関係しているかもしれません。すごくハイな音とか、例えば人間の可聴域の最大と言われている20000hz以上の音がアナログに出せるのかというと、そうではないと考えられる。でも、その代わりに直接音を刻んでいる分、倍音が聴こえるはずなので、4000Hzの倍の8000Hzとか、その倍の16000Hzが体感として聴こえてくる。中域が豊かな方がレコードに向いてるのかなって個人的に思っていて。

高橋氏

高橋:そう言えば、今のTOMCの話にも合いそうな、昨日ちょうど聴いてて超ハマりそうな盤があるんだよね。

【Part.2へ続く】

ターンテーブル

AT-LP7

ベルトドライブターンテーブル

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カートリッジ

VM型(デュアルムービングマグネット)ステレオカートリッジ

Human Nature

Human Nature

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Words: Jun Kuramoto(WATARIGARASU)
Photos: Shintaro Yoshimatsu