あらゆる物事のデジタル化が進む昨今。 その一方で、足りなくなってしまった「手触り」に飢えた人たちの間でレコードの需要が高まっており、過去の盤が再発されたりと人気が再燃。 「アナログ」が改めて評価されている。 今回の舞台は、以前も訪れた本企画誕生の地、日本橋兜町のワイン専門店「Human Nature」。 ナチュラルワインの傍で音と会話を愉しむHuman Nature店主の高橋心一さんが今回声をかけたのは、お店の経理を手伝っている関田さん(写真左)。 その友人の田中功さん(写真奥)と阿部周平さん(写真手前)とともに日曜の営業終わりに集まって、普段の風景に数種類のカートリッジを携えた夜のリスニング会が開かれた。 今宵も酸っぱいワインを飲みながら、彼らが選んだレコードを聴いていくこととしよう。

曲の印象さえも変えてしまうカートリッジの特性。

曲の印象さえも変えてしまうカートリッジの特性。

阿部:針Jっていうのは、どんな企画なんですか?

最初はHuman Natureでターンテーブルとカートリッジを交換して、単純に音の違いを楽しんでみる実験のつもりだったのですが、カートリッジを変えているうちに、針とレコードに相性があることが分かってきたんですね。 そこにフォーカスしてみたら面白いかも、と。 「針J」って言い出した名付け親は高橋さんでした。

高橋:前回の針J企画から少し時間が空いてしまったけど、今回は、あの感動をみんなにも味わってもらえたらと思って、お声がけさせてもらいました。

それでは、早速レコードをかけていきましょうか。 まずは、ターンテーブル「AT-LP7」に付属してくるVM520で始めていきましょう。

田中:じゃあ、まずはアイドリングということで、Weldon Irvine(ウェルドン・アーヴィン)から。

〜「VM520EB」 で視聴 Weldon Irvine 『Spirit Man』 収録曲 「We Gettin’ Down」〜

「VM520EB」 で視聴 Weldon Irvine 『Spirit Man』 収録曲 「We Gettin’ Down」

高橋:あれ? こんなにベースラインがブリブリ前に出てきてましたっけ?

田中:この曲、お葬式でかけてほしい。

関田:であれば、誰かに言っておかないとね。 この人、だいぶ顔色わるいね。


田中:この人精神病んじゃって、結構大変だったみたいですよ。 ちょっと阿部さんに輪郭が似てるんですよね。

関田:こんなドラム叩ける人いるんだね。 最高!

関田:じゃあ、次は私の番。

〜「VM760SLC」 で視聴 鈴木茂 『Band Wagon』 収録曲 「100ワットの恋人」〜

「VM760SLC」 で視聴 鈴木茂 『Band Wagon』 収録曲 「100ワットの恋人」

関田:鈴木茂の声が降ってくるわ。 鈴木茂を浴びてる感じ(笑)。

高橋:やっぱり生音と相性良いですね。

軽くアイドリングして頂いたところで、そろそろ本題のカートリッジ比較に入っていきましょうか。 まずは、VM520EBの針で阿部さんのレコードを聴いていきましょう。

阿部:昔の古いシカゴハウスのMix音源なんかでも耳にしてた曲からいきますね。 ジャケも黒人夫婦がフォークギター抱えて湖でいちゃついています……。

〜「VM520EB」 で視聴 Womack & Womack 『Conscience』 収録曲 「M.P.B.(フォーク・バージョン)」〜

「VM520EB」 で視聴 Womack  &  Womack 『Conscience』 収録曲 「M.P.B.(フォーク・バージョン)」

阿部:Island Records(アイランド・レコード)のいわゆる “アイランド・サウンド” っていう80年代当時の音響技術の粋を集めたアイランド・スタジオでマスタリングされた音源と思う。 曲名の M.P.B. というのは、Missing Persons Bureau(=行方不明者捜索機関)のことですが、詳しくはよくわかりません! この12インチには色々ヴァージョンが収録されているのですが、その中からビートレスなB-2のフォーク・バージョンで聞き比べてみましょう。

関田、わぁ!ベースがリッチ!

田中:本当に音が良いですね。 このお店のスピーカーとも相性が良いみたい。

スピーカーは、イタリア・フィレンツェのシアター系オーディオメーカー、K-ARRAY。
続いて、もういきなり、VMカートリッジのシリーズでは最上位に位置付けられるVM760SLCで同じ曲を聴いていきましょう。

〜「VM760SLC」 で視聴 Womack & Womack 『Conscience』 収録曲 「M.P.B.(フォーク・バージョン)」〜

「VM760SLC」 で視聴 Womack  &  Womack 『Conscience』 収録曲 「M.P.B.(フォーク・バージョン)」

田中:えっ、全然違う! 何でこんなに針だけで違うの!?

関田:違う曲みたい! まるでライブに来たみたいな感覚。

高橋:これ味わっちゃうと、もう他にいけないんですよね(笑)。

阿部:研ぎ澄まされた空気にギターとファットなベースの緩急がシビれます! 弦の指運びの音がチャコチャコって聴こえる。 「チャカ」が「チャコ」ってとこまで再生されてて気持ちいい。 ここでベースが入ってきて……。

レコード針の違いで音が変わり、驚く一同

関田:え!低音が全然違う…… こんなに出ます?

高橋:確かに。 いきなりファットですね。

田中:何かさっきより音が立体的になった。 これがオーディオ沼にハマっていくということか……。

阿部:高音も気持ちよく入ってきますね。 VM520EBは、割と高音に耳が構えてしまったというか、若干ビビりながら聴いていたんですけど、このVM760SLCは構える前にヌッと入ってきて最高すね。 ではまた同じ曲を別の針で聞いてみますか!

〜「VM530EN」 で視聴 Womack & Womack 『Conscience』 収録曲 「M.P.B. (フォーク・バージョン) 」〜

「VM530EN」 で視聴 Womack  &  Womack 『Conscience』 収録曲 「M.P.B. (フォーク・バージョン) 」

高橋:VM530ENの方がちょっと硬い印象かな。

田中:でも家で聴く分にはもう十分過ぎるくらい音が良い。 でも、さっきのVM760SLCは気持ち良さが段違いというか。

高橋:この曲にはこの針っていうのがあります。

阿部:VM530ENは低域がブリっと出ますね。 少しモニターっぽい音の硬さはあるけど、それに比べてVM760SLCは音の広がりが豊かでいい。 やっぱり針は重要ですね! 一概にただいい音を試聴できるってだけじゃなくて、どう聴こえるのか、どの曲に合うのかを極上ワイン飲みながら体験できちゃうの最高すねー。

ここ最近、何度か針J企画を別の場所でやっていたんですが、VM530ENが人気なんですよね。 阿部さんが仰る通り、モニター用みたいに硬い印象はあるんですけど、それが逆にテクノとか電子音楽には向いているというか。

高橋:VM760SLCはもう万能というか。 特に広域はクリスタルみたいに澄み切っていて。

阿部:ちょっとここで演歌をかけてみても良いですか?

〜「VM530EN」 で視聴 藤圭子 「長崎は今日も雨だった」〜

「VM530EN」 で視聴 藤圭子 「長崎は今日も雨だった」

この環境で演歌を聴くとは思いませんでした(笑)。 ベースがめちゃくちゃ良いですね!

関田:本当に歌が上手だな、圭子は。

阿部:当時、圭子はクール・ファイブの前川清とくっつけられようとしてて。 清は圭子のことが大好きだったんだけど、圭子は清に全く興味がなくて……(泣)。 そんな策略めいた状況で清の曲を歌ってるのも旨味なんですが、個人的にはバックバンドのサックスが圭子の尻を追いかけるように演奏していて最高です。

そうですか……(笑)。

藤圭子について語る

阿部:この曲は色々聴いたけど、この圭子のライブ・バージョンが一番好き。裏に渋谷公会堂にて実況録音って書いてあって昭和だね。

〜「VM530EN」 で視聴 Webster Lewis 『Live At Club7』 収録曲 「Up On The Roof」〜

「VM530EN」 で視聴 Webster Lewis 『Live At Club7』 収録曲 「Up On The Roof」

これはどなたですか?

田中:これは、Webster Lewis(ウェブスター・ルイス)の曲です。 ジャケットがすごい宇宙っぽいんですよね。

関田:なんか記者会見みたいな曲(笑)。

ポストポップ、スペースロック、ビーバップ、ゴスペル……。 色んなジャンルが書いてありますね。

リマスタリングしたような、心地良い音。

〜「VM760SLC」 で視聴 Webster Lewis 『Live At Club7』 収録曲 「Up On The Roof」〜

「VM760SLC」 で視聴 Webster Lewis 『Live At Club7』 収録曲 「Up On The Roof」

田中:やっぱ違いますね。 音が柔らかいし、繊細な感じがして表現が豊かですね。 音が気持ち良い。

阿部:リマスタリングしたような良い音になりますね。

高橋:リマスター版だ!(笑)。

田中:針とかスピーカーにこだわっていくと、こうやってリラックスして過ごせるのが良いなって思いますよね。

次は、VM530ENの針に合いそうなテクノや電子音楽などの曲はどうですか?

阿部:Man Parrish(マン・パリッシュ)という、80年代のニューヨークゲイシーンの大物、Klaus Nomi(クラウス・ノミ)なんかとツルんでた白人アーティストの大ヒット曲を聴いてみましょう。

〜「VM530EN」 で視聴 Man Parrish 「Hip Hop, Be Bop (Don’t Stop) 」〜

「VM530EN」 で視聴 Man Parrish 「Hip Hop, Be Bop (Don't Stop) 」

関田:私、この針でも十分良音だと思う。 ずっと踊れそう!

〜「VM760SLC」 で視聴 Man Parrish 「Hip Hop, Be Bop (Don’t Stop) 」〜

「VM760SLC」 で視聴 Man Parrish 「Hip Hop, Be Bop (Don't Stop) 」

関田:さっきの針と全然違う!

高橋:やっぱコレコレってなるでしょ?

関田:この部屋がさっきよりも広くなった感じ。 リバーブが効いてるというか。 音がツヤツヤに聴こえる。

田中:こっちの針はエレクトロとかでも全然気持ち良いですね。

阿部:アナログ機材の良さが際立つね。 ちなみにこの盤、12インチシングルなんだけど、なぜかカンパニースリーブにシカゴ・ヒップ・ハウスの雄 DJ Fast Eddie(ファスト・エディー)のサインが書いてあるんですよ! 本人がクラブでかけてた盤なのかな……味わい深いです(笑)。

田中:じゃあこの流れでYMO聴いてみようよ(この会が行われたのは坂本氏が亡くなる1週間前だった)。

関田:これは、お兄ちゃんから拝借した「Rydeen」の7インチ。 幼い頃からYMOや坂本龍一は、お兄ちゃんの部屋に行くと全部聴けました。

この環境で「Rydeen」を聴いてみたい欲はありますよね。 VM760SLCでRydeenを聴いてみましょうか。

〜「VM760SLC」 で視聴 イエロー・マジック・オーケストラ 『Solid State Survivor』 収録曲 「Rydeen」〜

「VM760SLC」 で視聴 イエロー・マジック・オーケストラ 『Solid State Survivor』 収録曲 「Rydeen」

全員:おお〜。 すごい!

高橋:こんなに良い音で「Rydeen」を聴いたことないです! 結構スピードが速く感じます。

阿部:ちょっとスクリューしちゃおう(33回転にして、更にこのときはハーフスピードに落として)。

33回転にして、更にこのときはハーフスピードに落として

カッコ良いかも! 遅い方がむしろモダンな印象になりませんか?

高橋:スローテクノみたいですね(笑)。

教授の右手が火を吹いていますね(笑)。

関田:すごい壮大な音楽!

高橋:ダークエレクトロみたいになってきた(笑)。

阿部:オーケストラ感キてます!

テンポを変えてレコードを楽しむ一同

Human Nature

Human Nature

〒103-0026
東京都中央区日本橋兜町9-5
TEL:03-6434-0353
OPEN:15:00~23:00(平日・土) 15:00〜1:00(金) 13:00~18:00(日)

HP

Part.01に登場したカートリッジ

Words & Edit:Jun Kuramoto(WATARIGARASU)
Photos:Shintaro Yoshimatsu