効率性と安全性を求め、あらゆる物事のデジタル化が進む昨今。その一方で、足りなくなってしまった「手触り」に飢えたZ世代の間でもレコードの需要が高まっており、80年代の盤が再発されたりと人気が再燃。「アナログ」が改めて評価されている。今回は、そんなレコードのポテンシャルを引き出すため、日本橋兜町にあるナチュラルワイン専門店「Human Nature」のサウンドシステムにオーディオテクニカのターンテーブルとカートリッジを導入・比較し、その音の違いを聴き比べてみることにした。シーンを跨いだ音好きが日々集い、ワインの傍にある音と会話を愉しむHuman Nature店主の高橋心一さんと、彼の友人である音楽家兼プロデューサーのTOMC(トムシー)さんもお招きし、音とワインの酸に存分に魅了されることとしよう。連載「Part.2」をお届け。

【Part.1はこちら】

40年前の音源を、解像度高く蘇らせる。

高橋氏とTOMC氏

高橋:硬い音との比較として、逆に渋いアコースティックな音をかけてみようかな。昨日ちょうど聴いていたブルース・スプリングスティーンの『NEBRASKA』。

TOMC:それめっちゃいいアルバムですよね。売れてる時期に出したすごく渋い弾き語りのアルバム。

ターンテーブル

~「VM760SLC」のカートリッジで試聴 ブルース・スプリングスティーン『NEBRASKA』~

TOMC:めちゃくちゃいい、驚くほどいい音がします(笑)。これリマスター版とかですか? サブスクの曲と全然印象が違いますね。現代の音楽に触れているような感覚すら覚えます。『NEBRASKA』がすごいのかもしれませんが、このカートリッジの真価を思い知ったというか。本当にクリアですよね。とても綺麗な音がする。僕の記憶では、こんなにいい音のアーティストではなかった気がするのですが。

高橋:でも、ブルース・スプリングスティーンって当時も売れていたアーティストだから、録音環境がよかったんじゃない?

TOMC:そうだと思うんですけど、ここまで綺麗だったかなと。『BORN TO RUN』(1975年発売のサードアルバム)以降、ロックバンドとして一回当たったあとのフォークアルバムではあるのですが……あ、やはりリマスター盤じゃないですね。裏面を見ると1982年(=『NEBRASKA』リリース時)と書いてあります。82年の盤でこんなに綺麗な音がするのはすごいですね。

高橋:え、40年前じゃん!? ヴァイナルのカッティングとプレスは昔からずっと一緒だし。でもCD以前でヴァイナルを製作する技術がそれくらいの時代にピークだったりするのかな。

TOMC:やけに盤がきれいなんですけど、洗いました?

高橋:いや、洗ってないよ。前に聴いてた人が大切にしていたのかもね。

TOMC:これがカートリッジの力なんですかね? いや、すごいな「760」。

高橋氏

高橋:「ネブラスカ」ってどこかよくわからないけど、目を閉じればもう、アメリカの荒野に独りポツンだね(笑)。

TOMC:モノクロの景色が浮かびますね。このムード好きだな。どの時代の盤を聴いてもこのカートリッジにすると綺麗に聴こえるんでしょうね。沁みますね。ここまでいいアルバムとは正直思っていなかったです。DJより全然楽しいですね、この会(笑)。勉強にもなるし。

高橋氏とTOMC氏

高橋:じゃあさ、次はベックの『Sea Change』聴こうか!

TOMC:いいですね! 絶対に合う!

〜「VM760SLC」のカートリッジで試聴 ベック『Sea Change』~

高橋:タモリ倶楽部っぽくなってきたね(笑)。

TOMC:ギターのピッキングニュアンスもベースもよく出てますね。

高橋:『NEBRASKA』ほど盤のよさはないけど、いい音だね。このアルバムすごく好きで、聴き倒してきたアルバムなんだけど、今回が一番いいかも。音がいい。

TOMC:ベックだと他のアルバムの方が好きだったのですが、今日このアルバムを改めて聴き直して再注目しました。

高橋氏

高橋:『MUTATIONS』とこのアルバムだけ結構ダウナーな感じなんだよね。人生何かあったのかなって。でも、そういう時のベックの方が好きで。メランコリックなベック。浮気しちゃって奥さんとギクシャクしてたんだけど、この曲でより戻して。懺悔の曲なんだよね。そしたらさ、サブスクで同じ曲聴いてみようか!

TOMC:配信音源だとどう聴こえるんでしょう?

〜配信で試聴 ベック『Sea Change』~

配信で試聴

TOMC:うわぁ! めちゃめちゃ音痩せてる……。空間の広がりがないというか、リバーブが足りてない感じがする。全然違う。

高橋:こんなに違うと思わなかった。ボーカルもスカスカだね。昔あった、レコード屋で試聴して買った音源を家で聞くと、あれ?ってなるのと一緒だよね(笑)。慣れって怖い。当たり前になるって怖いわ。

TOMC:本当はこんなに豊かな音楽だったんですね……。

高橋:じゃあ次はさ、ライブ版を聴いてみようよ。キング・クルールの「Stoned Again」をかけようか。コロナ禍でなかなかライブに行けなかったから、そういう意味でもアナログは楽しめるよね。

ターンテーブル

〜「VM760SLC」のカートリッジで試聴 キング・クルール「Stoned Again(LIVE)」~

TOMC:Wow。

高橋:うわぁ、すごいね。ちょっと違う針に変えてみる? 「骨太な低域表現が魅力」という「VM750SH」に。その特性からするにロック向きなのかな。

では、「VM750SH」のカートリッジで聴いてみましょう。

〜「VM750SH」のカートリッジで試聴 キング・クルール「Stoned Again(LIVE)」~

VM750SH

TOMC:いい意味での荒々しさが際立つ印象がありますね。やっぱりロック向けなのかな。ちょうどそこ(Human Natureのレコード棚)のジーザス&メリーチェインの『PSYCHOCANDY』が目に入ったので、それをかけてみましょうか。

高橋:じゃあ、「My Little Underground」を聴こう、Lo-Fiな感じで。

〜「VM750SH」のカートリッジで試聴 ジーザス&メリーチェイン『PSYCHOCANDY』~

レコード
ターンテーブル

TOMC:うわ、すごい! ロック向けの音ですね、かっこいい。荒々しさが合うというか。

高橋:ディストーションがよく聴こえる、ディストーション針だ(笑)。

TOMC:ハイが突き抜けていく感覚。(楽曲の中の成分としての)ノイズが耳に刺さりますね! さすがシューゲイザーとかドンシャリ系に合うのかな。

高橋:次はあれ、「Just Like Honey」じゃない? 『Lost In Translation』の曲。

高橋氏とTOMC氏

高橋:アナログって、どうしたっていいんだね! 音楽がいいからお酒飲んじゃうな(笑)。

TOMC:比べるとこんなに違いがわかるんですね。

高橋:これ一番骨太の針なんだっけ?

TOMC:そうみたいですね。ただ特徴を言葉で聞いて、そのカートリッジだけを試したとしても、分からないかもしれない。比較することによって、特徴が立ってくるわけですよね。さっきキング・クルールをかけた時もスタジアムっぽい、空間を支配するような音でした。

高橋:目を閉じると満員電車みたいなコンサートじゃん(笑)。

TOMC:今度は少しマイルドにしてみたいですね。「760」に戻してみますか。

〜「VM760SLC」のカートリッジで試聴 ジーザス&メリーチェイン『PSYCHOCANDY』~

PSYCHOCANDY

高橋:あれ、音小さくした?

TOMC:いや、音量には触れてないです。「750」特有の鋭さがなくなりましたね。全然違う!

高橋:こっちの方が音がまとまってる感じがするけれども、気分によってはロック針が欲しい時もあるかもな。

レコード

高橋:ベックの『Sea Change』って、映画の『Eternal Sunshine』のあの曲(エンディング曲「Everybody’s Gotta Learn Sometimes」)と同じ時期でさ。映画館に『Lost In Translation』を観に行って、上映後に余韻に浸りながらそのまま座ってたら次の映画が始まっちゃって(笑)。それが偶然、『Eternal Sunshine』だった。でも、何だか恥ずかしいんだけど、『Lost In Translation』っていいよね。

TOMC:ソフィア・コッポラの間がいいんですよね。男性監督って、クライマックスがあって終わる傾向があるけど、ソフィア・コッポラってたまに上がってもすぐに戻って、結構フラットというか。そろそろアンビエントいってみますか?

高橋:お、TOMC音響派だね。

TOMC:ちょっと雰囲気変えてみましょう。

【Part.3へ続く】

Human Nature

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Words: Jun Kuramoto(WATARIGARASU)
Photos: Shintaro Yoshimatsu