カバー曲とは、過去にリリースされたオリジナルの楽曲を、同じ歌詞、同じ曲の構成のまま別のアーティストが演奏、歌唱、編曲をして録音された楽曲のこと。歌い手や演奏が変わることでオリジナルとは違った解釈が生まれ、聴き手にその曲の新たな一面を届けてくれます。ここではジャンルや年代を超えて日々さまざまな音楽と向き合うオーディオ評論家の小原由夫さんに、曲の背景やミュージシャン間のリスペクトの様子など、カバー曲の魅力を解説していただきます。
デイブ・ブルーベック・カルテットの「Take Five」
テレビCMに使われたことで広く知られることとなったジャズナンバーは決して少なくない。中でも80年代に栄養ドリンクのテレビCMに使われて一気にお茶の間に定着したのが、デイブ・ブルーベック・カルテット(The Dave Brubeck Quartet)の1959年の曲「Take Five」だ。一度聴いたら忘れられない、実に印象的なメロディーとリズムで構成されており、ジャズでは珍しく4分の5拍子で演奏される。これは同カルテットが演奏旅行で訪れた中近東地域の民族音楽から影響を受けたとされる。
同曲はアルバム『Time Out』からシングルカットされ、瞬く間に大ヒット。作曲は同カルテットのメンバーで、アルトサックス奏者ポール・デスモンド(Paul Desmond)だ。
エキゾチックなフレーズを反復するブルーベックのピアノと、演奏全編に渡って黙々と3音を繰り返すユージン・ライト(Eugene Wright)のベースが曲の下敷きとなる。デズモンドのアルトサックスは、ナチュラルなリヴァーブ感を伴って2つのテーマメロディを連ねていき、途中で挟まれるジョー・モレロ(Joe Morello)の長いドラムソロからは、録音スタジオのアンビエントの豊かさが感じ取れる。そこで刻まれる変拍子も実に規則正しく、しかもユニークである。
録音は、ニューヨーク30番街に当時あったColumbia 30th Street Studio(コロムビア30番街スタジオ)のCスタジオ。元々は教会だった場所で、高い天井が豊かな残響とナチュラルな響きをもたらしている。LPジャケットの抽象的な幾何学模様のイラストもたいへん印象的だ。ちなみに米オリジナル盤はモノラル(CL1397)とステレオ盤(CS8192)が販売され、各々専用のテープデッキで収録されている。オリジナルのセンターレーベルは、赤黒のシンボルマーク「6EYES」と称されるものだ。

ヘルゲ・リエン・トリオの「Take Five」
デイブ・ブルーベック・カルテットによるライブでの再演など、吹き込み数も多く、ヴォーカルによるカバー演奏もある「Take Five」だが、ここで紹介したいのは、ピアニストのヘルゲ・リエン(Helge Lien)をリーダーとした超絶に高音質なピアノトリオ演奏。2003年にノルウェー・オスロにあるRainbow Studioで収録された。私の手持ちは、2019年にディスクユニオンが再発したリマスター盤180gだ。

強烈にアブストラクトなドラムソロから入るこのカバー演奏を聴いて、誰が「Take Five」と言い当てられようか!その後の展開も原型の演奏を止めず、ベースのアルコ奏法が入る後半になって、お馴染みのフレーズをピアノがちょっとなぞる程度。それにしても凄まじく鮮烈でダイナミックな、まるでオーディオマニアに喧嘩を売るようなサウンドである。
Words:Yoshio Obara