カバー曲とは、過去にリリースされたオリジナルの楽曲を、同じ歌詞、同じ曲の構成のまま別のアーティストが演奏、歌唱、編曲をして録音された楽曲のこと。歌い手や演奏が変わることでオリジナルとは違った解釈が生まれ、聴き手にその曲の新たな一面を届けてくれます。ここではジャンルや年代を超えて日々さまざまな音楽と向き合うオーディオ評論家の小原由夫さんに、曲の背景やミュージシャン間のリスペクトの様子など、カバー曲の魅力を解説していただきます。
ビル・エヴァンスの「Nardis」
ジャズの楽曲にまつわる謎は枚挙に暇がない。マイルス・デイヴィス(Miles Davis)に関しても決して少なくなく、今回採り上げた「Nardis」は、マイルスの作曲とされながら、当の本人は一度も録音していないのである。
1958年7月にキャノンボール・アダレイ(Cannonball Adderley)が『Portrait Of Cannonball』で初めて録音。当時キャノンボールのクインテットに在籍していたビル・エヴァンス(Bill Evans)がそれ以降自身のトリオで度々演奏し、また録音も数多く残している。そうした経緯もあって、実はエヴァンスのオリジナルではないかという推測もあり、諸説紛々なのである。
私の手持ちのエヴァンスのアルバムで「Nardis」が収録されているのは全部で6枚あるが、おそらく最も人気が高く、また音質面からも高く評価されているのは、『At The Montreux Jazz Festival』の実況録音盤だろう(ちなみにエヴァンスによる「Nardis」初録音は、61年発売の『Explorations』)。同作はグラミー賞も獲得している。ジャケットの城は、スイスとフランスの国境のレマン湖の畔に建つ「シヨン城」である。
ベースのエディ・ゴメス(Eddie Gomez)はこの後もトリオの一角を長く担うことになるが、ドラムのジャック・ディジョネット(Jack DeJohnette)は短期間の在籍となった(この後マイルスに引き抜かれたとされる)。そのディジョネットの演奏がとにかくパワフルで、特に炸裂するシンバルの音が凄まじい。エヴァンスのピアノやゴメスのベースの音色が若干ソリッドなところが評価の分かれるところではあるが、ダイナミックで鮮烈なトリオの演奏とサウンドは、高音質がさほど多くはないエヴァンス作品の中で誰しもがいい音と認める傑作である。
パトリシア・バーバーの「Nardis」
カバー演奏として今回紹介するのは、やや異色ともいえるパトリシア・バーバー(Patricia Barber)の94年作『Cafe Blue』。歌手/ピアニストの彼女のトリオ編成での録音だが、バーバーはスキャットとピアノの弾き語りから曲をスタートし、演奏半ばからドラムとベースが入ってきて次第に熱気を帯びたプレイへと発展する。3人が一糸乱れぬアンサンブルをハイスピードに展開するようで、とてもスリリングな演奏だ。オリジナルのテンポとはずいぶん異なる早さで、途中のベースソロ、ドラムソロもたいそうエキサイティング。こちらも前述のモントルー盤に負けず劣らずの高音質アルバムである。
Words:Yoshio Obara