南⻘⼭の「⼩さくて⼤きな円形劇場」song & supper BAROOMにて開催されたリスニング・イベント『南⻘⼭レコード倶楽部』。 その記念すべき第一回目は、ceroの荒内 佑と音楽評論家・プロデューサーの原 雅明が出演した。 各々が持ち寄ったアナログ・レコードをかけて、トークを交えながら聴き進めていった。 極上のサウンドシステムを持つ個性的な円形劇場で、リラックスしたリスニング空間が実現した。 当日のトークを記事としてお届けする。

【前編はこちら】

良いシステムはミュージック・コンクレートの概念を変えた

荒内:ミュージック・コンクレートって日本語で言うと具体音楽ですね。 具体音、汽車の音だったりとか、あとコンロとか、ドアをバタンと閉めるとか、騒音だったり、色々日常生活の音とかをコラージュして、エフェクトをかけて作るっていうものが1940年代から出てきたんですね。 それは一応クラシック……というか現代音楽の流れを汲んでいて、フランスのGRM(※1)という、あれは何の略なんだろう。

原:フランス音楽研究グループでしたか。

荒内:っていう電子音楽研究所みたいなところがあって、そこでピエール・シェフェールっていう人が始めたのがミュージック・コンクレートというもので、シェフェール自体はあまり面白くないんですよ。 ちょっと頭でっかちというか。 そのGRMっていう研究所は今も続いてます。 そこで70年代に作られたフランソワ・ベイルという人の音源です。 GRMの一時期所長をやってた人。 多分ボールを転がしてマイクで録っている。 それに電子変調を加えてみようっていうことらしいんですね。 で、実はですね、ミュージック・コンクレートっていうのが元々あんまり好きじゃなかったんですけども、去年の夏ぐらいに友達の家でこのフランソワ・ベイルじゃないんですけども、GRMから出ている音楽家の音源を聴いたんです。 その友達はすごい良いシステムを持っていて、その環境で聴いて、そこからですね。 それで、GRM関連の音源をずっと聴くようになったので、ちょっとこの環境で皆さんにも聴いてみてほしいんですね。 タイトルはですね、やめよう、フランス語ちょっと読むの失敗しそうで(笑)。 一応、昔フランス語やってたんですけど。

原:そうなんですか。

荒内:はい、大学で。 この曲もちょっと長いんで途中で止めますが、かけますね。

François Bayle / Tremblement de terre très doux

原:フランソワ・ベイルの15枚組のCDがありますよね。 GRMが出してたやつですけど、あれを一時期ずっと聴いてたから懐かしさもあるし、この環境で聴くと別物といってもいい確かに凄い鳴りです。

荒内:ほんと面白い。

原:あと、これオーストリアのMego(Editions Mego)という、元々エレクトロニカや音響系のリリースをしていたレーベルが協力してて、というか、INA(フランス国立視聴覚研究所)に統合された現在のIna GRMに働きかけてレコードでリイシューしているシリーズですよね。 Sunn O)))のステファン・オマリーがマスタリングし直したりしているし。 実は僕もIna GRMのレコード持ってきたんですが、さっき荒内さんが面白くないと言ったシェフェールのなんで、かけないです(笑)。

荒内:すいません。

原:いえいえ。 シェフェール唯一の純粋な電子音楽作品の『Le Trièdre fertile』っていうのでこれは良いですよ。 でもかけないです(笑)。 ちなみに、このレコード、ニューヨークのOTHER MUSICってレコード屋で買ったんですよ。 かつてタワーレコードの向かいにあってタワーで扱ってない「その他」のレコードを扱うという気骨のあるお店で、最近ドキュメンタリー映画(※2)が日本でも公開されましたね。 ジャケットにOTHER MUSICの値札が貼ってあって思い出しました。

荒内:OTHER MUSICといえば、昔、開店当初かな、ジム・オルークさんとMegoをやってたピタことピーター・レーバーグの二人が演奏している動画を見つけて。 2分ぐらいしかないんですけど、ちょっと感動したんですよね。 店の片隅でPCを2台並べてて。 そういう流れで、もう1曲かけていいですか。

原:もちろんです。

荒内:そのピーター・レーバーグ、ピタは去年(2021年)亡くなっちゃったんですけども、GRMでやったライヴ録音っていうのが、去年アナログで出たんで、それをちょっとかけていいですか。

原:はい、お願いします。

Peter Rehberg / at GRM(2009)

荒内:全然ダメな人もいる音かもしれないですけど、僕はとても好きです。 あと、今最初にかけた部分とかレコードの針飛びみたいなのが、ちょっとミュージック・コンクレート的です。 さっきのクリスチャン・マークレーもレコードに傷を付けてましたね。 それも含めて音楽だと。

原:この環境でこういう音を聴くとやっぱり新鮮ですね。

荒内:つい聴いちゃう。

原:ピタはアカデミックな現代音楽の人ではなくて、エレクトロニック・ミュージックのフィールドから来た人なんですけど、そういう人も現在のIna GRMは出してますよね、カリ・マローンとか。 それも、Megoの活動があっての流れでしょうし。

※1 Ina GRM – Groupe de Recherches Musicales https://inagrm.com/en
※2 http://gfs.schoolbus.jp/othermusic/

南⻘⼭レコード倶楽部

ジャズというより室内楽。 ECMサウンドの源流の一つ

荒内:では、次は原さんですよ。

原:荒内さんが持ってきたレコードと被ってるものがあるんですが、それをかけてもいいですか? 

荒内:もちろん。

原:サックス/クラリネット奏者のジミー・ジュフリーです。 これはECMのレコードですけど、元々は1961年にVerveから出てた2枚のアルバムの音源に未発表曲を加えてECMが90年代に出し直したもので、ポール・ブレイとスティーヴ・スワロウとのトリオでの演奏です。 このレコード、『Analog Market』というオーディオテクニカ創業60周年記念イベント(※3)で荒内さんが選んだレコード棚という企画があって、その棚を見て実際に買ったんですよ。

荒内:そうだったんですね。

原:はい、レコード出てるのは知ってたけど、買いそびれていたんでちょうど良かったです。 で、それはいいんですが、このアルバム、クラリネットとピアノとベースという編成でドラムがいないトリオで、それはドビュッシーのフルート、ヴィオラ、ハープのためのソナタに触発されたらしいんですね。 荒内さんもよく知っていると思いますが、1曲かけます。

Jimmy Giuffre / Jesus Maria

原:これはカーラ・ブレイの曲ですが、ジャズっていうより室内楽みたいでもありますよね。 1961年ってジャズだとフリージャズ的なものも登場し始めていて、ハードバップの流れもまだあって、ちょっと激しい演奏が聴かれた時期に、一方でこの音があった。 白人の所謂クール・ジャズと呼ばれたウエストコースト・ジャズもそうですけど、アフロアメリカンの人達のジャズとは別の流れがあって、それはECMのようなサウンドの源流の一つにもなったと思います。 あと、アンソニー・ブラクストンとか現代だとマーク・ターナーのような人たちも、コルトレーン的な起伏のある熱いジャズではなくて、こういう抑制の効いた、空間を生み出すことが意識されたクール・ジャズからインスピレーションを得てますね。

荒内:ECMっていつからあるんですか?

原:1969年ですね。 ECMのサウンドデザイン的なものは、このあたりに影響されてんじゃないのかなと思ったんですけど。 荒内さんは何でこれを持ってきたんですか?

荒内:これは、とにかく音がいい。 凄く異様に生々しいっていうか、クラリネットのブレスの音とかが聞こえますよね。 その音と、ウッドベースの弦の揺れている感じとか、それをこの環境で聴いてみたかったっていうものなんですけど。

原:確かに、ベースは音が割れそうなくらい生々しく聞こえますね。 さっきのレコード棚に挙げていた中で、これは唯一のジャズでしたよね。

荒内:よく聴くジャズのレコードなんですよ。 あと、自分のアルバムを作ってる時にエンジニアの奥田(泰次)さんが、その元々日本コロムビアだったスタジオでこれを聴かせてくれて。 彼がECMで一番好きだって言ってて、それで買ったんですけどね。

原:なるほど。 ドビュッシーは別に関係なかったんですね。 てっきり、荒内さんはドビュッシーからの影響もあるから、これも聴いているのかと勝手に思ってました。

荒内:確かにそうですね、ドビュッシーからの影響はあるんですけど、これはドビュッシー的な観点で聴いたことはなかったですね。

原:ドビュッシーというか、クラシックを元々聴いていたのは、お祖母さんの影響でしたよね?

荒内:はい、ばあちゃんがクラシックをよく聴いてて、元々音楽の先生で、だからドビュッシーぐらいまでは普通にうちにあったというか、自然に聴いてましたね。

原:ここでドビュッシーをかけてほしい、という流れではないですよ(笑)。

荒内:大丈夫です。 持ってきてないので(笑)。 ただ、ドビュッシー的なところで言うと、武満徹ですね。 ドビュッシーの影響を多大に受けた武満ですが、僕は元々武満が凄い嫌いで。

原:そうなんですか。

※3 https://www.audio-technica.co.jp/analogmarket/

オーケストラが後ろで粘菌みたいに出てきて消えていく。 それが凄くかっこいい。

荒内:はい。 やっぱり武満徹より坂本龍一の方が出会いが先で。 坂本龍一って学生時代に武満を殺せというビラを武満のコンサートの前に撒いてたっていう、有名な話ですけども、そういうのもあって(笑)。 確か中学1年の音楽の授業の教科書に、今からかける「November Steps」の見開きの写真があったんです。 これはオーケストラと琵琶と尺八の協奏曲なんですけど、それを聴いて、まあ何て嫌な音楽なんだろうって思ったんです(笑)。 何て言うのかな、白米に蜂蜜かけるみたいな、分かんないけど、何かとにかく相性が悪くて嫌だなと思ってたんです。 それが、それこそGRM関係とかの、具体音にエフェクトをかける、プロセッシングをする、プロセッシングっていうのは音にかけるエフェクトと思ってもらっていいんですけど、加工して何か音を生成させていくっていうものをよく聴くようになってから、「November Steps」っていうのも琵琶と尺八が出した音に対して、オーケストラがプロセッシングをしているような、ある種の電子音楽に聴こえるようになったんですよね。 それで凄く去年夢中になって、異様なほど「November Steps」を聴いていたっていう。

原:それは面白い話ですね。

荒内:で、「November Steps」に関してはいろいろ話したいことがあって。 元々、武満は西洋のオーケストラと日本の和楽器を融合させようとしてた。 だけど、結局、水と油でうまくいかないから、洋楽器と和楽器は同時に鳴らさないようにした、というのがこの曲のよくある説明です。 具体的にはカデンツァっていう、何ていうか即興ですね。 オーケストラの曲の中で、途中に独奏があって、バイオリンだったらバイオリンの即興を挟んでオーケストラは一旦休み。 で、その後にまたオーケストラが戻ってくるみたいな形式をカデンツァっていうんですけども、カデンツァの形式を採った。 なんだけども、音楽家あるあるなんですが、言ってることが二転三転するんですよ(笑)。 武満のインタビューを読むと、やっぱりちょっと融合させてみたかったみたいなことを言ってて。 確かに琵琶と尺八の演奏中、オーケストラはほぼ休みなんですが、この「ほぼ」っていうのがキモで、少しだけオーケストラも出てくる。 取り敢えず、聴いてみましょうか。 尺八と琵琶が演奏してたら、オーケストラが後ろで何か粘菌みたいにぐちゃぐちゃ、くしゃくしゃって出てきて、またスーっと消えてく様が凄くかっこいいんです。

武満徹 – Toronto Symphony, Seiji Ozawa / November Steps

原:僕も初めて「November Steps」を聴いた時に、何がダメだったかというと特に尺八の音でしたね。 とにかく苦手でした。

荒内:わかります。

原:そこでもう音が入って来なくなっちゃうんですよね。 何か拒絶しちゃうところがあって。 ただ今ここで聴いていて、特にさっきまでのGRMの音源を聴いた耳で聴くと違いますね。 そう、本当にミュージック・コンクレートみたいに感じました。

荒内:確かにそうなんですよね。 所々で、琵琶と尺八にエフェクトをかけて電子変調させたように、オーケストラが音を引き継いでいる。 やっぱりオーケストラからこんなに複雑な音響を取り出すっていう凄さもあるし、その楽器を特殊に鳴らす、もっと音の素材として、どういった奏法でみたいな、そういうところまで考えて作られているから。 より具体音に近いっていう。

原:そう、具体音なんですよね。 尺八に纏わりついている、日本的な色んなものが一緒に聞こえてきちゃって拒絶しちゃってた部分があるんだけど、そうじゃない、もっと純粋な音として聴けるという感じですよね。

荒内:そうですね。 多分ここのこの環境も凄くいいんだと思うんです。 この変化、このオーケストラが琵琶と尺八を受けて音を変化させるみたいなアイデアっていうのは、武満が仕事場としてた長野の御代田町っていう場所があって、山奥なんですけども、そこでその村の町内放送みたいのがスピーカーから流れるんですって。 それが山に反響してこう音が変わって聞こえると。 そこから着想したそうです。

原:面白い。

荒内:僕、今年、御代田町に行ったんですよ。 武満詣でみたいな。 で、武満の仕事場だった別荘をめっちゃ探して、そっと写真だけ撮ってきて。

原:単なるファンですか?

荒内:捕まるやつです(笑)。 SNSに上げてないですよ。 武満が行ってたお寺とかもあって、ああここかと、ただの凄いオタクとして考えてきました。

原:では、武満徹は近年まとめて聴いて再発見したって感じなんですね。

荒内:そうですね。 この5、6年な気がします。 元から聴いてはいたんですけども、好きだなっていうのは本当、ここ最近で。 だいぶ好きになってしまいました(笑)。

原:それは行くくらいなんですから相当ですよ(笑)。 それにしても、今日かけたものって、新しいのか古いのかもよくわからないですよね。 もちろん、いい意味でですが、少なくともここで聴いていると発見があってそう感じました。 まだ全然レコード持ってきたんですけど、そろそろお時間のようです。

荒内:ありがとうございました。 ちょっと楽しくなっちゃって話し過ぎちゃいましたね。 もっと他にもいろいろ話したかったんですが。

原:はい、また、ぜひ続きをやりましょう。 今日ここに来ていただいた皆さんも本当にありがとうございました。

Playlist:

arauchi yu / Two Shadows (『Śisei』)

rei harakami / Unexpected Situations (『red curb』)

rei harakami / The Backstroke (『red curb』)

Julius Eastman / Evil Nigger (『Evil Nigger – Gay Guerrilla』)

Sylvian & Sakamoto / Bamboo Music (『Bamboo Houses / Bamboo Music』)

John Zorn / Spillane (『Spillane』)

John Zorn / Forbidden Fruit (『Spillane』)

François Bayle / Tremblement de terre très doux (『Tremblements…』)

Peter Rehberg / at GRM(2009) (『At GRM (2009, 2016)』)

Jimmy Giuffre / Jesus Maria (『Jimmy Giuffre 3, 1961』)

武満徹 / November Steps (『Toru Takemitsu – Toronto Symphony, Seiji Ozawa – November Steps / Green For Orchestra (November Steps II) / Asterism For Piano And Orchestra』)

Profile

荒内 佑

音楽家。 バンド、ceroのメンバー。 多くの楽曲で作曲、作詞も手がける。 その他、プロデュース、楽曲提供、Remixなども行っている。

原 雅明

音楽に関する執筆活動の傍ら、ringsレーベルのプロデューサー、LA発のネットラジオdublab.jpのディレクターも担当。 ホテル等の選曲、DJ、大学講師も務める。 著書『Jazz Thing ジャズという何か』ほか。

南青山レコード倶楽部Vol.1

2022年12月3日(土)レコードの日
出演者:荒内 佑×原 雅明
場所:song & supper BAROOM (東京都港区南青山6-10-12)
主催:株式会社フェイス
企画:エイトアイランズ株式会社
協力:株式会社オーディオテクニカ
写真提供:song & supper BAROOM

BAROOM HP

Edit: Masaaki Hara, Yuki Tamai