映画『みらいのうた』は、THE YELLOW MONKEYのボーカル・吉井和哉の半生を追ったドキュメンタリー。藤井風やback number、BiSHなど数々のミュージシャンのドキュメンタリー映像やMVを手がけてきたエリザベス宮地監督が、3年以上密着をして完成させた。

スクリーンに映し出されるのは、ステージに立つ華やかな姿だけでなく、老いや病いに直面する、鎧を脱いだひとりの人間の姿。監督はなぜ、至近距離で誰も知らないロックスターの表情を捉えることができたのか。ドキュメンタリー作家としての矜持に迫った。

映画にすることはまったく想定していなかった

監督がこの企画に携わることになった経緯から教えてください。

僕の知り合いに山田健人さんという映像作家兼ライブ演出家がいまして。彼から「THE YELLOW MONKEYが30周年のドームツアーのドキュメンタリーを撮れる人を探しているよ」と声をかけてもらい、2019年にご紹介いただきました。

ただ、そのときは吉井さん含めメンバーと直にコミュニケーションを取るというよりも、リハーサル風景や本番当日を撮るお仕事だったんです。その映像を、この映画のプロデューサーであり、THE YELLOW MONKEYのマネジメントを務める青木しんさんが気に入ってくださったんです。

吉井さんが喉のポリープの治療でライブ活動を休止しているタイミングで、ソロアルバムを作る話がありまして。「半生を振り返るようなドキュメンタリーを作りたい」とお声かけいただきました。初めは映画にすることはまったく想定していなくて。いわゆるアルバムの特典映像のようなイメージで撮影を始めました。

©︎2025「みらいのうた」製作委員会

吉井さんからは、制作にあたってどんな要望が?

それがまったくなかったんです。打ち合わせで吉井さんにお会いしたときにLINEを交換しようと言ってくださり、「静岡駅に◯時集合ね」と撮影がスタートしました。

吉井さんの車で生まれ故郷の静岡を訪れる、映画の冒頭のシーンですね。

青木さんも同行せず、初めからふたりきりでした。もう助手席からスタート(笑)。しかも最初に連れて行ってくれたのが吉井さんのお母さんのお宅だったんです。普通、ドキュメンタリーでお母さんが出てくるタイミングって、盛り上がる後半あたりですよね。『母をたずねて三千里』だったらもう、最終回。

ド頭でお母さんをご紹介いただいたことで、 “ロックスター” の魔法を吉井さんが一瞬で溶かしてくれたというか。いい意味でハードルがぶっ壊れて、とても近い距離で撮影することができました。

映画のふたり目の主人公は、10代の頃に吉井さんを音楽の道に導いた恩人のミュージシャン・EROさんです。

最初に静岡を訪れたときにEROさんにもお会いして、その場で連絡先を交換していただきました。その感じがなんというか、仕事っぽくなくて。おふたりとも本当にボーダーなく接してくださるんです。

元URGH POLICEのボーカルだったEROさん。吉井さんをベーシストとして加入させた恩人
元URGH POLICEのボーカルだったEROさん。吉井さんをベーシストとして加入させた恩人(©︎2025「みらいのうた」製作委員会)

お会いした直後にEROさんが『ニューヨーク・ドール』という映画のDVDを貸してくださったんです。ニューヨーク・ドールズ(New York Dolls)のベースのアーサー・ケイン(Arthur Kane)が主人公で、解散してから約30年ぶりにバンドを再結成するドキュメンタリーです。

ボーカルのデヴィッド・ヨハンセン(David Johansen)はスーパースターになっていて、アーサーはアルコールで転落して以降、意外な人生を辿っている。その姿がまさに吉井さんとEROさんの関係性に似ていて。こういう感じなら自分もできそうと思えたし、おふたりが僕を導いてくれた感じがありました。

自分の気持ちより相手のことを優先する強さ

©︎2025「みらいのうた」製作委員会

映画を観ていて特に印象的だったのは、生い立ちのこと、EROさんとのこと、そして病や老いや死について、吉井さんがカッコつけることなく卑下することもなく、ストレートに心情を吐露する姿です。

吉井さんってデヴィッド・ボウイ(David Bowie)にすごく憧れを抱いているそうなんです。彼はステージ上でものすごく華やかだけど、ドキュメンタリーのカメラの前ではオフのノーメイク姿などもガンガン見せる人だったそう。それが吉井さんの中でかっこよさの理想像になっている。確固たる美意識に貫かれたものがあると感じました。

喉のポリープが咽頭癌である可能性があるとわかったタイミングで、「がんの場合、2ヶ月くらい毎日放射線手術に行くことになるので、そこも気にせずに撮ってください!」とLINEが来たそうですね。

何としてでも作品に残したいという想いよりも、多分、こちらに気を遣ってくださったと思うんです。どれだけ辛い状況でも、自分の気持ちより相手のことを優先する。その優しさは、吉井さんの強さだと感じました。常に周りのことに気を配っているので、抱え込んでいることもいっぱいあると思うんです。カメラで映せていないその部分は、楽曲に収まっていると感じます。

まだがんが発覚する前に手術を受けた際、同行したカメラに向かって「僕、全身麻酔大好きなんです」なんて冗談めかして明るくおっしゃっていました。ところが手術を終えて車に戻ってきたときに、麻酔の副作用でもうクラクラ。多分、喉もすごく痛かったと思うんです。朦朧とする意識の中でとても辛そうな表情をされていました。

吉井さんにとって、辛さとか悲しみは一番見せたくないもの。何十年も一緒にいる青木さんは、カメラに収められたその姿を見て「あんな表情は初めて見た」とおっしゃっていました。

©︎2025「みらいのうた」製作委員会

一方でTHE YELLOW MONKEYのメンバーの仲の良さが伝わるシーンはとてもチャーミングです。

映画で選んだものはベストチョイスですけど、メンバー間のおもしろシーンは無限にありました。本当に仲が良くて、リハーサル後もずっと話しているんですよ。映画で扱っている題材は重いものでしたが、メンバー4人が集まったときには空気が全然違っていて。「ヤバい、止められない」みたいに、こちらもずっとカメラで撮り続けてしまう。編集が本当に大変でした(笑)。

ひとつだけ気になったのが、吉井さんのお母さんのご自宅を訪れたときに、テレビに映し出されていたニュース映像です。ドキュメンタリーとはいえ、画作りのためにテレビを消してもらう選択肢もあったと思うのですが、あれは当時の空気感を共有するためにあえてしたことだったのでしょうか?

単純に僕の弱さが出ているシーンです(笑)。撮影初日、カメラを回してまだ1時間も経っていない状態でいきなりお母さんのご自宅に案内されたので、「テレビを消してください」と言い出せなかったんです。しかもおふたりの会話が始まってしまって。あれが2回目にお会いする機会だったら言えたと思うのですが。大反省しています……。

©︎2025「みらいのうた」製作委員会

これまで数多くのドキュメンタリーを手がけている監督でも、そんな失敗があるんですね。

基本、シャイなんです。カメラがあるから頑張れているだけ。カメラを構えているときの会話の内容や行動、思考は普段と全然違います。アドレナリンが出ている感じが楽しくて。

ただ、人とコミュニケーションをとる上ではカメラはないほうがいいと思っています。だって異物じゃないですか。録音や録画がされていると、相手にとってストレスになると思うんです。でもカメラがあるからこそ人は言葉を選んだり、何かを伝えようという意思が芽生える。

極端ではありますが、本当に素を撮ろうと思ったら隠しカメラを使えばいいんですよ。でもそれは僕が撮りたいものとは違う。人間の “素” に興味はありません。異物があるからこそ生まれる物語や言葉にこそ興味があるので、一種の演技ですよね。吉井さんは、自分を演じることにすごく長けている方だと思います。

監督がドキュメンタリーを撮る際、相手へのリスペクトの示し方や距離の縮め方にこだわりはあるのでしょうか?

実は普段、アーティストといきなり連絡先を交換することは絶対にないんです。僕も人間なので、あまり距離が近くなりすぎると悲しんでいたり、落ち込んでいるときに撮りづらくなってしまう。

でもプロとしてはどんな状況であれ絶対に撮り続けなきゃいけない。距離が近すぎるとやりづらくなってしまうので、直でコミュニケーションを取らないように気をつけています。だから今回は特例。吉井さんもEROさんも僕と年齢が離れているので、自ずと一定の距離感が生まれたと思います。

もうひとつ大切にしているのは、相手を「こういう人間だ」と決めつけないこと。なぜならそれは多分、勘違いだから。いかに自分の中にある妄想や亡霊みたいな固定観念を取り払い、フィルターをかけずに目の前の人を見るかが大事だと思います。これが一番難しいんですけどね。

僕が吉井さんだけをずっと撮り続けると、僕の目から観た吉井さんしか映せないし、映画を観た方もその姿を吉井さんだと決めつけてしまうと思うんです。だから自分の作品ではできるだけ周囲の人を登場させるようにしています。多角的に被写体を映すことで、いろんな捉え方ができるようにしています。

音についてのこだわりは?

僕は基本、映画って画よりもよっぽど音のほうが大事だと思っていて。被写体の声をちゃんと拾えるようにすることは気をつけています。だから本当は録音部をつけたいんですけどね。被写体とマンツーマンでいるときは、ピンマイクとカメラのガンマイクだけで撮影しています。

劇伴は吉井さんのソロ曲「みらいのうた」のインストと、吉井さんが昔EROさんと組んでいたバンド、URGH POLICEの「GETTING THE FAME」のピアノインストを使っています。これは吉井さんがEROさんとセッションをするにあたり、ガイド的に用意してくださった音を使いました。吉井さんの闘病パートと、EROさんの復活という2軸を、楽曲でもパートわけしています。

今回はその2曲を、何回も繰り返して使いました。『ニュー・シネマ・パラダイス』のように同じ曲が何回も流れる映画が好きだったので、初めてその手法に挑戦しています。

©︎2025「みらいのうた」製作委員会

吉井さんやEROさん含め、ステージの上で輝くミュージシャンたちでさえ、回避することのできない老い、病気、死が捉えられています。彼らの姿を見て、監督が感じたことは?

想像もしていなかったことが起こるのが人生だと思うんです。病気はもちろん、大切な人との別れだったり、友達との喧嘩だったり。でもあのふたりって、転んでもただでは起きないというか。現実をちゃんと受け入れてエネルギーに変えようとするんですよね。それがすごく強いと思いました。そのスピリットがロックでしたね。

吉井さんが先日、「カメラが回っていたから病気の回復が早まった」とおっしゃってくれて。それはめちゃくちゃ嬉しかったです。先ほども言ったようにカメラは邪魔でしかないですし、使い方を間違ったら暴力にもなるわけで。結果的に喜んでもらえたことは本当に嬉しかったです。

好きなアーティストの楽曲は完全にドキュメンタリー

音楽関係のお仕事が多いと思いますが、それはなぜ?

単純に僕が音楽好きだからです。藤井風くんとかMOROHAとか、好きなアーティストの楽曲って完全にドキュメンタリーなんですよね。その人の人生が描かれていることが多い。人生で受けたメッセージがダイレクトに歌詞になっているので、そういうものに惹かれるんです。

©︎2025「みらいのうた」製作委員会

監督を語る上で欠かせない楽曲を3曲挙げていただくと?

THE YELLOW MONKEYの「JAM」。この曲が流行っていた頃に僕は小学生で、学校の運動会とかでも流れていました。改めて歌詞をちゃんと聴くようになったのは20歳を超えてからだと思います。大学で出会った友達の影響で聴いてみたら、死生観を歌っていることにやっと気づきました。

僕がドキュメンタリーを撮る上でもうひとつ大切にしているのが、相手の中にいるはずの自分と、自分の中にいるはずの相手を探すこと。一見自分とまったく違うように思える人にも、どこかに共通項があると思うんです。それを探すことに努めています。

「JAM」で吉井さんが綴った “あの偉い発明家も凶悪な犯罪者もみんな昔子供だってね“ という歌詞は、まさにそういうこと。吉井さんは人とのコミュニケーションをあきらめていないんですよね。そのことを短い歌詞で言い切っているなんてマジでやばい。僕はあんなアウトプットはできないけど、大切にしているものは似ているんじゃないかなと感じました。

山田健人監督と一緒に藤井風くんの地元でMVを撮った「旅路」もすごく好きです。“この宇宙が教室なら隣同士学びは続く” という歌詞に、「そういう考え方もあるんだ」と思ったんです。風くんは新しい視点を教えてくれるから、すごく好きですね。

『タコピーの原罪』の主題歌にもなっている、anoちゃんの「ハッピーラッキーチャッピー」を聞いたときは、「俺の歌だ」と思いました。僕の中学時代は本当に最悪で。学校も荒れ放題だったし、あまり自分では思い出したくない日々でした。まさに『タコピーの原罪』のような感じ。

でもアニメもanoちゃんの楽曲も、暗いリアルをできるだけポップに描いているので、「あの経験があったから今がある」と思えたんです。実際に音楽が好きになったのも中学時代。そのことを思い出して感動しちゃいました。

中学時代に好きだった音楽とは?

当時好きだったバンドはGOING STEADY。ラジオで「STAND BY ME」を聴いてロックに目覚めました。

ちなみにエリザベス宮地というお名前の由来は?

まったく意味はありません(笑)。僕が映像を撮り始めるきっかけになったのがカンパニー松尾監督なので、憧れている人に倣ってカタカナが必要だと思ったんです。そこで思いついたのがエリザベス。本当にふざけていますよね。

『みらいのうた』の撮影でEROさんが通っている教会に撮影に行ったときに、僕の名前を聞いたおばあさんから「あなたクリスチャンよね。わかるわよ」と言われまして。ちゃんと「違います」とお伝えしました(笑)。

『みらいのうた』

出演:吉井和哉、ERO
監督・撮影・編集:エリザベス宮地
12月5日(金)全国公開
©︎2025「みらいのうた」製作委員会

エリザベス宮地

1985年高知県生まれ。東京を拠点に活動。
ドキュメンタリー手法を軸に、藤井⾵、back number、吉井和哉、anoなど様々なアーティスのドキュメンタリー映像やMusicVideoを監督。2020 年に監督した優⾥「ドライフラワー」MV は現在までに2億回再⽣を越える。また、2025年に監督したback number「ブルーアンバー」MVは、実在するドラァグクイーンを主役としたドキュメンタリーとフィクションが入り混じった内容が話題となる。ドキュメンタリー作品としては、俳優・東出昌⼤の狩猟⽣活に1年間密着したドキュメンタリー映画『WILL』を2024年に劇場公開。2⽇間で14万⼈を動員した藤井⾵の⽇産スタジアムライブに密着したドキュメント作品「Feelin’ Good (Documentary)」、SUPER EIGHT の安⽥章⼤がアイヌ⽂化を取材するテレビ番組「Wonder Culture Trip―FACT―」などを2024年に公開。また実在する独身プログラマーを主人公に起用し、現代の東京の独身生活をリアルに描いた短編映画『献呈』が2025年のモスクワ国際映画祭 短編コンペティション部門に日本人としてはじめてノミネートされた。

Photos:Mitsuki Nakajima
Words & Edit:Kozue Matsuyama

SNS SHARE