ニューヨークを拠点に、世界各地のシーンを独自取材して発信するカルチャージャーナリズムのメディア『HEAPS Magazine(ヒープスマガジン)』が、Always Listening読者の皆さまへ音楽にまつわるユニークな情報をお届けします。
暖かい季節に差し掛かれば、ニューヨークの地下鉄ミュージシャンの活動の盛り上がりも本番を迎える。日本では、基本的には道路や駅構内などで演奏をおこなう際には許可が必要となるが、ニューヨークでは、地下鉄システム内で音楽を演奏すること自体は違法ではない。プラットフォームや車内で演奏するミュージシャンは人種も内容もとにかく多様で、ニューヨークの地下鉄音楽事情はストリートカルチャーを語る上でも必須の事柄だ。
アカペラ、ギター、カルテットから見たことのない楽器を演奏する人まで、さまざまなパフォーマンスがみられる地下鉄音楽。そんなストリートパフォーマーのなかには、地下鉄社 “公認” のミュージシャンたちもいること、知っていましたか?
交通局が公認する音楽活動とは?
特にストリートミュージシャンの音楽に興味がある人であれば、ニューヨークの地下鉄=音楽というイメージを持つ人も少なくないと思う。SNSでもうますぎるカバー曲のアカペラ動画がバズったり、ミュージシャンの地下鉄でのパフォーマンスを楽しむ群衆の姿などの動画も定期的にまわってくる。
先にも述べたが、ニューヨークでは、地下鉄システム内で音楽を演奏すること自体は違法ではない。ニューヨークの州都市交通局、通称 MTA(Metropolitan Transportation Authority)はホームページに「交通局の規則を守っている限り、どんなミュージシャンもニューヨーク市の地下鉄システムで演奏することを歓迎します」というコメントを出している。音量や安全のルールを遵守すれば、誰でも地下鉄ミュージシャンとして活動することは可能だ。
大前提として、地下鉄音楽の文化がそのほか多くの音楽視聴体験と異なるのは「無料」であること。「まずはプレイして、いいと思ったらお金を払ってもらう。それが地下鉄ミュージシャン」。そんな矜持をもつミュージシャンだっている。技術が高くなくても、なんらかの理由で良いと思えばチップを払う人は多い。チップは1ドル札を1枚から数枚が相場だが、たまに10ドル、20ドル札を渡す太っ腹な人もちらほら。
さて、ところでこのストリートミュージシャンには、公式と非公式がない混ぜになっている。各々が自由にプレイする地下鉄音楽においてなにが線引きになるのか。それは、MTAが公式に認めているパフォーマーかどうか、だ。

MTAによる、アートや音楽パフォーマンスの支援・推進のプログラムの一つで、もともとは交通環境を向上させるために1985年より公式のミュージシャンを設けてみる試験的なプロジェクトとしてはじまり、地下鉄利用者から大きな支持をうけ、2年後の87年にプロジェクトを恒例とし、そこからずっと続いている。毎年1月にストリートミュージシャン等にオーディションが開かれ、これを通過すると公式パフォーマーとしての称号を与えられ、「Music Under New York(ミュージック・アンダー・ニューヨーク)」、略してMUNYと呼ばれるようになる。簡単な見分けかたとしては、演奏する場所にビビッドピンクの垂れ幕をもうけているかどうか、だ。
気になる審査。時間はたったの“5分”?
MTAの公式パフォーマーになるには、上記のMUNYのオーディションに応募する必要がある。オーディションに参加するにはまず一次審査として、ウェブサイトから音声ファイルや動画を添付したフォームを提出。これに通過した応募者のみ、対面オーディションに進む。最終審査では実際にパフォーマンスの機会をあたえられるが、その時間はたったの5分間。
審査員は、駅員、音楽業界や文化機関の関係者、MUNYの歴代のパフォーマーから選出されている。この最終審査に合格したパフォーマーたちが、晴れてMTAの公式地下鉄ミュージシャンとして任命されるのだ。MTA公認パフォーマーとなったあかつきには、上でも述べたオリジナルのビビッドピンク色のバナーを掲げてニューヨーク市の駅構内で演奏することが許される。さらに、優先的に交通量の多い駅でのパフォーマンス場所と時間を提供されることになる。現在、MTAの公式パフォーマーとして登録されているミュージシャンは350人以上いるとのこと。MTAの報告によると、公式ミュージシャンらによる演奏回数は年間10,000回以上になるそうだ。

地下から地上への道も
昨年2024年度のオーディションでは、147組の応募から28組のミュージシャンが新たに公式パフォーマーとして迎え入れられた。地下鉄ミュージシャンのなかには、ちょっと有名な人もいる。
エレクトリックチェロ奏者のアイグラス(Eyeglasses)は、MUNYに登録されている音楽家の1人。2022年のヤンキース・スタジアムでのニューヨーク・ヤンキースの開幕戦や、マディソン・スクエア・ガーデンにて行われたNBAの試合にて国歌の演奏を披露。彼は現在も、ニューヨークの主要な地下鉄駅でパフォーマンスをしている。
他にも、MUNY出身の著名アーティストは数多く存在する。アメリカのオーディション番組、『アメリカズ・ゴッド・タレント』に出演し一躍有名になったゴスペル、R&B歌手のアリス・タン・リドリー(Alice Tan Ridley)や、シンガー・ソングライターのナタリー・ゲルマン(Natalie Gelman)など、ニューヨークの地下から地上へと舞台を移していった音楽家も確かに存在している。
Words:Ayumi Sugiura(HEAPS)