あなたは ”ミュージック・コンクレート” という音楽を知っていますか?
今回は、1940年代にフランスでピエール・シェフェール(Pierre Schaeffer)らによって創始された現代音楽の一種である ミュージック・コンクレートについて、音楽家、録音エンジニア、オーディオ評論家の生形三郎さんに解説していただきました。

ミュージック・コンクレートとは?

録音や編集という行為を通してしか、作ることができない音楽があります。 脳内の想像をそのまま音にする音楽。 それが、「音の錬金術」、あるいは「耳のための映画」とも呼ばれるミュージック・コンクレートです。 自然界のあらゆる音から、シンセサイザーのように電気的に作り出した音まで、この世に存在するありとあらゆる音を音楽の素材として使用することができる、ある意味で何でもありの音楽ともいえます。

実は、筆者は大学生のときに初めてミュージック・コンクレート作品のコンサートに行き、すっかり虜になってしまいました。 それ以後、ミュージック・コンクレート作品の作曲にハマってしまい、それがオーディオ評論や録音エンジニアという仕事にも繋がることになります。 こんな音楽があるのか、こんなアプローチもありなのか、と、これまでの自分にとっての音楽の在り方や作り方をガラッと変えてしまった体験でした。

”コンクレート”の発端

コンクレートの発端は1940年代で、音を磁気テープに録音するというアプローチが確立された頃まで遡ります。 当時の気鋭の作曲家達は、新たな表現を求めて様々な作曲アプローチを模索していました。 彼らは、楽器の演奏によって音楽を実現するという従来のアプローチから抜け出し、録音した音そのものを使って音楽を生み出せないかの模索を始めます。 従来のおもな西洋音楽は「ドレミ」という音階であったり、「コード」と呼ばれる和音などのハーモニーを使って音楽を構成していました。 そこから解き放たれるために、汽笛や列車の走行音、鍋やオモチャなどの音を録音して、新たな作曲語法、作曲理論を生み出そうとしました。

ミュージック・コンクレートの入門編

まずは、世界初とされる、ピエール・シェフェール(Pierre Schaeffer)のミュージック・コンクレート作品『5つの騒音のエチュード』を聴いてみて下さい。

このアルバムの冒頭五曲が『5つの騒音のエチュード』です。 3曲目の「Étude violette」と4曲目の「Étude noire」は、ピアノの音を用いたものですが、ピアノの発音部分を消して途中から再生したり、再生速度を変えてピッチを大幅に変えたりと、ピアノという楽器を使って、そこから新たな音の可能性を引き出しています。 5曲目の「Étude aux casseroles」は、鍋の音から始まりますが、ここでもピアノを元にした浮遊感のある音や、切り取られた物音や声がリズムを伴って断片的に重ねられることで、音がその発生原因から切り離されて、新たな音の様相を生み出していることが聴き取れます。

このような手法は、当時のアカデミックな新進作曲家が次々と取り組みました。 日本でも、黎明期のものとして武満徹や黛敏郎などの作品が知られています。 また、ミュージック・コンクレートの探求によって生み出された技術は、ビートルズ(The Beatles)やザ・ビーチ・ボーイズ(The Beach Boys)などの初期のロック・ミュージックを始め、ピンク・フロイド(Pink Floyd)などを始めとするプログレッシブ・ロック、そして、ミニマル・ミュージックやサンプリングを使用した各種音楽にも広く受け継がれていきます。 また、映画のSEや音楽などにも大きく寄与した、というよりそれらはまさに、単体で聴けばある種ミュージック・コンクレートのようなものと言えます。

オーディオ評論家の生形三郎のミュージック・コンクレート

ここで僭越ながら、私が作曲したミュージック・コンクレートでご紹介しましょう。 「Critical Point」という曲です。

ステレオマイクロホンは「AT9440」を使用

実はこれ、私が大学生のときに初めて作曲した曲ですが、5種類の音だけを用いて、それを様々に加工して1曲の作品を作りました。 5種類の音は、シンバル、水音、紙を擦り合わせる音、足音、ノイズです。 そしてそれらは、なんと偶然にもオーディオテクニカの「AT9440」というマイクを使って録音していました。 いずれも、曲の中で音の原形が出てきますので、どの音が元のものなのか、探してみて下さい。

AT9941

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AT9440の後継機種

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誰でもすぐに挑戦できるのがミュージック・コンクレートの魅力

先に述べたように、ミュージック・コンクレートは、イメージした音世界を制約なしに自由なやり方で自在に作り出すことが出来ます。 まさに、オーディオ(録音⇔再生)という概念の可能性を体現する音楽だと私は思います。

また、とくに作曲や音楽の訓練を受けていなくても、誰でもすぐに作曲を始めることが出来るのも魅力の一つです。 やろうと思えばスマホのマイクと、フリーのDAWソフト(Audacity)などがあれば作ることが出来てしまうのです。
気になったみなさんは、ぜひとも作曲してみて下さいね。

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Words:Saburo Ubukata