コロナ禍により、ここ3年の間にキャンプ需要が世間的にも高まったことは今では広く知られている。 そんなアウトドア環境において、音楽を楽しむ場合はポータブルBluetoothスピーカーを持ち込むことがほとんどだが、この方法だと手軽な反面、音に物足りなさを感じる人も少なからずいることだろう。

とはいえ、良い音環境を求めて、音楽フェスや野外レイヴで使われるような本格的なサウンドシステムを個人でアウトドア環境に持ち込むとなると手間がかかりすぎて難しい。 そのハードルをもう少し下げながら、良い音環境をアウトドアに持ち込めるものがあれば、もっとアウトドアで音楽を楽しめるようになるはず。

そこでAlways Listeningでは、アウトドアでもより良い音環境で音楽を楽しめる、 “アウトドアに音を連れ出す「重箱」” をコンセプトにしたオールインワンのアウトドア用サウンドシステム「OTOJU」の開発を企画。 この連載では、重箱という日本古来の文化をデザインソースにしたOTOJUの可能性を探っていく。

“重箱”に着想を得て制作された、ジャパン・メイドのアウトドア用サウンドシステム

室町時代からの歴史があるとされる重箱は、貴族が狩りや花見などの際に用いたとされることから現代におけるアウトドアアイテムの元祖といえるプロダクトだ。 そんな重箱という日本古来の文化をデザインソースにしたOTOJUは、デザイン面だけでなく、サウンドテクノロジーの面でもジャパン・メイドのテクノロジーを採用していることが特徴に挙げられる。

そんなOTOJUの開発に関わったのが、これまでにTaguchiのスピーカー「セレンディピティ・シリーズ」や全方向型スピーカー「Cube」の設計・開発を手掛け、2010年から音響設計・サウンドシステム領域で活動するWHITELIGHTだ。

工場でOTOJUの制作作業を進める。
工場でOTOJUの制作作業を進める。

連載第一回目となる今回は、OTOJU開発の経緯や設計思想について、WHITELIGHTに話を訊いた。

先述したようにアウトドアで音楽を聴く時は、Bluetoothポータブルスピーカーを持ち込むことがほとんどだ。 しかし、複数人が集まった場合、この方法では手軽に音楽を楽しめる反面、例えば、スピーカーに近い位置にいればいるほど、音がうるさく聴こえるなど、音を聴くポジションによってどうしても聴こえ方に差異が生まれてしまう。

この課題を解決するためにAlways ListeningとWHITELIGHTは、音に包まれるようなリスニング環境をアウトドアで作り出すことを志向した。

また、OTOJUのルーツでもある “重箱” という日本古来の文化を踏襲したコンセプトデザインは、町工場にルーツがあり、その優れた最新の音響技術を国内のみならず、海外にもアウトバウンドしてきた日本のオーディオ文化とも親和性が高い。 OTOJUでは、そのジャパン・メイドのふたつの文化的ルーツを重ねあわせることもコンセプトのひとつとなった。

RV車の荷室に積めるサイズ感ながらも、ロータリーミキサーやサブウーファーまで搭載するこだわりの仕様

OTOJUは重箱をデザインソースとしたポータブルなオールインワン・サウンドシステム。 各段には、4つの小型無指向性スピーカー、サブウーファー、レコードプレイヤー、VUメーター付きのロータリーミキサーが格納されている。
OTOJUは重箱をデザインソースとしたポータブルなオールインワン・サウンドシステム。 各段には、4つの小型無指向性スピーカー、サブウーファー、レコードプレイヤー、VUメーター付きのロータリーミキサーが格納されている。

では、ここで重箱のように3つの段で構成されたOTOJUの仕様を見ていこう。

OTOJUの一の重には、4つの小型無指向性スピーカーが格納されている。 これは、WHITELIGHTがデザインと設計を手掛けたTaguchiのスピーカー「HACHIDORI-REX」をベースにしたもので、8センチの平板ユニットが搭載されている。

Taguchiのスピーカー「HACHIDORI-REX」をベースにした4基の無指向性スピーカー。
Taguchiのスピーカー「HACHIDORI-REX」をベースにした4基の無指向性スピーカー。

二の重にはオーディオテクニカのレコードプレイヤー、三の重にはVUメーター付きのロータリーミキサーとサブウーファーが格納されているが、このロータリーミキサーは、Katagiri Repair & Remake Serviceの片桐氏にオーダーメイドで発注したもの。 ロータリーミキサーには入力ジャックがついており、そこにケーブルを挿せば、レコードプレイヤー以外にiPhoneを接続することもできる。

オーディオテクニカのレコードプレーヤー ”AT-LP2022”。
オーディオテクニカのレコードプレーヤー “AT-LP2022″。
オーダーメイドで制作されたVUメーター付きのロータリーミキサー。
オーダーメイドで制作されたVUメーター付きのロータリーミキサー。
サブウーファーも格納し、アウトドアでも豊かな低音を実現。
サブウーファーも格納し、アウトドアでも豊かな低音を実現。

三の重にはスピーカーケーブルとスピーカーに取り付ける脚を格納するストレージが設けられている。

さらに一の重の蓋はテーブル化できるなど、OTOJUは全てのパーツがしっかりと機能するデザインになっているが、その細部に至るまでWHITELIGHTのこだわりが見て取れる。

元々アウトドアが好きなこともあり、かねてからキャンプをした時に小型で持ち運びできる高音質なサウンドシステムがあればと考えていたWHITELIGHTは、そのこだわりを反映した仕様について、こう語る。

「最初にこの話をいただいた時に、これまで温めていたアイデアをすべて実現できると思いました。 加えて、重箱というコンセプトだったので、茶道の野点の概念なども加味しながら設計していきました。 その中でこだわったのは、ロータリーミキサーとiPhoneでDJができるという点です。 やたら大きいロータリーミキサーをわざわざ入れているのにふたつのiPhoneでDJができるという、ある種の面白さを実現したいと思っていました」。

そこにAlways Listeningからアナログのターンテーブルをシステムに加えたいという要望を出し、ターンテーブル1台分をシステムに加えることに。

その過程でアウトドアでも迫力がある良い音を楽しむためにウーファーやアンプを組み込んでいき、従来のポータブルオーディオデバイスよりもパーティー感が出せる、持ち運び可能な小型サウンドシステムとしてのOTOJUが完成した。

「やりたいことをどんどんやっていくとサイズもどんどん大きくなっていくので、最終的なOTOJUのサイズに関してはAlways Listeningチームと話し合い、RV車の荷室に積み込める程度のサイズ感に落ち着きました。 とはいえ、持ち運びやすくするためにケースを安っぽいプラスチック製にはしたくなくて。 そのために重厚だけど、ひとつにケーシングされる中間のものを目指しました。 それとOTOJUの音場に関しては、キャンプ椅子に座ったり、寝転がったりした状態でいかに音がいい感じに混ざり合うかを考えました。 そういう音場の作り方にはこのサイズがあっているので、そこはコンセプチュアルな部分ですね」。

ただ、コンパクトさをどのように実現するかは、苦労の種だったと語る。

「どれだけコンパクトにするかはやっぱり一番大きなテーマでした。 特に収まりに関しては図面で見ても実際に触った時の感覚は見えてこないので、2回くらい模型を作り、実際の収まり具合を確かめました。 またTaguchiに発注する際も図面だけでは伝わらないと思ったので実際に工場に模型を持って行った上で、色々と現場の人間と話し合いながら制作を進めました。 その意味ではTaguchiのノウハウやアイデアも反映しているので、みんなでOTOJUを作っていった感覚がありますね」。

空間のどこにいても均一に音を届けるために

空間のどこにいても均一に音を届けるために

OTOJUの構想から完成までには半年以上の月日が費やされたが、その過程においてもっとも時間を費やしたのは設計作業だった。 特にロータリーミキサーにVUメーターをつけるなど、プロダクトのディティールに関するアイデアには強くこだわっている。

また、当然のことながら、アウトドアで良い音を楽しむというOTOJUの本質的な部分が出音と、それが創り出す「音場」のデザインといえる。 これを実現させるのが4つの無指向性スピーカーの採用だ。

この仕様により、OTOJUはアウトドアでも擬似的なサラウンド環境を作り出すことができる。 そのメリットをWHITELIGHTはこう説明する。

「空間のどこにいても均一に音を伝達するシステムを考え、無指向性スピーカーを使うことにこだわりました。 指向性スピーカーを使う場合は、細かくセッティングする必要があるので、その手間がかかるし、スイートスポットも限られてくる。 また、アウトドア環境では必ずしもスピーカーを自分が置きたい場所に置けるとは限らない。 でも、無指向性スピーカーの場合は、なんとなく置いたとしても音がきれいに混ざり合うので設置しやすいというメリットがあります。 そのことを考えると無指向性スピーカーとアウトドア環境の相性は良いと言えますね」。

どんな場所も最高のリスニングスポットに変える

どんな場所も最高のリスニングスポットに変える

一方で、人間がアクセスしにくいコアな自然環境と向き合う本格的なアウトドアに音楽は必ずしも必要ないとWHITELIGHTは考えている。 しかし、そこはケース・バイ・ケース。 「例えば、オートキャンプ場などでカジュアルにアウトドアを楽しむ場合は、極上の音を楽しめるサウンドシステムがあってもいい。 その観点からOTOJUは、街中や自宅の庭でのBBQなど、広くアウトドアでの使用を想定しています」と語る。

また、実際にキャンプでOTOJUを使用した時に感じたことをこう振り返る。

「朝方に聴こえてくる鳥の鳴き声に添える程度の音量でレコードを聴いてみましたが、その体験はこれまでに自分が経験したことがないくらい素晴らしいものでした。 野外フェスでも朝方にアンビエントが流れる時間がありますが、そのような体験とは全く別物でした。 キャンプで夜にしっかり寝てから日の出とともに目覚める。 そして、朝の清々しい状態のまま、無指向性スピーカーによるサラウンド環境の音楽をアウトドアで楽しむ。 OTOJUがあれば、今後はそういった形で朝の時間帯限定の野外音楽イベントを開催できる可能性があると思いました」。

アウトドアで音楽を楽しむための課題から、目的地を最高のリスニングスポットに変えることを目指して生まれたOTOJU。 WHITELIGHTが考えるように、使う環境によってこれからさらなる活用の可能性が広がっていくことは間違いないだろう。

WHITELIGHT

2010年6月設立。 重力の束縛から魂を解放する事を目的とし、マルチチャンネル音響設計・演出、音源製作、サウンドシステム開発を行う。

国内有数の音響設計・スピーカー製造会社である田口音響研究所の無指向性のスピーカー「セレンディピティ・シリーズ」や全方向型スピーカー「Cube」の開発を手掛ける。

HP

OTOJU by Audio-Technica
Product & Sound Design:WHITELIGHT
Mixer Design:Katagiri Repair&Remake Service
Production:Taguchi
Concept Design:epigram inc.

Words:Jun Fukunaga
Eyecatch photo:Jimmie Okayama
Coordination+Photo:Yuki Tamai
Edit:Takahiro Fujikawa