今までの人生の中で、「楽器を自作してみよう」と思ったことはあるだろうか。 多くの人にとって楽器は、楽器店で入手するものである。 しかし、楽器を自分の手で作ってしまう人たちがいる──。
自分で楽器を作る人たちに話を聞く連載。 第3回目は、自由自在に鉄を操り、楽器に仕立てる飯田誠二さん。音階を埋め込んだ鈴「Sei」シリーズや、Maya Ongaku が演奏に用いるオリジナルのウォータフォンなど、彼の作品は広大な宇宙さえもを感じさせるような神秘的な音色を奏でる。本職は溶接工である彼は、なぜ楽器を作るようになったのか。工房を訪問し、数多くの作品に触れながらその背景を探った。
ライブに合わせて改良し続ける、クジラの声のような楽器
飯田さんの楽器は、バンド Maya Ongaku のライブでも演奏に使われていますね。不思議なフォルムをしていますが、いったいどんな楽器なのでしょうか。
彼らが使ってくれているのは、僕が作ったオリジナルのウォーターフォン「Sei water WHALE」です。そもそもウォーターフォンとは、1960年代にアメリカの芸術家リチャード・ウォーターズ(Richard Waters)が発明した楽器で、鍋からできているんですね。底の浅いフライパンでも、深い鍋からでも作れる。水の入った本体底面で音の変化を表現するもので、バイオリンの弓などで弾く無音階の楽器です。
作り始めた当時、YouTubeなどで動画を見てリサーチしていたんですが、どのウォーターフォンもホラーのような不気味な音がしていました。わざと「キィ……」という不協和音を出して怖がらせるという演奏方法が主流でしたが、配列を整理したらもっといい音になるのではないかと考え始めました。
僕が作るウォーターフォンは、本体から突き出たロッド棒を弓で弾くことで、その振動を水を蓄えた底面に伝えながら、そして水の動きを感じながら音を表現する楽器です。水に反応してリバーブのかかったような音が鳴り響きます。
世界のさまざまな国にこの楽器を作っている人がいますが、どれもロッド棒が楽器全体をぐるっと囲うようにつけられているんです。実際に楽器を弾いてみると、裏側が弾きにくいことがわかったので、突起を1周囲わず、表側だけにつけることに。また、オリジナルの配列は1列でしたが、上下に2列つけてみたりと、一般的なウォーターフォンとロッド棒の数は変えずに配列を整理していきました。構造的に隣り合う2本に同時に弦が触れて音が出るので、その音色が和音になるように調律すると、最初はめちゃくちゃだった音階も、研究しながら作っていくうちに綺麗に揃っていったんです。
「Sei water WHALE」の「water」はリチャード・ウォーターズへのリスペクトからきています。ホラーのような音ではなく、ドローン音楽のような深くて美しい音を目指して作り続けていたら、クジラの唸り声のような深い音を奏でられるようになってきたので「WHALE」と名付けました。
Maya Ongaku が使用しているウォーターフォンは、さまざまな改良を重ねているとか。
そうですね。彼らのウォーターフォンは進化し続けています。例えば、以前彼らがヨーロッパツアーに出ることになったとき、大きくて飛行機に乗せられないという問題が出た。そこで、ウォーターフォンを演奏してくれているベーシストの高野諒大くんと対策を考え、棒状の突起部分をネジで取り外せるようにしたんです。そうして彼の要望に答えながら制作しているうちに、ネジを回すことで自由に音階を変えられるということに気が付き、あえてロッド棒を溶接固定しないような作りに改良しました。
彼らがバンド 幾何学模様 のオープニングアクトを務めることになったときには、コンサートホールに対応しなければならないという課題が浮かびました。水が動く音を表現する楽器なので、大きいホールでそのまま演奏するとハウリングしてしまうんです。それで、アンプを噛ませようというアイデアが出てきました。水に電気が触れると危ないので正直無理だろうと思っていたんですが、僕はもともと防水系の溶接が得意だったこともあり、ピックアップを内蔵することに成功しました。
溶接技術が叶える楽器の音
この工房はご実家の製作所ということで、普段からお仕事として溶接をされているんですよね。
今年78周年になる「飯田工務店」は、初代である祖父が「飯田式釜」という公衆浴場のボイラーを作っていたところから始まりました。当時は銭湯のお湯を薪で沸かしていたので、その炉を作っていたんです。高度経済成長期のあたりから自宅にユニットバスが設置されるようになって炉の需要が減ってきたので、今では美術館や危険物保管倉庫など水が使えない状況に対応できる消火設備の器具を製作しています。
13歳ぐらいから仕事を手伝っていたので、30代で3代目の代表になったときには、すでに溶接はマスターしていました。そこらへんに材料は転がっていたし、溶接の技術を活かして友達の店の看板を作ったりしていたので、家業と作品づくりの二刀流になっていったんです。
そこからは鉄の彫刻家として、超重量系の仏像や架空の動物などを作っていました。これは、自分の中の音楽のかたちというか、とにかく音楽を感じるままに作った作品「RIPPLE(波紋)」です。
楽器は、どのようなきっかけで作るようになったんですか?
もともと制作していた亀の甲羅があったのですが、これにカリンバのように棒をつけたら鳴るのではないかと考えたことがきっかけです。そこから音の鳴る作品作りが面白くなってきて、溶接の勉強にもなるのでシリーズ化して追求していくことにしました。
音ははるか彼方にも届く。彫刻よりも楽器制作づくりのほうが楽しくなっていき、気が付いたら彫刻らしさが必要とされない作品づくりをしていました。装飾をつけるとそこに反応して音が悪くなるので、シンプルな形の方がいいんです。「創作物ってなんなんだろう」と疑問が出てきて彫刻がつまらなく感じた時期もありましたが、今は装飾のある楽器も作っているので、彫刻と楽器、両方楽しんでいますね。
ほかのウォーターフォンにはない、ご自分の作品だけの特徴は何だと思いますか。
YouTubeなどを見ていても、ウォーターフォンを作る人たちの多くは溶接屋ではないんですね。鍋には基本的にツバがついているので、僕はそれを毎回全部切り取ります。そこに、しっかりした厚さ3ミリの帯を新たに巻き、叩きながら鍋に添うように丸めてつけるんです。そして補強したその帯板からナットを直角に完全溶接固定します。そのひと手間によってしっかりした溶接が可能となり、作品の精度も上がります。僕の作品「Sei water WHALE」はネジを回すことで調律が自由にできて、音階ロッド棒が取り外せる。そこが個性だと思っています。
制作期間はどれくらいなんでしょうか。
慣れてきたので、3ヶ月くらいですかね。作り始めた2010年当初はよく失敗していたので、構想期間でいうと10年以上。予算がかけられなかったので、最初は小さいウォーターフォンを作っていたんです。2作目で大きいものを作ってみましたがうまくいかず、当初は失敗するのが怖くて小さいものばかり作っていました。
でも、やっぱり大きい方が見た目の迫力があるし、容量が大きくなれば水のうねりも大きくなるので、より神秘的な音が出せるんです。小さい方は、水がピチャピチャと跳ねるような可愛らしい音がします。
先ほども話したように、「Sei water WHALE」は進化の過程にある楽器です。Maya Ongaku のライブでは、ベースの高野諒大くんがステージ前方に座って演奏してきましたが、将来的にはウッドベースのように立って演奏できる高さにしてほしいと頼まれています。なので、これは完成系ではないんですよ。録音に関しても改善が必要。擦れる音などの余計な音が一切入らずに、水音だけを録音できるようにするのが目標です。
鉄を自在に操りさまざまな形へ
ウォーターフォンのほかに、飯田さんの代表作としてキラキラとした音色が美しい「Sei」がありますね。
「Sei」はころころとした球体型の楽器で、一つずつ調律してあります。外見は同じですが、ドレミ…と一つにつき一音ずつ音が鳴る「SINGING Sei」、単体でもオルゴールのような複雑な音色がする「∞(無限大)」シリーズや「スペース」シリーズなどがあって、中身の構造が違います。
球状の外壁は同じ厚さだといい音にならないんです。試行錯誤を重ねる中で底面を5〜6ミリと厚くし、上部を2ミリと薄くしてみたところ、音が放射状に広がりました。これができたときは、我ながら「すごい!」と興奮したことを覚えています。
この球体型の楽器「Sei」を基盤に、様々なバージョンの楽器を作ってきました。先ほど見せた干支シリーズの「龍」は、「Sei」に造形を足したものです。
また「Suzumushi」は、風が吹くと回転し、虫が鳴くような音がする楽器です。風向きが変わると自然に回って音を奏でます。僕が作っているものは「Sei」の構造を基本にしているものがほとんどですが、「Sei」の鳴らし方を変えることで新しいものを生み出しているんです。
あと、思い出深いのは「鑿(のみ)チャイム」。鑿はコンクリートを打つ工場の仕事道具で、使うほどに縮んでいきます。短くなりすぎると手を打ってしまうので、使われなくなったものは通常は捨ててしまうのですが、それを吊るしてみたんです。鑿には焼きが入っているので、すごく良い音がするんですね。今楽器を置いているこの部屋は、子供の頃は自分の部屋で、下の工場からは父親たちが鑿を打つ音がしていたのを覚えています。初めて作ったときは、当たり前のように聞こえていた音を楽器にしてもいいんだ、と驚きましたよ。
夢や、これからチャレンジしてみたいことはありますか?
20代の頃からライブに足を運んでいるグレイトフル・デッド(Grateful Dead)のパーカッショニスト、ミッキー・ハート(Mickey Hart)* にいつか自分の楽器が届くといいなと思います。実は今年、ラスベガスで開催されたライブ「Dead Forever」を見に行ったときに「Sei」を持っていったんです。今回は叶いませんでしたが、帰国後すぐに、裏にデッド特別仕様でカミナリマークを付けた「Sei」も作ったので、いつか渡せたらと!
現実的な動きとしては、今年の5月に個展を開いて自分の表現を出し切ったので、そこで一区切りがつきました。今後は隕石のような作品も作りたいなと想像を膨らませていたりするので、楽しみにしていてください。
*現在はデッド&カンパニー(Dead & Company)として活動中
飯田 誠二
鉄彫刻家。川崎出身、茅ヶ崎在住。13歳で溶接を習い、幼少期から鉄に触れる中で 鉄の持つ可能性を感じ、作品制作を開始 。固く冷たいイメージの鉄が、実は柔らかく温かい音を奏でるということを知ったとき、鉄本来の持つ音を追求したいと決意する。2010年に音のかたちSeiシリーズを開始。 “大きな音で遠くまで届けようとするよりも 小さくても凝縮されたような振動と響き合いを” をテーマに、風を受けてささやかに響き空間を繋ぐ鉄彫刻や、視覚と聴覚で同時に楽しめる海洋ごみを使用した曼荼羅スコープ、イマジネーションを刺激する鉄の架空生物たちなどを制作。実際に触れて楽しめる楽器作品を通し、 鉄の振動のやさしさが広がっていくことを目指す。
Instagram
YouTube
HP
Photos & Movies:Shoma Okada
Words:Hinata Matsumura
Edit:Sara Hosokawa