DJとして活動するAtsuko Satoriが、2023年からdublab.jpでスタートしたラジオプログラム『TARA TRIP ~Music Meditation~』。DJと並行して瞑想やヨガ、セラピーを学ぶ彼女による、瞑想と音楽をテーマにしたこの番組では、これまでに水原佑果やKaoru Inoueらがゲストとして登場してきた。ゲストたちがプライベートな視点で語る、それぞれの「瞑想」的なるものへの関心とその付き合い方からは、音楽の本質を垣間見ることもできる。

2025年6月の収録回に招いたのは、音楽プロデューサーでトラックメイカー、教育者でもある鶴田さくら。バークリー音楽院の音楽療法科とElectronic Production & Design科をそれぞれ首席で卒業した経歴を持つ彼女もまた、Atsuko Satoriと同じく音楽の昂揚的な動の側面と、癒しを与える静の側面、その両方の可能性を通過してきた人物だ。番組収録を終えた2人に、音楽を聴くこと、作ることにまつわるスタンスについて、さらに深い部分の話を聞いた。

鶴田さくら

鶴田さくら(以下、鶴田):最近、自分のアーティストとしてのイメージが固まってくることについて考えるタイミングにいます。リリースが増えるほど「鶴田さんってこういう曲を作ってる人」というイメージが構築されていくんですが、それが自分のやりたいことや表現したいことと本当にマッチしているのかを考えています。

音楽療法士としてのバックグラウンドがあって、今作っている楽曲は結構ビートもしっかりある。これが意外だと言われることもありますが、プライベートとアーティストである自分の境界線ができてきたということでもあるし、悪いことではないと思っています。

Atsuko Satori(以下、Satori):私も同じような経験があります。「あつこちゃんって最近瞑想の方にシフトチェンジしたんだよね」と言われることがありますが、そういう一面もあるし、そういう機会が増えただけで、DJを辞めたわけではないんですよね。でも自分が思っている以上に、そういう外からのイメージと実像のズレはあるのかなと感じることがあります。DJと瞑想やヨガって一見真逆に見えるかもしれませんが、場の空間を作ってみんなを導いていくガイドをするという点では全く同じことをしていると思うんですよ。方法が違うだけで、個人的には同じことをやっているつもりです。

Atsuko Satori

TARA TRIPに出演してきたゲストの皆さんも、瞑想と直結するパブリックイメージを持っている方たちではないですよね。

Satori:そうですね。瞑想の専門家を呼ぶというよりは、瞑想的要素を感じられる楽曲を作っている方や、内側のジャーニーを探求している方を選んでいます。みんなルーツは違うんですが、結局つながってしまう何かがあるんです。さくらさんはアカデミックな方面から電子音楽と出会ってクラブに行くようになり、Kaoruさんはパンクロックからクラブミュージックにつながっていく。でも、最終的に静けさみたいなところにたどり着いていくという共通点があって面白いですね。さくらさんが電子音楽に出会った経緯について詳しく教えてもらっていいですか?

さくら: 私のピアノの先生は現代音楽専門のピアニストの方で、ショパンやバッハではなく、武満徹やジョン・ケージ(John Cage)といった20世紀以降の現代音楽を教えてくださいました。高校生の時にその先生に出会えたのは本当にラッキーでした。

現代音楽が電子音楽への架け橋になったんです。シュトックハウゼン(Karlheinz Stockhausen)や、(ドラマの)『ドクター・フー』のテーマソングを作ったデリア・ダーヴィシャー(Delia Ann Derbyshire)といったパイオニアの作品を通して、電子音楽の素晴らしさに気づきました。彼らはコンピューターやシンセがある前から、テープでサンプリングして作品を作っていたんです。

Satori: 私とは逆のルートですね。私はクラブ遊びから入って、遡ってミニマルミュージックのテリー・ライリー(Terry Riley)などに辿り着きました。ルートは違っても、今同じ場所で楽しめているというのが面白いですよね。

鶴田さんの最新作である『GEMZ』はリスニングミュージックとしてもダンストラックとしてもすばらしい作品でした。同作のリリースから半年が経ちましたが、現在はどんなモードで制作に向かっていますか?

鶴田:最近はアコースティックな要素を取り入れたいと思っています。生楽器や環境音がもたらす温かみをどうにか自分の音楽に取り込めないかと思っています。「GEMZ」はクリスタルみたいな、ちょっと冷たい石みたいな感触の音楽だったので、もう少し温かみと揺らぎもあるものにチャレンジしてみたいと思ってるんです。

この前、マリンバ奏者のRia IdetaさんとBLUE NOTE PLACEで共演した時にすごく手応えがあって。観客は電子音楽にすごく精通している人やライトな音楽好き、ジャズファンと、全然違うタイプの方々が集まっていたんですが、みんな「こういう音楽待ってた」と言ってくださったんです。お互い遠い存在と思っていたものが交わり合った時にできた新しい音楽が、全然違うバックグラウンドがあるオーディエンス全員が気に入ってもらえた瞬間で、これは可能性があるんじゃないかなと。

失敗作すら誇って、音楽を作り続けてほしい

なるほど。音楽制作と並行して、講師としてのお仕事もされているんですよね。

鶴田:現在はミャンマーの学校でオンラインで音楽制作を教えています。ミャンマーでクーデターが始まった時に地元の先生方が亡命することになって、先生がいなくなったので教えてくれませんかというオファーが来たことがきっかけでした。

生徒たちには、ジャンルに関係なく、テクノロジーには常にオープンな気持ちでいてほしいと伝えています。ラップトップで作ったらグルーヴがなくなっちゃうんじゃないかと心配する子もいますが、これも音楽の一つの作り方だし、ツールなんだよ、と。自分のスタンスは作るなかで決めればいいから、とりあえずはDTMでの音楽制作そのものを受け入れてもらって、色々な作り方を試すことからやってみてほしいんです。

音楽制作において、生徒たちが抱えがちな悩みにはどんなものがありますか?

鶴田:みんな、失敗作だと思ったものを抱え込んでしまうんですね。他人に聴かせようとしないんですが、得てしてそういう曲のほうが面白かったりするんです。だから、ダメな曲ができることを恐れないでほしい。それは納得いく曲ができるための過程の一つだし、どんなに有名な作曲家であっても、失敗作は常に生まれてしまうものです。

常に自分のアンテナを張って、その時自分が作りたいものは何かという感性を高めて、その上で微妙な曲ができたとしても、作ったことを誇りに思って作り続けてほしいと思います。

Satori:本当にそうですね。特にDTMは曲を完成させるタイミングがわからなくなったりしますし、音を足しすぎちゃって不安になることもあります。でもやっぱりそこでは余白や引き算が大事になってくるんじゃないかと思います。

鶴田:そうですね。余白を作るというのは呼吸する瞬間を作るということでもあって、とても大事だと思うんです。会話における呼吸と同じで、着地した後にちょっと間や落ち着く余白がないと成り立たない時があるんじゃないかと思います。

Satori: 本当にそうですね。瞑想でも思考が浮かんだ時に、呼吸に意識を向けて思考と意識の間に “間” を置く練習をしたりします。音楽の流れの中にも “間” があると何かが変化したり心が動く感じもありますよね。

誰にどんな音楽を届け、なにを呼び起こしたいのか?

Satori: さくらさんは音楽療法士として他者を音楽で癒す活動に2017年まで携わっていたわけですが、ご自身は普段どのようにして癒しを得ていますか?

鶴田: 瞑想などをもっとやりたいなと思うんですが、なかなか難しくて。呼吸に集中しようと思ってもいろんなところに意識が飛んでしまって、どうでもいいことを考え始めちゃったりします。でもそれを感じること自体、今の自分のステータスを確認するという意味では良いのかもしれません。

Satori: その感覚はとてもよくわかります。でも、音楽療法でのガイダンスやファシリテーションも、ある意味アクティブな瞑想の形だと思うんです。

鶴田: 確かに。音楽療法の現場では、テーマに沿った曲を選んで、「この音楽を聴いて感じたことは何でしょう?」といったディスカッションから始めて、音楽をツールとして意識的に注目するところから意識を変えていくようなファシリテーションをしていました。

Satori: 音楽療法と私が今学んでいるクラニオセイクラル・セラピー(頭蓋仙骨療法)にも共通点があるように思うんです。どちらもその人が本来持っている治癒力や生命力を思い出すリソースに繋がるお手伝いをするという考え方ですよね。

鶴田: それも一種の余白ですよね。近づきすぎず、自分で見つけてもらう余白を用意しておくというか。

Satori: そうですね、その人のフィールドに立ち入らず、適切な距離で同じ場所にいる事が大切ですね。

「クラニオ (cranio)」は頭蓋骨、「セイクラル (sacral)」は仙骨の意味があり、脳脊髄液が生成・循環されるとても大切な場所で、クラニオのセラピストはその体内の微細なリズムを感受するというとても繊細なトレーニングを重ねています。

このリズムが一時的に静止する状態になる時があり、この状態は、身体が最もリラックスし、自己調整能力が最大限に発揮されると考えられています。

これもまた静止(間)=余白、というところに繋がるのが面白いと感じています。

音楽療法士として活動されていた頃に体験したことをもう少し教えていただけますか。

鶴田:アメリカのホスピスで、軍隊にいた方が多く入居されている施設があったんですが、そこで何をして過ごしたいですかという時に、創作に向き合いたいという方が何人かいました。

「どういう曲を作りたいの?」と聞くと、軍に勤めていた時の経験について話してくれて、「じゃあそのことについて作ってみますか?」と言いながら、30秒ぐらいの曲を一緒に作るんです。その人にとってみたら、自分のトラウマやいろいろな思いがその30、40秒に詰め込まれているんです。

Satori: アメリカでは音楽療法士がいることでQOLが上がり入院期間が短くなるという研究結果があって、保険適用になることもあるんですよね。

鶴田:そうです。音楽療法で大前提となるのは、どういった音楽がその人に適しているかを探ること、そしてそれは結局その人が好きな曲なんです。ある人にとってはヒップホップかもしれないし、日本の介護施設だったら演歌が多いかもしれない。

自分が好きな音楽を聴いた時の脳のスキャンを見ると、記憶の部分、気持ちの部分、会話の部分、視覚の部分、嗅覚の部分など、複数のパーツが同時に光るんです。そういう現象が起こるものって音楽の他にあまりないんです。

だから脳にダメージを負った方でも、音楽療法を取り入れることで脳が新しい回路を作り直すことがあるんです。会話ができなくなった方でも、音楽が行動のきっかけとなるように手助けすると、発言まではいかずとも発声が復活したケースはありました。

あとはリズムに合わせて歩行のリハビリをしたり。そういう時に、曲の最後の部分をあえて弾かないんですよ。音が抜けた状態で、本人に「着地したい」と思わせるんですね。そういうことに音楽はすごく最適なツールなんです。

音楽療法士として経験したことは、今自分が作る音楽の土台になっていると思います。

どういう人に聞いてほしいのか、どういった気持ちになってほしいのか、周りの人のために表現をするという部分は常に考えながら作っていますね。

佐取温子 / Atsuko Satori

音楽と瞑想・ボディワークのプラットフォーム”TARA TRIP”主催。
2009年よりDJ活動と並行し、ヨガを学び伝えていく中で、チベット仏教の実践とヨガを組み合わせたマインドフルヨガの講師であるCindy Leeよりマインドフルネス瞑想を学び、瞑想がライフワークとなる。

現在はよりヒューマンポテンシャルに探求心を持ち、スイス に拠点を持つICSB®(クラニオセイクラル バランシング国際研究所®)にてクラニオセイクラルバイオダイナミクスを学びながら瞑想会を定期的に開催。2023年よりロサンゼルスの非営利ネットラジオ『dublab』の日本ブランチ『dublab.jp』にてレギュラー番組『TARA TRIP ~Music Meditation~ 』にて音楽と瞑想を一つのテーマに発信をしている。

鶴田さくら

2019年に発表したデビューシングル「Dystopia」がBeatportのElectronica/Downtempoチャートでトップ100入りを果たし、2020年のEP『Made of Air』で国内評価を獲得。2022年の1stアルバム『C / O』はMule Musiqからリイシューされた。2024年にはUKレーベルAll My Thoughtsより2ndアルバム『GEMZ』をリリース。宝石の内なる輝きに着想を得た作品は、Resident Advisor、The New York Times、Mixmagなどで高く評価され、BBCラジオにてミックスも公開された。

活動領域はオーディオビジュアル・パフォーマンス、ファッションショー、サウンドインスタレーションなど多岐にわたる。Ableton、Audio-Technica、資生堂など国内外のブランドへの楽曲提供やコラボレーションも展開。教育者としても精力的に活動。国内外の大学や専門学校、母校バークリー音楽大学と連携し、次世代アーティストの育成に取り組んでいる。音楽業界におけるジェンダー平等の推進にも注力。Billboard Musicでの発信や、2023年のForbes JAPAN「世界を救う希望100人」特集での表紙起用など、アクティビズムの視点からも注目を集める存在である鶴田は、革新と共鳴を軸に、新たな音の未来を切り拓き続けている。

Photos:Keisuke Tanigawa
Words & Edit:Kunihiro Miki

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