レコードプレーヤーは、使い方や調整の仕方によって、その音の印象が大きく変わる機器です。価格やスペックだけでは測れない部分が多く、実際の使用を通して見えてくる要素も少なくありません。
ダイレクトドライブ方式を採用したレコードプレーヤー『AT-LP8X』も、そうした特徴を持つモデルのひとつです。今回は、オーディオライターの炭山アキラさんが、実際の使用経験をもとに、本機の構造や仕様、音の変化の傾向について詳しく紹介します。
「自分の音」を練り上げていけるAT-LP8X
オーディオテクニカには一体何機種のレコードプレーヤーがあるのか、簡単には数えられないくらいに豊富なラインアップですが、その中でも最も汎用性・発展性が高く、ビギナーでも使える寛容さを持ちながら、高度なマニアが「自分の音」を目指して練り上げていくことができる、そんな製品が『AT-LP8X』だと感じています。

AT-LP8X
レコードプレーヤー(セミオートダイレクトドライブターンテーブル)
AT-LP8Xが発売された2024年、私は別々の機会に3回、本機の音を聴きました。このプレーヤーは使えば使うだけ「おやっ?」と思わせる部分が出てきます。「今聴いている音はほんの片鱗で、実はこのプレーヤー、とんでもない中身を持っているんじゃないか」という疑問が湧いてくるのです。
そこで長期で使ってみたところ、いろいろな対策を施すたびごとに、音質が変化・向上することといったら、もう目を丸くするレベルです。14万3,000円といえば、いわゆるピュアオーディオ用のプレーヤーとしては極めて廉価な部類に数えられる製品ということになりますが、私はその価格に左右されることなく、高度なノウハウを積んだマニアにもぜひ使ってほしい製品だと感じています。
AT-LP8Xの構成と仕様
具体的な構成を紹介すると、モーターはダイレクトドライブで、回転数は33/45/78rpmの3スピードに対応、つまりSP盤もかけられるということです。プラッターを外すと、現代のダイレクトドライブではほとんど見ることがないくらい、大ぶりのモーターが見えます。
このモーターは敢えてトルクを小さくすることで、コギングと呼ばれる回転ムラを小さくしています。起動させてから定速へ達するのにワンテンポかかるなど、副作用もないではないですが、それでもなおそうされた開発エンジニアの思惑が、私にはよく分かります。限られた物量の中で最善の音を得るための、とても有効な方法論だと私は考えます。
プラッターはアルミダイキャスト製で、この重量も回転ムラを小さくするために大切なものです。裏側の凹みには分厚いゴム系の制振材が張り込まれており、叩いてもほとんど鳴きません。ターンテーブルシートは、しっとりした手触りのゴム系のものが装着されています。
キャビネットがまたクラスの標準を大きく脱するもので、非常に強度が高くほとんど鳴きがありません。横幅45cm、奥行き35.2cmとごく標準的なサイズで、艶消しの黒一色に塗装されたごく何でもないキャビネットに見えますが、かなりしっかりと構築されていることが分かります。
トーンアームはオーディオテクニカ伝統のJ字型で、非常に感度が高い高性能アームです。後端にサブウエイトをねじ込むことにより、ヘッドシェル込みで最大23.5gまでのカートリッジへ対応させることが可能です。付属のヘッドシェルが約10gの『AT-LT10』ですから、オーディオテクニカで最も重いカートリッジ『AT-ART1000X』(11g)も、取り付けることが可能ということになります。
またこのトーンアームは、高さ調整が極めてやりやすいのが大きな特徴です。ベース部分から長く突き出した固定ネジを緩め、時計回りにベースを回すと高く、反時計回りでは低くなります。既定の高さに達したら固定ネジを締めて終わりと、ほぼワンアクションで調整できるのが嬉しいですね。それに、アンチスケーティング機構がダイヤル式で合わせやすいのも見逃せません。
付属カートリッジは『AT-VM95E』です。AT-VM95シリーズは、『AT-LP60X』シリーズと、サウンドバーガーこと『AT-SB727』を除き、ほとんどのオーディオテクニカ製プレーヤーへ標準装着されているものですが、本機には接合楕円針のタイプで、市販品は明るいグリーンの交換針のところ、ブラックの『AT-VM95E BK』とされています。
AT-VM95シリーズが標準装着されていることは、また一つ大きなポイントとなります。先ほど「SP盤もかけられる」と紹介しましたが、AT-VM95シリーズにはSP用の『AT-VM95SP』があり、その交換針『AT-VMN95SP』(公式オンラインストア価格¥9,900)を購入して針先を取り替えるだけで、SP盤の再生が可能になるのが嬉しいじゃないですか。
フォノケーブルは両端RCA端子のタイプで、とても太くて作りの良いものが付属しています。電源はACアダプターを用いない本体内蔵型で、電源ケーブルは交換可能となっています。しかも、IEC規格に準拠した電源ケーブルですから、国内外の市販ケーブルに取り替えて、音質をチューニングすることが可能です。それから、シングル盤用のアダプターが何とアルミ削り出しのブラック・アルマイト仕上げであることなど、本機のコスト計算が本当に大丈夫なのか、心配になるレベルの物量投入です。
ダストカバーはごく標準的な樹脂製に見えますが、意外と分厚く頑丈です。一度ダストカバーなしとありで音を厳密に聴き比べましたが、ありだとほんの僅かに音が曇るかな、気にならないかな、といった程度の違いでした。わが家のようにリスニングルームへ犬が同居しているような家は、一も二もなくダストカバー付きで使っています。
それから、こういうマニアックなプレーヤーには珍しく、トーンアームのリフターが電動式になっており、レコードの最終溝に達すると自動的にアームが上がってプラッターの回転が停止する、オートストップ/オートリフトアップ機構も搭載されています。うっかりレコードを聴きながら寝落ちしてしまい、目が覚めたらレコード針が最終溝を空しくトレースし続けていた、という泣くに泣けない事故を未然に防ぐ、頼もしい機構です。
ただし、17cmで33回転のEP盤などは、LPやシングル盤より内側まで音溝が切られていることが多く、演奏が途中で停まってしまうことがあります。そういう時のために、オートストップ/リフトアップ機構はON/OFFスイッチが装備されています。
チューニングで変わる、AT-LP8Xの音
デフォルトで聴くことのできるAT-LP8Xの音は、穏やかでジェントルな質感をまといつつ、ちょっとナローレンジで音場展開も浅めだな、といったものでした。文句をいってはバチが当たるレベルでしっかりバランスしているのですが、個人的な欲を言えば、梱包を開けてプレーヤーを取り出し、組み立てている時に手から伝わってきた作りの良さからすると、付属カートリッジ「AT-VM95E」では物足りなく感じます。
例えば針先を無垢楕円針の『AT-VMN95EN』(公式オンラインストア価格¥13,200)に交換するだけで、レンジは両端へ向かって一気に広がり、音場も広大に拡散して、「レコードの音溝にはこんなに情報が入っていたのか!」と驚かれること請け合いです。
AT-VM95シリーズには、他にもマイクロリニア針やシバタ針のバリエーションがありますから、同シリーズをお使いの人は、いくつか交換針を購入して、音の違いを楽しまれるのもお薦めです。
もちろんカートリッジそのものの交換でも、AT-LP8Xの音は劇的に変化します。わが家では、本体価格よりも高価な『AT-ART9XA』(公式オンラインストア価格¥198,000)なども取り付けて音を聴いていますが、空芯コイルのMCとシバタ針という絶妙の組み合わせが奏でる音の世界を、存分に発揮してくれています。
ターンテーブルシート、フォノケーブル、電源ケーブル、スタビライザー、ヘッドシェルなど、アクセサリーによって音質を大幅にチューニングできるのも、AT-LP8Xの美点だと個人的に感じています。とにかくアクセサリー類を加えた時、交換した時の音の変化が分かりやすく、反応の良いプレーヤーという印象です。
私が使い始めてもう半年以上を経た個体では、アクセサリー類の選択と追加で私好みの音質へ近づけていった結果、あの優しくジェントルな質感だったプレーヤーが、ハイスピードかつパワフルで切れ味鋭い音に変貌しています。それでいて、AT-LP8Xの根本というべき実直さ、質実剛健さは損なわれていないところからも、素性の良いプレーヤーであることが理解されます。
それにしてもAT-LP8X、私のようなオーディオ実験オタクには、これほど楽しいプレーヤーもそうはありません。デフォルトで使っても価格の制約を取り払ったようなクオリティを聴かせながら、ノウハウを注ぎ込んでやればやるだけどんどん伸びしろの大きさを引き出すことができる。底知れぬ魅力を有するプレーヤーだと日々感じながら、今日も私はAT-LP8Xを愛用し続けています。
Words:Akira Sumiyama
