音響エンジニア、音楽プロデューサー、楽器職人、そして演奏家──彼らがどうやって「至高の音」を生み出し、私たちに届けているのか。普段は表に出ない「音」のプロフェッショナルたちに光を当てる連載。

第2回は、音楽大学卒業後、音楽雑誌の編集者として業界を客観的に見つめ、フランスでの即興音楽で表現の自由を学んだ川上葉月。その異色のキャリアを経て、現在は約180名の生徒を抱える「月音 おんがく教室」を運営ほか、演奏派遣や音源制作なども行ない、自身の「音」の探求も続けている。マルチな活動を通してフルートの魅力を伝え続ける彼女のこれまでと、指導者・演奏家という両視点から見た、これからの「音」との向き合い方について話を聞いた。

編集者からフランス留学へ。自分らしい音楽との繋がり方

フルートという楽器と出会ったきっかけ、そしてご自身の音楽教室をはじめるに至るまでの経歴を教えてください。

幼少期にまずはピアノを習い始め、フルートに出会ったのは中学の吹奏楽部です。良い先生にも出会えたことでフルートにのめり込みました。大学は音楽大学に進学しましたが、卒業後すぐにプロの道へ進むのは厳しいと考え、まずは音楽系の雑誌を制作している出版社に就職しました。

なぜ出版社への就職を考えたのですか?

大学時代に学園祭などで自分で企画を立て、それを実行することが楽しかったんです。音楽に携わる仕事がしたいとも考えていたので、音楽雑誌を作る制作会社に就職して、編集者として3年間働きました。音楽業界を客観的に観ることができましたし、憧れていたプロの演奏者にインタビューする機会にも恵まれ、とても勉強になりました。

フランスへの留学はいつ頃から視野に入れていたんですか?

フランスにも以前から行きたいという思いはあったものの、経済的にも条件的にもハードルが高い選択でした。そのため、働きながら情報を集めたり、お金を貯めたり、語学の勉強をしたりと、留学への準備を進めました。

大学4年間でフランス語の授業を取っていましたし、卒業後も教室に通っていたのですが、いざ住んでみると全然通用しなくて(笑)。向こうはフランス語が喋れない外国人に容赦がないんですよね。そのせいで、人前で話すのが嫌になったり、外出することすら避けたい時期もありましたが、「勉強するしかない」と一念発起。とにかく一日中フランス語を耳に入れ、積極的に喋ることに注力しているうちに、徐々に話せるようになってきました。

フランスでは音楽の学校などに通われていたんですか?

地元の音楽院に入り、フルートの先生についてレッスンを受けるのが基本でしたが、それ以外に「アトリエ」という即興音楽のクラスに通っていました。日本でいう部活や課外活動に近いものです。民族音楽が好きな先生のもと、アフリカやインドがルーツの課題曲を、フルートや打楽器などいろんな楽器と即興でセッションすることを学ぶクラスでした。

今まで私がやってきたクラシックは、楽譜に書かれた音符を正確に奏でることが正とされているため、自由に、感覚的に演奏することができる “即興” に触れたことで、とても刺激を受けました。「間違えてもいいから勇気を出そう」という感覚は、即興のクラスで学べたことが大きかったですし、今の仕事にも結びついている部分はあると思います。 

音楽教室を開くという行動力もフランスに留学するくらい勇気のある行動だと思います。

向こうで生活する中で、音楽家として活動していくことの厳しさや、様々な挫折を味わい、自分は少し違った形の音楽家として、音楽関係の仕事をしていきたいと考えるようになったんですよね。そこで、音楽教室を作ることにしたんです。

日本に帰国後すぐに始められるようにと、フランスにいる間にホームページや申込書などを作成していました。そういった運営的な部分を考えることは、やはり楽しくて、自分には向いていると実感しました。最初は自宅で細々と始めましたが、徐々に生徒さんが増えて、思い切ってテナントを借り始めました。現在は3店舗で約180人の生徒さんを教えています。

ただ、今は教室以外での音楽との関わり方も考える節目を迎えていて、演奏はもちろん、楽曲制作やイベント運営など、もう少し幅広くできればと思っています。

「深みのある響き」を追求し、未来を育む教育者へ

先生として生徒さんに向き合われている時と、演奏家としてご自身で演奏している時とでは、何か考え方の違いなどはありますか?

先生としても、演奏家としても、「相手に寄り添い、相手のリアクションを考える」という部分で、根本は同じなのかもしれません。

教えている時は、もちろん子どもたちと向き合っているので、彼らに時間を捧げ、相手のことを一番に考えています。でも演奏家としてステージに立つ時も案外同じなんです。自分独りで演奏するわけではないので、一緒にステージに立つ他の演奏家のことを考えたり、私はMCをするのが好きなので、お客さんの反応を考えたりと、相手のことを考える局面は多々あります。

この連載は「音」にフォーカスしています。教室で生徒さんに教える時の音の探り方や、理想の音作りについてどのようにお考えですか?

音楽教室には幼いお子さんが多いので、ピアノを両手で弾くことのハードルも高いのですが、「右手の音を覚えられないと、左手の音が聞こえてこないし、弾くこともできない」ということがよくあります。そのため、まず全ての音を「聞き分ける」ことを伝えています。

音は単音だけではありません。倍音といって、例えば「ド」の音の中にも「ミ」や「ソ」など、いろんな音が複雑に含まれています。私はこれを「出汁みたいな音」とよく表現するのですが、「この音には醤油も入っているし、お酒も入っている、酢も入っているな」というような、深みのある音色を目指しなさいと生徒たちに伝えています。

いろんな音が含まれている音には豊かな響きがあり、ステージ上で弾いた時に聞こえてくる音が全然違ってくるんです。演奏する場所によって聞こえ方は大きく変わるので、その場所に合わせた音の出し方が大切になります。

私自身、PAもやることがあり、「この会場では低音を減らした方がいいな」といったような自分の音作りを行っています。日頃から耳を使い、音に意識を向けているからこそ気付けることで、音をたくさん聴いてインプットすれば、それを聞き分ける力は身につくものだと思います。

「音」や「音楽」の魅力とは何でしょうか?

音楽は本当にさまざまなジャンルがあるので、一生飽きがこないことが最大の魅力だと思います。一日生活していて、全く音を聴かないという人もほとんどいないと思いますし、五感の中で「聞く」という行為だけは、無意識のうちに入ってくるものです。だからこそ、追求するほど磨かれるのも、五感の中で一番なんだと思うんです。

私が専門とするクラシックのフルートという分野一つをとっても、音楽全体のほんの一部に過ぎません。それほど小さな分野でも、まだまだ深く掘り下げることができる。この尽きることのない探求性こそが、音楽が持つ魅力だと思います。

それでは、川上さんにとってフルートという楽器の魅力はなんですか?

綺麗な音色と華やかなところです。あとは、手軽にはじめやすい楽器だなと思うんです。管楽器自体、楽器の中で難しいとされている中で、フルートはその入り口として一番入りやすいと思いますし、経済的にも負担の少ない楽器です。なので、趣味などでフルートを始められる方もとても多いんです。

最後になりますが、今後注力していきたいこと、新しい目標を教えてください。

今は、教育に関してすごく興味があります。子どもは6歳までに耳が完成するとか、だいたい3歳までに見たものを覚えるなど、様々な定説がありますが、そうした子どもの五感を刺激するような幼児教育に、もっと特化していきたいと考えています。リトミックだったり、色々な教育がありますが、それをさらに深く追求したいですね。

川上葉月

埼玉県深谷市出身。4歳よりピアノ、12歳よりフルートを始める。武蔵野音楽大学器楽学科フルート専攻卒業。在学中に学内ウィンドアンサンブルメンバーに選抜される。第39回フルートデビューリサイタル出演。第9回ANPルブリアンフランス音楽コンクール審査委員賞、第19回及川音楽事務所新人オーディション優秀新人賞、2012年山手の丘音楽コンクールフルート部門予選奨励賞受賞。大学4年次にフランス・ニース夏季国際音楽アカデミーに参加しパリ国立歌劇場管弦楽団首席クロード・ルフェーブル氏の指導を受ける。パリ管弦楽団首席ヴァンサン・リュカ氏のマスタークラスを受講。大学卒業後、フルート専門雑誌ザ・フルートの編集部に就き、2014年渡仏。パリ19区立ジャック・イベール音楽院に進学し即興音楽教授のミエ・ウルクズノフに指導を受ける。学内室内楽コンサートでは学長より高評価受け、2016年帰国。帰国後は、地元埼玉県深谷市にて音楽教室を開講し現在月音ミュージック合同会社代表を務める。

Photos:Hiroki Asano
Words & Edit:Mizuki Kanno

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