現在、秋田県仙北市の地域おこし協力隊として従事し、田沢湖近くで暮らすアーティストのstarRo(溝口真矢)氏による連載第五回。 あまねくストレスの種と考えられそうないくつかの普遍的なテーマをお題に、starRo氏の現在の暮らしやバックグラウンド、追憶を交えながら「ウェルネス」の本質を考える、担当編集者との往復書簡を展開する。 癒しと平穏をもたらしてくれるのは徹頭徹尾、(音などが作り出す場を含む)環境と実のあるリアルな言葉であるという仮説の元で。 第五回目のテーマは「睡眠」。

Theme.05:睡眠
どうしても眠れない時はどうすればいいのか。

Question:

9月の中旬から約2週間、アメリカのロサンゼルスとニューヨークへ旅行に行ってきました。 日本から離れれば離れるほど厄介になってくるのが時差ぼけです。 機内では寝られたとしても2〜3時間ほどで目が覚めてしまい、ホテルに着いても頭が覚醒しているのか、夜中の3時を回っても全く眠れませんでした。

ベッドに横になっても、なんだかカーテンの隙間から溢れる街灯の光が気になって寝付けない。 「寝れないからちょっとだけ」とスマホを触ってしまったり、「いっそのこと開き直って起きていれば逆に眠くなるのでは」とパソコンを開いて仕事をしてみたり。 まあ数日すれば眠れるようになるだろうと思っていたのですが、蓋を開けてみれば旅行中はずーっと時差ぼけのままで、結局日本にそのまま帰ってきました(10年前の20代の頃は飛行機の狭いシートの中でも何も気にせず熟睡できたし、到着後も1日かそこらで体内時計がアジャストされて、眠気を感じることもほとんどなかったのに!)。

今回は時差が入眠を妨げる明確な理由ではありましたが、例えば夏の猛暑日であったり、仕事で落ち込むことがあったり、プライベートで胸が躍るようなことがあったりなど、外的・内的な要因を問わずに何かに妨げられてなかなか眠りにつけない、あるいは眠れてもすぐに起きてしまうことがあります。 いわゆる環境音楽をBGMにしても、アイマスクをしてみても、何をしても寝付けない。 そんな夜はどう乗り越えたらいいですか?

Answer from starRo:

「寝付けなくても大丈夫。 睡眠は瞑想のようなものなので、内観していると思いましょう。 まずは“自然体”に戻すための生活デザインから」

睡眠不足の話って、大人になると特に関心が増してくるんですよね。 僕はサラリーマンとして社会人をスタートした時も、音楽で食っていくようになってからも、月に3、4回は最低でも遠方に飛行機で飛びまわることを要求される仕事を一環してやってきたんですね。

なので、時差ボケの問題もあるし、純粋にまともな睡眠時間が2~3時間しかとれないようなスケジュールの問題もあるし、数日ごとに寝る枕が違うっていう環境の問題もあるし、起きる時間が定まらないという生活のリズムの問題もあって、移動中も含めた、与えられた環境の中での最適な睡眠というトピックは常にまとわりついて生きてきました。

時差ボケに関しては、行く先々でまず芝生を見つけて裸足で立ったり歩いたりするようにしてました。 Michael Jackson(マイケル・ジャクソン)の世界ツアーでバックダンサーをやってた方から教えてもらったんですが、身体が現地のリズムにすっと入っていく感じになって、ツアー中は特に欠かせませんでした

あと、就寝時間中 (とその数時間前)は、光をできるだけいれないようにするというのも大事だと思います。 睡眠は瞑想のようなものなので、寝つけなくて頭がグルグル回転してるような時でも、内観してると思って、その思考を受け入れたり観察したりしてる方が、スマホとかPCつけて何かやり始めちゃったりするより、結果的に自分のためになると思います。 その理由は後半の方で触れますが。

睡眠時間が削られた状態が常習化すれば、インスピレーションが枯渇してきて、作品のパターン化に頼るようになる。

いずれにしても、そういった睡眠に絡んだ話題というのは、万国共通のよく出る話題だと思います。 ただですね、僕らが睡眠の質を問題にする時、その軸となるのは大抵が睡眠後の生産性に関わることなんですね。

次の日の仕事のためだったり、長距離移動に耐えうる身体のコンディションにもっていくためだったり。 睡眠後に身体がちゃんと動いて、頭がちゃんと働くかっていうことですね。 もちろん身体と頭脳を何かに集中して使うことが重要な局面では、そういった睡眠の質という見方も大事だと思います。

ただ、睡眠には他にも大事な役割があると思います。 僕にとって睡眠は、時間と空間を通した世界の捉え方をオフにした状態で、全てをフラットに感じる営みでもあります

目を瞑ると、視界は暗くなりますが、厳密には視界がなくなったわけでも、見ることをやめたわけでもなく、実際は瞼の裏を見ているだけですよね。 でも普段空間を把握するために潜在的にベースにしている視覚的な軸があって、目を瞑ると瞼という対象との距離感が近すぎてその視覚的軸を失っている状態というのが寝ている状態ということですね。

アートというのは、私たちが日常生活の中で定型化している世界の捉え方を、違う捉え方をした時の感じ方を表現したもの、あるいは違う捉え方を喚起するものだと思うのですが、寝ている時に体験していることは、例えそれが夢という形で思い出せるものではなかったとしても、アートそのものだと思います

ですから、アーティストがインスピレーションを具現化するプロセスに夢中になった結果、睡眠することさえ忘れていたというエピソードはしょっちゅうあると思うのですが、その後も睡眠時間が削られた状態が常習化すれば、インスピレーションが枯渇してきて、作品のパターン化に頼るようになると思います。

そしてこれはアーティストだけに関係する話ではありません。 どんな世界でも革新的なイノベーションが進化に必須ですが、イノベーションはまさに日常生活の中で定型化されたものごとの捉え方を覆すようなアイデアから生まれます

もっと身近な範囲で言えば、人に優しくするには、相手の立場でものごとを捉える必要があり、自分に染み付いたものの見方や思い癖のようなものから脱却する必要があります。 「何か嫌なことがあったらとりあえず寝ろ」とよく聞きますが、それは嫌な思いの原因となった相手や状況をフラットに見るための優しさのための知恵とも言えると思います

「自然体」というのは、文字通り自然が与えてくれるリズムや波長に乗った状態ということでもあれば、パターン化されたものごとの捉え方から解放された状態ということでもあれば、疲れたら回復させるという身体的な状態のことでもある。

それと、よく見逃されている睡眠のいち側面として、睡眠はそもそも、食べるとか歩くとかと違って、身体のコンディションの結果としての生理現象だということです。

本来人間は太陽が上がって目が覚め、日が沈んだら寝るという生物としての本来の生活リズムがありました。 日が沈むと目に入る光量が減って、睡眠ホルモンとも言われるメラトニンが体内に分泌されて、眠くなるという性質を私たちはもっています。 でも現代社会の環境では、私たちは室内で、自然光の動きとは無関係なリズムを作っています。 夜に見るスマホも、日中の自然光の中にいる状態に自分を引き戻すようなものです。 このようにして、普段生活の中で何気なくしていることが、本来の身体と自然環境との関係性を乱しているかを再認識することも大事だと僕は思ってます

今回挙げたような睡眠の役割も考えると、睡眠の質を高めることより、質のいい睡眠ができる生活をすることが結局大事なんだと思います。 そこを突き詰めていくと、より自然体な生き方を自分なりのバランスで見つけるということに尽きる気がします。

そして「自然体」というのは、文字通り自然が与えてくれるリズムや波長に乗った状態ということでもあれば、パターン化されたものごとの捉え方から解放された状態ということでもあれば、疲れたら回復させるという身体的な状態のことでもあるんです。

もちろん完全にはそうならなくても、できるだけ全てにおいて自然体な状態でいられる生活デザインが見つかると、結果的に、これだーって思えるような睡眠ができたり、新しいアイデアがどんどん出てきて面白い仕事や作品ができたり、心の余裕ができたり、身体の調子が整ったりで、今までなんとなく心から求めてたものが包括的に満たされているような状態になれるはずです。

睡眠はそのバロメーターでもあって、且つその状態を維持するための最重要パーツでもあると僕は思います。

starRo

溝口真矢

starRo(溝口真矢)

神奈川県横浜市出身のアーティストでありDJ。 大学卒業後、テック企業に勤め、31歳の時にLAに移住。 SoundCloud黎明期に音楽制作活動を本格化させ、アップしたトラックが注目される。 2013年、Ta-Ku(ター・クー)やLAKIM(ラキム)、Tom Misch(トム・ミッシュ)などがリリースしたこともあるレーベル、Soulectionに加入し、2016年にはThe Silver Lake Chorus(ザ・シルバー・レイク・コーラス)の楽曲「Heavy Star Movin’」のリミックスを手掛け、グラミー賞 最優秀リミックス・レコーディング部門にノミネートされる。 コロナ禍を機に日本に戻り、しばらくは東京やその近郊で暮らしていたが、仙北市にある田沢湖の湖畔でDJをしたのをきっかけに現地の人と繋がり、2023年、地域おこし協力隊(リトリート担当)に任命された。 温泉あがりにアンビエントを流すサウンドバスやフィールドレコーディング体験、音浴とヨガを掛け合わせた企画を立てるなど、仙北市の人びとと深く関わりつつある。

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Text(Answer):starRo(Shinya Mizoguchi)
Edit:Yusuke Osumi(WATARIGARASU)
Top Image:AI