1978年、東京のライブハウス。
パンクに影響を受けた若者たちは、当時の日本の音楽シーンに対する反発と新しい表現への渇望から、自分たちの手で自由にロックを鳴らし始めた。後に「東京ロッカーズ」と呼ばれることになるムーブメントの始まりだった。
オムニバス・アルバム『東京 ROCKERS』に参加したFRICTION、LIZARD、MIRRORS、Mr.KITE、S-KENらを中心に広がったこのムーブメントは、わずか1年で終息する。しかし、メジャーデビューが当たり前だった時代に自主レーベルを作り、観客が座って聴いていたライブをオールス・タンディングに変え、日本にインディーズ(自主制作)いう文化の芽を生んだ彼らの功績は、後の日本のロック・シーンに深く刻まれた。
その熱狂の時代を、映画『ストリート・キングダム 自分の音を鳴らせ。』としてよみがえらせたのが、田口トモロヲ監督だ。自身も「東京ロッカーズ」に衝撃を受けた当事者のひとり。「映画としておもしろく作れるのは自分しかいない」と決意し、10年ぶりにメガホンを取った監督が、パンクの衝撃と、自由の精神が育まれた現場を語る。
「日本人って暗いね」
田口さんは漫画家、演劇活動を経て、1983年にパンクバンドの活動をスタートされます。そのきっかけのひとつが、劇中で中村獅童さん演じるヒロミ役のモデル、江戸アケミさんだったとか?
好きなことをやるにしても、何か手に職を持たねばいけなかった時代。まず生業をどうしようと思ったときに、絵を描くのが好きだったんで、漫画を描いて持ち込んだところが官能劇画の編集部でした(笑)。「官能モノの漫画を描くんだったら載せてあげるよ」と言われて、そこから漫画でギャラをもらう生活が始まったんです。
ちょうどその頃、渋谷の山手教会で行われた音楽イベントを見に行ったら、音がうるさいという理由で途中で中止になってしまって。
©2026映画『ストリート・キングダム 自分の音を鳴らせ。』製作委員会
するとおじさんが出てきて、「日本人って暗いね」と叫び出したんです。「え、何? 誰?」という感じ。「俺らこれから代々木公園でライブやるから、興味ある奴は来い」と言うんです。その人が、江戸アケミさんでした。
それまでのロックはどこか海外的で、ちょっとイカした人たちがやっているイメージでした。でもアケミさんは真逆で、おじさんが酒を飲んで叫んでいる(笑)。その姿がすごく響いたんです。「これが一番かっこいいんじゃないか」って。
そもそも田口さんがパンクに目覚めたのは?
ロンドンでもニューヨークでも東京でも、世界で同時多発的にピストルズ(Sex Pistols)ショックがありました。僕が聴き始めた頃にはバンドは解散していましたけど、そこからですね。
センスとガッツさえあれば、上手くなくてもステージに登れるんだと知ったし、とにかくパンクは「やりたいことをやっていい」っていう許可を出した音楽だったと思うんです。
それまでのロックはいい楽器や技術を持っていたり、ルックスのいい一部の人たちがやっている音楽というイメージがあったけど、パンクが出てきて価値観が変わった。居場所を見つけた感覚でした。
ライブでは、とてもここでは書けない過激なパフォーマンスをしていたそうですね(笑)。
時代ですよね。時代が許容してくれた。ある意味「お前はどういう表現ができるんだ?」という競い合いでした。今の時代にやったら、一発アウトですけど(笑)。
音楽だけでなく、演劇や舞踏の世界でも、パンクの精神に影響を受けてみんなが新しいことを始めた時代だったと思います。
映画業界だと、石井聰亙(現・石井岳龍)さんや山本政志さんのようなバイオレントな映画を作る同時代の人たちが出てきたり。みんながパンクという価値観に背中を押されたんです。時代的に必然の価値観でした。
自由じゃないから、自由を求めた
映画で描かれる「東京ロッカーズ」のムーブメントは、田口さんがバンドを始める少し前の1978年が舞台です。
当時の若者も、今の若者と同じように閉塞感を感じていました。自由じゃないからこそ、自由を求めていたんです。
メジャーデビューしてレコードを出すことが当たり前の時代に、自分たちでレーベルを作ってレコードをプレスしたり、「マイナー」と呼ばれていたシーンに「インディーズ」という呼び名をつけたり。着席が当たり前だったライブにオールスタンディングを導入し、たくさんのバンドが集うロックフェスを開催した。
新しい方法論を自分たちで開発した人たちだったんです。でも「東京ロッカーズ」というムーブメントを起こしながらも、そこに執着しない。
©2026映画『ストリート・キングダム 自分の音を鳴らせ。』製作委員会
これから盛り上がっていくというときに、あっさりとバラバラになっていく姿が新鮮でした。
潔いですよね。膠着した現状にとどまるよりも、解体して先に進もうという意志が、僕もすげえなと思って。もったいぶっていないし、しがみつかない。そこがすごくかっこよかった。
そもそも、10年ぶりの監督作で「東京ロッカーズ」という題材を選んだ理由は?
今の音楽シーンの人たちが、この時代のことをほとんど語ってないことに気づいたんです。今はネットやSNSがあって、情報量が多すぎる。みんな追いつかないのかもしれません。でも僕にとって当時の人たちは本当にレジェンドなんです。彼らの背中を見ながらバンドや表現活動を始めたのに、「あれ? 知らないのかな」と思って。
©2026映画『ストリート・キングダム 自分の音を鳴らせ。』製作委員会
この映画は、当時の音楽シーンを撮り続けていた地引雄一さんの著作が原作です。地引さんは僕も昔から知っている方で、本当にフラットで優しくてジェントルな人。年下の僕にも普通に敬語で話してくれるんです。信頼している地引さんの本を読んで、「次はこれを撮りたい」と思いました。
「お客さんが多い!」とうるさく言い続けた
出演者やスタッフも、当時のことを知らない世代が多かったと思います。監督の熱い想いや当時の出来事を知って、どのような反応がありましたか?
最初は「いや、わかんないですよ」ぐらいの感じだったと思うんです。でも当時のフライヤーや音源を聴いたりして、「なんておもしろいことをやってんだ!」、「なんて早いんだ」と興味を持ってくれて、のめり込んでくれたみたい。
「早い」というのは?
フライヤーやポスターはすごくアート的だし、音作りもかなり凝っている。1970年代後半に「こんなことをやっている人たちがいたんだ」と驚いたみたいで。「そうでしょ。やっぱすごいでしょ」と思ったし、伝わったことがすごく嬉しかったです。
ライブシーンにも強いこだわりがあったそうですね。
当時はロックのお客さんの数が、今とは全然違うんですよ。ライブハウスも満杯になることはなくて、今みたいにロックフェスで何万人も集まる時代じゃない。本当に局所的で小さなムーブメントだったので、お客さんもまばらでした。
でも若い演出部の人たちはそのことを知らないので、エキストラを大勢入れてしまう。そこは小姑みたいに「お客さんが多い!」とうるさく言い続けました(笑)。
あとお客さんの反応もバラバラでした。座っている人もいれば、踊る人もいる。ノリが全員同じということはなかったんです。そこも口酸っぱく言いましたね。劇中でヒロミが言うように、「自分の中から出てくる踊りを踊ればいい」という空気感だった。
当時の映像は残っていますけど、客席側の映像って意外とないんですよね。だからそこは自分が目撃したリアルを口頭で伝えるしかない。ライブハウスの撮影は、もうずーっとしゃべり倒してました。
主演の峯田和伸さんがミュージシャンではなくカメラマン役というのも驚きです。
音楽ライター役のハマケン(浜野謙太)さんや、ロフトの店長役の渡辺大知くんも出ていますけど、みんなミュージシャン役じゃないっていう。あまのじゃくでしょ(笑)。
峯田さんは、田口さんの1作目の監督作『アイデン&ティティ』(2003)でも主役を務められました。
『アイデン&ティティ』のときは、1年以上主役が見つからなかったんです。そんなときに友達が「こういうバンドがいるよ」と教えてくれて、峯田くんが歌う「若者たち」のMVを観ました。
銀杏BOYZじゃなくゴイステ(GOING STEADY)の時代でしたけど、「こいつらどうかしてるな」と思って(笑)。とにかく暴れぶりが度を越していて、口の動きと歌が全然リンクしていないし、ステージではバックドロップまでやる。もう大騒ぎでした。
2000年代前半って、みんなが少し真摯になり始めていた時代だったと思うんです。でも「この人は度を越してる。大人に怒られるぞ」と感じて、逆に衝撃を受けました。歌い出しが「パンクロックを聴いた」から始まるので、その時点ですごく共感したし、同時に「珍しい動物発見」という感じでした(笑)。
今では僕の映画に峯田くんは欠かせません。彼は信頼すべき表現者だし、演技は嘘がなくて映画を観ている人の魂に響くんです。これまでは峯田くんが外に向かって出す表現力を見せていましたが、『ストリート・キングダム〜』では受け手になってもらいました。共演者が出してくるものを彼がどう受け止めるかを見たかったんです。
当時のパンクは、音も歌詞も鮮度が高い
田口さんが影響を受けたお気に入りの作品を教えてください。
オムニバス・アルバムの『東京 ROCKERS』が出る少し前に、アメリカで『No New York』というアルバムが出たんです。ジェームス・チャンス(James Chance)やアート・リンゼイ(Arto Lindsay)、モリ・イクエさんという日本人ドラマーも参加していて。ニューヨークのパンクやニューウェーブバンドのオムニバスです。当時は輸入版のレコードを購入しました。僕がバンドを始める上で大きな影響を受けた1枚です。
もうひとつは、ピストルズを脱退したボーカルのジョニー・ロットン(Johnny Rotten)が、ジョン・ライドン(John Lydon)という本名に戻して組んだパブリック・イメージ・リミテッド(Public Image Ltd)の『Metal Box』。伝説的な名盤です。
レコードが映画のフィルムケースみたいな金属製の缶に入っていて、めちゃくちゃ音質に凝っているんです。当時は本当に衝撃を受けましたね。レコードというフォーマット自体を壊してしまう、その姿勢自体がかっこよかった。今はCD版も出ていますけど、当時買ったレコードは今も持っています。ケースは錆びちゃっていますけどね。
青春時代に聴いていた音楽は、今もよく聴くのでしょうか?
聴きますね。今は機材がすごく進化して高度になっていると思うんですけど、当時のパンクやニューウェーブって、今聴いてもまったく古びないんですよ。音もそうですし、歌詞も含めて鮮度が高い。
では、田口さんの中でパンクの精神は今も燃え続けている?
そんなかっこいいものじゃないですけど(笑)。パンクってかっこ悪くてもいいんですよ。むしろかっこ悪いのが、かっこいい。そういう意味では、今も大きく影響を受けています。
田口トモロヲ
1957年生まれ、東京都出身。
俳優歴:1978年「発見の会」で演劇デビュー。映画『俗物図鑑』(82/内藤誠監督)で映画デビュー。89年『鉄男』(塚本晋也監督)で主演。以降、映画・ドラマ・舞台と幅広い作品に出演。近年の出演作に「サンクチュアリ-聖域-」(23/Netflix)、「忍びの家 House of Ninjas」(24/Netflix)、『嗤う蟲』(25/城定秀夫監督)、『片思い世界』(25/土井裕泰監督)等。「新プロジェクトX〜挑戦者たち〜」(NHK)、「洋楽主義」(WOWOW)でナレーションを担当中。
音楽歴:82年「ガガーリン」を経て、84年「ばちかぶり」を主宰。
監督歴:『アイデン&ティティ』(03)でデビュー、『色即ぜねれいしょん』(09/新藤兼人賞銀賞)、『ピース オブ ケイク』(15)を手がけた。
『ストリート・キングダム 自分の音を鳴らせ。』
監督:田口トモロヲ
原作:地引雄一「ストリート・キングダム」
脚本:宮藤官九郎
音楽:大友良英
3月27日(金) TOHOシネマズ 日比谷ほか全国公開
企画製作・配給:ハピネットファントム・スタジオ
©2026映画『ストリート・キングダム 自分の音を鳴らせ。』製作委員会
Words & Edit:Kozue Matsuyama
Photos: Soichi Isida