いつの時代も愛され続ける山下達郎の音楽。その中には、今聴いても驚くほど新鮮で、新しい発見に満ちた楽曲がたくさんあります。今回は、著書『「シティポップの基本」がこの100枚でわかる!』などで知られる音楽ライター・選曲家の栗本斉さんに、おすすめの10曲を挙げていただきました。
色褪せるどころか、現代の耳にも新しく響くその魅力を、栗本さんの解説とともにご紹介します。
ポップマエストロ・山下達郎の魅力とは?
膨大な音楽知識に裏打ちされたメロディ、緻密に組み立てられたサウンド、そして、圧倒的な歌唱力。山下達郎というアーティストのすごさは今さら言うまでもないだろう。1975年に伝説のバンド、SUGAR BABEのメンバーとしてデビューし、現在に至るまで50年以上も第一線で活躍し続けている。
では、山下達郎の何がすごいのか。いや、いずれもすごいのだが、ここでは敢えて “今” の視点で彼の膨大なレパートリーを聴き直してみたい。ちょうど過去作品が続々とアナログでリイシューされたタイミングということもあり、タツロー・サウンドをポップマエストロ・山下達郎の魅力とは?理想のフォーマットで堪能するには最適のタイミングだ。時代を追って、 “あらためて聴きたい山下達郎の名曲” を10曲セレクトしてみた。
「雨は手のひらにいっぱい」from『SONGS』(1975)
デビュー作であるSUGAR BABEの歴史的名盤『SONGS』。「DOWN TOWN」が有名だが、ここでは敢えて「雨は手のひらにいっぱい」をセレクト。
オールディーズ風のポップスかと思いきや、サビで軽やかにリズムチェンジする展開が見事で、ブリッジ部分のこだわりにも要注目。大滝詠一の提言だというカスタネット入りウォール・オブ・サウンドのテイストと、流麗なストリングスがバンドサウンドに溶け込む感覚に魅了される。すでに完成されたソングライティング能力に舌を巻く。
「WINDY LADY」from『CIRCUS TOWN』(1976)
ニューヨークとロサンゼルスで半分ずつレコーディングされたソロでのデビュー作より。この曲はニューヨークサイドに収められており、フォー・シーズンズ(The Four Seasons)やローラ・ニーロ(Laura Nyro)の編曲で知られるチャーリー・カレロ(Charlie Calello)をプロデューサーに迎え、名うてのセッションミュージシャンが参加。
重心が低めのファンクビートを主体に、カーティス・メイフィールド(Curtis Mayfield)などのシカゴ・ソウルを思わせるクールさが漂う。以前よりDJに人気の一曲で、レゲエシンガー、MOOMINのカバーでも知られる傑作だ。
「LOVE SPACE」from『SPACY』(1977)
ソロでは2作目となるアルバムのオープニングを飾る壮大な一曲。佐藤博の豪快なピアノ、村上 “ポンタ” 秀一のタム回しが印象的なドラムス、そしてうねるような細野晴臣のエレクトリックベース。イントロから圧倒的なテンションでスタートし、まさに宇宙まで届きそうなダイナミックなヴォーカルを聴かせる。
ひとつのテーマが何回も繰り返されるミニマルな構成でありながら、吉田美奈子のコーラスやストリングスが溶け合ってドラマティックな展開に仕上がっており、ライヴでも定番の一曲。
「PAPER DOLL」from『GO AHEAD!』(1978)
こちらも「WINDY LADY」に通じるクールでタイトなファンクチューン。通算3作目のスタジオアルバムに収録されており、SUGAR BABEの盟友であるドラマーの上原 “YUKARI” 裕、数々のセッションで名演を残しているベースの田中章弘、そしてあの坂本龍一がキーボードで参加している。
達郎自身によるギターソロや後半で聞こえてくる吉田美奈子との地を這うようなコーラスなど、シンプルな構成ながら聴きどころは多い。DJネタとしても使えるビート感が今っぽく感じられる。
「DAYDREAM」from『RIDE ON TIME』(1980)
シングル「RIDE ON TIME」のヒットにより商業的に成功を収めた同名タイトルのアルバムは、80~90年代のタツロー・バンドの骨格である青山純(ドラムス)と伊藤広規(ベース)のリズムセクションが固定されたということでも重要だ。
その唯一無二のコンビネーションが堪能できる一曲が、このグルーヴィーチューン。シンコペイトするリズムに乗せた、早口でバイオレットやワインレッドなどの色の種類を連呼する歌詞が非常にスリリング。向井滋春のトロンボーンソロも素晴らしい。
「SPARKLE」from『FOR YOU』(1982)
誰もが一度耳にしたら離れないであろう、達郎自身が弾くフェンダー・テレキャスターによるギターカッティング。コンサートのオープニングナンバーとしても知られる代表曲でもある。
もちろん、青山純と伊藤広規が繰り出す雄大なミディアムテンポのリズムはもちろんだが、ここでの準主役は吉田美奈子の華やかなコーラスと言ってもいいだろう。天に上り詰めていくような高揚感は、彼らの演奏が一体となった賜物であり、この時期の達郎の勢いが反映されているナンバーと言える。
「メリー・ゴー・ラウンド」from『MELODIES』(1983)
「クリスマス・イブ」が収められていることで知られるポップなアルバム『MELODIES』だが、ひときわディープでヘヴィな楽曲が中盤に収められている。それがこの6分以上に及ぶ大曲だ。
タイトなビートとゴリッとした質感のスラップベースによる抑制されたリズムと、そのビートに覆い被さるような多重コーラスの迫力が強烈な印象を残す。真夜中の遊園地に忍び込むという幻想的なシチュエーションの歌詞も独特で、後半に何度も繰り返される “メリー・ゴー・ラウンド” というヴァースが刺激的だ。
「風の回廊」from『POCKET MUSIC』(1986)
ラジオから聞こえてくるようにエフェクトされた重層的なコーラスに始まり、淡々としたミニマルなビートが刻まれていく。アナログからデジタルへ移行するタイミングに制作されたアルバムに収録されており、この曲が達郎にとって初のデジタルレコーディングだったとか。
青山純のドラムスと渕野繁雄のサックスソロ以外は、達郎自身による多重録音で構築されているのが特徴で、空間的な声に反するように、他の楽曲にはない密室感が逆に今となっては心地良い。
「新・東京ラプソディー」from『僕の中の少年』(1988)
イントロから鋭角に刻まれるシンセサイザーの音色が、夏の強烈な日差しを思い起こさせる。「風の回廊」に通じる淡々としたビートでありながら、トランペットとハーモニカの音色がエモーショナルに演出する。さらに中盤以降に聞こえてくる竹内まりやと村田和人によるコーラスが彩りを加え、非常に映像的な世界観を聞かせてくれる。
80年代最後のオリジナル・アルバムに収録されていることもあり、シティポップの末期ならではのバブルな雰囲気がかすかに感じられるのも魅力だ。
「さよなら夏の日」from『ARTISAN』(1991)
90年代以降の達郎は、どの楽曲にも彼にしか作り得ない職人的な刻印が打たれているように感じるが、その反面70〜80年代に見られたバンドならではの躍動感が希薄になっていく。ただ、バラードだけは時代を超越した風格が感じられ、その最たる一曲がこの曲と言っていいだろう。
夏の終わりを鮮やかに切り取った歌詞とセンチメンタルなメロディが見事に融合し、R&Bフレイヴァーをまといながらドラマティックに進行していく。多様なJ-POPの時代が始まりつつあるこの時期を代表する名曲だ。
山下達郎の名曲・名盤はいまだに配信はされていない。よって、フィジカルのメディアで楽しむべきだが、なかでもアナログでの再現性が素晴らしい。ぜひアナログレコードで彼の世界をじっくりと味わっていただきたい。
栗本 斉
音楽と旅のライター、選曲家。レコード会社勤務の傍ら音楽ライターとして活動を開始。退社後は2年間中南米を放浪。帰国後はフリーランスで雑誌やウェブの執筆、ラジオや機内放送の構成選曲などを行う。開業直後のビルボードライブで約5年間ブッキングマネージャーを務めた後、再びフリーランスで活動。NTV『世界一受けたい授業』を始めテレビやラジオなど各種メディアにも出演。コンピレーション・アルバムの企画、レコードジャケット展示の監修、トークイベントの出演なども行う。著書に『ブエノスアイレス 雑貨栗本 斉と文化の旅手帖』、『アルゼンチン音楽手帖』『「シティポップの基本」がこの100枚でわかる!』『「90年代J-POPの基本」がこの100枚でわかる!』など。
Words, Photo: Hitoshi Kurimoto