難しくて敷居が高そうなクラシック音楽の中にも、変わった演奏法を取り入れたユニークでポップな楽曲や、「こんなものまで楽器として使うの?」というような楽器以外のものを取り入れた演奏など、聴く人・観る人を一瞬で惹きつけてしまう、一風変わった楽曲も多く存在します。
クラシックの堅苦しいイメージを見事に、そして楽しく打ち砕くのが、アメリカ人作曲家のルロイ・アンダーソン(Leroy Anderson、1908-1975)の楽曲たち。運動会のBGMなどでお馴染みのあの曲、「Bugler’s Holiday(トランペット吹きの休日)」も、彼が作曲した管弦楽作品です。
親しみやすい曲調とユーモアに満ちており、聴いているだけで楽しい気持ちになるものが多いアンダーソンの作品について、音楽家、録音エンジニア、オーディオ評論家の生形三郎さんに解説していただきました。
弓を使わずに弦楽器を鳴らす
ユニークな演奏法が楽しめる「Plink, Plank, Plunk!(プリンク・プレンク・プランク*)」は、全ての弦楽器を、弓ではなく指で演奏する楽曲です。指を使って弦を弾く奏法はピッツィカート(pizzicato)と呼ばれ、柔らかく可愛らしい音を出すことができます。ジャズのウッドベースも基本的には指で弦を弾いて音を出しますが、それと同じ奏法です。他にも、曲の途中で楽器のボディを手のひらで擦る箇所もあり、なんともキュートな楽曲に仕上がっています。短く楽しい曲なので、アンコールの曲としても人気が高い曲です。
演奏経験のある友人ヴァイオリニストによると、ピッツィカートの音をいかに鮮やかに弾けるか、そして、連続するピッツィカートをいかに効率よく弾けるかの工夫探しが肝となるそうです。加えて、たまに登場するスフォルツァンド(その音だけを特に強く演奏する指示)を効果的に聴かせることにも腐心するそうです。確かに、全編通してピッツィカート奏法オンリーのため、音色やフレーズのメリハリを付けて演奏することが大切になりそうですね。
*「プリンク・プランク・プルンク」「プリンク・プランク・プランク」など数種類の表記があります。
タイプライターを楽器として使う
続いて、その名の通り「The Typewriter(タイプライター)」は、なんと実際のタイプライターをステージ上に持ち込んで主役の楽器にしてしまいます。サービス精神の塊とも感じる実に秀逸な楽曲です。
「カタカタ」とタイプする音、改行が近いことを知らせる「チーン」というベルの音(演奏では自分でベルを鳴らす)、印字位置を動かす改行レバーの「シャッ」という音、これらがリズミカルに組み合わされることで音楽を奏でます。小気味よく展開するそれら3つの音が快感と笑いを誘う素敵な曲です。
この曲は、タイピストに扮したタイプライター奏者の演技や演出も見所の一つで、場合によってはタイピストが2人登場して2台のタイプライターを演奏したりと、色々な演奏を見比べてみるのも楽しいでしょう。
同じく、演奏経験のある友人ヴァイオリニストによると、ヴァイオリンパートであっても、やはり、聴衆の気を引く仕掛けがたくさん散りばめられているので、それをどれだけ効果的に演奏できるかの工夫に最も気を遣うそうです。
こういった楽曲は、まさに落語や漫才のように、その場その場でのお客さんの反応をダイレクトに反映させることも演奏の成功に繋がる曲と言えそうですね。それだけに、コンサートで演奏すると、一定の反応や盛り上がりがあるとのことです。
楽しくてクセになる “仕掛けだらけ” の音楽
楽器ではないものをステージに持ち込む曲はまだまだあります。例えば、私がアンダーソンの曲の中でも特に好きな「Sandpaper Ballet(サンドペーパー・バレエ)」です。
これは、その名の通り「紙やすり」の擦る音を演奏にしてしまう曲です。ステージ上に紙やすり奏者が現れ、面白おかしく、しかしながら絶妙な掛け合いを繰り広げる傑作です。こちらも、紙やすりを擦り合わせたり、紙やすりで木材を削ったり、果てはデッキブラシで床を擦ったりと、演出によって様々な演奏が楽しめる曲で、観ているだけで楽しい気持ちになってきてしまいます。
アンダーソンの曲には、ソリの鈴の音を持ち込んだ「Sleigh Ride(ソリすべり)」や、ゴールドディスク賞を受賞するとともにビルボードチャート11位も獲得した、時計のチクタクチクタクという音をウッドブロックに真似させる「The Syncopated Clock(シンコペイテッド・クロック)」など、ファンタスティックで愉快な曲がてんこ盛りですので、ぜひとも聴いてみてください。きっと、一服の心の清涼剤になってくれることでしょう。
Words:Saburo Ubukata