この広い地球には、旅好きしか知らない、ならぬ、音好きしか知らないローカルな場所がある。そこからは、その都市や街の有り様と現在地が独特なビートとともに見えてくる。

音好きたちの仕事、生活、ライフスタイルに根ざす地元スポットから、地球のリアルないまと歩き方を探っていこう。今回は、イスラエルのエルサレムへ。

元「ギャングスタラッパー」、現「超正統派ユダヤ教徒ラッパー」、Nissim Black。ギャングスタラッパー時代のステージネームは、D. Black。12年前ユダヤ教に出会い信仰を深め、特に厳格な戒律を守ることで有名な超正統派に改宗し、ヘブライ語(ユダヤ人の言語)で「奇跡」を意味する「Nissim」に改名した。

Nissimはいま、神との関係性についてラップする。「エンタメで有名になりたいならロサンゼルスに行けばいい、でもスピリチュアリティで偉大になりたいなら、ここが(イスラエル)が最適な場所だ」。家族で移り住んだイスラエルでは「子どもたちがいるし、信仰のための勉強もしなきゃいけないから、もう夜遊びはしない」らしい。米国ツアーから前夜帰国し、5日後にはまた米国へとツアーに出かけるという超多忙スケジュールのなかで取材に答えてくれたNissimの音楽とスピリチュアルなライフから、イスラエルのリアルな歩き方を覗こう。

Nissim Black
Photo by Tziporah Litman

ツアーで忙しいあいまに、ありがとうございます。いまは、エルサレムの自宅ですか?

ベト・シェメシュ(Bet Shemesh)というところ。エルサレムから20分くらいのところにある郊外で、正確にはエルサレムではないんだけど。まあ、エルサレムと呼んでいいよ。

ベト・シェメシュ、初めて聞いた場所。聖書が書かれる以前(前5世紀〜前4世紀頃より前)までさかのぼるほどの古い歴史を持つ都市なんですね。

エルサレムから3年くらい前に引っ越してきたんだ。ノンストップで人や車の往来がある騒がしいエルサレムに比べて土地もひらけているし、森や谷など自然もたくさんあるよ。

Nissimの曲には信仰や神がテーマとして多く出てきますが、神聖な都市のなかでもスピリットや神を身近に感じるところはどこ?

もちろん、シナゴーグ(ユダヤ教の公的な祈禱、礼拝の場所)。通っているNachal Neumoというシナゴーグには毎朝5時に行って、日の出とともに祈祷をはじめるんだ。そのあと勉強をして、昼の12時くらいまでここで神と過ごす。ここは俺の場所。

勉強をしているNissim Black
通っているシナゴーグにて。毎朝の勉強中。
Photo via Nissim Black

勉強熱心ですね。

ユダヤ教では、1日に3回祈りを捧げる。毎日、朝・昼・晩、このシナゴーグに集まっている仲間もいるよ。朝から夜まで丸一日いて、いろいろな聖典を読んで学ぶ人たちもいる。

それにしてもこれだけ朝が早いと、ツアーから戻ってきた翌日なんかは辛いんじゃないでしょうか。

Exactly!(その通り!)。昨日の夜も、帰ってきたらそのまま朝まで爆睡だよ。でも日の出とともに祈祷できなくても、朝の時間帯にできたからよし。帰りの飛行機でよく眠れたかどうかにかかっているよ(笑)。

ここは図書館? シナゴーグ?

いや、ここは自宅。

本がたっくさん。

ユダヤ教のカルチャーなのかもしれないけど、とにかく俺たちは勉強熱心なんだよね。だから家には本がいっぱい(笑)。ユダヤ教では、心や気持ちに認めたものは必ず聖典に立ちかえって、そこに書かれていることを読むというのが身についているんだ。いま感じていることについては、だいたい聖典に先人によって記述されている。

本を読むNissim Black
自宅の書斎にて。
Photo via Nissim Black

勉強以外の話もここで。ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の聖市というスピリチュアルにあふれるエルサレムには、どんな音楽シーンがあるんですか。

エルサレムのみんなは、“ミュージシャン”だよ。中東の伝統音楽がよく聴こえてくる。ストリートでも、凄腕の演奏を披露している。旧市街の近くにMamilla Mallという目抜きのショッピングモールがあるんだけど、そこにいつもいるヨセフという男もその一人。80年代のアメリカのヒットソングを演奏しているんだ。

ポップ(笑)だ。ヒップホップシーンは?

45分くらい離れたところにあるテルアビブには世俗的なナイトライフがあるからヒップホップシーンもあるみたいだけど、エルサレムにはあるとは言えないかな。エルサレムでもヒップホップは人気だけど、すごい人気とは言えないし。

じゃあ、行きつけの音楽スポットは? いままでライブをしてきたベニューなど。

ツアーはほとんどイスラエル国外だからな…。時々は、市内の公園や円形劇場でもライブをするけどね。例えば、嘆きの壁の近くにあるMitchell Parkでもライブをしたことがあるよ。あとは、友人ミュージシャンがエルサレム国際会議場(Binyenei HaUma)でコンサートをしたときに、バックステージに遊びに行ったよ。彼はIshay Riboというイスラエルで超ビッグなシンガー。

ライブで歌うNissim Black
Mitchell Parkにて開催されたライブのステージショット。
Photo by Mendi Kurant for Tzvaim Productions
Ishay RiboとNissim Black
イスラエルの国民的シンガー、Ishay Ribo(左)とエルサレム国際会議場のバックステージにて。
Photo via Nissim Black

音楽を聴きに行く場所や、レコードや機材を買う場所でお薦めはある?

Drumbiteという機材屋にはよく行く。マイクロホンやヘッドホンなどたくさんの機材をゲットするんだ。このMIDIキーボード*もDrumbiteで買ったよ。

*PCで曲の制作や編集など音楽制作するDTM(デスクトップミュージック)に必要となる機材。

後ろに機材がいっぱい。いまいる場所はホームスタジオ?(Nissimの使用しているマイクの音が高音質でプロ仕様のような気が)。

そう。パンデミック後はここでレコーディングもしている。

レコード制作中やライブの後など、音楽仲間と遊ぶときはどこに行くの?

信心深い生活を送っていると、遊ぶことは少なくなるんだよね。夜遊びはめっきりしなくなった。子どもが6人もいるしね。レコーディングスタジオや自宅スタジオ、エルサレムやテルアビブにある仲間のスタジオに遊びに行くことはあっても、それ以外はユダヤ教の勉強をしているか、森で瞑想をしているか、子どもを学校まで送ってあげているか。

ナイトライフは、もう卒業。

夜に出かけるとしたら、森や野原。よくジャッカルやオオカミが遠吠えしている声が聴こえてくる。俺がその声に応えて叫びかえすと逃げていくんだ。あとは墓参りもするよ。ダビデ王*やサムエル**といった偉大な人物たちの墓を回るんだ。

*旧約聖書の『サムエル記』『列王記』に登場する古代イスラエル王国で最も偉大な王。
**旧約聖書の『サムエル記』に登場するユダヤの預言者、士師。

Nissimのナイトライフスポットは、自然。音楽のインスピレーションも生まれたり?

そう、森とか自然のなかにいるときが多い。あと、ダビデの町(エルサレムの旧市街の南側に広がる都市遺跡)。ここは、古代エルサレム時代の本当に古い場所。ダビデ王の宮殿(King David’s Palace)の遺跡のあたりを歩いていると、インスピレーションがわく。嘆きの壁の門の近くにあるここもいい場所。よく息子たちを連れて行く。

Nissim Blackの息子たち
嘆きの壁の門の近くにある旧市街。息子たちと訪れたときのショット。
Photo via Nissim Black

嘆きの壁にて礼拝中。

自然といえば、風光明媚。のどかでいいですね。

Zorahという森のひらけた場所で、ここでよく瞑想をするんだ。俺たちのラビ(ユダヤ教の指導者、教師)もよく森で瞑想をする。Zorahは旧約聖書に出てくる超タフで怪力の英雄サムソンが生まれた場所。ここに牛がいるの見える? 羊もたくさんいて草を食んでいて、羊飼いがいる。バーベキューをしている人たちをよく見かけるよ。ポータブルラジオ持参で、トランスミュージックや宗教音楽など、いろいろな音楽をかけているんだ。

Zorahの様子。

浮世離れした風景と現代的な光景のギャップ! バーベキューと聞いたらお腹がすいてきました。

エルサレムでは、BBQ Meat & Grillというバーベキューの店が、すごくうまいよ。ファラフェル(豆をベースにした中東伝統の揚げ物料理)なら、Halo Teiman。

どちらもおいしそう…。音楽制作の合間などにホッと一息しに行くお店は?

ベーカリーにはよく行く。そこでコーヒーも飲んだり。ここでちょっと知っておいてもらいたいことがある。アメリカ、たとえばニューヨークなどの都市が顕著だけど、文化ごとによって地区がわかれているよね。ハーレムでも黒人地区、スパニッシュ系地区、それにチャイナタウン。イスラエルでは、信仰の深さでわかれているんだ。すごく敬虔な地区、世俗的な地区、という感じで。

へえ! おもしろい。

コーヒーショップの大半は、そこまで敬虔ではない地区にある。というのも、敬虔な教徒は、コーヒーショップに行って座ってコーヒーを飲むってことはしないんだ。つねに勉強や家族の世話で忙しくしていないと、という考えがあるから。だから、シナゴーグに行く途中でベーカリーに寄ってコーヒーを買うって感じ。

コーヒーショップの軒数で、敬虔度がわかるとは、エルサレムならでは! Nissimの地元ベト・シェメシュは?

すんごく敬虔深い。黒と白(超正統派ユダヤ系の男性の正装は黒いスーツや靴に白いシャツが基本)の世界。だから、コーヒーショップは…

…ない?

ない。

宗教が街づくり、コミュニティの中心にある。

この写真を見て。かつてエルサレムにあったスタジオで撮った写真。このスタジオは、エルサレム、いや、全世界のユダヤ教コミュニティのなかでも“ウルトラ・ウルトラ・オーソドックス(超敬虔)”な地区、メアシェアリーム(Mea Shearim)にあった。ここにスタジオがあったことすら地区の住民には知られていなかったんだ。この場所にスタジオがあることがバレたらまずいからね。ちなみに、この写真の真ん中にいる俺、36キロ痩せる前。

スタジオでのNissim Black
超敬虔な地区、メアシェアリームにかつてあった音楽スタジオにて。
Photo via Nissim Black
減量前のズボンを履きウエストがぶかぶかなNissim Black
36キロの大減量!
Photo via Nissim Black

36キロ!? すごい大減量。

地元のベーカリーに行っても、最近はペーストリーは食べずに、サラダをオーダーしているよ。

来週からまた米国ツアーとのことです。生まれ故郷のシアトルが恋しくなりますか。

シアトルはもうおしまい。家族や親族もいるし、自分のルーツに感謝の念は持っているけど、絶対に戻ることはない。

ツアーから帰ってきて、地元はやっぱりいいなと思うところは?

ツアーで回るニューヨークやロサンゼルス、マイアミは、どこもすごく好きだけど、ビジネス、ビジネスの連続で休まらない。地元はすごくスピリチュアルな場所で精神的なリアリティに没入できて、安らげる。

エルサレムは、ラッパーNissimにとって、神と自分を繋いでくれる安息地。ツアー、気をつけていってらっしゃい!

Nissim Black/ニッシム・ブラック

Nissim Black/ニッシム・ブラック
Photo by Tziporah Litman

1986年、米国ワシントン州・シアトル生まれ。イスラエル、エルサレム近郊のベト・シェメシュ在住。ティーンの頃から音楽制作を経験し、ギャングにも所属し、ギャングスタラッパーとして活動していた。ユダヤ教のなかでも厳格な超正統派に改宗し、イスラエルに移り住む。2012年に音楽活動に復帰し、20年にファーストシングル『Mothaland Bounce』をリリース。21年にリリースした『The Hava Song』や『Win』はYouTubeにて100万回以上の再生数を記録し、超正統派ユダヤ教徒にも人気が広がっている。

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Images: Nissim Black
Words: Risa Akita(HEAPS)