2024年の邦楽アルバムのなかでも出色の一作だった優河の『Love Deluxe』。彼女のキャリアを新しいステージに押し上げた傑作は、それゆえに彼女のアイデンティティに新たな揺さぶりをもたらしたという。

そして2024年末、彼女は単身ロサンゼルス(以下、LA)へ向かった。ジェフ・パーカー(Jeff Parker)やジェイ・ベルローズ(Jay Bellerose)、YoheiといったLAの音楽コミュニティにおけるキーマンたちとのレコーディング。その体験談は、LAという場所が、アーティストにいかに重要な気づきを与えるものであるかを物語っていた。

この音楽に必要なもの、ただそれだけを考える時間に救われた

ご自身のポッドキャスト『YUGA’S RIVERSIDE RADIO』でも語られていましたが、優河さんは昨年末(2024年)にLAでジェイ・ベルローズやジェフ・パーカーとレコーディングを行ったとのことで、まずはロサンゼルスに行くことになった背景から教えていただけますか。

LAには2024年12月に2週間ほど滞在していました。以前から漠然と海外でレコーディングをしてみたいという気持ちはあったんですが、きっかけになったのは、YoheiさんというLA在住の日本人ミュージシャン。以前、ドラマーの神谷洵平さん経由でお会いしていて、その後、神谷さんがCOTTON CLUBでやったライヴ(2022年の『JUMPEI KAMIYA with…』)でもご一緒していたんです。そのYoheiさんが、「(LAに)いつでも来ていいよ」と言っていたなと思い出して、連絡を取ったんです。

2024年は『Love Deluxe』をリリースした年でもありましたが、次の展開を考えての渡米だったのでしょうか。

特にそういうわけではないのですが、『Love Deluxe』をリリースした後に、作品を作ることとは別に、作品を ”広める” ということに関していろいろなことがスムーズにいかず自分の中で何かが沈んでいく感覚があって。前にも作品とは関係のないところで葛藤があり落ち込んでしまった経験があったので、そこまで沈んではいけない!という気持ちもあったし、『Love Deluxe』を経て自分のことを正面から見つめ直す機会になったというか。なんだろうな……プロデューサーの岡田拓郎くんを始めバンドメンバーなくしてあの作品はなかったからこそ、じゃあ自分には何ができるんだっけ。という想いもあって。自分の思考含めてなにかすごく窮屈な価値観に囚われている感じがしたのかもしれません。こう思ってしまうということはそもそも自分の価値を自分でちゃんと認められていないんじゃないか、と。だから、もっとさらに、自分を自分で解放してあげないとという気持ちが湧いたのだと思います。

なるほど。LAという場所は豊かな音楽コミュニティがあって、そこに様々なジャンルや世代、国籍のミュージシャンが入り混じって、フレキシブルなシーンを作っているというイメージがあります。

私はLAの音楽シーンについて知識があったわけではないのですが、実際に行ってみるとやはりパワーを感じましたし、「自分たちが楽しんでやっていれば良いんだ」という学びを肌で覚えました。滞在中、エラード・ネグロ(Helado Negro)のライヴを観に行ったんですが、それが本当に最高でした。エラードは一人でトラックを流しながら、そこに合わせ弾き語りをしたり踊ったり、本当に自由で。素敵すぎて、もうハートが溶けちゃいました。

誰も完全、完璧を求めていなくて、ただ音楽を共に体験したい、という感じ。LAのパワーはそういうところからきている自然な心のゆとりのような気がしました。その時に自分がやることが全て、という。ラフでもそこにある生き生きとしたエネルギーそのものに魅力を感じられる人たちが集まっているのがLAだなと。そういう懐の広さを感じました。

完成度よりもミュージシャン一人ひとりが持っているものを純粋に楽しむようなLAの気風は、まさに優河さん自身の中の「自分に何ができるのか」という想いも受け入れてくれるものだったのではないでしょうか。

そうですね、こちらが準備を万全にして行ったところであまり意味がないというか。それよりも「君は何がしたいの?」ということをすごく求められる。変に焦らされたりプレッシャーをかけられたりする感じはないけれど、でもじっと見られている感じです。一人一人が、その人自身とその人の音楽にすごく興味を持って接してくれるというか。

*魔法バンド:優河の2018年のアルバム『魔法』のセッションに携わったメンバーによるバンド。『魔法』以降のライブを支えてきた。メンバーは千葉広樹(Ba)、岡田拓郎(Gt)、谷口雄(Key)、神谷洵平(Dr)。

ジェイ・ベルローズやジェフ・パーカーとセッションした時も同じような感触でしたか?

そうです。ジェイさんやジェフさんには、私がどんな音楽をやっているのかも知らない状態だったと思います。スタジオに入る前にYoheiさんと骨組みは作っていたので、みんなが揃ってそこで初めてまず歌を聴いてもらいました。そこから「じゃあこれはこうしよう」とアレンジを決めていくような流れでした。そこから一気に一日で6曲レコーディングしました。とにかく無駄な情報は一切無い状態で、ただ私の声があって、そこにジェフさんとジェイさんの音があるだけ。本当に純粋なやり取りというか、とても贅沢なことをさせてもらっていると感じました。ここにある声、ただそれだけを見て、「この音楽をベストにするために何が一番必要なのか」ということだけを考える時間。自分自身が救われていく感じがしました。

ジェイ・ベルローズ

ロサンゼルスを拠点に活動するアメリカ人ドラマー・パーカッショニスト。バークリー音楽大学で学び、ジェフ・パーカーらと活動をするとともに、ロバート・プラント&アリソン・クラウス(Robert Plant&Alison Krauss)、ボニー・レイット(Bonnie Raitt)、エルトン・ジョン(Elton John)など著名アーティストのセッションやライブでも活躍。

ジェフ・パーカー

アメリカ人ギタリスト・作曲家。バークリー音楽大学で学んだ後、シカゴへ移住。90年代の「シカゴ音響派」と呼ばれたシーンを牽引する存在となったバンド、トータス(Tortoise)のメンバーとして活動。その後、ジャズ、エレクトロ、ロック、実験音楽など幅広いジャンルで革新的な演奏を展開している。2022年にはUnited States Artist’s Fellowshipを受賞。シカゴのAACM(Association for the Advancement of Creative Musicians)のメンバーとして実験音楽シーンでも重要な役割を果たしている。現在はロサンゼルスを拠点に活動。

鹿野洋平 aka yohei

1979年東京都生まれの作曲家・プロデューサー。現在ロサンゼルス拠点。高校卒業後単身渡米し、ウェストバージニア州とナッシュビルでアパラチアン・マウンテンミュージックやブルーグラスなどルーツ音楽を吸収。2002年LA移住後、シンガーソングライター、テープミュージック、サイケデリックなど多様なスタイルを横断する作品を制作。RY X、斉藤和義、大橋トリオらとの活動も多数。2013年にMy Hawaii結成、近年はMoonie Moonieでも活動。

ジェフやジェイとはどんな言葉を交わしましたか?

ジェイさんは「君と演奏することはギフトだ」と言ってくれて。色々なミュージシャンと一緒に日々やっている方なのに、「すごく癒される」と。なんでそんな風に言ってくれるんだろう、と思いながらも、でもこれは本当に偽りのない言葉だな、とも感じられました。ジェフさんはその後メッセージで「あなたの声は、これまで聴いた中で一番美しいものの一つだよ」と伝えてくれて。彼らのようなミュージシャンの耳にそういう風に受け取ってもらえたこと、その人たちの心にそういう風に受け取ってもらえたことは、宝物のような体験になったと思います。

ジェフ・パーカーのTiny Desk Concert。ドラムスをジェイ・ベルローズが担当しているほか、サックスのジョシュ・ジョンソン(Josh Johnson)、ベースのアンナ・バターズ(Anna Butterss)もLAで活躍するミュージシャン

LAから持ち帰ったのは「満たされている余白」

彼らの演奏やセッションに対する姿勢からはどんな印象を持ちましたか?

たった今そこで生まれている音なのに、元からずっとそこにあった音のような感じがしました。透明な音の文字を二人が読み取っているような感じ。

私は、優河さんが音楽活動をし始めたころのライブで、レナード・コーエン(Leonard Cohen)の「ハレルヤ」をマイクを使わず空間のリバーブだけを生かして歌っていたのを客席で聴いていたのですが、その響きにいたく感動したんですよ。今回のジェイとジェフとの音源を聴いて、その時のことを思い出しました。ピュアで混じり気の無い、ストンと力の抜けた歌だからこその奥行きが、その当時の印象に結びつくものがあって。

嬉しいです。確かに、私も何も答えを持たずにレコーディングに向かったし、ジェフさんもジェイさんも、私の声を聴いてただそこに反応するだけという感じのレコーディングでした。だから、私やジェイさんやジェフさんの意図ではなく「曲が持つ意思」のようなもののために演奏できた。もちろん、全ての演奏に意図はあるんですけど、それらが全て曲の意思に思えたというか。

なるほど。dublab.jpが企画したLAの山火事の復興支援コンピ(『A Charity Compilation in Aid of the 2025 LA Wildfires』)に収録されている「愛を」の弾き語りも、このLA滞在中に録られたものですか?

そうですね、いずれ弾き語りのセルフカバーアルバムを出したくて、それはYoheiさんの家の庭で録音しようと決めていました。dublab.jpさんのコンピには、その中からアルバム用に選んでいないテイクを使っていただいてます。Yoheiさんの庭の前の木の枝の風鈴が良いタイミングで鳴ってたり、あとは周りにいたリスが騒いでいたりするテイクを選んだら面白いかなと。

ポッドキャストでも語られていたように、弾き語りのアルバムはスタジオで綺麗に録音するのはあまり気が乗らないけれど、そういう場所だったら良いかなと思った、ということでしたが。

無音で無機質なスタジオで録るのは何か違うなと。それよりも、もう少しラフに、もっと自分が気負わずに心地良いなと思えるものを録りたいと思っていました。とはいえやってみると大変だったんですけど。いざ録ろうとしたら、少し遠くの豪邸の木の伐採が始まってしまって、それが結構きつい音で(笑)。さすがにこれは無理かも……となりながらも、静かなタイミングを狙って、全ての曲で4~5テイクくらいは録ったので時間はかかりましたね。

綺麗に作り込まれたものとはまた違う環境の中で演奏するという作業からはきっと、最初に話していたような「自分自身を解放する」ということに対して持ち帰るものがあったのではないでしょうか。実際、「愛を」はアルバム『魔法』に収録されている曲ですが、アルバムのバージョンとは音も詞も違う響き方をしているように感じました。深呼吸をするように、自分自身に安堵しながら歌われているような感じというか。

そうですね、リスもトラックを運転する人も風鈴も、全部が同じ時に息をしている。その中で自分がどういられるかに集中できました。例えば声が掠れたりとか、そういうことも自分で受け入れて、完全じゃなくてもいいんだと。

優河さんがLAでの経験を通して持ち帰ることができたものって、一言で言うとなんですか?

「元気」ですね。本当に身一つで行って、言葉も100%通じるわけではない中で、改めて自分の声に反応してもらうっていうことが、やはり自分にとっては大事なことなんだと腑に落ちたというか。「あ、自分は声を頂いているんだな、自分はこの声を持って色々なものに守られているんだな」と。今は「歌うことが私の仕事だ」と思えるようになっていますね。

それは、少し第三者の視点で自分の声というものを捉えるようになったということでもありますか?

うーんそうではなくて、もっと自分の本質的なところにタッチした感じというか。前作の『Love Deluxe』っていうアルバムには自分を愛していくというテーマがあって、そこに嘘は無いし、すばらしい仲間たちと最高の作品を作ることができたと思っています。自分の作品はもちろん自分のものなんだけど、もっとさらにコアの部分での気付きをこのLAでの経験から受け取ったというか。

やっぱり、日本でミュージシャンとしてやっていくのはすごく大変なことで、どうしても「自分はこうじゃなきゃいけない」、「フォロワーがこのくらいいなきゃいけない」、「これぐらいの人に聴いてもらわなきゃいけない」というような考えが脳裏にあったりする。そういう雑念が波打ち際にシュワシュワと押し寄せてきて、そこであたふたしている自分がいて。その波に一喜一憂しているのは自分自身なんだけど、本当の自分ではないような気もしていたんですね。

本当の自分は波打ち際にいる方ではなく、海の方なんじゃないかと。しかもその海は、もっと深くて広いはずで。例えば、LAでジェイさんジェフさんに言ってもらえたことを「いや、そんなことないです」って否定するんじゃなくて、「そうなんだ」と自分のものとして受け入れられたことは、その海を深くしてくれたと思う。自分で自分の心を開けたことで、吸収できるものがたくさんあった。そういう「満たされている余白」みたいなものを、LAから持ち帰ってこれました。

今、初めて「足りている」と思える

帰国後、2025年3月からは、1ヶ月に渡ってミュージカル『手紙』に出演されていました。優河さんにとっては久しぶりのミュージカル出演でしたよね。優河さんは、普段はシンガーソングライターという、基本的には自分の中から出てくるものを歌う仕事をしているわけですが、ミュージカルとなると、用意された楽曲を役として歌うことになる。それはシンガーソングライターとしての歌とは全く違う体験だと思うのですが、そこから得たものは自身にどう還元されているんでしょうか。

ミュージカルは5年ぶりでしたね。前回は『VIOLET』という作品で、バイオレットというタイトルロールの役だったんですね。自分の顔に大きな傷を負ってコンプレックスを抱いた女の子が、コンプレックスと向き合って、それを抱えながら生きていく方法を見つけていく話なのですが、そこには自分と重なる部分がかなりあって。でも今回の「手紙」での役は、全く実際の自分とは重ならない役だったから、不安だったんです。でもやってみたら、「私って、結局ただの筒だな」という気持ちになれたんですよ。結局、この身体を使い切ればいいんだなって。

というのは?

シンガーソングライターとして歌うときは自分の心がその筒を使って出てくるんですが、ミュージカルではその役と用意された楽曲をその筒にそのまま通せるか、という感じで、どちらも自分自身が筒であることには変わりないんですが、ミュージカルでは「結局はこの身体とこの喉を使い切れば良い」という感覚が、よりシンプルで明確で。どこか自分にしっくりくるような気もしました。自分の声と身体という持ち物を存分に使わせてもらえる場所、という感じが心地よかったんです。

ミュージカルを終えて、2025年の4月から5月にかけては弾き語りツアーもしていましたよね。近年は比較的バンドでの活動も多かった中で、改めて弾き語りをやってみて、これまでと感覚が変わった部分はありましたか?

これがもう、すごく変わったんです。先日、エリック・クラプトン(Eric Clapton)の武道館ライブを観た時に、ミュージシャンの出す音に観客がじわーっと癒されている光景を見た気がしたんです。まるで海岸の砂に波が染み込んでいくみたいに。それを見た時に、「あ、これ私の仕事だ」と思ったんです。そうしたら、声がすごく出るようになって。完璧なライブは全然できませんけど、自分がこの声を持っているということに、何か役割がある気がしてきたんです。だからとにかくこの身体を使い切ろうと。そうしたら、弾き語りも全然苦ではなくなって。

これまではどこか苦手意識もあったと。

というか、今まで、皆が聴きたい音を出せていないんじゃないかなとずっと思っていたんです。バンドと演奏した時のダイナミックさみたいなものはやっぱり一人では出せないから、どこか「足りてなくてすみません」と思いながら歌っていたし、そう思ってしまうのが自分でも嫌で。でも、LAで過ごした時間やミュージカルへの出演を通じて自分の声そのものに自信はついたし、もっとできることがあるんだなと思えるようになった。今、初めて「足りている」と思えるようになったんですよ。

優河

1992年2月2日生まれ、東京都出身のシンガー・ソングライター。高校時代にガールズ・バンドで歌い始め、ライヴハウスのショーケースなどに出演。その後、音楽の専門学校で作詞・作曲、音楽制作やギターを学び、2011年からシンガー・ソングライターとして始動。2015年に『Tabiji』でアルバム・デビュー。2020年にはミュージカル「VIOLET」で主役・ヴァイオレットに選ばれ舞台に初挑戦。2022年3月にドラマ「妻、小学生になる。」の主題歌「灯火」を収録したニューアルバム「言葉のない夜に」をリリースする。CMナレーションやサウンドロゴ歌唱など、ミュージカル出演など多岐にわたって活動し、2023年には藤原さくらとのユニット、Jane Jadeを結成。2024年の『Love Deluxe』までフル・アルバム4枚をリリース。

2025年12月10日リリース
新EP「All the words you said」

ジェフ・パーカー、ジェイ・ベルローズ、Yohei Shikanoら、LA音楽コミュニティ最注目のミュージシャンとの親密なセッションが生んだ、極上のアルバム「All the words you said」が完成。Apple Music、Spotify、LINE MUSIC、AWA、iTunes、mora、レコチョクをはじめ、各種サブスクリプション、ダウンロードサービスにて配信予定。

各音楽配信サイト

Photos:Akari Matsumura
Words:Nami Igusa
Edit:Kunihiro Miki
Coordination:Yuki Tamai

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