落語は噺家のしゃべりだけで世界を立ち上げる、究極の音の芸。名人の噺に耳を澄ませば、声の抑揚、言葉の間、息づかいが織りなす豊かな音の世界が広がっている。

『笑点』の四代目司会者として知られた五代目三遊亭円楽を師匠に、『笑点』の最古参メンバーとして活躍中の三遊亭好楽を父にもつ七代目三遊亭円楽が、「音で聴く」からこそ味わえる落語の魅力を指南。

芸歴25年の今も「高座を録音して聴き返している」という円楽が、師匠たちから受け取った音のバトンとは。音楽や映画、小説など、カルチャー好きの落語家として思い描く、オリジナリティあふれる構想についても聞いた。

1/fゆらぎの声で聴かせる、桂文楽「かんしゃく」

音だけで世界観を作り上げる落語は、究極のアナログであり、究極の音の芸だと感じます。

そうですね。音がない「間」の部分も含めて聴かせる芸だと思います。心地いいと感じる音に「1/fゆらぎ」がありますよね。落語の世界のトップランナーである春風亭小朝師匠は、かつて音の研究者のところに落語の名人のテープをどっさり持って行って、「この中に1/fの声の人はいますか?」と聞いたことがあるんです。

ひとりだけ該当したのが、八代目桂文楽(1892〜1971)だったそうです。文楽師匠は持っているネタが30くらいしかない人で、長い落語もできない人でした。その分、ひとつひとつが磨かれていて、声がとても気持ちいいんです。

文楽師匠の声のよさを一番感じられるのが「かんしゃく」。益田太郎冠者が明治時代に作った準古典落語で、13分ほどの短さなのですが、人情噺としてトリ*の風格があります。

かんしゃく持ちの金持ち男が、帰宅するなり妻や使用人に「帽子かけが曲がっている」「天井に蜘蛛の巣が張っている」と、片っ端から小言を言って叱りつけるんです。我慢できずに実家に帰った妻が、父親から「使用人と手分けをして、家を完璧に片付ければいい」と諭され、早速実行。すると夫は帰宅後に気になるところが見つからず、「これじゃ俺が怒るところがないじゃないか!」とかんしゃくを起こすという噺です。

文楽師匠は怒る芸が得意な人なので、「おい!」「こら!」「誰かおらんのか」など、感情を表現するのがとても上手い。そもそも、冒頭で主人が自家用車で帰ってくる描写を「ぶっぶー、ぶーー」と表現していて。音としてはバカバカしいんですけど、すごく効果的なんですよね。

*トリ:寄席の締めくくりとして最後を飾る噺。30分以上の長めのものが多い。

「お帰りなさいませ」「お帰りなさいませ」の言葉で、使用人が何人もいる情景が想像できました。

夏の暑い盛りに帰ってきて、使用人たちが慌てて並んで出迎えている姿が立ち上がってくる。本当にすごいと思います。

楽器のように体が鳴る、五代目三遊亭円楽「たがや」

円楽さんがおすすめする次の名人落語は?

私の師匠である五代目三遊亭円楽(1933〜2009)の「たがや」です。僕はもともと大学に入るまで落語を聴いたことがなかったので、落語家になろうと思っても誰に弟子入りするか本当に迷っていて。

片っ端から寄席に行ったり、親が持っているカセットテープやビデオテープを観たり聴いたりしまくったんです。みなさんとても上手いのですが、うちの師匠だけは「ちょっと真似できないな」と思ったんです。お客さんを巻き込むエネルギーがものすごいんです。講談師の神田伯山も「五代目円楽師匠のウケ方は爆発的だ」と言っていました。

師匠の特徴が一番出ているのが「たがや」だと思います。桶のたがを直す職人が主人公で、夏に花火見物に行った際、通りかかった侍とトラブルになり、切りかかってきた侍の首をはねてしまう物語です。

この噺は登場人物の会話よりも、状況を説明する地の文が多いのですが、師匠はこれがめちゃくちゃ上手い。もともと子供の頃から講談をよく聴いていた人なので、蓄積されているものがあったんでしょうね。

後半の侍と職人が相まみえる場面は、とても臨場感がありました。

師匠は声もいい人なのですが、これはもう親御さんからのギフト。あの大きな体が楽器のように鳴っていて、迫力もある。するとお客さんたちも物語に巻き込まれちゃうんです。

先代である六代目円楽(1950〜2022)さんの「たがや」は、五代目よりもさらに地の文などが長くなっています。

六代目は知的な方ですし作家でもありましたから、「たがや」だけでなく「紀州」や「お血脈」でも、間に挟むエピソードがふんだんにあるんです。六代目は五代目と違ってシュッとした方でしたから、師匠と同じことをしてもウケるわけではない。どうすれば自分らしさを表現できるか、ものすごく考えたんだと思います。

ただ怖いだけでない怪談噺。六代目三遊亭圓生「お札はがし」

最後にもう一作挙げていただくと?

最初に紹介した桂文楽や、落語の神様として名高い五代目古今亭志ん生(1890〜1973)などは、音で聴く入門編の落語として実はあまりおすすめしません。僕が落語を始めたばかりの頃は、何を言っているかわからなかったし、あまり楽しめなかったので。もちろん今ではそのすごさを理解していますけどね。

そこへいくと、映像も音源もたくさん残っている名人の中で一番おもしろいと感じ、なおかつ感動したのが六代目三遊亭圓生(1900〜1979)でした。

五代目三遊亭円楽さんの師匠ですね。

私からすると大師匠にあたります。滑稽噺も人情噺もなんでも得意な方です。なかでもおすすめなのが、怪談噺の「お札はがし」。三遊亭圓朝(1839〜1900)が創作した「牡丹灯籠」の重要な場面で、好きな男に取り憑く幽霊が、屋敷の奉公人夫婦に天窓に貼られたお札をはがすよう頼むシーンです。

この噺はうちの親の師匠だった八代目林家彦六(1895〜1982)も得意だったのですが、彼は一本気というか、とてもいい方だったので、圓生師匠とはまた味わいが違うんです。

圓生師匠はものすごく厳しい方で、割と嫌味ったらしいところもあったらしくて。女性もお好きだったそう。お顔立ち含めて悪ができる人だったから、その辺も芸にうまく昇華されている方だと思います。

怪談噺でも、ただ怖いだけだと印象が薄くなっちゃうので、笑わせるところは笑わせる、崩し方のメリハリがベストなんです。

同じく怪談噺「乳房榎」の圓生師匠もかっこよくてね。磯貝浪江という浪人が、師匠である絵師の妻に近づき、関係を持たないと子供を殺すと脅迫して関係を持つ噺です。浪江は最終的に絵師を殺そうとするめちゃくちゃ悪い男なのですが、圓生師匠が演じると悪人なのに色っぽい。だからみんなが魅力を感じてしまうんです。

師匠の完コピから、自分らしさのチューニングへ

登場人物を演じ分ける際、声色はどこまで意識的に設計していますか?

声を変えると言うよりも、やっぱり(胸を指して)ここが大事だと思います。もちろん声色を変える名人もいるんです。三代目三遊亭金馬(1894〜1964)はおとっつあんからおっかさん、子供まではっきりと声のスイッチを切り替えることができた人。

ところが批評家からはあまり評価されませんでした。落語は想像させる芸だからかもしれません。不思議な商売ですよね。おもしろいと思うのは、噺家がしっかりと想像できている世界は、お客さんにも見えるということ。

「こんちは! 隠居いますか」

「おお、はっつあんじゃないか」

この会話でも、隠居の部屋がどのくらいの広さか、どのくらいの距離にいるのかをこちらがしっかり想像できていないと、物語の世界を見てもらうことはできません。最初の頃はそこが上手く表現できず、師匠に「お前、目が死んでるぞ。見えてねえじゃねえか」とよく怒られました。

ここまで紹介いただいた噺を円楽さんが演じた場合、また違う世界観になるんでしょうね。

20代の頃に「かんしゃく」を習ったのですが、僕がやると怒りが生臭くなってしまうというか、マジに聞こえてしまうんです。

稽古をつけていただくときは、一語一句間違えないように師匠の噺を覚えます。五代目円楽も、その師匠の圓生にそっくりだったし、七代目立川談志(1936〜2011)も、師匠である人間国宝の柳家小さん(1915〜2002)にそっくりだったそうです。

最初は真似から始まるんだけど、そこから脱却するために自分のオリジナリティを出さなければいけない。落語家はまず、そこを研究しなければいけません。

円楽さんはどうやって研究されたんですか?

自分の高座を録音しておいて、聴き返すこと。最初は師匠に稽古をつけてもらいますが、僕らの世界では「こんな言い回しじゃない」くらいしか演出されません。さらに真打になると、誰からも指摘されなくなってしまう。録音を聴いて「ここはもっと大袈裟にやってもいいな」など、自分らしくチューニングしています。

高座の後に打ち上げに参加し、帰宅してからその日の録音を聴いたりすると、小っ恥ずかしくて酔いが覚めてきますよ。この前なんか前座の頃のテープが出てきて、恥ずかしすぎて死にたくなりました(笑)。もう、流石に途中で切っちゃいましたけど。

どう聴こえるか、どう伝わるかということを捉える、客観的な視点が重要なんですね。

今から23〜24年前の前座時代、小朝師匠に初めて落語を聴いてもらったとき、「あなたの口調や口跡はいい。ただ声が電子ピアノのような響きなので、これを木製のピアノに変えたいんですよ」と言われました。

じゃあどうすればいいのかというと、「昔の人のテープを聴きまくるんです」とおっしゃるんです。「聴いて聴いて聴きまくる。そうするとだんだんと木の音色になっていきますから、やってみてください」と言われました。

それからは自分に合いそうな落語だけでなく、ジャンル問わず片っ端から覚えまくりました。圓生師匠がかつて「近頃の若い噺家は、長い話をそのまま覚えない。最初は重い荷物をそのまま背負わないと、噺の足腰が鍛えられなくなる」と言ったそう。

いい話ですね。

はなから「これ邪魔だから削ろう」「どかそう」としても、実はその部分が大事な枝だったりするわけです。自分のやりやすいように削らずに、まずはそのまま覚えてお客さんの前で披露して、「あんまウケねえな」「これ、なんかやりにくいな」ということを味わっておかなければいけないということだと思います。

そのためには、経験が必要なんですね。

どんなに経験を積んでも、僕が文楽師匠や圓生師匠のような声になれるわけではありません。でも若い頃にサイズがブカブカだった噺が、10年20年経ったらいつの間にかピッタリ合うみたいなことが起きるんです。

木製のピアノになれたかはわかりませんが、最後は人間なんで。人間としてのおもしろさをどうやって出すかなんですよね。こればっかりは昔の師匠たちのようにわざとお酒を無茶苦茶に飲んだり、わざと女遊びをしたりするわけにはいきません。いろんなものを観て、聴いて、いろんな人と知り合って、人間の幅を広げていくことが、落語にも生かされると思います。

落語は噺家によっても個性が違いますし、噺家の年齢によっても聴こえ方が違ってくる。縦軸と横軸、両方で楽しめるものなんですね。

僕は今48歳ですが、この前、桂文珍師匠と話していて夢があるなと思ったんです。「半世紀以上落語をやってきて、飽きませんか?」と聞いたら、「飽きるどころか、この歳になって見えてくるおもしろさがある」とおっしゃっていて。喜寿を超えても新しい発見があるなんて、素敵ですよね。師匠方は本当に落語好きが多いんです。それも才能のひとつだと思います。

うちの大師匠の圓生なんかは、ものすごいネタを持っていたけど全然売れなかった人。諦めずに続けてきて、70代から映像に出演し始めました。79歳で亡くなるまでの9年間に収録した映像がものすごい量残っているんです。どれを聴いても面白いし、感動するし、すごい人だなと。僕も夢中になりました。

仕事で落語漬けの日々を送っていると思いますが、プライベートで落語を聴くことはあるのでしょうか?

あります、あります! しょっちゅう聴いてます。実家には膨大な量のカセットテープとCDがありますし、寝るときに流したりすることも。五代目古今亭志ん生なんかは、眠くなるような声なので寝るときに最適。

その息子の古今亭志ん朝(1938〜2001)は、ネタの数と世に出ている音源の数では一番多いと思います。ものすごく美しい楽曲を聴いているような間と声なんです。とにかく明るくて楽しくてわかりやすいし、落語家はみんな志ん朝師匠の真似をしたっていうくらい大スターでした。音で楽しむ落語の入門としておすすめです。

音楽とコラボレーションして、自分らしさを確立したい

ちなみに子供の頃にはピアノを習っていたそうですが、円楽さんのこれまでの音楽遍歴を教えてください。 

姉が二人いたので、子供の頃は南野陽子さんや中森明菜さん、光GENJI、レベッカ、プリンセスプリンセスなどをよく聴いてましたね。学生時代は音楽好きの友達からミックステープをもらって、その子のおすすめのレコードを買ったりもしました。洋楽だとテクノの神様のクラフトワーク(Kraftwerk)とか。度肝を抜かれましたね。

坂本龍一さんも好きでした。ソロになってから初めて知ったのですが、遡ってYMO時代の曲を聴きまくったり。アルバムの『TECHNODON』も好きでしたね。

2025年に七代目三遊亭円楽を襲名し、ますます活躍の場が広がっていますが、音楽に絡めた落語会の構想もあるとか?

子供の頃に好きだったミュージシャンの方たちを落語会に呼んで、コラボしたいという思いはあります。僕が軽く落語をやり、場面転換してミュージシャンの方にパフォーマンスをしていただく。休憩を挟んで対談をし、僕がトリで落語をするという二部構成でできたらいいですね。

映画も好きなので、映画の上映をした後に、その作品にちなんで作った新作落語を披露する会もやりたい。実は昔やっていたので、再開したいです。

あと最近、友人の小説家の中村文則さんに落語を書いてもらったんです。それをどこかでやりたいと思っていて。

中村さんとはどのようにお知り合いに?

僕もうちのかみさんも中村さんの作品が好きで。面識もないのに手紙を書いたんです。僕、何かあると好きな人に手紙を書いたりするんです。「突然のことで申し訳ありません。三遊亭円楽と申します」って。すると心ある人は返事をくださることがあって。

中村さんからも最新の著作を送っていただき、そこから落語会にきていただいたり、お酒を飲んだりするようになりました。図々しくも「落語を書いてくださいよ」って言ったら書いてくれたんです。でも虫がブーンと飛んでいる場面があったり、表現が難しくて(笑)。新宿の紀伊國屋ホールとか、本にまつわる場所で落語会ができたら意味があるなと思ったりもしています。

異なるジャンルとコラボレーションをしたいと思われる理由は?

自分の色を打ち出していきたいからです。七代目円楽として何が得意で何が好きなのか、お客様に伝わるようなキャッチーなことをしてみたい。そのためには、もっと力をつけなければいけませんけどね。僕が大学生の頃に落語に夢中になったように、まだ落語に触れたことがない方にも、ファンになっていただけたら嬉しいです。

七代目三遊亭円楽

1977年11月7日生まれ、東京都出身。父は三遊亭好楽。2001年に師匠は五代目三遊亭円楽に入門。一門弟子史上最多の10演目を直接稽古され、2004年5月に二ツ目昇進、2009年10月に真打昇進。2025年2月に七代目三遊亭円楽を襲名した。伸びやかな感性と現代性が特徴で、持ちネタは約200演目。

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Words & Edit:Kozue Matsuyama
Photo: Nae.Jay

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