音楽があらゆる痛みを軽減する可能性については何度か記事にしてきたが、ふと気になった。 「研究とデータで導きだされた脳に働きかける音楽」ではなく、それが「自分が好きな音楽」の場合、どうなのだろうか。

NYを拠点に、世界各地のシーンを独自取材して発信するカルチャージャーナリズムのメディア『HEAPS Magazine(ヒープスマガジン)』が、Always Listening読者の皆さまへ音楽にまつわるユニークな情報をお届けします。

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“好きな音楽”がもつ力の最新研究

自分の好きな音楽が、自身の癒しや糧になるということは、現代を生きる私たち人間が身体的に備えて知っていることの一つだと思う。 喜怒哀楽といった感情の軽減や増幅、あるいは発散のために音楽を聴くことは日常の自然な行為だ。 気分やムードでつくられたプレイリストだってたくさんある(ちなみにだが、筆者は最近「ものがなしい」というリストをつくった)。

感情において、とりわけ「悲しみ」に作用する音楽についての研究は多い。 代表的なものはグリーフ・ケア(悲嘆のケア)と音楽療法で、米国で1977年に発表された論文が現在の米国の音楽療法領域のグリーフ・ケアの原点*とされている。

この1977年より前に遡って、「グリーフ・ケア」に「音楽はどのように使われていたか」を探ると、3つの体験を引用した論文があった。 いずれも「その人の好きな音楽」でアプローチしていた。 メランコリーやヒステリーを抱える人に、「幼い頃から好きなバイオリンを演奏して聴かせる」「好きなフルートを演奏させる」といったもので、心が落ち着き、喜びを感じ、鑑賞中だけでなくその後も効果が持続したことが書かれている。

*グリーフ・ケアという言葉が成立する以前から、悲嘆や喪失に対する音楽の影響力についての論文・文献はあり、1800年頃から悲しみと音楽の関係性は認識されていたことがうかがえる。 日本では、明治時代から音楽療法が取り入れられてきたとする文献もある。

たち変わって現代、最新の「好きな音楽」の研究(2023年10月)でも興味深い研究が発表された。 それは「もっとも好きな音楽を聴くと、痛みを軽減する」というもので、これが精神ではなく「身体」の痛みへのアプローチであること。

Frontiers of Pain Research』誌に掲載された論文によると、特に好きな音楽を聴くことで強い痛みや不快感を大きく削減する可能性があることがわかった。 これは、痛みの刺激が、意識的な痛みとして認識されるまでの間に混乱が生じることで痛覚鈍麻(どんま)が起こるためだとしている。

おもしろいのは、同研究では、聞き慣れない「リラックス音楽」では、同じ程度の効果は得られなかったこと。 リラックス系の施設で流れているヒーリングミュージック等でも、その人が聞き慣れている、あるいは好んでいない場合には機能しない…と(特に好きな音楽がヒーリング系だったら効果はどうなるのかも気になるところ)。

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9分と13分が分岐点

音楽を聴いて、心持ちが変わるうえに、痛みや不快感まで削減される可能性があるとは。 まだまだ対象者の少ない別のパイロット研究では「好きな音楽」と「薬の効果」についての関係性を明らかにしているものもあった。 好きな楽曲がいくつかあることが、ここまで具体的に自身の糧になるとは…。

さて、音楽で感情や心持ちが変わることを日々実感する私たちだが、音楽を聴いて「幸せな気分になるまでにかかる時間」と「悲しみを発散するまでにかかる時間」も明らかにされていた。 British Academy of Sound Therapyの7,581人を対象とした検証に基づく最新研究結果によると、幸せな気分になるには「9分間」、悲しみを癒すのに「13分」だ。 ん、悲しみの方が長い。

ちょっとテンションがさがったら、お気に入りの曲を2回聴いてみるのがいいかもしれない。 悲しみはちょっと時間がかかるのでプレイリストをつくってみるとよさそうだ。 テンポや調子、歌詞などへの意識も関わってくるというから、ながら聴きではなく、ちゃんと聴いてみるのがオススメ。

Words:HEAPS