カバー曲とは、過去にリリースされたオリジナルの楽曲を、同じ歌詞、同じ曲の構成のまま別のアーティストが演奏、歌唱、編曲をして録音された楽曲のこと。歌い手や演奏が変わることでオリジナルとは違った解釈が生まれ、聴き手にその曲の新たな一面を届けてくれます。ここではジャンルや年代を超えて日々さまざまな音楽と向き合うオーディオ評論家の小原由夫さんに、曲の背景やミュージシャン間のリスペクトの様子など、カバー曲の魅力を解説していただきます。

中森明菜と竹内まりや、対照的な「駅」

今回は昭和を代表するアイドル歌手とそのカバー曲を採り上げる。中森明菜の1986年の曲「駅」だ。作詞・作曲は竹内まりや。中森サイドからの製作依頼を受け、テーブルの上に中森の写真を並べてイメージを膨らませたと述懐している。大人の切ない恋物語が浮かんできたことから、それを発展させてマイナーコードの曲が完成した。駅でかつての恋人の姿を偶然見掛け、隣の車両に乗って見ていたという切ない思い出に浸る女性の心理が描かれている。

中森の楽曲は、同年発表のアルバム『CRIMSON』に収録されているが、彼女の代表曲のひとつとされながらも、意外にもシングルカットはされていない。

一方の竹内まりやは、87年8月リリースのアルバム『REQUEST』にセルフカバーとして 収録され、同年11月にシングルカットされた。編曲とプロデュースは、パートナーである山下達郎で、収録することに当初難色を示していた竹内を説得して実現に漕ぎ着けたという。

というのもこの件の発端は、『CRIMSON』 に収録された中森版の曲の解釈や扱いに対して山下が憤りを覚えたからだとされる。94年リリースの竹内のベストアルバム『Impressions』のライナーノートにはその経緯が山下のペンで記されており、改めて「駅」の再解釈を示したかったという山下側の意向を反映した形での『REQUEST』の収録ということのようだ。

前述したように、この曲に対する双方のアプローチはまったく異なり、かなり対照的だ。

中森の演奏は敢えてヴォーカルをオフマイク気味に捉え、伴奏に埋没させたような処理が成されており、声(主役)と伴奏(脇役)の境界を意図的に曖昧にしている印象。しかもアンニュイなムードを湛えるべく、リヴァーブが強めに付されている。これが製作の狙いにある「大人の女性の悲恋」の演出なのだろうか。

一方の竹内は、キックドラムのリズムに乗る1バース、キーボードやベースが入る2バースというアレンジの流れで、声の音像はセンターにくっきりと浮かび上がる。ストリングスのハーモニーが切ない心情を現しているかのようだ。カッティングギターのリズムは山下の演奏で、アレンジは全般的に実に明快でメロディアス。声の処理にはしっとりとした色気が乗り、こちらも大人の色艶を十二分に感じさせる印象である。

どちらがいい悪いではなく、これは最早好みの領域だろう。いずれも成熟した大人の女性を捉えたものだが、そこに視点の異なる解釈がそれぞれ刷り込まれているわけである。

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Words:Yoshio Obara

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