水の都ヴェネツィアから、世界へ静かな波紋を広げ続ける音楽家、ジジ・マシン(Gigi Masin)。もし彼の名前を知らなくとも、その美しいサウンドに触れたことのある人は少なくないだろう。彼の楽曲は多彩なアーティストたちにサンプリングされ、時代やジャンルを超え響き渡ってきたからだ。
かつて劇場やラジオ局で裏方として音響制作に携わっていた彼は、一台のシンセサイザーとの出会いをきっかけに独自の音楽表現を確立し、1986年にデビューアルバム『Wind』を発表。その後、表立った活動が見られない時期もあったが、1990年代末から2000年代初頭にかけて状況は一変する。トゥ・ロココ・ロット(TO ROCOCO ROT)やビョーク(Björk)、Nujabesといった名だたるアーティストたちが彼の楽曲「Clouds」(1989年)をこぞってサンプリングしたのだ。これにより、その詩情豊かな響きは新たな命を吹き込まれ、幅広い層に広く知れ渡ることになった。
さらに2014年にオランダの気鋭レーベル〈Music From Memory〉からベスト盤『Talk To The Sea』がリリースされると、アンビエント・リバイバルの流れとも相まって、新たな世代のリスナーたちに “再発見” されるに至ったのである。
その後も世代や国境を超えたグループ、ガウシアン・カーヴ(Gaussian Curve)をはじめとする多様なコラボを精力的に活動を続けてきた彼が、2020年作『Calypso』から約6年の歳月を経て、待望のソロアルバム『Movement』を完成させた。本作は、私たちが抱く「静かで美しい」というイメージを鮮やかに更新する意欲作で、内に秘められていたフィジカルな躍動感が解放された仕上がりとなっている。タイトルを体現するように “動き” に満ちたサウンドが展開され、心地よい鼓動と新鮮な空気が聴く者を包み込む。
本記事では、そんな彼の尽きることのない創造性の源泉に迫る。音楽家としての出発点やヴェネツィアという風土からの影響、そして「アンビエント」というジャンルに対する想い、新作での新たなアプローチについて、インタビューで探った。
音楽家としての出発点と、1台のシンセサイザーとの出会いが生んだデビュー盤『Wind』
まずはあなたのキャリアの始まりについてお伺いします。1986年に1stアルバム『Wind』がリリースされますが、この作品が生まれるまでの道程や背景について教えていただけますか?
70年代の終わりから80年代の初めにかけて、私は劇場作品や国営ラジオ局のドラマのための音響・効果音の制作に携わっていました。その仕事を辞めた時に、「いま自分ができることとは何だろう?」と考えたんです。そんな折、KORGのPoly-800というシンセサイザーと出会ったのですが、それが大きな転機となりました。とてもシンプルなんですが、私には新しい体験で「素敵な言語」のように感じられて、「これで音楽を作ってみよう」と思ったんです。それが私の出発点ですね。
厳密に言えば、もっと若い頃にギターを弾いていて、初めて曲を作ったのは確か12歳の頃だったと思います。愛についての情熱的なスタイルの歌でしたが、それ以上のものはありませんでした(笑)。それが正確な意味での始まりだったかもしれませんが、年を重ね、経験を積むごとに、異なる音楽言語を発展させていったんです。
今でも聴き継がれる1stアルバム『Wind』の誕生には、1台のシンセサイザーが大きな役割を果たしていたのですね。
そうですね。ずっと自分のレコードを作りたいという気持ちがあって、「これで新しいことを始めてみよう」と思い、まずはそのシンセサイザーでいくつかの楽曲のベースを作りました。そして、それをもとに、ジャズのインタープレイのようにサックスやトランペットを吹く友人に即興演奏をしてもらいながら、音楽を紡ぎ上げていくというアイデアが生まれたんです。
その頃に意識していたのは、 “アンビエント” ではなく、 “ジャズ” だったというわけですね。当時はどんな音楽を聴いていたのでしょうか?
国営ラジオ局で働いていた頃は、クラシックやジャズ、エレクトロニックミュージックなんかを聴いていましたね。実を言うと、自分の作品について書かれたレビューを読むまで、私は “アンビエント” という言葉を知らなかったんです。そのレビューに「これはアンビエントのレコードだ」と書かれていて、私はジャズのアルバムだと思い作っていたのですが、「まあいいか」と(笑)。
当時、同ジャンルの代表的存在であるブライアン・イーノ(Brian Eno)のアンビエント作品にはまだ出会っていなかったのでしょうか?
その頃の私にとって、ブライアン・イーノは「ロキシー・ミュージック(Roxy Music)のキーボード奏者」という認識のままでしたね。自分が「アンビエントのアルバムを作っている」と言われた時に、「それは何だ?」と思い調べて、アンビエントミュージックを ”発見” したんです。ブライアン・イーノのアンビエント作品は素晴らしく魅力的でしたね。私はアンビエントミュージックのコンセプトに同意するわけではありませんが、彼の作品は大好きです。ハロルド・バッド(Harold Budd)など他の多くのアーティストたちも素晴らしい音楽を作っていますね。
アンビエント・リバイバルと世界的アーティストからのサンプリングへの想い
2014年に〈Music From Memory〉からベスト盤『Talk To The Sea』がリリースされて以降、 “アンビエント・リバイバル” の流れの中で、新しい世代のリスナーがあなたの音楽を “再発見” することとなりました。ご自身では、自分の音楽が「アンビエント」というジャンルで括られることについて、今はどのような距離感や思いを持っていますか?
何かを作り、それが他の人にとって違う意味を持っているのを発見することは、新しい学びの機会になります。先ほどもお話しした通り、アンビエントの概念を好んではいませんが、素晴らしいミュージシャンがたくさんいるので、自分が “アンビエントのアーティスト” として見られることは光栄です。
本当に様々な種類のミュージシャンがいますし、若いミュージシャンもたくさんいます。どんな音楽も、新しく違うものへと発展していかなければならないと私は考えていますが、アンビエントミュージックも過去よりもさらに高いところへ行くことだってあるかもしれません。いずれにせよ、私は未来に目を向けたいですね。
再発見という文脈で言うと、ビョークやNujabesのような、異なるジャンルの他のアーティストたちが、あなたの曲「Clouds」をサンプリングしましたよね。そのことについてはどのように感じていましたか?
驚きはしましたが、心の準備はできていました。というのも、夢は叶うものだと考えているからです。誰かが言っていたように、サンプリングとは「音楽に敬意を払う優れた方法」だと思っていますし、とても素晴らしい出来事でした。トゥ・ロココ・ロット(To Rococo Rot)が私をサンプリングし、それからビョーク、Nujabesへとつながり、私の名前が広く知られるようになって、人生の新しい道が開けました。それで、「よし、そろそろコンサートを開く時期かもしれない」と思ったんです(笑)。
水と海という言語、ヴェネツィアという都市・風土からの影響
続いて、あなたの音楽のインスピレーション源について伺います。例えば「Waterland」や「Talk To The Sea」「First Time Ruth Saw The Sea」、『Calypso』など直接的にタイトルに掲げられてる曲をはじめ、あなたの音楽には常に「水」や「地中海の気配」、そして特有のバレアリックなフィーリングに満ちていると感じます。ヴェネツィアという環境が、あなたのサウンドスケープに大きな影響を与えていると思いますか?
間違い無いですね。私が地中海地域にいて、常に水とともにあることは否定できません。その事実はヴェネツィアを愛さずにはいられない理由であり、私たちにとって水や海は「ひとつの言語」とも言えるでしょう。詩を書く時でも音楽を作る時でも使われる言葉であって、自分の中にあるルーツのようなものです。
他の都市へ引っ越そうと考えたことはないのですか?
時々はありましたが、いかんせんヴェネツィアとの結びつきが強すぎるのです。世界中を旅してきて思うことは、例えば水があるヘルシンキやアムステルダムも素敵ですが、やはりヴェネツィアは特別なんです。でも、東京は魅力的な都市だと思いますね。ヴェネツィアを思い出させる少しの哀愁のようなものを感じますし、空と水の美しさもありますから。
あなたはソロ作品以外にも、ガウシアン・カーヴ(Gaussian Curve)での活動や、グレッグ・フォート(Greg Foat)とのコラボレーションなどを行っています。こうした他者との関わりはあなたの音楽にどのような影響を与えていますか?
他者とコラボレーションすることは、私が最も愛することの一つです。エゴの強い人たちが集まっている、まるで “ジャングル” のような音楽の世界において決して簡単なことではありませんが、様々な国の異なる人たちと一緒にいることは、音楽、引いては人生を豊かにするための鍵だと言えるでしょう。
“動き”に満ちた新たなステージ、『Movement』の制作背景
ソロアルバムとしては2020年の『Calypso』以来となりますが、『Movement』はどのように生まれたのでしょうか?
制作を開始した時に念頭にあったのは、 「過去とは違うことをしたい」という想いですね。ミュージシャンとして、人間として、常に学び変化していく必要があるからです。ただ、内容や方向性について事前に決め込むのではなく、ただ演奏し、音楽そのものに語ってもらうことにしました。
(キャプション)2020年の『Calypso』以来となるソロアルバム『Movement』は、ニューヨーク・ブルックリンのエッジィなインディーレーベル〈Sacred Bones Records〉からのリリースとなる。
制作にはどのくらいの期間がかかりましたか?
約2ヶ月ですね。アイデアが浮かんだらすぐに録音するので、春の空気のようにフレッシュな音楽です。私は制作にそこまで時間が必要なくて、時には1曲の制作に10分前後しかかからないこともあります。私の中から外へと自然に出てくるものなんです。
「動き」というタイトルにはどのような想いが込められているのでしょうか?
言わば “流れ” のような感覚です。川の水が海へと流れ込むように、物事というのは自然にどこかへ向かっていくものですよね。人もまた何かへ向かって生きているわけですが、その “流れ” の中で「何かを少し付け加えたくなる時」があって、そこで生まれたのがこの音楽なんです。日曜の朝のような時間に聴きたくなる音楽、踊るための音楽というより、身体や気持ちを動かしてくれるような音楽です。そしてそれは、自分にとって新しい “別の言語” を試してみる感覚にも近いですね。
ダンスミュージックという意識で制作されたわけではないとのことですが、あなたの音楽特有の美しい響きもある一方で、特にタイトル曲や「Golden」、「Deception Dance」など中盤~後半にかけて、肉体的な躍動やリズミカルなグルーヴといった要素を聴くことができますね。
そうですね。私がロマンチストであることに変わりはないし、今でもメロウな音楽を作っていますが、時には違うことに挑戦してみる必要もあるんです。要するに、もっとダイナミックなアプローチへの挑戦ですね。「こんな音楽を自分もやってみたっていいじゃないか」と。
過去にもダイナミックなトラックは作ってきましたが、それまではゲームやサイドプロジェクトのようなものでした。でもある朝目覚めて、「いや、これも私の一部だ」と思ったんです。正直になって、「私はこういう人間でもあるんだ」と伝えなければならない、とね。人は多くの言語や色彩を持つことができるわけですから。
イタリアには、例えばコズミックディスコやイタロハウスなどの独自のダンスミュージックの伝統がありますが、そういったジャンルからの影響はご自身の中にありますか?
確かにイタリアにはダンスミュージックの強い伝統がありラジオでもよく流れていたので、そういったサウンドを避けて通ることは不可能でした。しかし、私にとっての “ダンスミュージック” のルーツはそういったものではなく、〈Motown〉レーベルの作品やR&Bのアーティストたちの音楽ですね。よりエレクトロニックなものに関しては、例えばイギリスのアンダーワールド(Underworld)やジ・オーブ(The Orb)のようなサウンドの方が好みに近かったですね。
この新しいアルバムはどのようなシチュエーションで聴いてもらいたいですか?
日曜日の朝のような、ゆっくりとした時間でしょうか。仕事から解放されて、自分の感情に向き合ったり、愛するものについて考える時間を持てる時に。そして、椅子に座ってじっと聴くのではなく、歩いている時や動きながらとか、ダイナミックで新鮮な気分で聴いてみてほしいですね。
今作はニューヨーク・ブルックリンのインディーレーベルである〈Sacred Bones Records〉からのリリースという点も印象的です。
彼らは、この先も、将来も私ともっと仕事をしたいと考えてくれているようです。もう決して若くない私にとって、これからもっとプロジェクトができるというのは最高のことです。ヴェネツィアからニューヨークへ旅行に行くような気分ですね(笑)。
これからの展開も楽しみです。新作から少し離れて俯瞰的な質問をさせていただきます。分断や対立が進む社会の中で、あなたの音楽に安らぎや癒しのような感覚を求める人はより増えていくのではないかと思っています。あなたは音楽家としてのご自身の役割について、どのような考えをお持ちですか?
私は自分の愛するやり方で音楽を作りたいと思っています。私は自分が作る音楽によって特定の感情を呼び起こそうとはしていませんが、結果的に、人の感情を動かすかもしれないことはわかっています。しかし、オーディエンスのことばかり考えて音楽を作ることはしたくありません。自分に正直になり、自分から湧き出るものを表現しなければなりません。1つ言えることがあるとすれば、このような時代においては、愛や友人との食事、旅といったシンプルなことが重要です。未来を見据え、次の時代に橋を架けるためにね。
最後に、新作や6月の来日公演を楽しみにしている、ファン、リスナーたちへメッセージをお願いします。
私からは「ありがとう」という言葉を伝えたいです。私が音楽を続けられるのは、人々が支持し、聴いてくれるからです。私にとっては夢が叶ったようなものです。世界中を旅し、素晴らしい人々と出会い、自分の音楽について語るなんて想像もしていませんでしたから。毎朝目覚めるたびに、プレゼントを待っているクリスマスの前の日の朝のような気分です。
Gigi Masin
1955年ヴェネツィア生まれの音楽家/作曲家。1986年に自主制作で発表したソロアルバム『Wind』、Charles Haywardとの共作『Les Nouvelles Musiques de Chambre Vol.2』(1989年)、『The Wind Collector』(1991年)などを通じて独自のサウンドを展開。とりわけ「Clouds」は、Björk、Nujabes、To Rococo Rotらによってサンプリングされ、再評価の契機となった。2014年にはオランダの〈Music From Memory〉から編集盤『Talk to the Sea』がリリースされ、国際的な評価が拡大。以降はJonny Nash、Young MarcoとのユニットGaussian Curveをはじめ、多数のコラボレーションや新作のリリースを行っている。2026年5月に新作アルバム『Movement』を発表。
Words & Edit:Takahiro Fujikawa
Photos:Koji Shimamura