ゴールドマン・サックスでキャリアを築いた後、現在は少数精鋭の投資会社で不動産投資の責任者を務める田中渓氏。ビジネスの最前線で数多くの投資判断を下してきた一方、音楽や文化領域にも深い関心を持ち続けてきた人物である。
田中氏のこれまでの歩みについては、以下で詳しく紹介している。
では、才能ある若いミュージシャンが経済的な恩恵を受けるにはどうすればいいのか。金融業界と文化的領域という、一見対極にある分野に知見を持つ田中氏に、音楽でお金を稼ぐための実践的なヒントを聞いた。
世の中はビジネスでまわっている
音楽業界には、実力や才能があっても食べていけないアーティストがいます。夢と希望を持った若いアーティストが早い段階で学ぶべき、お金を稼ぐための基礎知識を教えてください。
すごく基本的なところからいうと、まず音楽業界の仕組みを理解することが大切です。たとえばスタートアップの場合、最初は100株持っていたとしても、目先のお金を調達するために株を放出してしまい、後で後悔することが多いんです。100億円になったときに95%は資本家たちに取られていて、自分の株は5%しかないことがよくある。
アーティストもそういうところがあると思っていて。売れなかったときにめちゃくちゃ厳しい条件でレーベルと契約してしまい、売れても歩合が良くないとか。そういう仕組みを理解しないままなのはやっぱり危ないと思います。いくら音楽的な才能や素晴らしい技術を持っていても、世の中はビジネスでまわっていますから。
それからお金の使い方。分解すると投資、投機、消費、浪費、貯金の5つに分かれます。まず、投機と浪費はやめましょう。投機というのは、たとえば「なんとなく儲かりそうだから」といったノリだけで、仮想通貨やFXに大きな金額を賭けてしまうようなお金の使い方です。楽器を買うとか、ギターのピックを買うなどの消費は仕方がないのですが、いつか大きなお金を使わなきゃいけないときも来るわけで。日々の細々としたものを浪費したり、ノリで投機するのではなく、計画的に使うことが大事です。
投資と貯金のバランスも気をつけなければいけないこと。今は貯金だけしていてもお金は増えません。なんなら相対的に見ると目減りしている。そのことをちゃんと理解して、投資も学びましょう。YouTubeを10本見ればある程度の知識は得られます。お金に対する視力を上げるべきです。
今日からの発信が資産へ変わる時代。アーティストが知るべき “稼ぎ方” の本質
では、お金の増やし方については?
アーティスト活動をしている人は音楽が本業にあるので、居酒屋でバイトをするなど、労働集約型のお金の稼ぎ方をしちゃうと思うんです。でもお金を稼ぐ手段は他にもあります。それは、自分の人生を売っていくこと。日記をnoteに書くでもいいし、毎日YouTubeで発信するでも、Voicyで発信するでもいい。
そうして積み上げていったものが、必ずいつか資産になります。このことを知らない人が結構多いと思うんです。上手くなってから人に見せようとか、ある程度モノになってから何かしようという発想は、「痩せたら〜しよう」みたいなことと同じ。一生来ないんです(笑)。
そうではなく、今日から発信してください。コンテンツとして100億円になるかはわかりませんが、将来的に数千万円で売るのは難しくないと思います。
田中さんは高校時代、経済的合理性を一つの判断基準としてプロのトロンボーン奏者になる夢を諦められましたが、あの頃に戻れるなら、違う選択をしますか?
今の知識と経験を持ってタイムスリップしたら、音楽家として生きていく方法は色々あったと思いますね。もちろん、音大に行けるくらいの実力があったらの話ですけど。今の時代は世界一スキルがある人だけが注目されるわけではなくて。一生懸命頑張っている人の成長していくプロセスが売れる時代。それをプロセスエコノミーと呼びます。
たとえ100万人に応援してもらえなくても、100人の人が強く推してくれるファンエコノミーもある。ニッチでマニアックな世界でも、必ず見てくれる人はいるし、それを発信できるだけのプラットフォームは世の中に確立されています。
YOASOBIもそうしてデビューしていますし、古くまでたどればAKB48だってそう。プロセスエコノミーがファンエコノミーを構築し、クリエイターエコノミーに影響を与えるようになるはずです。発信することもひとつの価値の作り方だと思います。
では、アーティストやミュージシャンが学ぶべき、お金を稼ぐことの本質を教えてください。
お金を持つことは手段にすぎません。手段と目的が逆転した瞬間に不幸が訪れるんです。たとえばロックバンドの場合、最初はアーティストとして自分の思いを一生懸命曲にして世に出していたのに、売れてくると世の中に迎合し始めて、ポップス寄りの売れそうな曲を作るようになる。するとバンドメンバーと不和が起こって解散してしまったり、応援してくれていたコアなファンが「昔はこんなんじゃなかった」と離れていってしまう。
こういう話は世界中で起こっているじゃないですか。2割くらいはビジネスとしてちゃんと考えなければいけないと思いますが、8割は自分の哲学や美学に基づいて動いていかないと、人の心が離れていってしまいます。
シンガーのホセ・ジェイムズ(José James)は、「やるべきことに集中していればお金や名声といった結果は自然についてくる。でもどうやって稼ごうか考え始めると、目的を見失って結果的に両方失うことになる」と言っています。まさにこれ。
目的と目標と手段を間違えないようにしなければなりません。目的とは、自分がありたい姿。「自分の声や思いを届けたい」とか、「ワクワクしていたい」、「好奇心のおもむくままに生きていたい」、「世界のことをたくさん知りたい」でもいいと思います。
そのために「◯◯円稼ぐ」とか「フォロワーを◯万人にする」とか、数値の目標が出てくる。それを実現するために「今日何をするのか」が手段になります。目的がわからなくなると、すぐに「年収1億円稼ぐ」といった目標を立ててしまい、手段を選ばない方向に向かってしまう。
僕も人生の目的は10個くらいありますし、絶対に忘れないようにしています。目的、目標、手段の3つをちゃんと紙に書いて貼っておきましょう。これを若いミュージシャンが実行していたら、多分、その人は幸せになると思います。
AIはあくまで補助ツール。どんどん活用すればいい
AIで音楽が作れる時代になりました。人間のミュージシャンは今後、どう価値を生み出していけばいいと思いますか?
この流れはどうしたって止められません。AIは技術、人間は物語を作る人というように、棲み分けをしなきゃいけないと思います。
たとえばスポーツに僕たちがなぜ熱狂するかというと、サッカーだったら手を使ったらいけないなど、何らかの制約があるわけで。野球だったらこの枠に入れないとストライクにならないとか、制約を超えてくる人たちを見てめちゃくちゃ感動するわけです。音楽もそう。この間マライア・キャリー(Mariah Carey)のライブを見に行ったのですが、いまだにホイッスルボイスが出ることにめちゃくちゃ心を打たれました。
制約を飛び越えていくことに宿る感動があるし、そこが人間に残された最大の価値だと思います。そこが失われることはありません。テクノロジーはあくまで補助ツール。どんどん使っていけばいいと思います。
Beat Flickersというアーティストがいるんですが、1980年代のシティポップをベースに、AIでいい感じの楽曲をたくさん作っているんです。画像もMVもAIで作っている。Beat Flickersが男性なのか女性なのかわかりませんが、作っている人が「ノスタルジックな雰囲気のシティポップが作りたい」という概念を考え、その補助ツールとしてAIで拡張させている。これはひとつの解だと思っています。
シティポップに限らず、これがロックにあったっていいし、ヒップホップにあったっていい。そう考えると可能性が広がりますよね。
スマホとかスマートウォッチだって、もう切り離せない体の一部になっている。自分(人間)がちゃんと主体的に使いこなしている分には、ただの筋肉増強剤みたいな拡張領域だと思うんです。でも多くの人が逆に捉えていて、支配されてしまう。自我をちゃんと真ん中に持っておけば、むしろめちゃくちゃ便利です。個人的にはどんどん活用していけばいいと思っています。
田中渓
1982年 横浜出身。上智大学 理工学部物理学科卒業。学科首席として表彰を受け同大学院に進学し、外資系の世界を目指し始め急遽渡米。ビジネスセミナー「CVS Leadership Institute」に参加し個人優勝、チーム優勝を果たす。大学院中退後53回の面接を経て、ゴールドマン・サックス証券株式会社に2007年に新卒入社。同社でマネージング・ディレクターに就任し、投資部門の日本共同統括を務め、2024年に同社を退社。現在は少数精鋭の投資会社にて勤務。同社の不動産投資の責任者を務める。私生活では365日朝3時45分に起床して25km走る生活を続け、アスリートとしても精力的に活動。24時間耐久レースやトレイルランニング、アイアンマンレースなどに出場している。著書に『億までの人 億からの人 ゴールドマン・サックス勤続17年の投資家が明かす「兆人」のマインド』がある。「Beyond K-pont」(interfm)、「田中渓 LIFESTYLE BLUEPRINT」(CROSS FM)の2本のラジオ番組でパーソナリティを務めている。
Photos:Soichi Ishida
Words&Edit:Kozue Matsuyama
