音楽を聴いていて、知らない曲なのに思わず胸が締め付けられる――そんな経験はありませんか?その理由の一つは、メロディや歌詞だけでなく「コード進行」という曲の構造にあります。本記事では映画『シンドラーのリスト』のテーマ曲、ラフマニノフ作曲の「Vocalise」、そして坂本龍一の「energy flow」を取り上げながら、なぜこれらが心に響くのかを、音楽家、録音エンジニア、オーディオ評論家の生形三郎さんにコード進行の観点から解説していただきました。

悲しげなシーンで流れる楽曲の特徴とは?

普段何気なく聴いている音楽ですが、その構造や成り立ちを紐解きながら聴いてみると、また別の楽しみ方ができます。その一つがコード進行です。コード進行についてはクラシックの有名な曲。あのヒット曲との共通点は「コード進行」でも触れていますので、合わせてお楽しみください。

今回は、映画やTV、CM、YouTubeなど、悲しげなシーンで流れる曲の構造を見てみましょう。パッと聴いてすぐに悲しい雰囲気だとわかるそれらの曲には、ある共通項が潜んでいます。もちろん、全ての曲に当てはまる訳ではありませんが、悲しげなシーンで流れる楽曲にみられる一つのパターンとして以下の傾向があります。

それは、

    (1)短調、つまりキーがマイナーであること。
    (2)コードを構成する和音が段々下がっていく進行を持っていること。

の2つです。

まず、(1)のマイナーキーですが、これは、簡単に言えば、マイナーコードで始まってマイナーコードで終わるキーのことで、基本的には悲しい雰囲気の和音で構成される調のことです。これはパターンを問わず、悲しい曲であるための大前提ですね。

そして、(2)のコードの進行、つまり和音の展開のされ方が、段々と下へ下へ、と音程が下がっていくことで、気分も沈んで悲しみの淵に入り込んで行く様子が表現されます。

それでは、楽曲を通して具体的に見ていきましょう。

ピアノを弾くイメージ

映画『シンドラーのリスト』のテーマ曲の場合

例えば、スティーヴン・スピルバーグ(Steven Spielberg)監督・製作による映画『シンドラーのリスト』のテーマ曲「Theme from Schindler’s List」はとても悲しい雰囲気を持っていますよね。

この曲は、スター・ウォーズやハリー・ポッターシリーズなどを手掛ける映画音楽界のレジェンド、ジョン・ウィリアムス(John Williams)が作曲したもので、アカデミー作曲賞や英国アカデミー賞作曲賞を受賞した20世紀ヴァイオリン音楽の傑作とも言われるものです。

曲のキーは「Dマイナー(Dm)」で、伴奏があってからテーマが始まりますが、冒頭のテーマ部分のコード進行は次の通りです(細かい部分は解釈によって少し違いがあるかもしれません)。

Dm→Dm add6 →  B♭7→F→A → Dm→G7 → C7→F →
Em7→Asus4→A7 → Dm→ Dm add9→Dm → Edim7→A → B♭→A7 →
Dm→Asus4→A → Dm

音楽を聴きながら楽譜をご覧頂くとお分かり頂けると思いますが、大きな跳躍を持った感動的なメロディーの伴奏和音が、実に滑らかに下がっていきます。音符を滑らかに下降または上昇させるために挟む音を「経過音」などと呼びますが、経過的な音を含んだ和音が上手く紡がれていて大変に巧みです。

またマイナーキーには、「主音」と呼ばれる一番大事な音に終止する為に、必ず臨時記号が付きます。この曲はキーがDmであるため、主音はD、つまりレの音なのですが、その一個下の音であるC(ド)に♯(シャープ)の臨時記号が付いて、主音のDに終始する際にド♯が含まれるAというメジャーコードが使われます。

臨時記号は一時的な転調(キーが変わる)にも聴こえるため、ちょっと意外性のあるハッとした感じがします。これはマイナーキーでは通例なのですが、このハッとした感じが悲しさを倍増させ、泣ける雰囲気に欠かすことができない要素だと感じます。

ラフマニノフ作曲の「Vocalise」の場合

次は、クラシックの名曲として、悲しいシーンにもよく使われるセルゲイ・ラフマニノフ(Sergei Rachmaninoff)作曲の「Vocalise」を見てみましょう。

可憐で物悲しい雰囲気を持ったメロディが印象的な曲ですが、この作品も、マイナーキーの「C♯マイナー(C♯m)」であることは当然のこと、やはり伴奏和音がどんどん下降していくのが印象的です。冒頭のテーマ部分のコード進行は以下のようになっています(細部の解釈は細部は解釈によって異なります)。

C♯m→C♯m7 → AM7→G♯m7 → G♯m7→F♯M7 →C♯m→G♯sus4→Ddim7 →
C♯m7→F♯m7→B7 → C♯m→D→C♯m→G♯7 → C♯m

セルゲイ・ラフマニノフ(Sergei Rachmaninoff)作曲の「Vocalise」

こちらも先ほどの曲と同様に、「セブンスコード」と呼ばれる、基本の三和音の上にもうひとつ音を足した4和音コードが多用され、実に巧みに和音が効果していっていることがよく分かります。そして主和音に戻る直前のメジャーコードである「G♯」が一層悲しみを引き立てて、再び悲しみのテーマへと音楽を導きます。

坂本龍一の「energy flow」の場合

最後にもう一曲見てみましょう。坂本龍一の「energyflow」という楽曲があります。もともとテレビCMの為に作られた曲で、CMの反響があまりにも大きかったため、後から続き部分が作曲されたという逸話のある曲です。悲哀を感じる冒頭の印象的なメロディから、それへの呼応のような沈痛さを感じる展開が感動的です。

この楽曲もマイナーキーの「Aマイナー(Am)」であるとともに、左手が段々と下降していくコード進行になっています。やはりセブンスコードを上手く使うことによって流れるように左手部分が下降していくとともに、4度進行と呼ばれるパターンが使われることで、後半部分で少しメジャーな感じが加わり、悲しくも少しモダンな雰囲気を湛えています。

(A)
Am→Am/G → FM7→CM7/E → Dm7→Dm7/C → Bm7(b5)→E7 →
Am7→D7 → Gsus4 7→G7 → Csus4 7→C7 → FM7→Esus4 7→E7 →Am

この曲もやはり、臨時記号のシャープを含むE7に進んでから主和音であるAmに戻る部分がやり切れなさを助長して再び悲しいテーマの冒頭に戻ります。

また、この曲は、左手の和音が分散和音(アルペジオ)と呼ばれる、和音の構成音が一音一音に分解された形となっているのですが、それ自体は下降ではなく上昇する形になっています。したがって、上昇しようとするその形に反して、全体としてはどんどん下降していくという動きが、抗うことができない悲しみへに引き摺り込まれていくような切なさを覚えるように私は思います。

これらはあくまで1つのパターンですが、「悲しい曲」に共通する1一つの要素であると言えます。いずれも、胸を打つ印象的なメロディがあって、そこへ流麗な和音の流れを持った下降進行が組み合わさって悲しみが表現される巧みさが素晴らしいですね。

Words:Saburo Ubukata

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