「レコードは音質がいい」「レコードの音には温かみがある」とはよく耳にしますが、いまの令和の時代において発売されたレコード、その音質はいかに?ここではクラシックからジャズ、フュージョン、ロックやJ-POPなど、ジャンルや年代を超えて日々さまざまな音楽と向き合うオーディオ評論家の小原由夫さんが最近手に入れたレコードの中から特に<音がいいにもほどがある!>と感じた一枚をご紹介いただきます。
コンサートホールで録った、キャリア初のピアノソロアルバム
ジャズピアノの王道は、なにはさておきピアノトリオだろう。古今東西、多くのピアノトリオが誕生し、星の数ほどのアルバムがリリースされてきたが、では、ピアノソロという形体は、ジャズピアニスト自身ではどう捉えているのだろうか。
今回採り上げたのは、キャリア初のピアノソロアルバムを同時に2枚リリースした大西順子である。紹介するのは、その内の『American Classics』のほうだ。
その40年近い演奏活動の中で、アルバム中の1曲、あるいはコンサートやライブ演奏の中でこそソロの演奏は披露していたが、アルバム丸ごとソロというのは、大西にとって大いにチャレンジングだったはず。ましてや2枚同時リリースというのは、ファンならずともびっくりなのである。
ここに収録された楽曲は、デューク・エリントン(Duke Ellington)やセロニアス・モンク(Thelonious Monk)といった大西が敬愛する往年のピアニストの楽曲と、エラ・フィッツジェラルド(Ella Fitzgerald)、ビリー・ホリデイ(Billie Holiday)、ルイ・アームストロング(Louis Armstrong)等の偉大なジャズシンガーの曲が並んでいる。それが “Classics” なるタイトルの所以で、メドレーを含む全7曲すべて自身の選曲という。
録音はスタジオではなく、コンサートホールが使われた。2025年8月21日、東京・稲城市のiプラザホールにて、録音とミキシ ングは、東京・湯島が拠点のPICCOLO AUDIO WORKSの主宰者にして、近年多くの優秀録音を手掛ける若手エンジニアの松下真也が担当した。
響きの少ない(デッドな)スタジオと違い、適度な残響感を伴ったコンサートホール録音ならではのナチュラルなリヴァーブ感がたいへん心地よい。左右のスピーカー間にグランドピアノの音像が大きく捉えられており、鍵盤の上を流れるような大西の指が見えるかのようだ。その音は近寄り過ぎず、そうかといって遠からず、真にいい按配だ。
A-2「’Round About Midnight」は即興を絡めたメロディーのセンスのよさと共に、しっかりと曲のテーマを織り交ぜたダイナミックな演奏が素晴らしい。
B-3のデューク・エリントンのメドレーは、エリントンならではの流麗でしなやかなメロディーをたいそう叙情的に奏でている。それがダイナミックかつ実に華麗で、こんな風にエリントンを弾ける邦人ピアニストは他にいないのではなかろうかと感じるほど。
89年のデビュー以降、数度の活動休止や引退宣言を経て、今日再び精力的に活動している大西順子。これほどリスナーを引き付ける類い稀な表現力を有しているのだから、是非とも末長く演奏活動を続けてほしいものだ。
Words:Yoshio Obara