チリチリ、チリチリチリ、チリチリ。

ラジオの雑音や、不本意に入ってしまったノイズのような音。そして、ややかき消され気味に、ヒューン、ヒューーン、と、SF映画の効果音のような電子音も後方から聞こえてくる。

このチリチリ、と、ヒューーンは、雑音ではなく「宇宙」から届いた音だ。

宇宙の(雑)音

「宇宙から届いた“音”の贈りもの」、なんともロマンチックな響きだが、実際に宇宙から届いた音を享受して音楽へと昇華したロマンチックなプロジェクトが、2017年から遂行中だ。直訳すると、そのままに「宇宙の音プロジェクト」となる「Sounds of Space Project」は、宇宙から地球へと飛んできた電磁波の波形を音に変換し、そこに人間の奏でる音楽をのせて、制作をおこなう。

これらの音の虜となったのは、英国とオーストラリアに散らばる三人組。英国南極観測局で宇宙天気予報のリサーチャーを務めるNigel Meredith、英国を拠点にするアーティストでエンジニアのDiana Scarborough、オーストラリア国立大学の音楽学部主任で作曲家のKim Cunioだ。

Nigelは宇宙から届く電磁波の音を分析するデータ担当、Dianaは音を視覚表現として映像に落とし込むビジュアルアート担当、Kimは音にあわせて作曲し演奏する音楽担当。それぞれのスキルで“宇宙ノイズ”への愛を表現する。

英国南極観測局の宇宙天気予報リサーチャー、Nigel Meredith(ナイジェル・メレディス)
英国南極観測局の宇宙天気予報リサーチャー、Nigel Meredith(ナイジェル・メレディス)。
Photo via Nigel Meredith
アーティストでエンジニアのDiana Scarborough(ダイアナ・スカボロー)
アーティストでエンジニアのDiana Scarborough(ダイアナ・スカボロー)。
Photo by Sue Bevan
オーストラリア国立大学の音楽学部主任で作曲家のKim Cunio(キム・クニオ)
オーストラリア国立大学の音楽学部主任で作曲家のKim Cunio(キム・クニオ)。
Photo by ANU Media

これらのノイズの源は、近宇宙(地球からの距離が200万キロメートル未満の地球に近い宇宙空間)で発生するプラズマ*(電離気体)の波動だ。南極のハリー基地にある高さ16メートル・表面積58平方メートルの巨大な超長波(VLF)受信器に集まった電磁波を用いている。

昨年リリースしたアルバム『Aurora Musicalis』では、13の収録曲すべてがこれら宇宙の音とコラボレーションだ。先ほどのチリチリ、や、ヒューンにピアノの音を重ねて。仕上がりはピアノコンチェルト、イージーリスニングといったところ。音楽の要素として「宇宙のノイズ」はどこがおもしろいのか。三種三様の耳と感性をもつ三人に聞いてみた。

*固体・液体・気体に次ぐ、第4の状態。気体分子が陽イオンと電子に分離した状態。

リリースしたアルバム『Aurora Musicalis』
Design by Diana Sacrborough.
Main VLF antenna image is by British Antarctic Survey

気まぐれ宇宙ノイズ

「これが、空中電気*。ホイスラー波。コーラス波。プラズマ圏ヒス波」。取材の冒頭からまずは、Nigelによる宇宙のノイズの聞き比べが始まった。宇宙のノイズと一口にいっても、宇宙空間で起こるさまざまな現象によって電波とそれらが変換された音が異なってくる。

空中電気は、大気の電荷や大気中を流れる電流などによって起こる電気現象。チリチリ音の正体だ。ホイスラー波は、雷放電によって発生した電波でヒュゥゥゥーと高音から低音へと変わっていく、SFのような音。常に鳴っている「プツプツ・ガサガサ音は、放電の時に発生する音です」。

コーラス波は、太陽風の高エネルギー電子と地球の磁気圏の相互作用によって生じるもの。Dianaは初めて聞いたとき「朝の始まりとともに聞こえてくる鳥のさえずりのよう」に感じたというが、まさに鳥が鳴いているかのように聞こえる。プラズマ圏ヒス波は、プラズマ圏内のホイスラー波で、シューと不気味な嵐のような音。

空中電気のスペクトログラム(周波数分析の結果を、強さ、周波数、時間の3次元表示したもの)。
空中電気のスペクトログラム(周波数分析の結果を、強さ、周波数、時間の3次元表示したもの)。
Image via British Antarctic Survey
ホイスラー波のスペクトログラム。
ホイスラー波のスペクトログラム。
Image via British Antarctic Survey
コーラス波のスペクトログラム。
コーラス波のスペクトログラム。
Image via British Antarctic Survey
コーラス波のスペクトログラム。
コーラス波のスペクトログラム。
Image via British Antarctic Survey

「20年前、プラズマ波のデータに関する研究をしていました。これらの研究結果を多くの人に共有し、理解してもらいたいと思った時、これらのデータを“音楽”にしようと思ったのです」とNigel。当時、すでにこれらの波を聞けるようにした音のデータはあったという。それらを聞いた時を「まったく別の世界にいる感覚になりました。なぜか、“青い色”のイメージが広がったんです」と回想する。

長年温めていたアイデアを実行するにあたり、Nigelは、2012年8月9日の昼から10日の昼にかけて集められた24時間分の可聴データを入手。6週間、毎日30分かけて、その24時間分の宇宙ノイズを聞いた。「宇宙の音は複雑です。録音にはいろいろな音が混じりあっています。空中電気とホイスラー波、コーラス波が同時に起これば、それはそれは美しいシンフォニーになる。しかし、そうではない時は、なんてことはありません」

コーラス波&ホイスラー波&プラズマ圏ヒス波のスペクトログラム。
コーラス波&ホイスラー波&プラズマ圏ヒス波のスペクトログラム。
Image via British Antarctic Survey

宇宙ノイズは気まぐれだ。「電光活動にもよるし、宇宙空間の状態にもよります。空中電気しか聞こえない日もある」。
例えば、音採集1日目のデータ。「地磁気活動も穏やかで、オーロラも観測されない日でしたので、あまり期待していませんでした」。しかし、再生ボタンをずっとオンにしておくと、突如素晴らしい音が聞こえてきた。「宇宙の音は推測不可能です」。アルバム制作のためには、ダイナミックなノイズがする日を選んだという。

気まぐれではあるが、音が活発になりやすい時間帯もある。「コーラス波は、夜明けに起こりやすい。空中電気は真夜中。すべての波は、暗い状態でよく起こります。明るい宇宙空間は、波が飛び交ったり、地上に届いたりするのに適した状態ではないので」

数十年も宇宙のノイズと向き合ってきたNigelの好きな音は? 「プラズマ圏ヒス波です。まるで、怪物が呼吸をしているかのような音に聞こえます」

プラズマ圏ヒス波のスペクトログラム。
プラズマ圏ヒス波のスペクトログラム。
Image via British Antarctic Survey

気分は映画音楽作曲家

作曲家のKimは宇宙ノイズをこう喩える。「最初に聞いた時、まるで、20世紀初期の電子音楽かと思いましたよ。フランスのオンド・マルトノ(電子楽器)や、ドイツのテルハーモニウム(初期の電気オルガン)みたいだ!と。我々が想像している“宇宙の音”に限りなく近い音でした」

楽曲制作では、作曲家として、まずは24時間分のノイズのデータを確認するところから始めた。「多すぎて、どこから始めればいいかわからないほどでした」。微かな音さえ逃さぬようにサウンドのペースを落として、1週間かけてとにかく聞き込んだ。

その後、演奏楽器として「ピアノ」を選んだのは「ピアノは万人が親しみがある楽器なので」。南極にピアノを持っていくことは物理的に無理で、チューニングするのも不可能だとしたことから、南極ではなく、大学のリサイタルホールで「南極にいることを想像して」即興演奏をおこなった。左の手は同じパートを繰り返し、右手は「面白い宇宙の音が聞こえてきたらそれに合わせて」即興。

南極とテント
Photo by British Antarctic Survey
星空とテント
Photo by British Antarctic Survey

各楽曲の題名を見ると「12.00PM」「6.40PM」「4.45AM」と時間が書いてあることに気づく。これらの時間は、各曲に使われた宇宙のノイズが実際に採集された時間だ。一つのアルバムが一日分の宇宙のノイズで構成されていることになる。最初の録音は、アナログ式テープレコーダーでおこなった。

今回、宇宙のノイズを聞いてみて、気づいたこと。それは、最初のうちは珍しくて面白みがあるのだが、慣れてしまうとどうも味気ない。96分間のノイズを“聞かせる”音楽にするために、Kimは映画音楽作曲家のようになりきってみたという。

「ほとんど変化しない物体(宇宙のノイズ)を前に、これをどうしたら面白くできるのか?
と考えた。そこで“ライトモチーフ”の手法を取り入れてみることにしました」。ライトモチーフとは、オペラや楽劇、標題音楽などの楽曲中において特定の人物や状況などと結びつけられ、繰り返し使われる短い主題や楽節のこと。例えば、スターウォーズでルークやダースベイダーが現れると流れる「特定の旋律」が、ライトモチーフだ。「『この宇宙の音のライトモチーフは、どんなものになるのだろう?』と考えながら作曲しました」

オーロラ
Photo by British Antarctic Survey

2、3歩下がって聞いてみよう

これらの宇宙ノイズに映像をのせ、ダンスというパフォーマンスアートで表現のアウトプットをしたDianaは、ノイズの魅力についてこう話す。「どこか聞いたことがあるような気にもなるし、初めて聞いた気にもなる。専門的でマニアックなサイエンスの心にも響くけど、エモーショナルな反応だって引き出せる」

Sounds of Space Project、パフォーマンスの様子。
Sounds of Space Project、パフォーマンスの様子。
Photo by Pete Bucktrout and BAS
Sounds of Space Project、パフォーマンスの様子。
Photo by Pete Bucktrout and BAS

普段、宇宙のノイズが人間の耳に入るのは、宇宙ステーションや、研究者のデスクに置かれたコンピューターのスピーカーからだ。「96分も宇宙の音だけなんて、普通聞かないですよね」。Kimは続ける。「人間の脳には、芸術に対する個人的な好き嫌いを即座に決める前頭前野*という部分があります。でも、この衝動的な判断に頼らずに評価をするためには、1時間ほどの時間が必要になる。なので、このアルバムも96分、と長いんです」

*思考や創造性を担う脳の最高中枢。

最後に、宇宙のノイズ音楽の楽しみ方を一つ、二つ。Nigelは「アンビエントな音楽なので、メディテーションやリラックスするときにかけるといいんじゃないでしょうか」。Kimの意見も同様だ。「寝る前に、ベッドの上でヘッドフォンをしながら聞きたい音楽です。スピーカーで聞くのなら、2、3歩下がって聞くのがいいですよ。宇宙の広い空間を飛び交う音に浸るには、物理的に聞く空間を広げる必要があるみたいです」

アナログとは?

「不完全であること。機械でプログラミングされていない、ハンドメイドの職人技が織りなすクオリティを持っている」(Diana)

「アナログサウンドは、人間の体の奥深いところにまで届きます。だから具合が悪い人には、緑の多いところに行って自然の音に耳を傾けることを勧め、数百年前から多くの病院は自然に近い場所にあるんです」「デジタルなら一回コピーを作れば、ずっと同じ状態を保てる。でもアナログは“危うい”です。慎重にケアをしていても年月の経過とともに劣化する。そんな不正確で不完全なところが好きです」(Kim)

Sounds of Space Project

サウンズ・オブ・スペース・プロジェクト

英国南極観測局のNigel Meredith(ナイジェル・メレディス)と、英国のアーティスト/エンジニアのDiana Scarborough(ダイアナ・スカボロー)、オーストラリア国立大学 音楽学部主任/作曲家のKim Cunio(キム・クニオ)の三人組からなるコラボレーションプロジェクト。宇宙空間から届く音にインスピレーションを受けた表現を発表している。現在、近宇宙よりも遠い宇宙空間から集めた音を用いて新アルバムを制作中。

Bandcamp

British
Antarctic Survey

Photos : Jeff A. Cohen, British Antarctic Survey
Words : HEAPS