映画をもっと良い音で楽しみたい。そう思っても、スピーカーを何本も置くスペースなんてない、というのが多くの人の本音ではないでしょうか。けれど、AVアンプをうまく使えば、そんな現実の制約の中でもサラウンドの世界を存分に味わうことができます。

オーディオライターの炭山アキラさんが、AVアンプの設定やスピーカー配置、サブウーファーの調整など、家庭で実践できる工夫を紹介。さらに、音と画のバランスこそが映画を豊かにするという視点から、身の丈に合ったホームシアターの楽しみ方を提案します。

家庭で楽しむ映画の音。サラウンドの基本と現実

皆さんの中に、音楽も好きだけれど映画も大好き、という人は少なくないのではないですか。今は大画面のテレビも安くなりましたから、壁にかけたテレビの両脇にスピーカーを置いて、音楽も映画も楽しめるようにしている、というご家庭もあることでしょう。

でも、本格的に映画を楽しみたいと思うと、「シアターサラウンド」と呼ばれる再生装置が欲しくなってきます。テレビのすぐ下や部屋の左右後ろ側にもスピーカーを置き、大きなサブウーファー(SW)を備えたシステムです。基本的には2本のスピーカーでステレオを楽しむオーディオシステムと区別するため、「オーディオビジュアル」というジャンルになっています。

オーディオビジュアルのサラウンドシステムは、フロント左右の2本とセンター1本、リアの左右2本で都合5本のスピーカーと、SWが1本という構成が基本形となります。これを5.1chと呼びます。最後の0.1はSWを表しています。

サラウンドの世界は5.1chが基本といいつつ、本格的になるほどスピーカーの数が増えていきます。お恥ずかしいことですが、私も今は最大何本のスピーカーを使っているのか、分かっていません。現在普及しつつある「ドルビーアトモス(Dolby Atmos)」は、天井にスピーカーを仕込むことが前提のシステムですし、それが無理ならフロントスピーカーの上に「イネーブルスピーカー」と呼ばれる、天井へ向けて音を飛ばすスピーカーを置くように設定されています。いやはや、スピーカーはどんどん増える一方ですね。

でも、みんながみんなそれほど豪壮なサラウンドを構築できるわけでもないでしょう。恥ずかしながら、わが家だって絶望的です。ならば、一般的な家庭は本格サラウンドを諦めなければならないのか。いえいえ、決してそんなことはありません。5.1chから、さらにスピーカーの本数を減らすことだって可能なのです。

AVアンプが担うサラウンドの中心的役割

サラウンドシステムを構築するには、扇の要としてAVアンプが必要になります。ブルーレイプレーヤーや映像サブスクを再生するパソコン、ストリーミング・プレーヤーなどから、HDMI端子を経由してマルチchサラウンド音声信号を受け、それを展開して各chのスピーカーへ送る働きを持つアンプです。

現代のAVアンプはとても多機能で、ユーザーの事情をいろいろと反映させたシステム構築を許容してくれます。まず、5.1chサラウンドでは、「ITU-R」と呼ばれるスピーカーの配置が求められます。SWを除いた5本のスピーカーを、リスナーを中心とした円周上に設置し、フロントの左右はリスナーと正三角形を構成する位置、リアの左右はセンタースピーカーから110度の位置にセットすること、と定められているのです。

でも、広大なホームシアター専用ルームでも所有していない限り、この条件を完全に満たす配置が実現できるお部屋はほとんどないのではないですか。そんな時は、大半のAVアンプが内蔵している「デジタルディレイ機能*」を使うといいでしょう。例えば、リアスピーカーがリスニングポジションに近すぎたら、ディレイをかけて仮想的に適正位置へ設置したのと同じような効果が得られる、という機能です。

*メーカーにより機能名称が異なります。

一部のAVアンプでは、付属のマイクを使って内蔵の発振器で各スピーカーから音を出し、それをマイクが拾うことでスピーカーの位置関係を自動補正してくれる、という便利な機能を備えたものもあります。私も使ってみたことがありますが、一定の効果を認めることができました。よりマニアックに自分でディレイタイムを設定していくと、さらにしっくりするポジションを見つけることができる場合もありますが、これは時間をかけてセッティングを煮詰めていけばよいでしょう。

また、先程少し話した「スピーカーの本数を減らす」ことも、AVアンプの内部処理で可能になります。本来5.1chやそれ以上のチャンネル数で収録されたサラウンド音声を、より少ないスピーカーに割り当てることが可能なのです。

限られた環境で楽しむ、現実的なサラウンド構築術

サラウンドシステムを組もうとして、一番困るのはセンタースピーカーでしょう。テレビラックを少し奥行きの大きなものにして、テレビの前へ置くというのが定番ですが、まずそのラックを置く奥行き分を部屋に準備しなければならないのですからね。それが難しい場合は、センターの信号をフロント左右へ割り当てて4.1chにしてしまえばよいのです。

同じように、リアスピーカーを置きづらかったらフロントへ繰り込んで3.1chにすることもできますし、もっといえばセンターとSWの信号もフロントL/Rへ割り当てて2.0chとすることも可能ですが、これだと何のためのサラウンドか分からなくなってしまいますね。あくまで個人的な意見ですが、サラウンドはぎりぎりセンターとSWを繰り込んだ4.0chを最小単位にすべきではないか、そう考えています。

また、フロントスピーカーが小型で満足な低音を再生し切れない場合は、SWにフロント分の低音を割り当てることも可能です。低音は指向性をほとんど感じないから、1本のSWでも全帯域を鳴らすことができる、とされているからです。実際に実験してみると、100%ではありませんがそこそこ以上の効果を味わうことができました。

これと同じような考え方で、ピュアオーディオの世界でも超小型スピーカーと1本のSWを組み合わせた、いわゆる2.1ch的なスピーカーシステムを見かけることがあります。こういうセットのことを「3Dスピーカー」と呼ぶこともあります。

2chオーディオの世界でもSWの付加は有効な場合が多く、私も何度となく実験してその効果を確認しています。しかし、ピュアオーディオとシアターサラウンドでは、SWの効かせ方が少し違ってくることがあります。

音楽再生用の装置でSWを付加する場合、SWは「聴こえたらセッティング失敗」です。まるでメインスピーカーがより豊かに鳴り響いているとしか聞こえない、そういうバランスに躾けるのが鉄則と考えてよいでしょう。

一方シアターサラウンドでは、特にアクション映画やSF、ホラーなどでSWの超低音が効果音として用いられていることが多く、それをより有効に味わうためには、音楽再生時より積極的に鳴らしてやる必要が出てくることがあります。用途によって、SWの鳴らし方が変わってくるのですね。

そういう意味では、SWの超低音をフロントスピーカーへ繰り込むことは可能ですが、やはり本当のサラウンドサウンドを求めるなら、良質のSWを単体で用意したくなりますね。

ステレオでも楽しめる映画体験。ホームシアターの最適解を探す

それでは、一般的なステレオ2chで映画は楽しめないのでしょうか。決してそんなことはない、と私は考えます。本質的に情報量が多く反応の良い再生装置は、2chステレオでも後方にまで音がグルグル回ります。もちろんサラウンドなんていらないとまでいうつもりはありませんが、よく吟味されたステレオなら、結構なレベルで映画のサラウンド音場に近いものが再現できるのです。

それに、特に大きな画面で映画を見ると、音声系がそこそこのレベルでも、画の迫力が映画全体のレベルを大幅に引き上げてくれるものです。むしろ、小さめの画面に大型スピーカーを組み合わせると画が音の迫力に負け、何だか小さな窓から外の世界を眺めているような、窮屈な印象になることがあります。何事もバランスが大切なのですね。

また、ヘッドホンやイヤホンは多くの場合頭の後ろ側に音像が定位しがちですが、映画を楽しんでいる時にそれが気になることはないでしょう。なぜなら、人間の感覚は視覚が聴覚に優先するようになっていて、目の前の画面で起きているストーリーへ、音がピタリと寄り添っているように聴こえるものだからです。

ならば、ホームシアターにとって一番大切なものは一体何か、何からそろえればいいのか。こう問われたら、私は「とにかく大きな画面を!」と答えます。普通のテレビと映画で最も違うところは画作りで、映画は映画館の巨大画面で映えるように画作りが行われ、テレビは家庭用のテレビジョン受像機で生きるように作り込まれているからです。

音声については、最初はヘッドホンでも問題ありません。でも、無理のないところから始めて、ゆくゆくは部屋中をビュンビュン飛び回るサラウンド再生を目指す、というのも悪くないと思います。

それに、実をいうと映画は音声も映画館の巨大音量で映えるようなバランスで作り込まれていますから、画面と応分に大きな音で楽しめる再生装置、そして環境が欲しくなってくるものなのですね。

ここまでくると、もう本当にどこまで行っても果てしのない世界ですが、防音室まで構築して楽しむ究極のホームシアターという世界があることを知りつつ、肩肘張らない身の丈に合ったシステムで映画を楽しむ、というのも悪くない世界だと私は考えます。

おっと、これはオーディオの世界でも同じことですね。何千万、何億と投ずる雲の上のオーディオという趣味があることを認識しつつ、自分にとって無理のない範囲で装置を選び、音楽を楽しむ。私はそれでいいと思っています。だって、私自身もそうですから。

Words:Akira Sumiyama

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