この世の万物は常に変化するもの。 時に時間は物を劣化させますが、その原因を知っていれば、取り返しがつかなくなる前に気をつけることができれば、大切なオーディオ機器を長く使い続けることができるかもしれません。 これまでにスピーカー、アンプ、真空管アンプが故障してしまう要因や、修理に出す前に確認してほしいことについてご紹介してきました。 今回はカートリッジが壊れる原因について、オーディオライターの炭山アキラさんに解説していただきます。

オーディオ機器が故障する原因について知ろう【スピーカー編】
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故障かな?でもちょっと待って!修理に出す前に確認したいこと、試してみたいこと

そのカートリッジの不具合、故障ではなくて汚れかも?

レコードプレーヤー周りの故障といって、一番に思いつくのはカートリッジ近辺でしょうね。 まずスタイラスの摩耗が故障というか、不具合の第1番といっていいものですが、これはちょっと気をつけなければならないところがあります。

ほとんどのMCカートリッジは、大半が交換針が売られている形式ではなく、本体を販売店へ持ち込んで新品と交換するシステムが採られています。 以前、あるカートリッジ・メーカーの人に話を聞いたら、そうやって送り返されてくるカートリッジの針先は、大半がしっかり掃除をすればまだまだ使えるものだとか。

つまり、レコード再生の音が悪くなった時は、針先が傷んだと考える前に、まずしっかりと針先をクリーニングしてみるべきだ、ということですね。 オーディオテクニカの製品でいえば、日常的に針先へ積もったホコリや汚れを拭うなら『AT617a』、年に何度かしっかり汚れを取るなら『AT607a』を使うとよいでしょう。

AT617a、AT607a

クリーニングは針先の寿命を伸ばします

それでも、実際に針先は使えば使うだけ摩耗してきます。 昔は寿命まで約500時間とよくいわれたものです。 しかし、針先の摩耗は使い方次第でビックリするくらい変わります。

具体的には、針先とレコードの盤面をどれくらいこまめにクリーニングするかが、死命を制します。 針先や盤面に積もった微細な粒子が磨き砂となり、音溝と針先を両方とも削っていってしまうからです。

具体的なクリーニング法は以前お伝えしましたから、ぜひそちらを参照して下さい。 しっかりクリーニングした私の愛聴盤は、数百回かけても一向に音質は劣化せず、常用カートリッジのオーディオテクニカ『AT33PTG/II』も、使い始めてから13年を経て、全然衰えの気配が見えません。

針先クリーニングは慎重に。 「AT617a」と「AT607a」で快適なレコードライフを送る

どんなに丹念なクリーニングをしても、なお音質がザラつく、歪みっぽい、伸びやかさに欠ける、ということになったら、それはいよいよ針交換の時期なのかもしれません。

MM型やVM型のカートリッジは自分で交換できる

MM型やVM型のカートリッジでは、交換針を買ってきて自分で取り替えることができます。 特にVM型の多くは、これまで使っていた針先と違うタイプを装着できるものですから、例えば楕円針をお使いだったらマイクロリニア針にしてみたり、また接合針から無垢針に替えたり、といったことができるのが楽しいですね。

カートリッジ交換の楽しみとは?

MM型やVM型のカートリッジ

針先だけを交換することもできます

お使いのカートリッジが摩耗して、しかしその個体が既に生産完了だと、針交換を受けることはできません。 こういう場合は、基本的には現行商品と買い替えになります。

現用カートリッジの音が気に入っていて、あるいは思い出と断ち難く結びついていて、手放すに忍びない。 そういう場合は、一部の修理業者でスタイラスのみを交換してくれるサービスがありますから、利用してみるのもよいでしょう。

もっとも、磁気回路や内部配線はやはり年月とともに劣化していくし、まして振動系、とりわけダンパーのゴムなどはとても劣化の進みやすいものですから、同じ音をキープするのは難しいことです。 私がリファレンスとして使用している、ある社の定番MCカートリッジは、1989年の購入から35年、針先の交換サービスへ一度出して使い続けていますが、本来2.5gが適正のはずの針圧が、3.5gほどもかけないと針先がビリついてしまうようになっています。 3.5gかければ問題ないので、支障なく使っていますけどね。

カンチレバーは華奢なので、うっかり事故には気をつけよう

もう一つ、こちらは必ず避けなければならない故障として、カンチレバーを折ってしまう事故を挙げねばならないでしょう。 繊細な振動系の中でも、最も大きな構成部材というべきカンチレバーは、軽量化のためよほどの例外を除いて、ごく華奢に作られています。 指先やカートリッジ取り付け用ドライバーの先端などが当たると、呆気なく折れてしまうのですね。

ここで気をつけなければならないのは、カートリッジやシェルリードを交換する際には、MMやVM型なら針先を外しておくこと、MC型なら必ずスタイラス・カバーを取り付けることです。 これらを励行するだけで、カンチレバーを折損する事故は大幅に減らすことができます。

カートリッジやシェルリードを交換する際には、MMやVM型なら針先を外しておくこと

もう一つ、レコード周辺の作業をする時は、できるだけニットなど、針先の引っかかりやすい服装は避けた方がよいでしょう。 ほんの僅かな不注意で毛糸の編み目がスタイラスを引っかけるだけで、カンチレバーは容易く消失してしまいます。 そんな事故を避けるため、私はここ一番の作業中、腕まくりをすることにしています。

レコードとお酒、手元にはくれぐれも気をつけて

今からもう30年以上も前の話です。 学生時分の友人がわが家へ遊びにきて、飲酒しながら音楽を楽しんでいました。 「よし、お前にいい音を聴かせてやろう!」と、学生時分に必死の思いで買った当時の高級カートリッジを取り付け、その晩は大いに楽しみました。

明けた翌日、起き出してきた友人とまたレコードをかけようとした私は、顔面が蒼白になりました。 あの高級カートリッジの針先が消失していたのです。 しかも、当該の製品はとっくに生産終了で、針交換も受けられず。 ずいぶん長い間、この衝撃・落胆を引きずりましたね。

といった次第で、手元の狂う飲酒時には、あまり高級なカートリッジをお使いにならない方がよろしいのではないかと、衷心よりご忠告申し上げるものです。

Words:Akira Sumiyama