あらゆる物事のデジタル化が進む昨今。その一方で、足りなくなってしまった「手触り」に飢えた人たちの間でアナログレコードの需要が高まっており、過去の盤が再発されたりと人気が再燃。「アナログ」があらためて評価されている。

今回は新潟県新潟市の町外れ、万代(ばんだい)エリアにある八千代マンションの2Fで齊藤達也さんが2022年から営む「LOWYARD RECORDS」を舞台に、店主自らがピックアップした選りすぐりのアナログレコードに針を落としてもらった。使用したのは、全モデルのコイル導体にPCUHD(高純度無酸素銅)を新たに採用し、力感のある低域表現と広大な音場を実現した、実に9年ぶりのリニューアルとなったカートリッジ「VMxシリーズ」。齊藤さんのつくるオーディオ空間で、そのバリエーションによって変化する音のニュアンスへと耳を傾けた。

ローファイサウンドのポテンシャルを発揮するVMxシリーズ。

先ほどは、齊藤さんが自身のレコード店を開いた経緯を訊かせていただきましたが、今回はリニューアルされたVMカートリッジを使用しながら、お気に入りのアナログレコードに針を落としていきましょう。

針J前にLOWYARD RECORDSの機材をチェックしておきたいのですが、スピーカーはどちらのモノを?

60年代半ばに西ドイツで製造された、TelefunkenのHi-Fi Klangbox TL41というスピーカーを使用しています。購入したのはハードオフ。新潟って、ハードオフの本社があるので、そこかしこにハードオフの店舗があるんです。名前にはハイファイと入っていますが、ローファイで素朴な音を出してくれるところが気に入っています。

いまはもうつけることができない “西ドイツ製” という響きが何ともロマンチックですね。どのような音が鳴るのか楽しみです。

それでは、VMxシリーズのカートリッジを使用して針Jをしていきましょう。まずは、正確な情報を引き出す接合楕円針を搭載したカートリッジ『AT-VM520xEB』を装着してはじめていければと思います。何から聴いていきましょう?

いつもサウンドチェック用にかけているアナログレコードがあるので、まずはそれから聴いてみたいと思います。ロンドンの実験フォークアーティスト、トーマス・ブッシュ(Thomas Bush)による2024年のアルバム。

〜「AT-VM520xEB」で視聴 Thomas Bush 『THE NEXT 60 YEARS』 収録曲 「Same Life Flowed」〜

これはUKのJolly Discsというレーベルからリリースされた作品で、トーマス・ブッシュの3作目になる最新アルバムの1曲目。このメランコリックな浮遊感とエキセントリックな世界観に心奪われてしまいますよね。印象的なチェンバロの響き、ダウナーな歌声、ローファイサウンド全開なこのアナログレコードは最近のお気に入りなんですが、ハイハットの聴こえ方がまず違いますね。それに、いつもよりもボトムが太くもち上がって聴こえてきます。普段カートリッジで聴き比べることがないので、何だか新鮮な響きに感じます。

アルバムのタイトルがまたいいですね。次の60年間、自身の傍に置けるような作品という意味なのでしょうか。では次に、厚みのある中域再生に優れた無垢マイクロリニア針を採用した『AT-VM740xML』で聴いていきましょう。

〜「AT-VM740xML」で視聴 Thomas Bush 『THE NEXT 60 YEARS』 収録曲 「Same Life Flowed」〜

ボトムの持ち上がりはAT-VM520xEBのほうが強い印象でしたが、AT-VM740xMLの針で解像度は上がりましたね。全体的に軽やかというか、よりクリアな音がライトに届く感じがします。いま流しているのがローファイな音楽なので、この針との相性がいいのかもしれません。さっきの針はもっとメリハリのあるハイファイな音楽と合うのかもしれませんが、個人的にはこっちが好みです。ライブ感も感じられますし、音のバランスが面白い。トーマス・ブッシュのようなローファイサウンドにはピッタリなカートリッジのように思います。

では続いて、VMシリーズの最上位針である『AT-VM760xSL』で同じ音源を聴いてみましょう。ハイグレードモデルであるこのカートリッジをはじめ、『AT-VM750xSH』『AT-VM745xML』のカンチレバー素材には、軽くて耐久性のあるボロンが採用されているようです。また、優れた振動の伝達速度により、迅速かつ正確な音の立ち上がりを実現してくれているとか。

〜「AT-VM760xSL」で視聴 Thomas Bush 『THE NEXT 60 YEARS』 収録曲 「Same Life Flowed」〜

解像度がさらに上がったからか音のレンジが全体的に広がって、余すことなく音を拾えている印象です。好みとしてはVM740xMLですけど、これはこれでよく聴こえるというか、どのようなジャンルでも聴けてしまう、アナログレコード全般と相性がいい万能針なのかもしれませんね。

では、ここらで次のアナログレコードをかけてみましょうか。少しジャンルも変えてみましょう。

次はブリストルを拠点とするベースミュージック、テクノプロデューサーのバツ(Batu)とUSヒップホッパーのニック・レオン(Nick León)によるコラボシングルを。

〜「AT-VM750xSH」で視聴 Batu & Nick León 『YIU』 収録曲 「Rezz」〜

バツと言えば、今年のRainbow Disco ClubでDJ NobuとのBack 2 Backも記憶に新しい、Timedanceというレーベルの主宰を務める、ベースミュージックシーンの若きキーマン。そんな彼が、自身のレーベル傘下に新設したサブレーベル、Long Strange Dreamからリリースした新作は、最近リリースされたばかりの『A Tropical Entropy』などでも知られる、DJ兼プロデューサーのニック・レオンとのコラボレーションによるもの。マイアミ仕込みの未来派アフロラテンリズムとブリストルの前衛ベースミュージックとの融合が絶妙な塩梅を放つモダンテクノ・レゲトンサウンドを浴びることのできるアナログレコードなのですが……、これは不思議なバランス感覚をもったカートリッジですね。ライブっぽく聴こえてくるといいますか、いつもと聴こえ方が全然違います。もしかしたら、こういうカッチリした音よりも、フィールドレコーディングやアンビエントのほうが合う針なのかもしれませんね。

では、困ったときの万能針で聴いてみましょうか。

〜「AT-VM760xSL」で視聴 Batu & Nick León 『YIU』 収録曲 「Rezz」〜

今度はボトムが持ち上がって聴こえますね。ボトムが空洞になっていて、それが故に上モノの音も響いているような印象も受けます。まあ、でもやっぱり音のバランスがいいですね。さすが万能針(笑)。

AT-VM750xSHは、普段聴いているアナログレコードを新鮮に聴かせてくれるマンネリ解消針ですね。次はフィールドレコーディングやアンビエントを聴いてみたくなったので、Experimental Roomsという新潟のレーベルからリリースされているアナログレコードをかけてみたいと思います。

新鮮な音のバランスが、マンネリを解消する。

これは、鈴木昭男さんの面白レコード。サウンドアート界の巨匠であり、フィールドレコーディングのレジェンドみたいな方なんですが、内の倉ダムという新潟の山奥にあるダムで無観客レコーディングを敢行したアンビエント作品を出していて。

〜「AT-VM750xSH」で視聴 鈴木昭男 『KA I KI(回帰)』 収録曲 「Konrokokonro」〜

石、竹、ガラス瓶などの普段身の回りに転がっているようなオブジェクトを叩いたり、転がしたり、引っ張ったりしながら、巨大な内の倉ダムの反響を利用してまとめた音響作品なのですが、いつもと全然聴こえ方が違いますね。何というか、角が立っているのに粒立ちがいいからか、はっきりとした輪郭の音が肌に当たってくる感じ。音が跳ねているような印象がありながらも心地良く聴こえてきますね。ずっと聴いていても耳疲れしなさそう。

そうしたら、次はパワーがありそうな『AT-VM530xEN』で聴いていきましょう。

パワーがないアナログレコードなので合わない気もしますが、どう聴こえるんでしょう。

〜「AT-VM530xEN」で視聴 鈴木昭男 『KA I KI(回帰)』 収録曲 「Konrokokonro」〜

AT-VM750xSHのほうが粒立ちがいい印象でしたが、こっちのほうは粒が粗い印象がありますけど、音がまとまっていると表現するほうが正しいかもしれません。同じ曲なのに全然違って聴こえるんですね。音自体も大きく聴こえた気がします。

〜「AT-VM760xSL」で視聴 鈴木昭男 『KA I KI(回帰)』 収録曲 「Konrokokonro」〜

レンジが広がりながらも、全体的にフラットでまとまった印象に聴こえます。奥で流れている水の音や草木が揺れる音も自然に耳に入ってくるようになりました。

それぞれのカートリッジの特性がわかってきたところで、次はどのようなアナログレコードをかけていきましょうか?

プロの人がテストでバランスのとれたJポップをかけたりするじゃないですか。なので、もしかしたらYMOとかのほうがわかりやすいのかもしれないですね。次は、購入時は100円だったこの名盤を。

〜「AT-VM530xEN」で視聴 イエロー・マジック・オーケストラ 『Solid State Survivor』 収録曲 「Rydeen」〜

ミッドがぐっともち上がって、すごく元気な音に聴こえますね。この盤とは相性が良さそうです。オーディオマニアの常連さんがいるんですが、その常連さん曰く、オーディオのニュアンスを活かせるのは荒井由実などの、70年代の日本のアナログレコードが多いらしいんです。いまみたいにコンプレッサーなどの技術が平均化される以前だったので、演奏のニュアンスが残っているらしくて。そういったアナログレコードで針Jしてみると、またオーディオやカートリッジの魅力を味わうことができるかもしれないですね。

〜「AT-VM760xSL」で視聴 イエロー・マジック・オーケストラ 『Solid State Survivor』 収録曲 「Rydeen」〜

シャリシャリとした音になりましたね。シンセの音もジワっと入ってきて、リマスター版のような感じの音になって気持ちがいいです。シンセの鍵盤が増えている、みたいな(笑)。 “こんな音もあったんだ” という気づきというか、グラデーションの広がりを感じますね。ボコーダーの音もパーカッションの音もこっちの方がドンシャリ感があって好きです。

〜「AT-VM750xSH」で視聴 イエロー・マジック・オーケストラ 『Solid State Survivor』 収録曲 「Rydeen」〜

さっきの音がバランスがとれていたからか、より凹凸のある音に感じますね。VM750xSHは音のバランスが歪なのに、どうしてかその魅力にむしろ心奪われてしまう。本当に面白いカートリッジですね。スネアの音も独特に聴こえますし、生演奏の人間らしい “もたり” のようなニュアンスに近いからか、不思議とライブのように聴こえてきます! ずっと聴いていると、最初の違和感のようなものが馴染んでくるのが面白いです。

レコーディングの意図を正確に伝えてくれるカートリッジ。

〜「AT-VM760xSL」で視聴 Big Thief 『Dragon New Warm Mountain I Believe in You』 収録曲 「Change」〜

演奏のニュアンスが伝わるようなカートリッジですね。アーティストの意図を曲げずに、ダイレクトに伝えてくれるというか。今日一番相性がいい感じがします(笑)。

以前、岩手にあるジャズ喫茶「BASIE」で “ライブを超えるような体験” というのを店主の菅原さんがしていたのを思い出しました。

アコースティックだから、よりニュアンスが伝わりやすいというのもあるのかもしれませんね。ただクリアに聴こえるというだけではない、不思議な体験。

〜「AT-VM740xML」で視聴 Big Thief 『Dragon New Warm Mountain I Believe in You』 収録曲 「Change」〜

完成度でいったらAT-VM760xSLのほうが高いと思うんですけど、AT-VM740xMLのほうが素朴でオーガニックな音で、僕好みのサウンドかもしれないです。デモ音源みたいなニュアンスもありますね。

もう一度、今度はこのアルバムの違う曲をAT-VM760xSLで聴いてみてもいいですか?

〜「AT-VM760xSL」で視聴 Big Thief 『Dragon New Warm Mountain I Believe in You』 収録曲 「Simulation Swarm」〜

本当に心地がいいですね。ギターのピッキングのニュアンスまで伝わってきて、音に包み込まれるような安心感があるといいますか。ミックスとの相性というのも当然あるとは思いますが、アコースティックや歌モノとの相性は抜群かもしれないですね。

はじめての針J、いかがでしたか?

カートリッジでこんなにも音楽の響きが変わるなんて、と驚いてしまいました。こうやって聴き比べてみることで、針にもいろいろな特色があることがわかりました。歌モノ、和ロック、電子音楽、ダンスミュージック、とさまざまなジャンルの音楽をとり扱っているので、針によって相性があるというのは発見でしたし、相性のいい針でアナログレコードを鳴らしたときの感動は、ライブ体験にも優るような体験と言っても過言ではありませんでしたね。

ちなみに、齊藤さんお気に入りのカートリッジは?

そうですね。ローファイでヘンテコな音楽はAT-VM740xMLでかけてあげると、ダブミックス的な感覚でマンネリ化したアナログレコードも新鮮に聴くことができましたし、バキバキな音というよりは、オーガニックで素朴なローファイサウンドがマッチしていた印象でした。解像度が低めだと言われているTelefunkenのスピーカーとも相性が良かったと思います。一方で、AT-VM760xSLでかけてみると、このスピーカーでもこんなに心地良い音が出せるんだという発見もあり、特にアコースティックやライブ音源などの生音系の音楽とは相性が良く、その解像度の高さとバランス感覚は、まさに万能針と呼ぶに相応しいカートリッジだと感じました。

齊藤達也

1988年、新潟生まれ。兄の影響から90年代のブリットポップに傾倒し、音楽にのめり込むと、まだ見ぬ音楽との出会いを求めてアナログレコードを手にとるようになり、新たな音楽に出会う楽しみを知る。大学卒業後は企業に就職しつつも、日々アナログレコードを収集する生活を送り、新潟の万代エリアにある八千代マンションにできたコーヒー店「dAb COFFEE STORE」でのポップアップを経て、2022年の暮れに自身のレコード店「LOWYARD RECORDS」をオープン。以降、生産枚数の少ないマイナーなアーティストのインディペンデントな音楽を新譜中心に紹介しながら、ニッチな音楽愛好家たちのコミュニケーションの場を提供。日々、アナログレコードだからこその音楽の魅力を発信している。

LOWYARD RECORDS

〒950-0904 新潟県新潟市中央区水島町 3-23 八千代マンション 202
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Photos:Shintaro Yoshimatsu
Words & Edit:Jun Kuramoto(WATARIGARASU)

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