楽曲から受け取ったイメージは、どのような思考と工程を経て映像へと形になっていくのだろうか? AIが確立してきた現在、クリエイターはその技術とどう向き合っているのだろうか?

ファッションフィルムや広告映像、アーティストのMVなど幅広い作品を手がけてきた映像作家・平野絢士さんとアートディレクター・平野千穂さん夫妻は、AIを制作のツールとして取り入れながらも、言葉にならない感覚や偶然を拾い上げる感性を大切にしている。

テクノロジーと人間の美意識が交差する、夫婦の映像制作の現在地とは? 東京・浅草にあるふたりが拠点とするカフェ、coffee and tea room CHOCOLATE JESUSにて話を伺った。

世界観を構築するという仕事

これまでにどのような制作をされてきたのか教えてください。

絢士:パリを拠点に活動するナタリー・レテ(Nathalie Lete)とのコラボレーションや新国立劇場バレエ団のプロモーション映像、アパレルブランドAKIKOAOKIのファッションフィルム撮影やショーの演出など、ファッション・アート関連の仕事が中心ですが、総合商社の社内向け動画や、商業施設の周年記念映像のディレクション・演出などの依頼をいただくこともあるので、いろいろですね。

千穂:私はファッション誌や映像作品のセットやプロップ(小道具)の制作、店舗や住宅のデザイン施工をしています。この場所(CHOCOLATE JESUS)は2017年にカフェとしてオープンしましたが、プロップやセットを作りながら作品を撮る場所としても使えるようにデザインしました。今は群馬県にあるチャペルのリノベーションを進めています。

絢士:それと、2022年からはふたりでオンラインスクールを開催しています。

これまでに制作されてきたものの中で、特に重要な作品はありますか?

絢士:いくつかありますが、2015年に作った『Je Te Veux』という映像作品かな。海外の映画祭やファッションフィルムフェスティバルで上映されたんです。その中でSHOWstudio Fashion Film Awardっていう海外のコンペティションでファイナリストに選ばれたんですが、どこかからその作品を見たレーベルの方から連絡をいただいて、YUKIさんのライブの幕間映像を手がけることになりました。それをきっかけに今はMVの制作にも携わっています。

MVはどの作品を手がけられたんですか?

絢士:最初は2020年のChara+YUKIのシングル『楽しい蹴伸び』のMV制作と、アルバム『echo』のジャケットのビジュアルディレクションをやりました。その次の年にリリースされたYUKIさんの両A面シングル『Baby, it’s you / My lovely ghost』では、僕は『My lovely ghost』のMVを制作しました。千穂もアートディレクションで参加しています。

それから、2023年リリースのアルバム『パレードが続くなら』ではアートワークのディレクションを務めて、最新作は『Share』ですね。ジャケットのビジュアルとMVをディレクションしました。

YUKI『Share』

人それぞれのパリとロンドンがあるからね。

映像制作の流れについて、依頼を受けてからの流れを教えてください。

絢士:毎回若干違うんですけど、基本的にはまずは打ち合わせをしてどのような映像が求められているのかを聞きます。商業的なプロモーションを目的とした依頼の場合は、その商品をどのように魅力的に見せるかを優先的に考えます。

ファッションフィルムやMVの場合は、デザイナーやアーティストと話をします。でも、その話題は必ずしも映像のための洋服や音楽の話だけではなくて、彼らが最近気になっていることだったり、プロダクトとして形になる前段階の哲学的な話もします。あとはムードボード*を見せてもらったり、MVなら音源を聴かせてもらったり。

そういった “完成形になるまでの過程でこぼれ落ちていった要素” をちょっとずつ拾いながら方向性を考えて、プランを資料としてまとめて依頼元に提出します。OKが出たら動画のための絵コンテを作って、制作はカメラマンや進行管理など複数の人と一緒に進めることがほとんどなのでスタッフに共有して、セットやプロップが必要な場合は千穂がその制作を進めていきます。

絵コンテはどのように作っているんですか?

絢士:今までは簡単な漫画みたいな絵コンテを描いてたんですけど、最近はAIを使ってイメージを生成しています。実際に作る前から具体的な確認が取りやすいし、問題点も把握しやすかったです。

最近、ビデオコンテをはじめてAIを使って作ったんですけど、照明さんには「過去イチわかりやすいビデオコンテだ」って褒められました。

*ムードボード:ファッションやインテリアなどのデザインや、マーケティングプロジェクトのシーズンテーマやコンセプトを視覚的に共有するために、抽象的な風景、アート作品や色、質感などをコラージュ状にまとめたボード。

セット制作はどのように進んでいくのでしょうか?

千穂:絵コンテができて大まかに作るものが決まってきたら、私が細かいアートディレクションを入れていきます。夫婦間で好みは近しいから、最初から細かな打ち合わせをすることはあんまりないです。でも、夫のディレクションだと可愛くなりすぎちゃうので、そこを修正していって、ファンタジックになりすぎないようにしています。

たしかに、平野さんが手掛けた作品は可愛いアイテムがたくさん使われているけど、トーンや空気感はただ可愛いだけではないですよね。

絢士:「可愛くてファンタジックなことをやっている」って言葉では言われるんですけど、細かいところではそうではないので、スタッフ間でもそれを伝えるのが難しいんですよね。当たり前だけど、「たとえばパリかロンドンかで言うと、今回はロンドン」って言っても伝わらないんですよね。

千穂:画像を共有したりして伝えてはいるけど、人それぞれのパリとロンドンがあるからね。

視点がふたつあるのは夫婦の強み。しかしトラブルは必ず起こる。

夫妻で制作に携わることの、強みを教えてください。

絢士:細かいことでも話し合う時間がたくさんあるっていうのと、男女で目線が基本的に違うから、お互いに自分が気付けないことに気付けることですかね。目線が2倍になるというか、同じ役割を違う方向からふたりで進めている感じです。

千穂:特に女性アーティストや女性向けブランドに携わる場合、同じ女性として気になる目線って男の人はなかなか気づきにくいですからね。

いつでも仕事の話をできると意見が合わない場面も出てくると思いますが、険悪になることはないんですか?

絢士・千穂:めっちゃありますよ(笑)。

夫婦間ではたっぷりと擦り合わせができると思いますが、他のスタッフさんとのコミュニケーションの時間は限られるので、プランやイメージの細部を齟齬なく共有するのは難しそうですね。

絢士:それは課題かもしれないですね。実際に、過去にはシーンの撮り間違えがあったこともありました。そこまでケアができなかった、自分の責任でもあるんですけどね。

それは大変ですね。トラブルや変更は、撮影につきものなのでしょうか?

絢士:そうですね……たとえば事前に作ったセットが自分たちで手配したトラックに入らなかったから、急遽その場で入るサイズに切って現場でどうにかしたり。

千穂:トラックにもいろんな大きさがあるのに、その時は知らなかったんだよね(笑)。

絢士:でもトラブルって、必ずしも悪いことばかりじゃないんです。たとえば悪天候の中での海沿いでの撮影では、想定以上の強風で現場はかなり大変でした。ただ、その荒れた空やうねる波、髪を巻き上げる風なんかが重なって、普段なら撮れないような印象的な映像になったこともあります。

ほかにも、屋外撮影の日が大雨だったことがあって、いろいろとトラブル対策をして臨んだんですけど、いざ撮り始める瞬間にぱっと晴れて、濡れている路面がむしろ意図された演出のようになったときもありました。だからある意味、変更対応することが当日の仕事になってます。どの仕事もそうだと思うけど、段取り通りにオールOK!ってなることはないですね。

AI学習と、師匠の背中を見て学ぶ弟子。その共通点とは?

先ほど、絵コンテではAIを使用したとおっしゃっていましたが、映像作品の制作においても活用されていますか?

絢士:スタッフ間では資料作成などで使ってます。一方で、公開される作品については、AIで生成されたものについてはルールがまだ整備されていないから、今の日本の映像制作ではちょっとまだ敬遠されているように思います。

でも、最近はかなりの割合でAIを使った制作の仕事をしてますよ。写真が1枚あれば、AIを使って映像に仕上げることができるんですよね。つまり動画撮影しなくても映像を作れるので、自由に使えるスタジオがひとつできた感覚というか。仕事がなくなるのではないかという不安の声もあるけど、僕は将来的な可能性がすごくあると思ってます。今後は写真技術が映像には必要になってくるんじゃないかな。

AIは何を使用されているんですか?

絢士:映像制作には、主にKlingAIを使っています。この生成AIはワンカット数十円くらいで画像や映像が作れるんです。

ただ、大量のカットを出力しようとすると、結構お金がかかりそうだなと思ったんです。だから、無料で生成する方法はないのかとChatGPTに質問したんですよ。そしたら、ローカル環境――つまり自分のパソコン上でAI生成を行う方法があると分かったんです。

なので今はさまざまなAIモデルや機能を組み合わせて使える、ComfyUIっていう生成AIの制作ツールもあわせて使っています。それに追加学習ファイルのLoRAを組み合わせて、自分の過去作品や目指したい雰囲気の画像を学習させていくんです。これを使うのはMacだと性能的に無理があるので、去年の12月に秋葉原でWindowsのゲーミングPCを買いました。インストールの手順から何から全てをChatGPTに教えてもらいながら、試行錯誤してます。

AIの学習はどのように進めるんですか?

絢士:画像と一緒に “この写真はこういうもの” っていうキャプションを入れるんです。ChatGPT曰く、抽象的なワードにしろとのことなので、off-balanceとかsoftとか、ChatGPTが選んだ4つの言葉に対して、「この画像はsoftだな、こっちはoff-balanceだな」っていう感じで、画像をパッと見たときの僕の感覚で分類して、学習させていくんです。

細かい説明はしないんですね。

絢士:情報量としては少ないですよね。でも、僕がこの写真を見てどう思っているのか、つまり、あいまいな揺らぎも含めて個人的な美意識を教えるのが大切みたいで。職人が「ここはもっとこうガッとするんだよ!」って言いながら弟子に感覚を伝えるみたいな感じで、過度な説明はしないんです。ただ、パターンを学習させすぎると ”過学習” になって、違いが出なくなるみたいなんですけどね。

千穂:さっきコミュニケーションついて話しましたけど、たとえばプロップをスタッフさんに揃えてもらうとき、私は画像を何パターンか並べて、リファレンスとして共有するんです。そのときに “作りたいもの” と ”近いけど、これは違う” っていう画像を入れるんですけど、人それぞれの解釈で引っ張られちゃうから、言葉ではそこまで説明しないんですよね。昨日、夫とその話をしてたら、「それってAI学習と一緒だよね」って言われて、本当だ!って思いました(笑)。

絢士:でも、学習ってきっとそういうことなんですよね。職人の背中を見て覚えることって、弟子は良いものと悪いものを見ながら「なんでこれはダメなんだろう?」って考えながら学んでいくわけじゃないですか。それって、今の人間同士ではできているのかって言われると、なかなかできていないんじゃないかなって。

千穂:人に教えてもらってすぐに答えを手に入れるよりも、一旦自分の中で考えることは大事だと思います。

自分の中の無意識を見つめて、世界観を広げよう。

最後に、おふたりは映像を教えるオンラインスクール「Anderson film school」も開催されていますが、世界観の構築や映像表現について、受講者に必ず伝えていることはありますか?

千穂:言葉にすると簡単だけど、「自分と向き合って、自分の無意識の中に入っていくこと」ですね。

絢士:偶然とか無意識に目を向けられるかどうかがカギなんです。変なことを思いついても、真面目な人ほど「これは使えないだろうな」って自分で蓋をしちゃうんですよ。でも、その蓋を開けないと、面白いものって出てこないんです。人それぞれの観点が大事なので、ダジャレ的な思いつきでも、たまたま見たものでもアイデアとしてひっぱり上げてカタチにしようとすると、意外とそこから広がってくるんですよ。

千穂:くだらないことでも、恥ずかしい気持ちがあっても、どんどんぶつけてきてほしいよね。

絢士:考え込んで作るよりも、偶然や深層心理のくだらないものから広げて、それを比喩で表現したり、何かに置き換えて作り上げていったもののほうが面白いと思うんです。個人的なストーリーって、不思議と他人にも共感されるんだよね。

千穂:誰か忘れちゃったけど、哲学者の言葉で「人間は子どもとして完成して生まれてきて、だんだんと劣化して大人になってしまう」って言ってて。自分の中にある “くだらないもの” を表に出すのって、大人になっちゃうとなかなか難しいから、それを引き出すサポートをするのが私たちの役目だと思ってます。

平野絢士

映像作家。コントリビューターとしてSHOWstudioからファッションフィルム作品を発信している。2016年トランシルバニア国際短編映画祭 ベストファッションフィルム賞 受賞。妻・千穂とともに、オンラインクリエイションスクール「Anderson film school」を主催。

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平野千穂

東京・浅草のcoffee and tea room CHOCOLATE JESUS オーナー。ファッション誌や広告撮影での美術、ファッションショー、インスタレーション、映像作品などのセットデザインから、店舗や住宅のデザイン施工、現在はチャペルのリノベーションを手掛けている。

Photos:Soichi Ishida
Words & Edit:May Mochizuki

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