カバー曲とは、過去にリリースされたオリジナルの楽曲を、同じ歌詞、同じ曲の構成のまま別のアーティストが演奏、歌唱、編曲をして録音された楽曲のこと。歌い手や演奏が変わることでオリジナルとは違った解釈が生まれ、聴き手にその曲の新たな一面を届けてくれます。ここではジャンルや年代を超えて日々さまざまな音楽と向き合うオーディオ評論家の小原由夫さんに、曲の背景やミュージシャン間のリスペクトの様子など、カバー曲の魅力を解説していただきます。

「Killer Joe」と「That’s Killer Joe」──2つのアプローチ

音楽用語でいう「ヴォーカリーズ」(Vocalise)は、「歌詞がなく、母音だけで歌う唱法」のことだ。もともとは発声練習であったが、後にひとつの音楽表現として使われるようになった。よく似た表現として「スキャット」があるが、こちらは「シュビドゥバ」とか「ダバダバ」といった音節で即興的に歌うもので、ジャズやポップスでの歌われ方になる。対してヴォーカリーズは、言葉として表現されないため、メロディの美しさやテクニックがストレートに伝わる。どちらかというとそれはクラシック的歌唱だ。

一方、ジャズにはスペルが若干異なる「Vocalese」というスタイルがある。これは、楽器のソロ(アドリブ)に後から歌詞を当てはめて歌うもので、「声を楽器のように使う」という点では共通しているものの、複雑なアドリブを漏らさず歌い上げ、しかも歌詞にストーリー性を持たせている点が特色だ。

ジャズのヴォーカリーズの第一人者は、ジョン・ヘンドリックス(Jon Hendricks)が率いた男女3人のヴォーカルトリオ、ランバート、ヘンドリックス&ロス(Lambert, Hendricks & Ross)だ。マンハッタン・トランスファー(The Manhattan Transfer)のアルバム『Vocalese』は、そのリーダーであったジョン・ヘンドリックスが作詞した歌詞を使い、コンサルタントとしてヘンドリックス自身を招いて製作された1985年のアルバムである。

一方、オリジナルの「Killer Joe」はジャズサックス奏者ベニー・ゴルソン(Benny Golson)の作曲で、1960年リリースのアルバム『Meet the Jazztet』に初収録されたナンバー。ジャズテット(The Jazztet)は、アート・ファーマー(Art Farmer)との双頭バンドだ。

Killer Joe

マンハッタン・トランスファーのカバー演奏「That’s Killer Joe」は、オリジナル演奏の奏者各々のソロをメンバーが歌い継いでいる。トランペットのファーマーのソロは、シェリル・ベンティーン(Cheryl Bentyne)が歌い、ゴルソンのソロをティム・ハウザー(Tim Hauser)、トロンボニストのカーティス・フラー(Curtis Fuller)のソロをアラン・ポール(Alan Paul)、ピアニストのマッコイ・タイナー(McCoy Tyner)のソロをシェリル・ベンティーンとジャニス・シーゲル(Janis Siegel)がそれぞれ担うという具合だ。これが躍動的かつダイナミックで、聴いていて実に楽しい。

That’s Killer Joe

ジャズテットの「Killer Joe」は、王道的ハードバップの形体に沿っている。キャッチーなメロディーは、曲の冒頭のナレーションで語られているようないわゆる “ワルい男” を題材にしたものといわれているが、後にジャズスタンダードとして広く認知され、ポップスやヒップホップのカバー演奏、さらにはサンプリングソースとしても使われて人気曲となった。メロディーのなんとなくスリリングな雰囲気が、まさしく街のならず者っぽいムードを醸し出している。

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Words:Yoshio Obara

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