”いい盤” は刻まれている音楽とあしらわれているジャケットデザインの蜜月によって生まれ、ひとつのアートピースとなる。 その組み合わせの背景を探ってみる企画。 今回は、活気に満ちているニューアンビエントシーンの新星、TIBSLCのセカンドアルバム『Hypertranslucent』に注目。 アートワークはミュージシャンとしても活動している3DアーティストのFRKTLが手掛けてる。 シーンの裏側を振り返り、音楽を見事に可視化したアートワークの妙について考える。

都市を表現するダブ “スケープ”

かつてのアンビエントやノイズといったいわゆるエクスペリメンタル系の音楽は、仄暗く小さなショップでひっそりと扱われるか、大型チェーン店では端っこに追いやられ(こちらは相変わらずどころか拍車がかかる一方)、煙たがられていた。 しかし近年はいくつかのメディアの影響からか、印象が大きく変わってきているようだ。

あらゆるジャンルをピックアップし、有名無名を問わずプレイリスターやDJが音楽に対する偏愛を語り、鳴らす、インターネットラジオ局の「NTS Radio」。 不可解なもの(変なものという意味ではなく ”未知のもの” )を積極的にプッシュする、レコードを中心に展開するオンラインストア「Boomkat」。 そしてインディーズアーティストを中心にさまざまな曲に出会える音楽プラットフォーム「Bandcamp」。 イメージの変化を後押ししたのは、確実にインターネットだ。 それに加えてもうひとつの大切な要素が、高クオリティなデザインとアートワークの採用。 それがさらに間口を広げたと考えられる。

『Hypertranslucent』

群雄割拠のムーブメントを突き動かすスモールレーベルが多数存在する中、特にここ最近で評判が高いのが、2017年にイギリスのマンチェスターでウィル・ボイドによって立ち上げられたレーベル「sferic」だ。 彼はNTS RadioのレジデントDJとしても活動をしており、sfericから盤が出ればBoomkatがその都度フィーチャーする。 ジャンルで分けるならsfericの音楽はアンビエントに該当するだろうが、旧来のスピリチュアリズムに裏打ちされた爽やかな環境音楽ではなく、まばらに散りばめられた雨音やノイズ、ポエトリーリーディングのように流れてくる人の声がシンセサウンドに巧みに混ざり合い、都市のダークサイド、マンチェスターの鈍い気候などを音楽で表現しているように感じる。

sfericが見出したタレントには、トム・ヨークもフェイバリットに挙げるユニット「Space Afrika」がいる。 元々はどちらかといえば典型的なダブテクノのユニットだったが、重たいダブ “スケープ” に振り切ったことで評価を高めたファーストアルバム『Somewhere Decent To Live』はsfericよりリリースされている。 彼らの音楽は時に “タペストリー“ と言われることもあり、まさに様々なファクターが織り込まれる叙事詩的な芸術性を帯びている(BLMの問題が白熱化した2020年にセルフリリースされたミックス『hybtwibt?』も傑作。 スペース・アフリカは黒人ふたり組)。

超半透明な音楽とアートワークの融合。

『Hypertranslucent』

そんなsfericに所属するもうひとりのタレントが、今回取り上げるドイツのライプツィヒを拠点とするTIBSLCだ。 ウクライナの電子音楽プラットフォーム「KIIBERBOREA」からEPをリリースしていたが、sferic参画以前はほぼ無名。 昨年、2021年にsfericからリリースしたたファーストアルバム『Delusive Tongue Shifts – Situation Based Compositions』が絶賛され、間髪入れず(というかほぼ同時期)に作られていたのが、今回の『Hypertranslucent』である。

その奇妙なアーティストネームは、「The International Billionaire’s Secret Love Child(=国際的な億万長者の隠し子)」の頭文字を取ったもの。 いくつかの批評メディアはこの名前について、あえて安っぽい名前をつけてシーンを皮肉る、現代アートのような姿勢ではないかと見立てている(マルセル・デュシャンの便器が宝物扱いされる、みたいな感じだろうか……)。

『Hypertranslucent』

音楽そのものに関しては、先述したsfericのカタログ全体に共通する特徴ともちろんフィットするのだが、スペース・アフリカのような深層まで響くディープさはなく、ヒプノティック(=催眠的)なシンセサウンドを軸に、ギリギリ知覚できるくらいの繊細で微細な音、例えば流れる水の音や草のそよめき、セミの鳴き声、レコードノイズといったアナログ音のコールアンドレスポンスによって構成され、疾走していく。 評価のポイントはすべての構成要素がシームレスに繋がっているところ。 それらはごちゃ混ぜになっているのではなく、しっかりとリズムを形成している。 さらに、エレクトロニック・レジェンドであるアンドリュー・ペクラーやヤン・イェリネックにも通じるTIBSLCの優れたコンポジション能力。 そして、聴いた瞬間に広がる空間性や神秘性だろう。

『Hypertranslucent』は先の通り、『Delusive Tongue Shifts – Situation Based Compositions』の延長線上にあると思われるため、音楽的には大きな差異はない。 しかし、とりわけビジュアル、プロダクトという観点でよりコンセプトが明快な印象だ。 『Hypertranslucent』の意味は「超半透明」。 半透明になれば、潜在的な中身がぼんやりとだが顕在化される。 TIBSLCの音楽はまさに、そういった細部に対してスコープするような音楽で、”Hypertranslucent” は彼の表現を最も端的に言い表した言葉だろう。

『Hypertranslucent』

ジャケット表のこれもまさに “Hypertranslucent” 的な3Dアートワークだ。 担当したのは、自身もミュージシャン・DJとして活動している女性オーディオビジュアルアーティストのFRKTL。 彼女の作品は、ヴェイパーウェイヴのような色使い、オブジェクトのものもあるのだが、岩肌や鉱物、川面、水、貝殻などの自然物を3Dの仮想空間の中に登場させ、息吹を与える作風で一貫している。

『Hypertranslucent』

ムービー作品もいくつかあり、そういった(架空の)有機物は、エイリアンのように不思議な脈動を続ける。 ここでTIBSLCの音楽について振り返ると、有機物と無機的要素の融合、そしてそこにあるリズム、という点で繋がってくるはずだ。 FRKTLは常に外部と内部を繋げる、つまり音楽を言語化する装置として、アートワークを創造すると言う。 今回もその志向が結実したと言えるだろう。

また『Hypertranslucent』のスリーブ裏面に配されているタイトルのタイポグラフィはエンボスによる高級仕様で、ヴァイナルはシルバーに近い美麗なクリア。 一球入魂じゃないが、sfericの盤はリリース頻度は高くないものの、いつも気合いと自信を感じさせる。

『Hypertranslucent』

Words: Yusuke Osumi(WATARIGARASU)
Photos: Shintaro Yoshimatsu