どこにいてもインターネットで自由にモノが買える時代に、あえてアナログレコードを買いに旅に出かける。音楽が繫ぐネットワークは、私たちをどこまで連れて行ってくれるだろう。そんな思いがけない出会い(=セレンディピティ)を求めて今回訪れたのは、新潟県新潟市。そのなかでも信濃川以北のユースカルチャー発信地、感度の高い若手クリエイターやローカルショップが集まる古町(ふるまち)エリア……ではなく、メインストリームを分かつ信濃川以南(新潟駅側)の万代(ばんだい)エリアへと赴いた。

2018年、同エリアに70年代より建っている八千代マンションを改装して自身のコーヒー店「dAb COFFEE STORE」を構えた小林大地さんは、地域の人たちが気兼ねなく通える場所をつくることで、町の外れにあたる場所にも新たな状況を生み出してきた。音楽を彷彿させる店名、血の通ったコミュニケーション、丁寧に淹れられたコーヒーとともに聴くアナログレコード。そんな店全体に溢れたアナログ愛に惹かれてか、2022年の暮れに同マンション2Fにレコード店をオープンさせたのは、「LOWYARD RECORDS」の齊藤達也さん。記事の後半では、小林さんに触発されながらも、自身の店をはじめるに至った経緯について訊きながら、ひとつ屋根の下で交差する人々の人生と、その傍にあるアナログレコードの魅力に触れた。

1F dAb COFFEE STORE 地域の人々に開かれた場所。

まず最初に訪れたのは、八千代マンション1Fに店を構える「dAb COFFEE STORE」。淡いトーンと自然素材で構成された決して主張し過ぎない店内には、柔らかな光が注がれ、奥まった一角では何やらPOP-UPも開かれているようだ。

小林さんは以前、東京のLittle Nap COFFEE STANDのバリスタとして働き、かつて原宿にあった、ショップやカフェに加え、イベントなどを行うフリースペースが併設されたVACANTにいらっしゃったそうですが、どうして新潟でコーヒー店をやることに?

小林:大学時代にロサンゼルスに交換留学で行っていたんですけど、キャンパスまでの道すがらにコーヒー店があって。名前は憶えていませんが……(笑)、そこではじめて友達ができたんですよね。コーヒー店をやりたかったのは、その店のように地域の人たちが集まれる空間をつくりたかったから。大学卒業後にLittle Napで働きはじめ、そこで4年半ほどコーヒーを勉強して独立。いまに至るという感じです。僕は新潟の出身なので、いつかは地元で自分の店をやりたいと思っていたんですよ。

現在のお店をオープンさせた2018年ごろの万代エリアは、どのような状況だったんですか?

小林:とりたてて開発が進んでいたエリアではありませんでしたが、気の利いた店がポツポツできはじめていました。ただ、高校卒業後は東京に行ったきりだったこともあり、あまり地元のことを知らなかったんですよね。だから、まずは友達をつくることからはじめようとしたものの、お店をやっている人たちって、ひとまわり上の世代が多くて、比較的若い世代がまわりに全然いなかったんです。なので、最初は交友関係を広げるのに苦労しました。

この物件(=八千代マンション)を選んだ理由は何だったのでしょうか?

小林:当初より、アートや写真の展示、POP-UPイベントができるサイズ感の店を探していたのと、同フロアにdelica&liquor conneという人気ビストロも入っていたので、いろいろな人にも出会えて面白くなりそうだなと、この物件に決めました。

実際、想い描いたようなコミュニティの広がりはありましたか?

小林:そうですね。最初の2、3年は目の前のことで必死だったので、あまりローカルな人たちと交流する機会をもてなかったのですが、ここ数年はいろいろな広がりがありました。t0ki breweryという、佐渡にあるクラフトビールの醸造所と一緒にコーヒービールもつくったり、今日もちょうど、ウメダニットという新潟の五泉市でニットをつくっている会社のブランドがPOP-UP出店してくれています。あと最近、新潟でモノづくりをしている人たちと一緒に「新潟ベンチウォーマーズ」というチームを立ち上げたんです。カーブドッチワイナリー、阿部農園などのメンバーで県外へイベントをしに行ったりもしていて、昨年は代官山でイベントをやってきました。

チーム新潟でいろいろな場所を訪れることで魅力が伝播し、それによって新潟まで足を運んでくれる機会が生まれるといいですよね。

小林:そうなってくれれば嬉しいですし、一度は新潟を出た同世代の人たちがもう一度こっちに戻ってきて、お店をはじめるような状況が生まれたらもっと楽しくなると思うんですけどね。

ところで、dAb COFFEE STOREという店名の由来は?

小林:店名はなかなか決まらなくて、とりあえず自分の名前の頭文字をとって、 “D” からはじまる言葉を書き並べていったんです。そのなかでも、dAbって左右対称でロゴにもしやすそうだったし、 “既存の音楽に新たな要素を加えて、違う異なる音楽体験にする” 音楽のダブにもインスパイアされていたので、それで決めたところがあります。この店をきっかけにこの街にも新たな要素が加わることで、また異なる体験や流れが生まれたらいいな、と。まあ、それは後づけで、ダブの綴は “Dub” ですし(笑)。

思い出の集積がつくり上げる空間。

音楽にルーツが窺える店名からして音響まわりにもこだわりがあると思うので、店内の音響機材にも触れていきたいのですが、店内BGMはレコードプレーヤーのブースから流れており、アナログレコードの販売もされているようですね。これらの機材は開店時から設置されていたモノなのでしょうか?

小林:当初は、カウンター内にレコードプレーヤーを設置してアナログレコードをかけていたんですが、スピーカーを買い換えたタイミングでカウンターの外にブースをつくりました。代々木上原にあったヴィンテージインテリアショップの「ARKESTRA」が店仕舞いする際、店主さんから安く譲ってもらった12面体の無指向性スピーカーは、奈良で設立され、現在は山梨県の北杜市を拠点とする「listude」のsceneryというモデル。新潟では有名な古町エリアのレコードバー「BAR HALLELUJAH」や、少し前に閉店してしまった代々木八幡のレストラン「NEWPORT」の店主さんたちからは、古いミキサーをそれぞれ譲り受けたりもしています。機材だけではなく、マグカップはLittle Nap COFFEE STANDで使っていたモノを使用していて、この店には、これまで自分が出会ってきた人たちに紐づいた思い出の品々が溢れているんです。

小林さんがこれまで通ってきた軌跡がコーヒーだけではなく、この空間全体から感じとれるわけですね。ちなみにこのあとLOWYARD RECORDSに伺うんですが、店主の齊藤さんはもともと知り合いだったそうで。

小林:店をはじめてすぐに来てくれるようになったお客さんだったんですけど、初対面なのに「お兄さん、アナログレコードが好きなんですか?」と、カウンター越しの席に接近してきたので、「変なお客さん」というのが最初の印象でした(笑)。でも、そこから毎週のようにこの店に通ってくれて、彼もいろいろあったみたいなんですけど、いまではこのひとつ上の階で自身のレコード店をもつようになって。自分もそこでアナログレコードを頻繁に買うようになりましたし、同世代のプレーヤーが増えて嬉しい限りですよ。

2F LOWYARD RECORDS オーナー、齊藤達也さんのレコード馴れ初め。

dAb COFFEE STOREを出てすぐ脇の階段を上がり、「LOWYARD RECORDS」へ。ここからは、自身でレコード店をやるなんて想像すらしていなかったという齊藤達也さんのレコード馴れ初めを訊いていく。

LOWYARD RECORDSは、どのようなきっかけでオープンされたのでしょうか。

齊藤:大学卒業後、サラリーマンとして音楽とは無縁の仕事に15年ほど就いて、その間、趣味としてアナログレコードを買い続けていたんですね。当時は大好きなアナログレコードが買える生活が続けられれば、くらいに思っていたのですが、dAb COFFEE STOREの大地くんに「そんなにアナログレコードが好きなら、お店をやったら?」と声をかけてもらって。それを機にdAb COFFEE STOREで月に1度、自分でアナログレコードをセレクトし、カフェ奥のPOP-UPスペースで販売させてもらうことになりました。ただ、気軽にはじめてみたところ意外と反響があって。そうこうしていたら偶然、同マンションの2Fの店舗が空き、このチャンスを逃したら後悔するかも、と会社員の片手間でレコード店をはじめることに。自分でレコード店をやるなんて思ってもみなかったですよ。

齊藤さんがアナログレコードを手にとるようになったきっかけは?

齊藤:CD全盛だった学生時代に兄の影響で洋楽を聴くようになり、オアシス(Oasis)やブラー(Blur)などのブリットポップを軸にいろいろな音楽を掘るようになりました。次第にアナログレコードでしか聴けない音楽があることに気がつくようになると、もっと知らない音楽を聴きたいという好奇心から、アナログレコードを手にとるようになりました。最初は70、80年代の音楽をたくさん聴いていたのですが、リアルタイムの新しい音楽も聴くようになると、よりアナログレコードの魅力にのめり込んでいきました。

現在は会社を辞め、LOWYARD RECORDS一本でやられているんですよね?

齊藤:そうです。当初は週末だけお店を開けていたので、衝動的に会社を辞めたというよりは、徐々に準備を進めていったのですが、やっぱり、いざお店をはじめてみると、いろいろとやりたいことが出てきてしまい……。会社員の片手間ではどうしてもできないことが増えてきて、店をはじめて2年目に思いきって会社を辞めました。

当時の新潟にはニューリリースのアナログレコードを扱うレコード店がまだあまりなくて、ここに足を運んでくださる地元のお客さんは、普段はインターネットで逐一新譜をチェックしているような方がほとんど。要は一定の需要があることがわかりましたし、いい反応を直に見られたこともあって、ここで店をやる意義が見出せたというか。会社員を続けていれば、生活の保証はあったかもしれないですけど、後悔はしてないですね。

新譜のなかでもどのようなセレクションが主になっているんでしょう?

齊藤:新譜といってもメジャーな音楽ではなくて、世界でも数百枚しかプレスされていないインディペンデントな洋楽のアナログレコードなどを扱っています。ただ、どうしてもマイナーな音楽にはなるので、認知度を上げる工夫はしていかないといけなくて。常連さんたちと一緒にインストアのDJイベントをしたり、プレイリストを更新したり、自分が新しい音楽が好きな理由を極力発信していけるように音、言葉と、あらゆるものを駆使して、まだ未知の音楽の魅力を発信しています。

最近、齊藤さんが注目している新しい音楽シーンってありますか?

齊藤:まだジャンルの名前が確立されているわけではないのですが、デンマーク・コペンハーゲンのシーンですね。90年代にムーブメントとなっていたマイ・ブラッディ・ヴァレンタイン(My Bloody Valentine)などのシューゲイザーが2025年の新たな気分で盛り上がりをみせていて、モリーナ(Molina)などの若手アーティストをどんどん輩出していることもあり、注目しています。デンマークに限らず、ドイツ・ベルリンのナエミ(Naemi)、フランス・リヨンのジョナ(Jonnnah)など、シューゲイザーに対する既存のイメージを刷新するようなアーティストたちが増えてきているんです。

アナログレコードは、人生とともに。

自身のレコード店をもてばこそ、より深掘りできる音楽がある。さらには自身の好きが地域の需要と結びつくこともわかった。思いきって会社を辞めたことで、すべてが前向きになっているように映ります。

齊藤:ただ僕、実はアナログレコードが原因で離婚したことがあるんですよ。それで、いろいろ吹っきれてPOP-UPをはじめたところがあって……。

そうだったんですか!?

齊藤:以前のパートナーから「どうしてそんなにレコードを買うの?」と度々言われることがあって、生活に支障をきたさない程度にアナログレコードを買っていたんです。ところが、新居を探すために物件を見にいった結婚2年目のある日の帰り道に、「そろそろレコードは卒業してほしい」「お金に余裕があるなら家計に入れてほしい」、最終的には「結婚生活とアナログレコード、どっちをとるの?」と迫られてしまい……。

もしかして、物件を見にいったとき、レコード棚が入るかメジャーで測ったりしていたんじゃないですか?

齊藤:完全にやってしまっていましたね……。レコードは2,000枚ほどあったので、この部屋はレコード部屋にしよう、と。最初、パートナーは冗談で言っていると思っていたんです。でも、そうじゃなかった。いろいろあったんですけど、レコードのない生活はどうしても考えられず、最終的には「ごめんなさい、アナログレコードでお願いします!」と、こっちを選んだわけです。夫としては失格ですけど、レコード店としては大金星ですよ(笑)。

まさに、アナログレコードと歩む人生ですね。でも、いまはもう我慢せずにアナログレコードを聴けますし、家でニッチな音楽をかけても怒られませんね(笑)。

齊藤:うちのお客さんにも同じような境遇の方は多くて、「今日買ったアナログレコード、後日とりに来てもいいですか?」ってよく言われるんです。アナログレコードを買って帰るとパートナーに怒られるというのは、既婚者あるあるのようですね(笑)。ただ、別々の人生を歩むことを選んだにもかかわらず、「レコード店をやるなら応援するよ」と、前妻にはLOWYARD RECORDSのオンラインサイトをつくってもらったんです。本当、ありがたいですよね。

レコード店が果たすべき役割。

LOWYARD RECORDが目指しているレコード店像のようなものはありますか?

齊藤:原宿にあるBIG LOVE RECORDSに20代のころ通っていて、いまでもよく行くんですけど、レコード店の楽しさを教えてもらった店だったので、常にお手本にしているんです。新しい音楽を教えてもらいながらビールが飲めたり、お茶ができたり。お客さん同士が仲良くなれる余地があるんです。そういった音楽+αの体験をいつか自分の店でもやりたくてはじめたところがあるんです。

レコード店には、単にアナログレコードを買うだけではない、音楽にまつわる体験が溢れているんですね。ところで、LOWYARD RECORDSの店名にはどのような由来があるのでしょうか?

齊藤:「LOW(=低い)」と「YARD(=庭)」を組み合わせた造語なんですけど、メジャーなハイファイサウンドというよりは、インディペンデントで手づくり感のあるローファイサウンドのような音楽文化を、新潟という地方都市でも育てていきたいという想いを込めてつけました。だからこそ、店舗でしか味わえない楽しさを、もっと多くの人に体験してもらいたいんです。「サブスクリプションでいくらでも音楽が聴ける時代に、どうしてわざわざアナログレコードを?」と思っている人もいるでしょうけど、アナログレコードを聴いたり手に入れたりする楽しさや、そうした体験を提供するレコード店に通う面白さを、もっと多くの人に伝えていきたくて。アルゴリズムによる音楽との出会いもいいかもしれないですけど、また違った視点からも提案ができるのが僕たちレコード店の役割だとも思うんです。マイナーな音楽が好きな人たちって大衆受けすることがないから孤立しがちだと思うんですけど、こういう店があることで強固な繋がりをもてるんです。先日、この店でもバンドを組んだお客さんたちがいるくらいなので。

齊藤さんに限らず、誰もが人生の節目に聴いた(もしくは、これから聴くであろう)時に笑い、時に涙するような思い出のアナログレコードは、それらを愛すればこそ特別なモノとして、これからもそれぞれの人生の傍に寄り添い続けるはず。そして、こうした感覚をシェアできるような場所が、人々の自然な繋がりによって自発的に、それも町外れの八千代マンションという場所に醸成されていた事実に、コーヒーや音楽がもつ可能性を改めて実感させられた。

次回は新潟の続編として、リニューアルされたVMシリーズのカートリッジを使用したLOWYARD RECORDSでの針J体験記事をお届けする。

dAb COFFEE STORE

〒950-0904 新潟県新潟市中央区水島町 3−23 八千代マンション1F
dabcoffeestore@gmail.com
OPEN:8:00〜17:00(土日:9:00〜17:00、定休日:月)

HP Instagram

LOWYARD RECORDS

〒950-0904 新潟県新潟市中央区水島町 3-23 八千代マンション 202
080-5422-8680
info@lowyardrecords.com
OPEN:15:00~22:00(定休日:火) 

HP Instagram

Photos:Shintaro Yoshimatsu
Words & Edit:Jun Kuramoto(WATARIGARASU)

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