築地は、東京都中央区に位置する歴史的なエリアだ。1935年から2018年まで、83年間にわたって営業していた築地市場には仕入れに通う食のプロはもちろん、場外市場には国内外からの観光客も集まり、食文化の中心地として賑わっていた。市場が豊洲へ移転した現在、場外市場は食材から調理器具まで食にまつわるあらゆるものが揃う総合市場として引き続き賑わいをみせる一方、場内市場の跡地では大規模な再開発が進められている。

2025年11月2日・3日、『Analog Market(アナログマーケット)』はそのすぐ近くにある築地本願寺で開催される。レコードや古物などが揃う蚤の市、こだわりが詰まったフードマーケット、そして日本初上陸のサウンドシステム「Oswalds Mill Audio」を体験できる『Deep Listening(ディープリスニング)』など楽しみどころが盛りだくさんの本イベントだが、今回はターレを改造したDJブースから音楽を届ける試み、『TSUKIJI RADIO』についてご紹介する。

かつての築地市場の象徴が “音を届ける装置” として登場

市場では荷物運搬に欠かせない存在として活躍する小型のトラック「ターレ」。その名は英語の「ターレットトラック(turret truck)」に由来し、“旋回するもの” を意味する。ターレットは360度旋回する円筒形の動力部を指し、日本では略してターレと呼ばれている。

かつて築地市場で活躍していた2,000台を超えるターレは現在、移転に伴い2018年10月に豊洲市場へと移動している。このときの移動は早朝の都内をターレが連なって走る壮観な光景となり、注目を集めた。

築地から移動したターレは、豊洲市場で引き続き活躍している

今回のAnalog Marketでは、このターレが「音を届ける装置」として築地に復活する。1999年にロサンゼルスで発足した非営利インターネットラジオ局dublabの日本ブランチ〈dublab.jp〉と手を組み、ターレの旋回する動きをレコードの回転になぞらえてDJ/ラジオブースへと昇華させる試みだ。

音楽という表現を通じ、築地が培ってきた歴史や文化への理解と尊重を促すとともに、未来の築地を担う世代へと想いを継承していくべく、築地に縁のあるDJたち、そしてdublab.jpがキュレーションするアーティストたちが共演し、ターレDJブースからスペシャルプログラム『TSUKIJI RADIO』をお届けする。

その舞台となるターレを制作するのが、山梨県を拠点に活動する〈SAMPO Inc.〉だ。モバイルハウスから始まったこの集団は、特殊内装やアートワークとしてのスピーカーなど、アート、音、生活、身体、そして空間にまつわるものを創り出している。最近では、大阪万博において竹中工務店、SOWA DELIGHTと共同で海上彫刻を発表した。

彼らは、創業60周年を記念して開催された第1回からAnalog Marketに参加し、第2回の2023年では会場内に設けたオーディオテクニカのさまざまなレコードプレーヤーとヘッドホンで音楽を楽しめる空間『Deep Listening Room』のクリエイションを担当した。そのCEOであり大工/作家として活動する村上大陸(むらかみ りく)氏に、今回の制作について話を聞いた。

トラブルを乗り越えて制作は進む

ターレDJブースの制作依頼について、どんな背景があったのか教えてください。

Analog Marketの総合プロデューサーである松本さんから以前、「ターレって面白い乗り物なんだよね」っていう話を聞いたんです。たとえば、電気自動車で有名なTESLA社が誕生するよりも前から全電動で走ってたこととか。

ターレについて調べてみたら1920年くらいのイギリスの運搬車が起源で、それが戦後の日本に持ち込まれて、日本人が模倣したのが始まり。昔はガソリンで動かしてた時期もあったけど、環境にも魚にも悪いから2000年以降はバッテリーを積んだ電動のターレがどんどん導入されたみたいです。

今のターレは日本固有のもので、初期と現在でデザインはほとんど変わってないんですよね。触ってて仕組みがだんだんわかってきたんですけど、ターレの構造はすごくシンプルで、スーパーカブや軽トラに近い、働く車なんだなって。

シンプルイズザベストというか、だから昔から変わらずに普及してるんですね。

港や市場が繋がっていて、その間を繋いでいるのがターレだから、築地にとっては欠かせないものだったと思うんです。そこで「魚の物流」を「音の物流」に捉え直して、この企画は動き始めました。

今回のAnalog Marketでは築地に縁のあるDJ、dublab.jpがキュレーションするDJたちがプレイしますが、「築地といえばターレ」ということで、普段は体験できない音楽体験ができるといいなと思って制作してます。

ベースとなるターレは、どうやって手に入れたのでしょうか?

オークションとかで色々と探して、最終的に自分の地元の北九州市のとある工場から手に入れました。もともとグレーと緑のカラーリングだったんだけど、塗装する前の工程で表面をちょっと削ってみたら、その下から青とかオレンジとか、他の色が塗り重ねられた歴史が出てきたんです。だから結構古いターレなのかも。今は動かないからバッテリーを積み替えたりとかちゃんと走るように整備して、また走れるようにします。

拠点の山梨まではどうやって運んできたんですか?

それはね……トラブルがあって(笑)。

最初は4トンの平ボディ(荷台が平らで、屋根や箱がついていない)トラックで運ばれてくるって聞いてたから、ターレを吊り降ろせるように単管パイプでクレーンのシステムを組んで待ってたんです。そしたら、実際に来たのは14トンのウィング(箱型の荷台部分の側面が上に跳ね上がるように開く仕組みの)トラック。

4トンが14トンに?

そう。敷地ギリギリくらいの大型トラック。

単純にクレーンで釣り上げて降そうと思ってたんだけどそれは使えないから、そのときは朝6時くらいに起きてトラックの荷台にピッタリ合う舞台のようなものを単管とベニア板で急遽組んで、クレーンを使いつつそこを転がして降ろしました。

東京まではどうやって運搬するんですか?

東京までは……考え中です。なんとかします(笑)。

組み上げていた単管パイプのクレーンを見上げる村上さん。荷下ろしは想定していたようにはいかなかった
組み上げていた単管パイプのクレーンを見上げる村上さん。荷下ろしは想定していたようにはいかなかった

築地市場に想いを馳せて

デザインや設計の構想はどうやって膨らませましたか?

ターレは今普及している電気自動車よりも昔から在る最先端のものだから、過去と未来が合わさったレトロフューチャーというか、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のデロリアンみたいな角張ったデザインからイメージしました。でもちょっとシックに、今もターレを実際に使っている人たちがいるので、原型は壊しすぎないように。

あと、放射状に広がる道が「血管」で、そこを走るターレは「血脈の中を通る細胞」のようなイメージもあります。今回は狭いし、ダ・ヴィンチの『ウィトルウィウス的人体図』みたいに、人を中心に放射状に配置してDJの手が届くところに全てがあるような建築にしたいですね。

普通、CADを使う人は3Dで作ったデザインをそのまま制作していると思うんだけど、僕の場合は3Dと実物は結構違う結果になるんです。ターレを改装したことはこれまでにないし、それを楽しみながら、作りながらデザインを実物に馴染ませていければって思ってます。

CADで制作した3Dデザイン
CADで制作した3Dデザイン
制作中のDJブース。骨組みは鉄フレームを溶接、外装にはアルミ複合板
制作中のDJブース。骨組みは鉄フレームを溶接、外装にはアルミ複合板
塗装完了。ここからスピーカーやターンテーブルを搭載していく
塗装完了。ここからスピーカーやターンテーブルを搭載していく

具体的にはどのようにしていく予定ですか?

内装のトーンはダークウッドで揃える予定です。今回、築地本願寺でのお披露目ということもあって、和洋の境界を越えるべく繊細なウッドワークを心がけて制作しています。小さいながらも、落ち着いてスッと選曲に入り込める空間の仕立てにしたいですね。DJの痒いところに手が届くようなデザインになればいいなと。小学生の兄弟とお父さんの親子3人で結成されたN.A.D.P(Nice And Decent People)がDJとして乗ってくれると聞いたのもあって、彼らが全員乗って親子セッションしている姿も想像しながら制作してます。

それと、築地市場についても調べたんですが、1930年代に開業して、90年代初めくらいまでに移転が計画されて、00年代に入ってから豊洲への移転が決まったっていう歴史があるんです。だから、移転が決まる前できっと築地に一番活気があったであろう時代の80年代のスピーカーを搭載したいなって思ったんです。

どんなスピーカーを搭載するんですか?

昔ながらの3ウェイで、ウーファーが重いDIATONEのDS-77HRを組み込もうかと。スピーカー単体というよりは、ターレごと鳴ってる感じにしたいです。

今回は時間的に間に合わないけど、ソーラーパネルをつけたら後々はオフグリッドな使い方もできるかなって。終わってもアップデートは続けて、展示や築地のイベントで使えればいいなって思ってます。

あとは、キャラバンにしても良さそう。バーのターレとか、ラウンジのターレとか。大阪万博に作品を納品した帰りに、市場の中を偶然車で通ったんですよ。朝4時くらいにたくさんのターレが公道を走ってて、コンビニの駐車場にも数台停まってて。「あ、すげぇな」って思いました。実際に市場はたくさんのターレが連なって走ってるから、そこまで拡張できたら面白そうですよね。

Analog Market

produced by Audio-Technica

Analog Market

会場:
築地本願寺(住所:東京都中央区築地3丁目15−1)

開催日時:
2025年11月2日(日) 10:00~20:00(予定)
2025年11月3日(月・祝) 10:00~17:00(予定)
※天候状況などにより、変更となる場合がございます。

入場料:無料

「Analog Market」はオーディオテクニカ創業60周年をきっかけにはじまった蚤の市です。レコードをはじめ、古物、ヴィンテージ、陶器、アート、インテリア、フレグランス、観葉植物、魚、野菜、果物、ワインやクラフトビールなど、衣・食・住、さまざまなアナログを、五感を通して楽しめます。 さらに、ハイエンドオーディオで音に没入するディープリスニング空間やライブ、トーク、ものづくりワークショップなどアナログに共鳴するクリエイターたちと一緒に創造性を掻き立てる場をつくります。

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Photos: Kiara Iizuka
Words & Edit:May Mochizuki

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