「This was my dream. ずっと僕の夢だった。たぶん18年越しくらいの、長い夢」
「音楽とは魔法のようなもの。そして僕はずっとその魔法に包まれてきた」

東の長崎のギャザリング・プレイス。

長崎と言われて多くの人が思い浮かべるのは、九州の長崎だろう。車の入れない小径が坂道を描く路地の街。異国情緒あふれる古い港町だ。だが、実は東京にも長崎がある。豊島区長崎である。

この東の長崎には、1930年代、芸術家をめざす若者が多く暮らし、「アトリエ村」と呼ばれる居住区があった。日々芸術活動に励んでいた無名の若きアーティストたちは、時折すぐそばの池袋に出ると、カフェやバーで芸術論を交わした。同時代を生きた詩人、小熊秀雄(北海道から出てきて池袋に暮らした)は、その様子を「池袋モンパルナス」と表現した。大学、劇場、映画館、ライブホール等が生まれていった池袋は、当時の東京カルチャーの発信地でもあったのだ。

今もその頃の気配と空気を感じる東の長崎に、この春、一軒のコーヒーハウスがオープンした。「MIA MIA(マイアマイア)」。池袋から西武池袋線に乗ってふたつめ、東長崎駅を降りると、徒歩30秒ほどでそのコーヒーハウスに着く。

「MIA MIA」は、人々の集う場所、ギャザリング・プレイスである。ローカルが集い、レギュラーが通い、週末には遠方からも人が来て、入り口に列ができることもある。混んでいても空いていても変わらないのは、音楽だ。オーナーのヴォーンがレコードをレコードプレーヤーに載せて、いろいろな音楽を店に流している。店にはレコードが数多あり、ヴォーンは客の表情や、その日の天気、時間や雰囲気を読んで、偶然の1枚を選びレコードプレーヤーに載せる。おいしいコーヒーとグッドミュージックと心地いい時間(北欧インスパイアの、サワドーを使った美味なるパンもある)。ちょうどいいボリュームで人々の会話が弾んでいる空間。「MIA MIA」は、東の長崎にある、東京で今、最高に心地いいコーヒーハウスだ。

MIA MIA

東京都豊島区長崎4-10-1

池袋から西武池袋線に乗り2駅目「東長崎駅」下車。改札を出たら左の階段を降り、50メートルほど。「MIA MIA」とはオーストラリア先住民の言語のひとつ、ワダウルング語で「家族や友人、通りがかりの人たちが集うシェルター、小屋」のこと。MIA MIAは人々が集まる場所だ。
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人と人とが出逢う場所。

ヴォーンは、オーストラリア、メルボルン出身。イタリア移民、ギリシャ移民、バルカン半島からの移民、インドやベトナム等アジアからの移民、そしてもちろん先住民アボリジニ、などなど、メルボルンは人種と民族のメルティングポットである。そんなメルボルンに生まれ育ったヴォーンは、15年ほど前に来日、大分に4年、その後はずっと東京で暮らしている。日本人で建築家の妻(アリソン理恵)と息子(太生)の3人暮らしだ。

ヴォーンは、コーヒーを紹介するWEBサイト「GOOD COFFEE」の立ち上げに関わり、コーヒーの本『29 cafes, 23 photographers, 5 baristas, 1 illustrator, and a lot of coffee with Vaughan』の著者であり、ファッションモデルであり、文化服装学院で英語を教える教師、オーストラリアを中心とした海外からのミュージシャンやバンドのツアーなどを取り仕切る敏腕マネージャーでもある。そしてこの4月、東長崎のカフェ「MIA MIA」オーナーという肩書きがそこに新たに加わった。自分のコーヒーハウスを持つことは、ヴォーンにとって「長年の夢」だったという。

「この店は、奥さんとふたりで作った。“人と人とが出逢い、何かが生まれる空間と時間”、それが僕らのアイディアだった。そういう場所を作りたいねと、ふたりでずっと話していた。彼女は建築家だから、デザインは彼女にお願いした。奥さんがMIA MIAという空間を手がけ、その場所で僕がMIA MIAの時間を編んでいる。カフェとは、出会いの場であり、知識を吸収し文化を交換する空間であり、地域のシェルターでもあると僕は思う。もちろんリラックスするためだけに寄ってもいい。遠くからやって来た人と、この土地の人が出逢って何かが生まれる場所でもあって欲しい。MIA MIAというカフェは、多様性あふれる時間と空間でありたい」

MIA MIAは、昼間はコーヒーと軽食を出し、夕暮れの頃からバーとなる(もちろん昼間ビールを、夜にコーヒーを飲んでもいい)。人々が出逢い、会話し、コミュニティイベントが開催される場であり、アーティストのためにディスプレイをするギャラリーでもある。

MIA MIAを特別な場所にしている理由のひとつが、音楽だ。とてつもないコーヒーLOVERのヴォーンは、とてつもない音楽愛好家でもある。

「子供の頃から家にはいつも音楽が鳴っていた。家にはいろんなレコードがあったし、兄がピアノを弾いていて、音楽の歓びを教えてくれた。僕は音楽を愛しているし、あらゆる音楽家をリスペクトしている。音楽とは、僕にとって魔法のようなものだ。だから僕はずっと魔法に包まれて生きてきたと言える。音楽は魔法だから、その魔法を店でも使うんだ。お客さんのムードや雰囲気でレコードを選ぶし、天気や時間でも選曲は変わってくる。この店と音楽は切り離せない」

BEAMS RECORDS

東京都渋谷区神宮前3-25-15 1F

原宿にあるヴォーンお気に入りのレコード店。ネットでもレコードは買うが、「店でジャケットを見て、手にとって選ぶのは格別」とヴォーンは語る。「店長の廣瀬麻美さんとの情報交換も楽しい」

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東京で今、最高なコーヒーハウス。

「大好きなコーヒーショップ、憧れのカフェは無数にある。だから、自分がやりたいカフェは、“何処にもないカフェ(Nowhere Café)”だった。MIA MIAはいろんな自分の憧れをミックスした、夢のコーヒーハウスだ」

「僕と奥さんふたりとも大好きだったカフェがメルボルンにある。「Pellegrini’s Espresso Bar」だ。僕らはそこでエスプレッソを飲み、パスタをよく食べた。Pellegrini’s Espresso Barはメルボルンで最も有名なカフェだと思う。ホームレスから政治家まで、あらゆる客が訪れる店なんだ。みんな、共同オーナーのシスト・マラスピーナに会いたくて通っていた。2年ほど前、メルボルンでテロ事件があって(2018年11月9日)、そのとき彼はテロリストにナイフで刺されてこの世を去った。悲惨な出来事だった。メルボルン全体が喪に服した。彼は、あらゆる人を笑顔で受け容れ、平等に接する人だった。金持ちが来ても、貧乏人が来ても、彼の態度はまったく変わらなかった。いつもフェアだった。お金がないけれどコーヒーが飲みたい人が来たら、無料でコーヒーを提供していた。僕と奥さんは、その店と、彼のスピリットを、心から愛していたんだ」

MIA MIAはもちろんPellegrini’s Espresso Barとは異なる。だが、ヴォーンがMIA MIAで表現しようとしているスピリットは、シスト・マラスピーナのそれとよく似ている。今日も彼は、ひとり一人の客に対して挨拶をし、「調子はどうですか?」と言葉をかける。彼は自分のコーヒーハウスを、一生懸命に、誠実に、営んでいる。彼のそんな姿と精神が愛おしくて、今日も大勢の客がやって来る(筆者もその一人だ)。彼らは客であり、同時にこの店の仲間でもある。良いカフェとはそういった仲間たちによって育まれていく。そういう意味において、MIA MIAは、メルボルンのPellegrini’s Espresso Barと同じなのだ。ローカルが集い、新しい出逢いがあり、物語が生まれる。MIA MIAは今、東京で、最高にクールなコーヒーハウスだ。

MIA MIAは、池袋駅から西武池袋線でふたつめ、東長崎にある。
(敬称略)

Information

ATH-CKR70TW

製品サイト

Photos:YOKO TAKAHASHI
Words:EIICHI IMAI