この広い地球には、旅好きしか知らない、ならぬ、音好きしか知らないローカルな場所がある。そこからは、その都市や街の有り様と現在地が独特なビートとともに見えてくる。

音好きたちの仕事、生活、ライフスタイルに根ざす地元スポットから、地球のもうひとつのリアルないまと歩き方を探っていこう。今回は、フィリピンのマニラへ。

カラフルなシンセの音色で彩られたエレクトロポップを軸に、変化球を加えたメロディと融合したサウンドが新鮮。弱さを吐露した歌詞がまた、耳に馴染むのだ。東南アジアのシンセポップ界に彗星の如く登場し、いま世界で注目度を高めているのがEna Mori。

日本で生まれ育ち、15歳でマニラに移住。フィリピンと日本をルーツに持つポップ・シンガーはこう明かす。「自分の居場所がわからなくなることはたくさんありました。でもだからこそ音楽制作に没頭できたし、今の自分のスタイルが確立できたと思ってます」。地元の街と彼女の音楽生活から、フィリピン・マニラのリアルな歩き方を覗いてみる。

Ena Mori

こんにちは。あ、オーディオテクニカのヘッドホンをつけてくれていますね。

そうです。音が良いので、ヘッドホンはだいたいこれです。

嬉しいです。今日はよろしくお願いします。

日本語でのインタビューはしたことがないので、とちるかも…。その辺はご了承ください(笑)

日本語初インタビューがAlways Listeningとは光栄です。さて、まずはEnaさんの音楽に関する生い立ちを聞かせてもらいましょう。

6歳でクラシックピアノを習い始めました。コンクール用の曲の勉強のため、当時は先生に貰ったクラシックのCDばかり聴いていましたね。洋楽を聴きだしたのは10歳ぐらい。父の影響で、主に洋楽ヒップホップやR&Bなんかを。

お父様もミュージシャンだったんですか?

ミュージシャンではないんですけど、とにかく大の音楽好きの人で。好きな曲をいくつも詰め込んだ自作のミックスCDを作っていて…CDカバーまでしっかり自分でデザインしてました(笑)。そのミックスCDがきっかけで洋楽に興味が湧き、自分でも探すようになったんです。

Ena Moriとしてソロ活動する前に、バンドを組んでいたと聞きました。

はい。ファンクとジャズを融合させたバンドDayawのキーボーディストをやってました。あまり歌詞のない、インストルメンタルな感じです。

そして2018年、『Got U Good』でソロデビュー。クラッシックから入り、いまやっているのはエレクトロ/シンセポップ。どういった経緯でいまの音楽スタイルを確立したんでしょう。

それまでピアノ一筋だったので、超アナログ人間でした。転機は16歳でフィリピンのミュージックプロダクションの大学に行ったこと。そこでいろんなアーティストに出会いました。いま一緒に楽曲制作をしているプロデューサーと出会ったのもその頃。出会いのおかげでいろんなインスピレーションが湧き、DAW※といった電子楽器やエレクトロにハマって。ピアノももちろんいいんですけど「もっといろんな可能性を秘めた音楽が作れるのでは」と思ったんです。

※Digital Audio Workstation(デジタル・オーディオ・ワークステーション)の略。デジタルで音声録音、編集、ミキシング、編曲など一連の作業が出来るシステム。

フィリピンに移住したことも、音楽スタイル確立に一役買っているんですね。移住したのは15歳だけど、初めてフィリピンに行ったのはいつ?

5、6歳でしたかね。父の家族がフィリピンにいたので。中学生の頃から「海外に行ってみたい」という願望があって、ホームステイ先を探したりもしていました。それで、父の家族もいるしフィリピンが一番手っ取り早いなって。フィリピンでは英語が公用語の一つだし、日本から4、5時間と比較的近いので移住を決めました。

中学生ですでに海外に興味があったんですね。

よく1人で洋楽を聴いたり、海外のアーティストに憧れを抱いてたタイプの子だったのでそこがちょっと違ったのかも。

いま念願の海外生活を送っているわけですが、Enaさんから見たフィリピンってどんな感じ?

暑いです。もう年中暑いです。

カルチャー的な部分は?

とってもウェルカムでフレンドリーなカルチャーです。実際に外国人も多く住んでるし、溶け込みやすいんだろうなと思います。

Ena Mori

フィリピンは7,000以上もの島で構成されている国。ビーチに行くのはみなさんにとって日常茶飯事なんでしょうか。

週末や休暇にビーチに行く人は多いですね。フィリピンのビーチって、バカンスで行くような他国のビーチに比べると格安で楽しめますから。それに海が綺麗で、いろんなリゾートもありますよ。

日本海側で育ち毎夏海で泳いでいた身としては、そそられます。

私も湘南の近くに住んでたビーチガールです(笑)。いま住んでいるのはマニラの内部なので、ビーチまでは結構時間がかかるんです…。

いま、どんな音楽が人気なんでしょう。

これまではテイラー・スウィフトだったり、そういう世界でヒットしているメジャーな洋楽を聴く人が多かったと思います。でも最近はインディーズが盛り上がってきていて、フィリピンのローカルアーティストを聴く人も増えてきた印象です。シンガーソングライターの弾き語りやオルタナティヴ・ロック、ローファイっぽいインディー・ロックなんかが人気。

へえー。Enaさんのスタイルであるポップ・ミュージックはどう?

ポップスも人気ですね。でも私のようなシンセポップをやるアーティストは少ないと思います。他のアーティストと被らないのでラッキーです(笑)。でもその反面、同じポップスというジャンルにいる世界的大スター、例えばテイラー・スウィフトと競うのは結構大変だったりします。

コロナ後2年ぶりにライブパフォーマンスした時の様子。
Video by @miggymatreo

フィリピンの音楽シーンと日本のそれ、違いってあると思う?

日本の方がジャンルが豊富な気がします。なのでフィリピンと比べると幅広い音楽を聴くリスナーが多く、だからこそ耳が肥えてる人が多いように思います。

音楽活動のしやすさ、楽曲作りのインスピレーションにおいて、どちらがより自分に合っているなどは感じますか。

うーん、どうなんでしょう。日本で力を入れて活動したことがないので。将来的には、日本で挑戦してみたい。実はパンデミック中は日本にいたんです。せっかくだし日本の音楽をもっと知ろうと、日本の友人たちが聴いている曲を教えてもらって色々聴きまくってました。

これまで日本語の楽曲リリースはなかったと思います。英語と日本語の両方が堪能なわけですが、英語でリリースを続けている理由は?

元々洋楽が好きだったので、私にとっては歌詞も英語で書く方が自然だったんですよ。それに英語と日本語ではメロディーが変わってくるし。

なるほど。

機会があったら日本語の楽曲も作ってみたいです。週に1、2回は日本語で歌詞を書くんですけど、「思ってたのと違う」ってことが多くて。でも母には「日本語で書けるんだから書きなさいよ。英語だとみんなわかんないよ」って言われます(笑)

『SOS』のMV撮影風景。
Video by @lunchboxcreates

移住は15歳。多感な年齢です。アイデンティティクライシスって、Enaさんはありましたか。

ありました。というか多分、他国に移住しようと思っている時点で、すでにある意味でアイデンティティクライシスな気が(笑)。フィリピンに来て数ヶ月は「フィリピンに来たのは正解だった?」「日本に帰った方がいい?」と、自分が本当に居たい場所がわからなくなったことはたくさんありました。そういう時は、ずっとピアノの前に座って、何かしら音楽を作ってましたね。音楽を作ったり聴いたりすることで気が紛れてたんです。

そこから9年。フィリピンに移住したからこそ作れている、あるいは表現できている音楽制作って、どんなものですか。

アイデンティティクライシスがあって音楽制作に没頭できたからこそ、音楽のジャンルに対する視野が広がりました。当時はいろんなジャンルにトライしましたから。そこで自分が何が好きなのか、どういう音楽を作りたいのかっていうのが段々わかってきました。

リリースしたてほやほやの『KING OF THE NIGHT!』は、個人的ヘビロテソングです。「I can’t do anything、Not even pretty, I need somebody to love me(何もできない、可愛くもない、私を愛してくれる誰かが必要)」と、決してポジティブではない歌詞だけど、アップテンポなエレクトロビートのおかげでポップに昇華されていて、夏にビーチで聴きたい一曲に仕上がっています。

曲をイメージしていたとき、「これは夏に聞いてほしい」と思っていたので嬉しいです。私、“ハッピーなメロディーだけどエモーショナルな歌詞”というギャップのある曲がすごく好き。この曲のタイトルは光り輝くような力強いものだけど、歌詞では私自身の幼少期の自信のなさや不安を歌っています。

『KING OF THE NIGHT!』制作の舞台裏動画。
Edited by Miggy Matreo, Filmed by Hans Fausto, Renz Salvador

どんなことを考えて音楽活動をしているんでしょう。

“聞きやすさ”より“自分らしさ”を重視して曲を書くようにしてます。トレンドや聞きやすさで音楽を聴く人って多いと思うんですけど、私はそういうのに流されず、“自分らしさ”を表現したいなって思います。

Enaさんは普段、どういうところにいきますか。おすすめの遊ぶところ、教えて欲しいです。

音楽やアートが好きな方は、マニラ首都圏内の都市ケソン・シティで遊ぶことをおすすめします。ライブハウスが多くて、アートフェスが盛んに行われているくらいアートカルチャーが豊富な都市です。マニラからだと45分ぐらいかな。

ケソン・シティでのおすすめライブハウスはある?

「Dirty Kitchen」。元々レストランだったのを改造したライブハウスです。2階がアートギャラリーになってるので、アートを楽しんだ後に、1階のバーでドリンクを飲みながらライブを見たりできちゃう感じ。結構広いし、私は好きです。

ライブハウスでのライブの様子

マニラでのおすすめのライブハウスも知りたい。

マカティにある老舗ライブハウス「saGuijo Cafe + Bar」です。知名度のあるフィリピン人アーティストなら誰もが一度はここでライブしたことがあるってくらい有名なところ。実は私が初めてライブしたのがここ。当時、オーディエンスは3、4人しかいませんでした(笑)

Enaさんにもそんな時代が。

はい。当時はとにかく「その3、4人を喜ばせたい!」という気持ちが強くて、全然凹んだりとかはなかったです。それに平日だったし、少ないだろうとは予想してたので。その日の収入は200円ぐらいだったけど、ライブができたことが嬉しかった。ちなみにフィリピンって、ライブ時間がすごく遅いんですよ。

何時くらいまでやってるんですか?

午前2、3時までやってます(笑)。ライブのスタートが午前1時とかザラでしたもん。最近ではコロナの影響もあって少し早まりましたけど。

Video by @miggymatreo

午前1時!遅いのか、あるいは早すぎるのか(笑)。そんな深夜ライブも含め地道な活動を積み重ねてきて、今年は英国週刊音楽雑誌「NME」の注目すべき新進アーティスト100に選出されたり、ロンドンで開催された同誌のBandLab NME Awards 2022にてBest New Act From Asia賞にノミネートされたり。いまや世界で注目度を高めるアーティストです。

いろいろ頑張ってきたなっていうのは感じます。

Enaさんがよく行くレコード屋や音楽機材屋を教えてください。

「The Grey Market Records」にはよく行きます。音楽機材は日本で買うことが多いです。日本の方が中古でも結構いいのがあるので。

ライブの様子

話は飛びますが、フィリピンには日本のお味噌汁にあたる伝統的スープ、シニガンがありますが。私、めちゃくちゃ好きなんです。

それは嬉しい! 日本人でシニガンが好きという人はあまり聞かないかも。私も大好物なのでいろんなレストランで食べてきましたが、おすすめはレストランチェーン「Mesa」です。有名チェーン店なので、フィリピンの至る所にありますよ。ここのフィリピン料理は、ストリートで売っているそれに比べると少し上品な味。シニガンだけでなく、どのメニューも美味しいです。

Mesaにはフィリピンの代表的家庭料理、鶏肉のアドボもある?

もちろんあります。Mesaのアドボも超美味しいですよ。ちなみに家族経営の小さなケータリング店や、肉屋が近くにあるローカルレストランのアドボは格別。でもやっぱりフィリピン人のお母さんが作ってくれるアドボに勝るものはないと思ってます。

Enaさんってお酒飲むんですか。

好きです。強くないしすぐ顔が赤くなっちゃうけど。マカティには日本料理屋が密集するリトル東京というエリアがあるんですけど、その周辺にはいろんなバーや居酒屋がありますよ。

お、そろそろ時間なので締めに入りましょうか。今年9月開催される岩壁音楽祭2022に出演されるんですよね。出演者ラインナップには、以前Always Listeningで取材したOmega Sapien君の名前もあります。

はい!日本での初ライブです。フィリピンでのライブとは雰囲気もオーディエンスの反応も全然違うだろうし、緊張もしますが、何よりすっごく楽しみです。

Ena Mori/エナ・モリ

ジャズとファンクを融合させたバンドのキーボーディストを経て、2018年にソロ活動を開始した、フィリピンと日本をルーツに持つポップ・シンガー。フィリピン・マニラが拠点。今年は英国週刊音楽雑誌「NME」の注目すべき新進アーティスト100に選出。またロンドンで開催された同誌のBandLab NME Awards 2022にてBest New Act From Asia賞にもノミネートされている。世界で注目度を高めているアーティスト。

Facebook

Twitter

Instagram

Spotify

Youtube

Image via Ena Mori
Words: Yu Takamichi(HEAPS)