ブリット・アワードは、イギリス国内で500万以上の視聴者を誇る音楽の祭典式。1977年にエリザベス女王2世戴冠25周年の祝典として初めて開催され、BPI(英国レコード産業協会)の援助のもと毎年開催される「栄誉ある式典」だ。「ブリット・アワード」と名付けられたのは、最後の生放送となった1989年から。この年の司会はサマンサ・フォックスとミック・フリートウッドという異色の組み合わせが話題となったが、本番では台本を忘れたり、バンド演奏もミスを連発したり、さらには授賞式が大幅に延びるなどハプニング続きだったため、翌年から録画放送に切り替わった。ちなみに2007年には一度だけ生放送が復活したのだが、オアシスの演奏やノエル・ギャラガーのスピーチの途中で音声障害などのトラブルがあったため、以降は再び録画放送に戻った。

マイケル・ジャクソンやプリンス、エイミー・ワインハウスなど、名パフォーマンスを振り返る

そんな、ちょっと“抜けている”ところがいかにも英国らしいし、セレブが集結するきらびやかなグラミーと比べると(最近はグラミーも傾向が変わってきているが)、地味な印象は拭えないブリット・アワード。しかし、そこでは英国ミュージックシーンに深く刻み込まれる数々の名パフォーマンス(あるいは“迷”パフォーマンス?)が生まれている。

例えば1996年、アーティスト・オブ・ア・ジェネレーションを受賞したマイケル・ジャクソンが“Earth Song”(『HIStory: Past, Present and Future, Book I』収録)を披露した時は、突如ジャーヴィス・コッカーがステージに乱入。客席やマイケルに向かって尻を突き出すパフォーマンスを行なったことが、アワード史上最高(最悪?)の迷ハプニングとして知れ渡っている。また2006年にはプリンスが初登場を果たし、彼にとって生涯最後となるレヴォリューション(プリンスのバックバンド)と共演を果たした。今となっては、マイケルとプリンスどちらのライブも、もう2度とお目にかかることはないのだと思うと切ない気持ちになる。

すでに逝去したアーティストといえば、エイミー・ワインハウスによる2008年のパフォーマンスも忘れ難い。彼女を支えた名プロデューサー、マーク・ロンソンとの共演でザ・ズートンズの“Valerie”をカバーした後、自身のレパートリー“Love Is A Losing Game”(『Back To Black』収録)を披露。当時エイミーはタブロイド紙からの執拗な攻撃に遭い、心身ともに消耗しきっていたが、ここでは圧倒的なパフォーマンスで会場を魅了していた。

話題に事欠かない祭典

また、2016年1月10日に逝去したデヴィッド・ボウイに対し、その数週間後に開催された本アワードでは「最優秀ブリティッシュ・アルバム」と「最優秀ブリティッシュ男性ソロ・アーティスト」を授与。祭典では、当時20歳だったニュージーランドのシンガー・ソングライターのロードが、ボウイのライブバンドを引き連れ“Life On Mars”(『Hunky Dory』収録)を堂々とカバーし話題となった。

他にもブリット・アワードは、フレディ・マーキュリーが公の場所に姿を現した最後の機会となったり(1991年)、ブリットポップ旋風が吹き荒れていた1996年に出演したオアシスが、当時「ライバル」と見做されていたブラーを罵る場所として使われたりと、話題に事欠かない祭典でもある。これまでの受賞回数は、ロビー・ウィリアムズが(テイク・ザットでの受賞も含めると)18回、アデルが9回、テイク・ザットとコールドプレイが8回となっている。なおアークティック・モンキーズは、2007年、2008年と連続で2度の受賞に輝いた。

昨年2月19日に開催されたブリット・アワード2020では、最多タイ4部門でノミネートされていたスコットランド出身のシンガーソングライター、ルイス・キャパルディが「最優秀楽曲賞」と「新人賞」の2冠に輝き、同じく最多タイ4部門ノミネートのラッパー、デイヴもマーキュリー賞に続いて「最優秀アルバム賞」を獲得。さらに「国際男性ソロ・アーティスト賞」にはタイラー・ザ・クリエイターが選ばれるなど、この年は男性ラッパーの躍進が目立った。

一方、「女性アーティスト賞」ではネナ・チェリーの娘、メイベルが奇しくもネナの受賞(「最優秀国際ブレイクスルー賞」「最優秀国際ソロ・アーティスト賞」)から30年を経ての受賞を果たす。2020年は、個人的には「国際女性ソロ・アーティスト賞」に輝いたビリー・アイリッシュによるパフォーマンスが記憶に新しい。ビリーの兄フィアネスはもちろん、ハンス・ジマーそしてジョニー・マー(元ザ・スミス)をゲストに迎えての“No Time To Die”(『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』の主題歌)は鬼気迫るものがあった。

リナ・サワヤマの活躍など、時勢が強く反映

また、2020年は新潟出身で現在はイギリス在住のシンガー・ソングライター、リナ・サワヤマによるアルバム『SAWAYAMA』が国内外で大きな話題になった。にも関わらず、「英国籍を持たぬアーティストは選考外」という謎ルールにより、マーキュリー・プライズにもブリット・アワードにもノミネートされず物議を醸した。

サワヤマのファンを公言していたエルトン・ジョンが、これについてInstagramで抗議の声を上げたり、サワヤマ自身も『VICE』のインタビューでこの件について言及したりしたことがSNSで拡散され、議論はさらに白熱。最終的に、マーキュリー・プライズ及びブリット・アワードを主催する英国レコード産業協会と協議を続けていたサワヤマが、自身のInstagramで賞の選考ルールが変更されたことをファンへの感謝の気持ちとともに投稿した。

ブリット・アワード2021──「ブリティッシュ・アルバム賞」候補作5作品のうち4作品が女性ソロ・アーティストの作品に

現地時間で今年3月31日、「イギリスのグラミー」と称されるブリット・アワード2021のノミネーションが発表され、デュア・リパ、アーロ・パークス、セレステ、ジョエル・コリー、ヤングT&バグジーが最多となる3部門にノミネートされた。今年のブリット・アワードは受賞カテゴリーが10部門あり、「ブリティッシュ・アルバム賞」では候補作5作品のうち4作品が女性ソロ・アーティストのアルバムという、本アワード始まって以来の快挙となった。

今年のブリット・アワードで発表されたノミネートは、これまでの経緯が大きく反映されたものとなっている。例えば、今年1月にリリースしたデビュー・アルバム『Not Your Muse』で、アレサ・フランクリンやエラ・フィッツジェラルドの流れを組んだオーセンティックなソウル・ミュージックを歌っていたセレステは、ブライトンで育ったジャマイカン・イングリッシュだ。

一方、ロンドンをベースに活動するアーロ・パークスは、ナイジェリア、チャド、フランスの血を引く20歳のシンガー・ソングライター。セレステ同様、今年1月にリリースされたファースト・アルバム『Collapsed in Sunbeams』では、ソウルやフォーク、ヒップホップ、オルタナティヴ・ロックをも取り込んだハイブリットなサウンドスケープを展開していた。

他にも、ブラック・ピンクやマーティン・ギャリックス、カルヴィン・ハリス、アンドレア・ボチェッリなど多岐にわたるジャンルのアーティストとコラボを続け、4月には待望のニューアルバム『Future Nostalgia』をリリースしたデュア・リパも、両親はコソボ出身のアルバニア人。

さらに、「韓国のビートルズ」と呼ばれアメリカでも快進撃を続けるBTSは、シングル“Dynamite”で「インターナショナルグループ」にノミネート。パンクやスカ、ブリットポップなど新旧問わず様々な音楽スタイルを取り込み、ルックス面でもジェンダーの壁を軽々と飛び越え話題のヤングブラッズことドミニク・ハリソンなど、これまで以上に国籍もジェンダーも、音楽スタイルもボーダレスなアーティストが並んでいるのが、今年のブリット・アワードの特徴といえよう。ちなみに今挙げたアーティスト(セレステ、アーロ、デュア、ドミニク、BTS)は、いずれもZ世代である。

ブリット・アワードの動向は、現行のシーンを紐解く1つの手がかりになるだろう。アワードの意義を再確認しながら、これまでの受賞者たちやその背景を振り返ってみてはいかがだろうか。

Words: Takanori Kuroda

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