「昔ほど大きな音を心地よいと感じなくなった」「新しい音楽を追いかけることが少なくなった」。そんな変化に、心当たりはないだろうか。原因は、耳の衰えによる「老化」なのか。それとも、経験を重ねたからこその「成熟」なのか。
聴覚認知科学の専門家である柏野牧夫氏に話を聞くと、その答えは意外にも単純ではなかった。音とのつき合い方は年齢とともにどのように変化していくのか、そのメカニズムに迫った。
耳だけではない。聴覚はもっと広い
若い頃はライブハウスやクラブ、フェスで大音量を浴びることに心地よさを感じていたのに、年齢を重ねると「昔ほど大きな音を求めなくなった」と感じる人もいます。これは耳の老化なのでしょうか。それとも、経験を重ねたことによる成熟なのでしょうか。
まず、「老化」と「成熟」という言葉には、老化は悪い方向、成熟は良い方向というイメージがありますよね。でも、実際にはそうシンプルなものではありません。そもそも、「聴覚」と呼んでいるもの自体が、思っている以上に広いものなんです。もちろん年齢とともに聴覚は変化しますが、脳の問題でもあり、身体の問題でもあり、心の問題でもあります。その結果として、求める音も変わっていくんです。
食べ物でも、その時々で食べたいものが変わりますよね。身体が必要としているものが変わるからです。音も同じで、そのとき自分が必要としている作用を持つ音を求めるようになる、と考えるとわかりやすいかもしれません。
音楽の好みが年齢とともに変わっていく一方で、「若い頃に聴いていた曲は特別」と感じる人も多いですよね。
音楽心理学では、「レミニセンス・バンプ(Reminiscence Bump)」という現象がよく知られています。もともとは記憶の研究から出てきた概念で、人は思春期から青年期に経験した出来事を、その後の人生で鮮明に思い出しやすいことを指します。音楽についても同様で、この時期によく聴いていた曲ほど、生涯にわたって好みとして残りやすいことが知られています。
実際に、カナダのマギル大学とマクマスター大学の研究チームが、102カ国・4824人を対象に行った調査(2023年発表)でも確認されています。参加者が人生で印象に残っている楽曲を分析した結果、思春期から青年期に親しんだ音楽ほど、その後も長く好まれる傾向が報告されました。
青春時代に聴いた音楽が、その後もずっと残り続けるんですね。
その時期は聴覚野の機能が完成を迎える時期ですし、同時に、いろいろな音楽に触れながら、自分の好みを形づくっていく時期でもあります。
子どもの頃は家庭や身近な環境で流れている音楽の影響を受けますが、思春期になると、友人との関係やアイデンティティが大きくなってきます。みんなと同じものは聴きたくないと思う人もいれば、新しいジャンルを積極的に探す人もいる。そうした経験を通して、自分なりの音楽の基準ができていくわけです。
神経科学では、「探索(エクスプロレーション)」と「利用(エクスプロイテーション)」という考え方があります。例えば、お昼ご飯を食べるときに、初めてのお店へ行くか、いつものお店へ行くか、というようなものです。新しい店に行けば発見があるかもしれませんが、外れることもある。一方、いつもの店なら安心ですが、思わぬ味には出会いません。
若い頃は、世界を広げる必要がありますから、新しいものを探そうという方向に自然と重心が置かれます。新しい音楽を聴いてみよう、知らないジャンルにも触れてみようという時期です。
そのバランスも、年齢とともに変わっていくのでしょうか。
年齢を重ねると、新しいものをまったく聴かなくなるわけではありません。でも、だんだん「安心して聴けるもの」や、「これを聴くと落ち着く」という音楽を選ぶ割合が増えてきます。探索することよりも、自分の感情を整えたり、気持ちを落ち着かせたり、高揚させたりと、音楽を「利用する」方向へ重心が移っていくんですね。
だから、若い頃は刺激の強いものや覚醒感のあるものを求めやすくても、年齢とともに音楽との付き合い方そのものが少しずつ変わっていく。それも、ごく自然な変化だと言えると思います。
耳だけでなく、脳で聴いている
では、年齢とともに起きる身体的な変化はどう影響しますか?
高齢になると高い音が聞こえにくくなったり、小さい音が聞き取りづらくなったりという変化はあります。耳鼻科でいう「加齢性難聴」は、主にそうした耳の働きの変化を指しています。
ただ、私たちが音楽を聴いたり、人の声を理解したりするときに働いているのは、耳だけではありません。耳は音の振動を電気信号に変えて脳へ送る入口です。でも、その先では脳が「これは何の音なのか」「どんな意味があるのか」を処理しています。音楽として聴いたり、言葉として理解したり、心地よいと感じたりするのは、その先の脳の働きなんです。
「耳で聞いている」というより、「脳で聴いている」という感覚ですね。
音楽を聴くときには、聴覚を処理する領域だけでなく、運動をつかさどる領域や、報酬、感情、記憶などに関わる領域まで、一緒に働いています。だから、「音楽を聴く」という体験は、とても複雑なんです。
単に音が聞こえているだけではなく、過去の経験や感情、身体の状態まで含めて、ひとつの音楽体験ができあがっています。
だからこそ、耳の状態だけでは説明できない変化も起きる。
そうなんです。例えば最近は、「音は聞こえているのに、何を言っているのかわからない」という症状が注目されています。聴力検査では異常がない。でも、人がたくさん話している場所へ行くと会話が聞き取りづらかったり、テレビのBGMがあるだけでセリフがわからなくなったりする。
こうした症状は、「聞き取り困難」や「聴覚情報処理障害」と呼ばれることがあります。耳は音を受け取っているのに、その先の処理がうまくいかないために起こる現象です。
それは音楽の好みにも影響してくるのでしょうか。
あると思います。例えば、たくさんの楽器が常に鳴っているような密度の高い音楽は、以前より少し「やかましい」と感じるようになることがあります。音量が大きいからではなく、脳での情報処理に負担がかかっているんです。
逆に、楽器の数が少なく、ひとつひとつの音の間に余白がある音楽のほうが聴きやすく感じられることもあります。こうした変化も、耳だけではなく、脳の情報処理の変化として考えることができます。
だから、「昔ほど大きな音を心地よいと感じなくなった」という感覚の背景にも、耳だけではなく、「どう音を処理しているか」という変化が関わっている可能性があるわけです。
音は、身体を変えている
運動中には気分が上がる音楽を、眠る前には落ち着いた音楽を選ぶ人も多いと思います。音楽は、私たちの体にどのような影響を与えているのでしょう?
音は自律神経やホルモンにかなり直接的な影響を与えます。例えば、テンポが速くて音圧の大きい音を聴くと、交感神経が高まりやすくなります。心拍数が上がったり、身体が興奮した状態になったりする。これは私たちも研究していますし、さまざまな研究で示されています。
逆に、ゆったりしたテンポの音楽では、安らぎや親密さに関わるホルモンの分泌が増えることも分かっています。つまり、音には身体の状態そのものを変える力があるんです。
「気分が変わる」という感覚以上に、身体が反応している。
私たちは音楽を聴いて「感動した」とか「落ち着いた」と表現しますが、その前に身体の中ではさまざまな変化が起きています。音を聴くと、感情や記憶に関わる脳の領域だけでなく、自律神経やホルモンをコントロールする仕組みにも信号が伝わります。
面白いのは、そのすべてが「この音はこういう意味だ」と理解したあとに起こるわけではないということです。音が耳から入ると、聴覚野で詳しく処理される経路だけではなく、もっと早い段階で感情や身体の反応に関わる経路にも信号が届きます。
音楽を聴いて鳥肌が立つことがありますが、実際に身体が真っ先に反応しているんです。そのあとで、「だから心地よかったんだ」とか、「怖かったんだ」と脳が意味づけをしている側面もあります。
そう考えると、年齢によって求める音が変わることにも、生理的な理由がありそうです。
もちろん年齢を重ねたからといって、刺激の強い音楽を好きではなくなる、ということではありません。そういう音を求める場面もあります。ただ、身体の状態によって欲しい音は変わります。
疲れているときと元気なときでは、食べたいものが違いますよね。それと同じです。身体は、いま自分に必要な状態へ近づけてくれる音を、自然と求めているのだと思います。
だから、若い頃は覚醒感や刺激を求めることが多かったとしても、年齢を重ねるにつれて、落ち着きや安心感を与えてくれる音を選ぶ場面が増えてくることは、不思議ではありません。
ライブ会場で「音を浴びる」ことを求める感覚も、身体の反応と関係しているのでしょうか。
大いにあると思います。以前、立体的な音をスピーカーで再現した場合と、ヘッドホンで聴いた場合の呼吸数や自律神経の変化を比較する実験を行いました。すると、耳に届く音はほとんど同じでも、スピーカーを使って音を身体全体で浴びている環境のほうが、呼吸数に大きな変化が見られました。
つまり、同じ音を聞いていても、音の届き方によって身体の反応は変わるということです。ライブ会場では身体全体で音を受けていますし、演奏している人の姿も見ています。そうしたさまざまな情報が重なって、ひとつの音楽体験になっているんですね。
経験によって、音楽の感じ方は豊かになる
年齢を重ねると、昔は何とも思わなかった音楽が好きになったり、若い頃に夢中だった音楽との距離感が変化することもあります。
経験が増えることで、音楽に与える意味も変わっていくんです。例えば、若い頃は気にも留めていなかった歌詞が、ある経験をしたあとには強く心に響くことがありますよね。失恋の歌でも、失恋する前と後では、まったく違って聴こえると思います。音は変わっていなくても、それを解釈する側が変わっているんです。
若い人が夢中になっている音楽を、その上の世代は「よさが分からない」と感じることもありますが、これも、そうした経験の違いなのでしょうか。
そうだと思います。若い頃は、まだ自分の枠組みを広げている途中なので、新しいものを受け入れやすいところがあります。一方で、ある程度、自分の好みや聴き方が出来上がってくると、その枠組みの外にあるものは入りにくくなることがあります。
それは「新しいものを受け入れられなくなった」ということだけではなく、その人なりの聴き方や価値基準が完成してきた、とも言えるわけです。年齢を重ねても、人は新しいものを求め続けています。ただ、その「新しさ」の中身が変わってくるのです。昔から知っている曲を何度も聴き返すことで解像度が上がり、新しい解釈に気づいたり、人生経験を重ねることで、これまでと違う解釈で新しさを感じることもあります。年齢とともに変わるのは、新しさを求める気持ちではなく、「新しさ」の質だということです。
では、「音楽の感じ方は豊かになっていく」と考えてもいいのでしょうか。
少なくとも、その人にとっての意味付けは豊かになっていく可能性があります。もちろん、それを「深くなった」と言えるか、「広くなった」と言えるかは分かりません。でも、これまで積み重ねてきた経験があるからこそ、同じ音でも違うものとして受け取れるようになることはあると思います。
「昔ほど大きな音を心地よいと感じなくなった」という感覚も、そうした変化の積み重ねなんですね。
聴覚には年齢による変化がある一方で、脳も、経験も、一緒に変わっていく。その結果として、音とのつき合い方も変わっていくわけです。音との関係は、年齢とともに単純に衰えていくのではなく、形を変えながら続いていくものなのだと思います。
柏野牧夫
NTT株式会社コミュニケーション科学基礎研究所 NTTフェロー。専門は心理物理学、認知神経科学。特に聴知覚、多感覚相互作用、 感覚運動相互作用、コミュニケーションなどについて、無自覚のうちに柔軟で巧妙な情報処理を実現する機能的・神経的メカニズムの解明に従事。近年は発達障害当事者、アスリート、ミュージシャンなどにも研究対象を広げ、脳・身体・環境の動的相互作用の観点から認知の多様性と可塑性を研究するとともに、得られた知見を実問題の解決に役立てることを試みている。日本の大衆音楽をこよなく愛し、特に1960年代後半〜1980年代後半の音楽に強い愛着を持ちながら、1930年代以降の幅広い時代の楽曲を聴き続けている。
【編集部ミニコラム】音を楽しむための「イヤープラグ」という選択
今回のインタビューで柏野氏が語ったように、私たちは耳だけで音を聴いているわけではない。脳や身体、経験も含めて、ひとつの音楽体験が生まれている。だからこそ、自分にとって心地よい音量や音環境を選ぶことは、音楽との長いつき合いを楽しむうえでの一つの工夫になる。
ライブやフェス、クラブなど大音量の環境では、音質を損なわず、音楽の臨場感を保ちながら音量だけを抑えるイヤープラグがおすすめ。耳への負担を軽減しながら、大音量の空間でも自分に合った音量で音楽を楽しむための選択肢のひとつだ。

AT-ERP5
イヤープラグ
Words & Edit:Kozue Matsuyama
Photos:Soichi Ishida
