2026年9月2日(水)から10月4日(日)まで、東京・亀有のSKAC(SKWAT KAMEARI ART CENTRE)で開催された『Analog Market』には、ひとつの “和室” が設けられていました。名前は「Listening Room」。音に意識を向けるための部屋です。

この部屋では、どんな時間が流れていたのか。空間のつくりと、会期中に開催された〈VDS Synesthesia/共感覚リスニングセッション〉を軸に振り返ります。

雑音を、環境音として迎え入れる

SKACでは、頭上を電車が通るたびに、振動とノイズが室内に流れ込みます。リスニングのための空間をつくるなら、本来は真っ先に遮りたくなる要素かもしれません。このListening Roomでは、あえてその音を排除すべき雑音とは考えませんでした。この場所にしかない環境音として受け入れ、その揺らぎに寄り添うようにレコードを鳴らします。

Photo by Haruki Kodama

天井が高く、インダストリアルな質感をもつSKAC。その空間に、SKWATのメインマテリアルである足場材を使って骨組みを立て、畳と障子を据えて和室に見立てました。そこへGREEN WISEの協力のもと、樹齢100年を超える盆栽を設置。無骨な鉄の構造と、畳のやわらかさ、障子越しの光、小さな緑。異なる質感がひとつの部屋のなかに並ぶことで、広い会場の中にいながら、どこか家の居間のような落ち着きが生まれました。

ちょうど居心地のいい音を、座って

Listening Roomでは、畳に腰を下ろして音楽を聴きます。その音源となるのは、オリジナルのロータリーミキサーと無指向性スピーカー、そしてオーディオテクニカのレコードプレーヤーを「重箱」のように組み上げた、世界でたったひとつのサウンドシステム『OTOJU』。音響機材は部屋の一辺に、4つのスピーカーは部屋の隅に、座ったときにちょうど居心地のいい音が耳に届く高さになるように調整しながら設置しました。

立ったまま流し聴くのではなく、腰を落ち着けて、ときには寝転がって、家にいるようにゆったりと。流れる時間を楽しみつつ、音楽やこの部屋で生まれる環境音にも深く耳を澄ませるために考えられた高さです。平時のレコードの選曲はVDS(Vinyl Delivery Service)が担当。ジャズやアンビエントから民謡まで、さまざまな音が途切れることなく流れていました。

この部屋が狙っていたのは、レコードの音と電車の振動が重なる瞬間です。曲の静かなパートに走行音が低く響いたり、ベースラインと振動がふと重なり合ったり。そうした偶然はいつ起こるかわからず、同じかたちで二度と再現されることもありません。だからこそ、その場に居合わせた人だけが受け取れるものがある。この場所ならではの音を感じる一期一会。それがこのListening Roomでの聴き方でした。

会期中の週末と祝日には、Listening Roomを舞台にさまざまなイベントも開催されました。9月5日(土)、最初に開かれたのはトークとリスニングのセッション、「リスニングカルチャーを取り巻くもの―そしてホームリスニング」。Chee Shimizu、原雅明、関塚林太郎が登壇し、音響・身体性・社交・知性が交差する文化として世界で育まれてきたリスニングカルチャーを入り口に「聴く」という行為の広がりについて語り合いました。そしてトークのあとは、Chee Shimizuと原雅明がそれぞれ1時間ずつ選曲し、じっくりと音に耳を傾ける時間となりました。そのほかにも、ヨガやフィールドレコーディングなど、耳を澄ますことを身体や周囲の環境へと広げていくようなプログラムが行われました。

音楽を「色」で聴く──VDS Synesthesia

VDSのレコード棚には、ロックやジャズといった定番のジャンルに加えて、White、Blue、Yellow、Orange、Redといった色の名前や、仏の悟りの五大要素から着想を得たWind、Sky、Sun、Moon、Cosmic、そしてLoveと貼られた棚があります。レコードに針を落とし、その音を聴いたときに直感的に感じた色や、音楽のなかに見えた情景を手がかりに、音楽が分類されているのです。

9月20日(日)からスタートした〈VDS Synesthesia/共感覚リスニングセッション〉では、日ごとにYellow、Blue、GreenそしてGrey, Black, Whiteというテーマカラーを設定。その日のテーマを託されたセレクターたちが選盤したレコードに、色に包まれながら耳を澄まします。

音が、色と混ざり合っていく。

Listening Roomの照明も、テーマカラーにあわせた特別仕様に。その灯りと同じ色で光るのは、オーディオテクニカのフローティングターンテーブル『Hotaru』。同じ部屋、同じ音響、同じ電車の音でも、色が変われば聴こえ方は変わる。それを確かめるような数日間でした。

9月22日のテーマはBlue、そして翌23日はGeen。(Photo by SKWAT)

そして、会期最終日

10月4日(日)、二度のグラミー賞に輝いたプロデューサーでビートメイカーのノレッジ(Knxwledge)が来場し、即興のパフォーマンスを披露してくれました。

VDS Synesthesiaとナレッジのリスニングセッションでは、サウンドシステムにFleetwood Sound CompanyのDeVilleとHeliosを追加。部屋全体に広がるOTOJUの音場で、臨場感と奥行きを同時に楽しめる空間となりました。(Photo by Koji Shimamura)


告知のなかったその時間は、まさにこの場所、この日にしか起こりえない一期一会。Listening Roomが掲げてきた聴き方を象徴するような締めくくりとなりました。

Photo by Koji Shimamura

「聴く」ということ

普段、音楽はイヤホン越しに、移動しながら、何かをしながら聴くことがほとんどかもしれません。Listening Roomで過ごす時間は、その反対にありました。畳に座り、盆栽を眺め、電車の音さえ音楽の一部として受け入れる。音を色として感じてみる。耳を澄ますということは、聴こえてくるものをえり好みせず、まずは一旦、そのままを受け取ることなのかもしれません。

Analog Marketの会期は終わりましたが、あの部屋で聴いた一期一会の音は、それぞれの記憶のなかで、きっと固有の色をしているはずです。

Eyecatch photo:Haruki Kodama
Photos:Haruki Kodama、Koji Shimamura、SKWAT
Words & Edit:May Mochizuki

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